#13
元気、とまでは行かなくとも、動ける程度には活力を取り戻したマーシャは、家の奥へと引っ込んでいく。
ガチャガチャ、ドッスン、と。少し心配になる音を驚きつつも浩一とアイリスが待っていると、両手いっぱいに機械を積み上げたマーシャが、扉を蹴り開けて戻ってきた。
「さあ、見て! これが、私の自慢の発明品たちだよ!」
机の上に広げられたそれらから、浩一はひとつ手に取ってみる。
だいたい20cm幅程度の正方形の板状をしたなにか。上面は金属製であり、ひんやりとしている。
「それはだねぇ、物体内で魔力誘導を行うときに発生する熱を応用した調理器具で、スイッチを入れると金属面が高温になって、そこで料理ができるっていうシロモノだよ!」
まるでスイッチが入ったかのように、マーシャが早口で語り始める。
とめどなく流れてくるその説明に。魔力誘導なるものがなんなのかは浩一にはわからなかったが、しかしその一方でこれがどんなものなのかはわかる。
聞く限りの説明で言うなれば、いわゆるコンロのようなものだ。
ともすれば、それなりの需要な有りそうなものではあるが。
「売れなかったのか?」
「ええ、ちっとも。需要、ないからね」
その言葉に浩一は首を傾げる。話を聞く限りでは便利そうではあったのだが。
しかし、そんな疑問をアイリスが解決してくれる。
「コーイチ様。この国のほとんどの住民は、料理に使う程度の火であれば魔法で賄えます」
「あっ……」
「また、魔力誘導時の熱というのは言ってしまえば魔法を行使する際のロス分なので、普通に魔法で火を出したほうが効率がいいです」
その説明で、浩一は納得する。たしかにこれでは需要が無い。調理程度で魔法を使えば解決する。それ以上の、例えば製鉄などに必要な火力は魔法では足りないが。すなわちそれはこの道具でも足りないことを意味する。
こうもなってしまえば、まさしくシロモノではなくイロモノだ。
的を射ているアイリスの説明に、マーシャはしょんぼりと、少し下を俯く。
だが、しかし。
「聞きたいんですけど、その魔力誘導時の熱? を使った発熱装置って、他に作られたことあります?」
「えっ? ……ええっと、私の記憶の限りでは無いかと」
「なるほど」
もしかしたら、マーシャと同じような発想で作った人はいるかもしれない。しかし、アイリスがそれを知らないのであれば、それがメジャーとなり知られた過去は無い。
つまり、マーシャは魔力誘導の熱の話を聞き、そこから発想して自分でこれを組み上げた、というわけだ。
ゴクリ、と。浩一が唾液を飲み込む。
興奮が湧き上がってくる浩一に対して、マーシャの気持ちは少しずつ下がりこんできていた。
弱気になりつつあるマーシャは、思わず口からポロリと言葉を漏らしてしまう。
「……やっぱり、微妙ですよね。この発明品」
「ああ、たしかに発明品自体は微妙だ。この国の需要に対して微塵も合致していない」
ある種の追い打ちとなるその言葉に、マーシャは項垂れてしまう。
マーシャのことをアイリスに紹介してもらうきっかけになった自動井戸水汲み上げ機だって、同様にこの国の需要を一切満たさない。
だがしかし、その一方で。
「……発明自体は、とても優秀だ。いや、それ以上に思いついたこと、気になったことを実践し、形にしようとするその執念こそが」
自身の命が危うくなるまでになっても、それを行おうとしていた、その狂気とまで言えそうな好奇心こそが。まさしく浩一の求めていたものだった。
そしてなにより、それを実際に形にできていることが、彼女の実力を表していると言ってもいい。
さすがは、腕だけはたしかだけど変なものばっかり作ってると評価されるだけはある。
「だから、教えてほしい。マーシャがどんなものを考え、思いつき、形にしてきたのか」
「……そんなことを言ったら、今日は帰れないほどに語り尽くしちゃうよ?」
「望むところだ、と言いたいところだが、さすがに時間が遅くなるのは困るからほどほどで頼む」
困り顔で浩一がそう言うと、マーシャはニヒヒッとイタズラに笑って「りょーかいだよ、おにーさん」と。
「それじゃあまずはこれから……」
マーシャの発明品語りはそれから日が傾き始めるまで続いた。
最初の方はツッコミを入れたりしていたアイリスだったが、次第に疲れてきたのか途中からうつらうつらと船を漕ぎ始め、今では机に突っ伏して寝てしまっている。
しかしその傍らで浩一はマーシャの説明を真剣に聞き入っていた。
やはりというべきか発明品は、売れていないだけあって実用上ではそんなに魅力を感じなかったり、あるいはこの国の事情にあっていなかったり、と。そういうものがほとんどだった。
だがしかし、発明への執念、執着こそ、本物のそれであることも同時に浩一に伝わってきていた。
その熱意が伝わってくるからこそ、浩一は彼女の発明にどんどんと惹かれていっていた。
「んぅ……ふわぁ……」
ガサゴソと身じろぎをして、ゆっくりとアイリスが起き上がる。大きくあくびをひとつしてから、彼女は「すみません、はしたなくも眠ってしまって」と。
「大丈夫だいじょーぶ! 私はそれくらい気にしないし、おにーさんもそうでしょ?」
「まあ、そうだな」
「そんなことよりも、話し込んでる間に随分といい時間になっちゃったね」
窓の外から差し込んでくる夕日が、時間の経過を物語っていた。
アイリスは寝ていたし、浩一もマーシャも話に集中していたために、先刻まで誰も気づいていなかったが。
「それじゃ、今日はこのあたりにしておこっか。もし続きが聞きたければ、また明日にでも――」
「ま、待った!」
話を切ろうとしたマーシャに、浩一が慌てて引き止める。
なんのことだかわかっていないマーシャだったが、アイリスはなんとなく察していた。
「……マーシャちゃんで、よさそうでしたの?」
「ああ。確信した。マーシャでいい。いや、マーシャがいい」
浩一がアイリスにそう伝えると、彼女はカバンの中から一枚の折り畳まれた紙を取り出し、それを浩一に渡す。
説明と説得は浩一からしてくれ、と。そう言うように。
「実はな、マーシャ。今、俺たちはあるものを作ろうとしていてな」
浩一はそう切り出して、進めている計画――鉄道計画と、蒸気機関車について話す。
最初の方はあまり理解していなかったマーシャだったが、しかし機関車の話。……魔法でも、人力でもなく。機構と水と燃料だけで動く、そんな不思議な物体の話に。だんだんと彼女は惹かれ、目を輝かせていく。
「……作れるの? そんなもの」
疑問を投げかける、そんな言葉であったが。しかしその表情と声色がそれに合致しない。興味と、期待と。そして、好奇心に包まれたマーシャは、ウズウズとしながらにそう尋ねる。
「大まかな仕組みは俺が理解している。だが、細部……細やかな部分における構造までは理解していない。そして、俺にはそれを発想できるだけの頭はない」
だからこそ、狂気的なまでに思いついたものを形にしようとし、そしてそれを実現できる、マーシャこそ。浩一にとってはあまりにもほしい存在だった。
「だからこそ、もしよかったら俺と一緒に――」
「やるやるやるやる! やるに決まってる! やりたい! やりたい!」
浩一が言葉を紡ぎ切るよりずっと早く、マーシャが両の手を挙げて提案を歓迎する。
そして、浩一の手に持たれている紙、その表題の雇用契約書の文字を見て「これにサインすればいいの?」と。
やや強引気味にその紙を奪って、彼女はサラサラと自分の名前を記入する。
「ああ、まあそうなんだが。……いいのか? ちゃんと読まなくて」
あまりに勢いと踏ん切りの良すぎるマーシャの様子に、浩一は戸惑いながらにそう尋ねる。が、彼女は楽観的に大丈夫大丈夫、と。
「だって、話を聞く限り、おにーさんが取り纏めをしてるんでしょ? こんな面白そうなことを考えてる人に、私と発明を見て、認めてもらって。そして、一緒にやらないかって言ってもらえるなんて。こんなにも嬉しいことはないよ」
「そう言ってもらえると、こちらとしても嬉しい限りだな」
真っ直ぐに投げかけられるその気持ちに、少しだけ気恥ずかしいような、照れくさいような気がして、浩一は少しだけ顔を赤くする。
だが、嫌な気持ちでは、ない。
「ちなみに、指揮を取ってるのはコーイチ様ですが、いちおう責任者は私のお兄様ですわ」
「へぇ、だからアイリちゃんがこの紙を持っていたんだね」
アイリスが持っていた紙は、アレキサンダーから浩一が預かっていたものだった。
それは、浩一の判断で必要な人材を雇っていいというもの。しかし、いちおうその過程でアイリスには面通しをする、という条件付きで。
そのため、浩一ではなくアイリスが所持。必要に応じてアイリスが浩一に渡す、ということになっている。
ふんふんと、そう言いながら。マーシャは今更になって契約書の内容を読む。賃金についての説明や、その他いろいろなことが書かれており。そして、
「あ、ホントだ。責任者の名前がおにーさんのものじゃない。ええっと、アレキサンダー・ヴィンヘル……ム…………」
その名前を読み上げつつ、マーシャはだんだんと顔を引き攣らせ、青ざめさせていく。
「……あれ? この名前って」
「お兄様の名前ですわ、間違いありませんわよ!」
「アイリちゃんのお兄様の名前がアレキサンダー・ヴィンヘルム。ってことはアイリちゃんの名前は」
「アイリス・ヴィンヘルムですわ!」
その言葉に、マーシャはピシャリ、と固まる。
どうして彼女が戸惑っているのかわからずに首を傾げるアイリス。次第に、口をアワアワと動かし始めたマーシャは。
「……ってことは、アイリちゃんって、お姫様なの!?」
と、驚いた様子でそう叫んだ。