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#17

「それじゃ、おにーさん、おやすみ!」


「おう。マーシャもあんまり夜ふかしするんじゃないぞ?」


 薄明かりの廊下で、マーシャに向けてそう言う。

 彼女はそんな子供じゃないんだから、と。耳をピコピコさせながら言う。


 しかし、その言葉とは裏腹に、見た目には全く以て信用がない。

 抱えられた紙束に視線が向きつつ、緩んだ口からよだれが少し垂れている。


 絶対夜更しするな、と。浩一は確信した。


 彼女の持っている紙束は、浩一が書き起こしていたもののうち、図を主に用いており、なおかつマーシャが興味を持ちそうなものをいくつか見繕っておいたものだった。

 書いてある文字などは彼女には理解できないかもしれないが、しかし、それでも彼女の発想の助けに少しでもなれば、と。


 手をフリフリと振りながら、マーシャはそのまま浩一の隣の部屋へと入っていく。

 マーシャの立場も、浩一と同じくいちおうはアレキサンダーの付き人、という扱いに収めておくことになった。

 そうなった経緯として、最初は純粋に鉄道事業への協力者とするか、今の形とするかという議題が上がったのだが。アイリスが「マーシャちゃんを放っておくのは怖いですわ」と。

 事実、浩一とアイリスが会いに行ったときには空腹でぶっ倒れていた人物なので、その言葉にはかなり納得がいく。


 そういう関係で、マーシャに関しては目の届く範囲においておくほうが安全である、という共通認識のもと浩一と同じ立場となった。

 理由について異議を唱えたのはマーシャだけだったため、民主主義(たすうけつ)に則って棄却をされた。……まあ、どちらにせよ待遇については彼女自身反対はしていなかったので、無問題ではあるのだが。


「まあ、言ってる俺が夜更しするつもりだから強く咎められないんだが」


 ポリポリと頬を掻きながら、浩一は私室へと戻る。

 机に併設されている証明に軽く触れると、柔らかな光が灯る。……本当に便利だよなあ、これ。


 そのまま、浩一はアレキサンダーから借りた絵本をいくつか開いて読み始める。

 文字は、もちろん読めはしない。だがしかし、絵本であれば挿絵からある程度の展開が推測できる。


 ヴィンヘルム王国へとやってきて、浩一に振りかかっていた問題でおそらく最大のものは、文字がわからないということだった。

 どうしてだか会話が成立するため深刻というほどの問題ではないのだが、これが仕事をする……鉄道を作って行くとなると話が変わる。

 誰かが書いたものを読めない上に、浩一自身、なにかしらを書いて誰かに伝えるということができない。


 わかりやすい例こそ、先程マーシャに渡した紙の選定基準だ。

 図などでわかりやすくなっているものを渡したが、仮に浩一が言語を扱えていたなら、もっといろいろなものを彼女に渡すことができただろう。


「……誰かについて回ってもらうわけにもいかねえしなあ」


 現状では、大抵の場合にアイリスかマーシャのどちらかが付いてくれているため……というか付いて回られているため、浩一自身がなにかしらを読めなくてもすぐに翻訳をしてもらえるのだが。ずっとそれに甘えているわけにはいかない。


「とはいえ、ひとりでやるには限界はあるよなあ……」


 これが例えばフランス語であるとかドイツ語であるとかなら、まだちょっとくらいなら英語から推測がついたりするのかもしれないけれども、全くの未知の言語。なんなら、使っている文字すら違う。

 文字の書き取り、意味の推測。ただの絵本だというのに、悪戦苦闘しながら読み進めていると、時間などすっかり過ぎ去ってしまう。


 どれくらい、経っただろうか。機械時計が無いため、正確な時間はわかりはしないが、外の様子を見る限り相当に時間が経っているはずだ。

 始めた頃はまだ遠巻きにちらほら明かりが見えていたが、既にほとんど見えなくなってしまっておる。


「さすがに寝るか」


 そう思い、カーテンを引こうかとしたその時。

 遠く。街のある場所よりもずっと、ずーっと遠く。おそらくは王都の外側であろう場所から、強い光が発せられる。


 なにごとかと思ってしばらくそれを見つめていると、次第に光が弱まり、収まる。

 突然に強い光が発生。そんな超常現象、日本……というか地球で起こっていれば大騒ぎではあるが。ヴィンヘルム王国には魔法があるし、そんなことも起こりかねない……のか?


 浩一がそんなことを思いながらしばらくジッと考え込んでいると、ふと、似たことをどこかで聞いたことがあるような、そんな気がして。


『ねえ、あなたさっきの光に包まれてた人よね!? あなたどこから来たの?』


 そう、たしかこれは浩一がアイリスと初めて出会ったときに話しかけられた言葉。

 あのときは、たしかに王都から少し離れた森の中に急に光が落ちてきて。その中に浩一がいたとかなんとか――、


「……嫌な予感がする」


 浩一はカンテラを持ち出し、灯りをつける。

 周囲が軽く確認できる程度の光なため走ったりはできないが、それでも無いよりはずっとマシである。


 音を立てないように廊下に出て、転ばないように慎重に、しかしできるだけ速く走っていく。


 真っ暗でひとけのない廊下を進んで行くと、カツカツという足音が聞こえてくる。

 予感が的中しないことを願ってはいたが、さすがにそんなに事がうまくは運ばないか、と。


 相手に気取られないようにカンテラを消し、足音を忍ばせながら音のする方へと近づいていく。

 そのうち、遠くに仄かな光が見えて。こちらに近づいてくる。


 浩一はサッと曲がり角に隠れて、足音の主を待つ。


 予想通りに、彼女はそのまま浩一の横を通り過ぎ、駆けていこうとする。

 そんな彼女に向けて、浩一は小さく息をついてから。


「どこへ行くんですか? アイリさん」


「ふぇっ!?」


 浩一の声に、足音の主、もといアイリスはピーンと背筋を伸び上がらせる。

 彼女はそのまま油が切れた機械のようなぎこちない動きで身体を動かし、浩一の方を向く。


「あ、あらコーイチ様。奇遇、ですね?」


「どこへ、行くんですか?」


 浩一が改めてそう問いかけると、彼女はそっぽを向き、ぴゅうぴゅうと口笛を吹く。

 なんともわかりやすいというか、バレバレな誤魔化し方である。


「アイリさんも、見えたんですよね? 光。それで、見に行こうと」


 ずいっと近づきながらにそう問い詰めると、余計に彼女は目をそらす。図星らしい。

 正直、その破天荒のおかげで俺が助かって、なおかつ今の状態があるのでありがたくはあるのだが。しかし、それとこれとは話が別である。


 アイリスはむうとむくれて、とてつもなく不機嫌そうにする。


「もしかしたら、コーイチ様のように誰かがいるかも」


「だとしても、ひとりで抜け出していこうとしていましたよね? 黙って」


「ぐぬぬ……」


 どうにかして行きたい、という感情が目に見えている。とはいえこのまま行かせてしまっては、まだアレキサンダーからアイリスへと雷が落ちるのは明白ではあったが。

 どうしたものか、と。浩一はしばらく考えてみて。


「……それじゃあ、せめて俺を連れて行ってください」


「ふぇ?」


「それが、ここを見逃す条件です」


 浩一がついていけばある程度の理由付けはできる、かもしれないし。最悪代わりにお叱りを受けられなくもない。

 アレキサンダーに対して、そういう誤魔化しが通用するとも思えないが。


 アイリスは浩一の提案にしばらく考え込んだのち、それなら、と。


「私の方からも、ひとつ条件を」


「なんでしょう?」


「私のことを、アイリと、そう呼んでください! それから、丁寧な言葉遣いも不要です!」


「……はい?」


 なんだって?

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