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#11

 アイリスが箒を降ろした先は、ちょっとした広場のような場所だった。

 建物の外観などは板張りであったり、あるいは石造りであったり。あまり見かけないようなものばかりではあったものの、しかしその人の往来の様子については、日中の住宅街、という言葉がまさしく似合う。

 子供が声をあげながら脇を走りすぎていき、また少し離れたところでは奥方が数人で会話に花を咲かせている。


「……うーん、いませんわねぇ」


 少し困り顔で、アイリスはそうつぶやく。


「いないってのは、例の人のことか?」


「そうですわ。普段はこのあたりによくいるんですけども」


 日中にこの広場にいる、ということは。……うん、まともに職にはつけてなさそうではあった。本来ならば心配して然るべきなのだが、浩一にとって、今回だけはその情報がむしろありがたい。

 この国でまともに稼げる機械技師は求めていない。


「どこかに引っ越したとかの可能性は?」


「たぶん、ないと思いますの。そんな話は全くしてませんでしたし」


 しかし、連絡の手段があるわけでもなく、明確に場所を知れるわけでもなく。……これは、少し困ったことになった。


「とりあえず、探すしかありませんわね」


「そうですね。……しかし、アテもなく探すのは」


「もちろん、わかってますの!」


 アイリスはそう言うと、柔らかな笑顔を携えて、カツカツと近くにいた子供に近づいていく。


「ねぇ、遊んでるところちょっといい?」


「あ! アイリ姉ちゃんだ、久しぶり!」


「ええ、久しぶり。それで、聞きたいんだけれども。マーシャちゃんってどこにいるか知ってない?」


「マーシャ姉ちゃん? そういえば3日前くらいから来てないなあ……」


 アイリスがひとりの子供と話していると、一緒に遊んでいた子たちがわらわらと集まってきて「お前知ってる?」「いや、私も見てなーい」と。


「あ、そういえば。昨日、路地裏からマーシャちゃんの声がした気がしたんだけど、覗き込んでも誰もいなかったんだよね」


 と、ひとりの子供がそうつぶやいた。

 その子供に、アイリスは声色を少し高くして、


「ねえ、そこに連れて行ってくれるかしら!」


「ふぇ? うん、いいけど」


「ねえねえアイリお姉ちゃん、遊ぼうよー」


「そうだよそうだよ遊ぼうよ!」


「ごめんね、今日はちょっとやることがあるの」


 アイリスはそう断りながら、ゆっくりと浩一の元へと戻ってくる。

 やりましたわ! とでも言いたげな、自信満々の表情で。


「子供たちに、ずいぶんと慕われていますね」


「ええ、ええ。もちろんですの!」


「ここにはよく来られるんですか? ……抜け出して」


「ええ、ええ――あっ」


 アイリスは、浩一の言った言葉の本懐を、遅れて理解する。ついでに、自分自身が自爆をしてしまったことも。

 隣にいる子供はなんのことやらわからない様子で。焦るアイリスをよそに首を傾げていた。


「コーイチ様、その、このことは、お兄様には秘密にしていただけると……」


「ええ、それは大丈夫です」


 浩一自身、アイリスがアレキサンダーに無い人脈を持っている、という時点でそういうことだと思っていたし、特に今回はその人脈に助けられているので、わざわざ彼に告げ口をする理由はない。

 最も、浩一がアレキサンダーに報告しなくとも、彼ならば既になんとなく察知していそうなものではあるが。


「それじゃあ、気を取り直していきましょうか! 案内、お願いしますわね!」


「うん! 任せて!」






 子供に案内されるままに連れて行かれたのは、住宅街のひとつの通り。

 人通りのそんなに多くないそこの、ひとつの路地裏前にて「ここだよ」と、そう教えてくれる。


「ありがとう」


「ううん、大丈夫だよ! アイリお姉ちゃんも、お兄ちゃんも今度一緒に遊ぼうね!」


「ええ、今度は用事のないときに……」


 笑ってそう答えるアイリスだったが、その頬がほんの少しだけ引き攣っていた。既にもうバレてしまっているとはいえ、浩一の前でそれを言ってしまうことを躊躇っている様子だった。


 そのままパタパタと離れていった子供を見送って。アイリスと浩一は路地裏に顔を向ける。


「さて、ここからマーシャちゃんの声が聞こえたらしいですが」


 子供が広場で証言していたように、路地裏を覗き込んでも特段なんらかの影があるわけではなく、ただの路地裏、というように思える。


「……とりあえず入りますか」


 万が一になにかあってはいけないので、浩一が先行しながら路地裏へと足を踏み入れる。

 家と家の間、隣の通りに繋がる細道、という様子で。途中横に逸れられる場所があったり、家の入り口があったりするものの、やはり、これと言って人の様子はない。


「マーシャさん、でしたっけ? 本当にここにいるんでしょうか」


「うーん、あの子は別に嘘をつくような子じゃないから、信用はしてもいいと思うんだけど」


 とはいえ、言葉としては昨日のもので。時間のラグがある分、その人がここにいるとは限らないわけで。

 浩一が、一旦ここから出ることを提案しようとした、そのとき。


「むきゅう……」


「マーシャちゃんの声ですわ!」


 近くの家の中から、そんな力ない声が聞こえてきた。

 アイリスの反応から、それが探していた本人のものだということがわかる。


「たぶん、この家からでしたの」


 そのままドアに手をかけようとするアイリスを、浩一は慌てて引き止める。


「いや、いくらなんでも勝手に侵入するのは良くないですって!」


「むむむ。それは、そうですが……」


 浩一はアイリスが開けようとした扉の前に立ち、落ち着いてノックをする。

 返事は、ない。


「マーシャさん? その、いらっしゃいます?」


 声をかけてからノックをするが、やはり返事はない。

 我慢がきかなくなったアイリスは浩一と同じようにノックをしてから、


「マーシャちゃん、返事をしてくださいですの! 返事がないようでしたら非常事態と判断して入りますわよ!」


 やはり、返事はない。

 アイリスの発言はやや強硬なようにも見えるが、あながち誤った判断とも言いにくい。

 マーシャがいることはほぼ確定している中で呼んでも反応しない、ということは家の中でなんらかの問題が起こっている可能性がある。


「入りますわよ? さん、にぃ、いち!」


 アイリスが、ドアに手をかけ、ドン、と。そのまま押し開く。

 鍵は掛かっていない様子で、問題なく開くことができ。そして、


「マーシャちゃん!?」


 地に伏せ、倒れ込んでいる女性が、ひとり。

 慌ててアイリスと浩一が駆け寄る。

 いちおう、動いてはいるから死んではいない。併せて、外傷なども見受けられない。だがしかし、かなり限界だということは状況から察することができる。


「マーシャちゃん、いったいどうしましたの!? なにが――」


 アイリスがそう声をかけると、彼女は絞り出すような声で。


「お……」


「お?」


 アイリスと浩一が、彼女の言葉に必死で耳を傾けていると。


「お腹が、空いて。動けないの……」


「…………」


 アイリスも、浩一も。それが深刻な問題だということはわかっている。だが、しかし。


「変な心配をかけさせないでくださいですの!」


 アイリスの、その渾身の叫びに。浩一は心の中で頷いた。


「全く。……コーイチ様、私は近場の商店で適当な食べ物を見繕ってきますので、マーシャちゃんの様子を見ておいてくれますか?」


「それは、大丈夫ですが……」


 アイリスが行ってもいいのだろうか、と。一瞬思った浩一だったが、しかしただでさえ地理に疎い上にこの国の貨幣や物価帯についても把握しきれていない彼が行くほうが余計な手間がかかる。

 ついでに、浩一は箒を使えないし。


「それじゃ、行ってきますわ! 任せましたわよ!」


 アイリスはそう告げると、ふたりを置いて買い物に行ってしまった。


「しかし、そうは言われてもなあ……」


 現在進行形で地面に突っ伏している彼女を、いったいどうすればいいものか。

 クリーム色のふわふわとした髪の毛。白い肌。そして、


「……ん? なんだこの耳」


 横向きに長く、尖るように伸びた耳。なかなかに珍しい形をしたそれに、浩一は首を傾げた。

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