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#20

「風花。悪いが、しばらくは帰れそうにない。ちょっと、ここでやらなきゃならんことが出来てしまったからな」


「……はい?」


 浩一の言った言葉に、風花が首を傾げる。

 同時、アイリスの顔が少し明るくなる。


「それならそれで別にいいけど、とりあえず一回帰らないと。パパやママも心配してるわよ?」


「たしかにそれはおじさんやおばさんに悪いとは思うんだけどな。……聞くが、どうやってここから帰るんだ?」


「そんなもの、来た道をそのまま戻れば――」


 風花はそこまで言い返しかけて、言葉に詰まる、その手の話であれば、浩一以上に得意な彼女である。グルリと見回した周囲に、察することがあったのだろう。

 ここはどこだ、と。こんな地形の場所、近所で見覚えがない、と。


「俺がいなくなってからどれくらいが経ってるのかは覚えてないが。それだけの間、気軽に帰れるのに俺が帰っていないと思うか?」


「それは、たしかに……」


 そもそも帰るという選択肢を忘れていたということは伏せておくが。実際問題として帰る方法が全くわかっていなかったのも事実だった。


「とりあえず、わからないことが多いと思うし、正直俺も全部わかっているわけじゃあないんだが。ひとまずはこんな時間だし、一旦俺を信じてついてきてほしい」


 空を指差してみると、木々の間から真っ暗で、まばらに散った星が輝いている様子が見える。

 良くも悪くも、ちょうど真夜中。一晩眠れば、多少は落ち着くやもしれない。


 浩一の言葉を信頼してくれたのか、風花はコクリと頷いてくれる。


「そういうわけだから、アイリス様。勝手に決めてしまって申し訳ありませんが、彼女を連れて行っていいですか? 風花の身元については、俺が保証します」


「それは、構いませんわ。……この際、お兄様に怒られるのももう諦めますわ」


 アイリスとしても、こんな状態の風花をそのまま放置するというのも憚られるようで。併せて、彼女が浩一の関係者、それもかなり深い関係性らしいということも伺えることもあり、それを拒否することはできなかった。

 だがしかし、アイリスとしても。ちょっとだけ気に食わないこともありはして。


「ですが、コーイチ様。私のことを、もう一度、きちんと呼び直してみてください?」


「えっ? ……えっと、アイリス様?」


「つーん」


 わざとらしく、実際にそう言いながら。口先を尖らせ、ちょっとだけそっぽを向く。

 その対応に、浩一は嫌な予感がする。なにを要求されているのかの察しがついてしまうから。


「あの、ここには風花が……」


「大丈夫ですわ。フーカ様はおそらくわかってないので」


「そういう問題じゃないと思うんですが」


 たしかに、今現在の風花は状況を理解できておらず。この、浩一とアイリスのやり取りを首を傾げながら見守っている。

 今は理解できておらずとも、このあとでは必ず説明することとなり。あとあとでこのやり取りを思い出されたときに面倒なことになりそうだ。


 だがしかし、どうやらアイリスも退く気はない様子で。なんなら、風花の保護との交換条件的にそれを提示しているようにも見えた。

 ということは。この場はこの提案を飲むしかないのだろう、と。浩一はひとつため息を付きながら。


「アイリさん」


「もう一声」


「……アイリ」


「はい! コーイチ様!」


 その呼び名に、とても満足そうな様子を見せたアイリスは。ルンルンとした気分のままに、それでは、向かいましょうか、と。

 呼び名だけこうまでも変わるかと。そんなことを思いながら立ち上がると、浩一は風花の手をとって彼女を立たせ。アイリスの後ろをついて行った。






 聞きたいことはお互いたくさんあったのだろう。森の中を歩く最中。ついに我慢できなくなったアイリスから、質問が投げかけられる。


「その、フーカ様はコーイチ様とどういった関係なのですか?」


 出会ったときにも、投げかけられたその質問。その時は浩一の答えと風花の答えとが違っていたために、アイリスはずっと疑問に思っていたことだった。


「私と浩一とは、幼馴染よ。……それでいて、実質的には家族でもあるわ」


「えっ、と?」


 風花の大雑把としたその説明に、やはりアイリスが首を傾げる。

 そろそろ助け舟を出さねば話が進まないなと、そう感じた浩一が彼女らの間に入って口を挟む。


「俺と風花の間に、実際の血縁関係はないし、婚姻関係などによる縁もない。だが、諸般の事情で俺が彼女の家族に懇意にしてもらっていてな。家族同然に接してもらっていたんだ」


「そういうわけで、私が浩一のお姉さんみたいなものってわけ!」


 フフン、と。そう胸を張ってみせる風花。だがしかし、ここまでのやり取りを見ている限りでは、どちらかというと妹のようだと、アイリスは感じてしまう。

 もちろん、それを実際に口に出して言うわけではないが。


「だが、風花が来てしまったとなると。今まではあんまり考えてはいなかったものの、本格的に帰る方法を考えないといけないな」


 ふと、浩一がそんなことをつぶやく。

 ここに来て浮き彫りになった、その問題。アイリスは少しだけ俯きながらに、質問を投げかける。


「やはり、帰る方法が分かれば帰ってしまうのですか?」


 アイリスは、そう尋ねてから。自分のその質問が、いかなる感情から来ているものかと自覚して、失言だったと確信する。すぐさまなんでもない、忘れてくれと訂正しようとして。しかし、それより先に浩一が口を開く。


「うーん、こっちへの戻り方もわからないし。なんとも言えないかな」


 浩一は、平然と。あっけらかんと、そう言ってしまう。アイリスの心情など、全く気にする様子もなく。しかし、アイリスが欲しかった言葉を。

 隣で風花がなにやら浩一に言葉を投げかけているが、嬉しさが溢れていたアイリスにはそんなものを気にしている場合ではなかった。


「とはいえ、帰る方法は探さないといけない。風花を帰してやらないといけないから」


「浩一? なんで私だけなの? 浩一も一緒に帰るんだよ?」


 あくまで留まる意志をみせる浩一に、風花がそう食いかかる。

 当然といえば当然ではある。浩一にとっての元の世界は、という話をし始めると、ここではないのだから。


「いや、風花には待ってる人がいるだろ? おじさんとおばさんが絶対に心配してる」


「それを言うならパパとママだって浩一のことを心配してるよ?」


「それはたしかにそうかもしれんが、実の娘と友人の子供とでは話が別だろう。それに、風花が帰ることができれば俺が元気でやってるって、おじさんやおばさんに伝えることもできるだろうし」


 浩一が淡々というその言葉に、風花はそういう問題じゃない! と、声を荒らげて反論をする。

 プンスコと怒りを顕にしている風花を浩一が宥めていると、ふと、アイリスがひとつ気になったことができて。


「そういえば、コーイチ様のご両親は?」


 当然ながら、家族は自分の帰るべき場所だ。風花がその両親の元へ帰るべきであるように。

 しかし、そうであるとするならば。このまでの会話で浩一のやり取りに自身の帰るべき場所がないとでも言うように聞こえる。

 話題の中に、徹底して彼の両親が出てこない。


 投げかけたその質問に、風花の顔が。先程まで怒りで真っ赤だったそれが、一気に青く醒める。

 一方の浩一はなんら気にしていない様子で平然としていたものの、風花のその様子からどうやらアイリスは自身がマズイ話題をふっかけたらしいということを察した。


「俺の両親なら、随分と前に死んだよ。事故でね」


「あっ……その、私は」


「気にしないで。そりゃあ、当時は悲しくって悲しくって仕方がなかったけど。それじゃ生きていけないって、俺としても、もう吹っ切れてるし」


 たぶん、両親も。自分のことをしがらみにして息子に生きていってほしいなどとは微塵も思っていないだろう。

 風花の両親に懇意にしてもらっていたのも、両親同士の仲が良かったから。不憫に思ったふたりが、しばしば俺の様子を見てくれていた。

 そんな恩あるふたりに挨拶もなくここに来てしまったのは、たしかに不義理ではあるが。事故的にこちらに来てしまったので、どうしようもない。


「だから、変に気にされる方が、ちょっとやりにくいかな」


 ハハッと、小さく笑う浩一。だが、その表情にほんの少しのやりきれなさを、アイリスは感じ取る。

 そりゃあ、そんなもの。割りきろうとしてそうそう割り切れるものではないだろう。


(……なら、私にできることは)


 キュッと、アイリスはその手を握りしめて。ひとつ、決意する。


「わかりましたわ!」


 唐突に声を挙げたアイリスに、浩一も、風花も。拍子を抜かれる。

 呆然と。ふたりして、そんなアイリスを見つめていると、彼女はバッと腕を広げてから、片方の手のひらを自身の胸に当て。そして、


「コーイチ様の帰るべき場所に、私、なってみせますわ!」


 その突然の宣言に。要領の得ていない浩一は、疑問符を頭に浮かべたままで。どう反応すればいいかに困っていた。

 その傍らで、その宣言の意味を察した。あるいは、ちょっと考えすぎた風花は、顔を真っ赤に赤らめながら。


「ちょ、ちょっと! 浩一の帰るべき場所は私のところなんだからね!」


「あら、フーカ様。それは、宣戦布告ということですわね」


「のっ、望むところよ!」


 ガルルルッと、風花はアイリスに向けて威嚇をする。

 なんだか状況はよくわからなかったが、アイリスと風花がそれなりに打ち解けられている様子で、浩一としてはひとつ安心できるところではあった。


(……まあ、このあとで彼女が王女だと知って、どうなるのかと思うと気が思いやられるが)


 まだ伏せたままのその事実に、ちょっとだけ浩一は視線をそらした。

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― 新着の感想 ―
コーイチには帰れるところが幾つもある。こんなに嬉しいことはあるまい。 そう、誰も一人では......
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