#16
数日後。便宜を図ってくれたアレキサンダーによって研究室、もとい、研究小屋が用意された。
突貫で建てられた建物だったため大きさこそそこまで大きくはないが、しかし石レンガの作りはしっかりとしている。
「わああ! さすがは王子様だね。用意してくれた道具、私が持ってるのよりもずーっといい!」
中に入るや否や、マーシャがあちらこちらに飛び回り、設置されている器具を見て興奮をしている。
浩一は工作道具については特段明るくはなかったが、しかしマーシャの様子を伺う限りでは、相当に良いものを準備してくれたのだろうと推測できる。
「それで、以前言っていた首振り式エンジンを作るんですの?」
「ええ、そうですね」
マーシャと一緒に入ってきたアイリスがそう尋ねてくる。浩一はコクリと彼女に頷いてみせると、この数日の間に起こしておいた設計図を机の上に広げる。
「首振り式エンジンはその性質上、できるだけ精密に作ることが望ましいんですが」
「まっかせて! 精密加工なら私の得意分野だから!」
マーシャはそう言うと、胸を張りポンと叩く。
「それならば、部品の加工はマーシャに頼もう。組み立てなんかは俺の方でもできるから」
「うん、それじゃあ早速取り掛かるね!」
マーシャはそう言うと、先程までのハイテンションから一転。神妙な面持ちで集中をし、作業に取り掛かり始める。
「コーイチ様、私はなにをすればいいでしょうか?」
隣にいたアイリスが首を傾げながらそう尋ねてくる。
いかにも手伝いたいと顔に書いてある彼女だったが、しかし部品の加工はマーシャに任せてしまったほうがいいし、構造をある程度理解している浩一が組み立てるのがいいのもまた事実。
とはいえそうなると仕事がないわけで。
しかし、アイリスを仲間外れにしてしまうと彼女の性格上拗ねかねない。それはそれで非常に厄介だろう。
浩一は「そうですね……」と言い、少し考えてから。
「首振り式エンジン――蒸気機関は水と炎が必要になります。なので、それの用意を手伝ってもらえますか?」
役回り的な話をしてしまうと雑用にも見えかねない内容だったが、しかしアイリスはそれをとても嬉しそうに了承する。
元より、浩一が魔法を使えない都合で水や炎はマーシャに頼むつもりだったが、アイリスが引き受けてくれるのならそれでいい。
そんなことを話していると「できたよ!」と言って、マーシャがひとつ目の部品を持ってきてくれる。
「こんな感じでいいかな?」
「…………」
「あれ、おにーさんどうかした? なにか問題あった?」
「ああ、いや、問題ない。他の部品も頼んでいいか?」
「うん!」
元気のよい返事をしてマーシャはトテテテッと作業に戻っていく。
俺は彼女から受け取った部品を手に取り、よく観察する。
「……よくできている、本当に」
彼女の作っていた発明品を見ていたから、マーシャの実力についてはある程度把握していたつもりだった。だがしかし、今の短時間で作ってきたその部品は、驚くほどに精巧だった。
「ええ。さすがはエルフといったところですわね」
「……関係あるのか? それ」
「ええ。関係していますの。もちろん、個人差はありますけれど」
曰く、エルフという種族は魔力の精密操作という観点では最高峰と言って差し支えがないほどに長けているのだとか。
こうした加工に使う道具にも魔力を使用するのはもちろん、加工に即して魔法を併せて使うこともあるため、加工の精度と魔力操作の精度は比例関係にあるのだとか。
加えて元々の器用さを併せ持っている者も多く。そのため、大物の加工を苦手とする一方で細やかな加工を施すという意味合いではエルフの右に出るものはいない。
それこそ、エルフ製の製品となれば高級品になることも珍しくないのだとか。
「そうはいっても、金属部品の加工をできるエルフは珍しいのですけれども」
「そう、なんです?」
「基本的には服飾品や木工加工を得意としているエルフのほうが多いんですの。金属加工をするエルフもいますけど、それこそアクセサリーとかを作ってる方が多いですし」
だからこそ、マーシャのように金属部品の加工ができるエルフは相当に貴重になる。
またしばらくして、次の部品を持ってきたマーシャからそれを受け取る。
先程の部品の精度からもはや予想はしていたが、その加工精度の高さはピカイチで。
二つの部品を組み合わせてみると、隙間なく、ピタリと嵌る。
「――ッ!」
これほどまでか、と。初めて作るはずのその部品で、この精度で作れるのかと。そんな驚きを浩一は感じながら。同時、興奮を覚えていた。
元より失敗する気などありはしなかったが。だが、しかし。
(マーシャの力があれば、本当に蒸気機関車を作る目処が立つかもしれない)
まだまだ足りないことの多い皮算用だが。しかし、マーシャの実力はそう思わせるには十分すぎるほどだった。
「それじゃ、ここに火をつければいいんですわね?」
「はい、よろしくお願いします」
アイリスが小さく唱えると、その指先から小さな炎が現れる。
彼女はそれをそっと動かすと、浩一の用意したアルコールランプの芯へと炎を移す。
オレンジ色の炎を灯しながら燃えるアルコールランプに、彼はそっと胸をなでおろす。
魔法のおかげでこういったアルコールランプの類がこの国になかったらしく、ついさっき慌てて作ったものなのでちゃんと稼働してよかった。
そうして安心するのもつかの間、そのまま浩一はアルコールランプを装置のタンク……水を注入したところの下へと設置する。
「これで動きますの?」
「まだですね。この炎でタンクの中の水が温められて蒸気になって、装置中に満たされ始めたら動きます」
浩一はそう言いながらエンジンの接続先。今回の首振り式エンジンが正常に稼働すれば回転する予定の円盤を指で軽く弾いてみる。
いくらか軽く回りはするものの、摩擦などの抵抗によってすぐに止まる。
「これが回り続ける、のですよね? ……少し信じ難いですわ」
「まあ、見ていておいてください」
そう言って装置やアルコールランプの炎を眺めていると、しばらくして、シリンダと装置の接合部あたりから泡と蒸気が漏れ出し始める。
そろそろかな。浩一がそう思いながら、先程試しにと回したときと同じように円盤を軽く指で回し、弾みをつける。その瞬間、
ブロロロロロロロッ!
「!?」
突然にそう鳴き始め、もとい、高速での回転を始めた首振り式エンジンにアイリスとマーシャが大きく驚く。
「……ふぇっ!? こ、こんなに速いんですの!?」
おそらく、アイリスは先程浩一が回してみせたときのあのスピードで回り続ける、と。そう思っていたのだろう。
隣でマーシャも同意するように首を縦に振っていた。
かくいう浩一もここまでのスピードの出るものが作れると思っていなかったため、少し驚いてはいたが。しかしそれはすなわち、マーシャの部品精度が高く、ロスが少なかったということだろう。
首振り式エンジンは、機構だけで言えば相当に単純な蒸気機関だ。
シリンダの側面に給排気口がついており、給気用の穴と接している際に蒸気が流入。ピストンが押し出され、直線運動を行う。
ピストンの先にはクランク機構が接続されており、そこが回転することによりピストン、及びシリンダ自身が揺動運動――首振りを行う。
最初は給気が行われていたシリンダが移動することにより排気用の穴と接し、同時、押し戻されるピストンにより蒸気が排出される。
揺動運動の勢いは残っているため、そのまま最初の給気用の穴のところへ戻り……と、これをずっと繰り返すことになる。
だからこそ、最初の弾みを与えてやっただけで、そのままピストンの往復、シリンダの揺動が蒸気の力で維持されるのだ。
アイリスはこの装置を見ながら「すごーい!」ととてもテンションが上がっていたが、その一方でマーシャは魅入るようにして装置の動きを見ていた。
部品の製造を担当した彼女だ。組み立ての際にも浩一の様子を見ていたし、なにがどうなっているのかということを、頭の中で作り上げているのだろう。
そうしてパッと、なにか閃いたらしい様子のマーシャが浩一の方を向いた。
「じゃあ、もしかしてこれのもっと大きいのを作れば!」
「蒸気機関車に積み込める……ってなれば、よかったんだけどね」
キラキラとした視線の彼女に、浩一は肩をすくめながらそう答えた。
首振り式エンジンは単純でわかりやすい一方で弱点も多い。様々な問題があるが、その中でも蒸気機関車に使うとなれば大きい事由はパワーだろう。
弁などを利用せずに直接の給排気を行っている都合、圧力を高めれば高めるほど隙間から漏れ出てロスが大きくなる。また、構造上大型化しにくいという特性もある。
そのため、蒸気機関車に首振り式エンジンで動かすのは難しい。……が、
「なら、ここから先は私とおにーさんのお仕事ってわけだね」
「そうだな」
首振り式エンジンを試作したことにより、マーシャの蒸気機関に対する理解が深まったはず。
最初から、実用できるものが作れるなど思ってもいない。試行錯誤して、実用に足るものを作っていけばいい。
ウズウズしている、今にでも色々考えたい、と。そんな表情の見て取れるマーシャに、浩一はある種の安堵を覚える。
やっぱり、この子でよかった、と。
「ほんとにずっと回ってますわ。……不思議ですわねぇ」
そう言いながら興味津々に首振り式エンジンを眺めているアイリス。そんな彼女を見ながら、二人は温かに笑った。