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#98

「あ、おねーさん! こっちこっち!」


 風花がキャンプ地へと戻ってくると、大手を振りながらにマーシャが出迎えてくれる。

 彼女の奥では、タープの下でなにやら作業をしているルイスとレオ。そして、浩一がいて。

 一瞬、風花が足を止めかけるが。しかし、後ろにいるアイリスとフィーリアがほんの少しの勇気をくれる。


「ごめんなさいね、マーシャ。心配かけたみたいで」


「ううん、大丈夫! そんなことよりも、ほら!」


 グイッと、マーシャが風花の腕を掴み、引き寄せる。


 無論、行き先はタープの下。

 近づくことで、浩一たちがやっていたことの詳細が判明する。


「水鉄砲?」


「ああ、とはいっても、簡素なものだがな」


 でも、仕上がりだけは一級品だぞ、と。浩一がマーシャ印の太鼓判を押す。

 隣では、そんなマーシャが誇らしそうに胸を張ってみせる。


 この場で緊急で作り上げた、木製の水鉄砲。

 仕組みとしては非常にシンプル、木材で作った直方体のシリンダにピストンをつけただけのもの。

 無論、ピストン用のパッキンゴムなどもありはしないので、布で代用などをしている手作り感が満載の水鉄砲。


 そのひとつを浩一は構えると、ピストンを押し込み、風花の顔にピュッも少しの水をかける。


「どうせ、大なり小なり濡れちまってるんだからさ。いっそ、びしょ濡れになったところで大差ないだろ?」


 詭弁だ。軽く濡れているだけとびしょ濡れとではいろいろと訳が変わる。

 だが、そんなことは浩一自身承知の上で伝えている。わかっていて、なお、この状態を楽しみたいのだ。


「ほら、これ」


 浩一が、持っていた水鉄砲をひとつ、風花に渡す。


「うまくいかないことなんて、今に始まった話じゃないだろ? なにせ、蒸気機関車なんて無茶苦茶なものを作ろうとしてるんだからさ」


 蒸気機関車と、ただのキャンプ。引き合いに出すにしても、あまりにも規模の違う話。でも、そんなものでさえ、目の前の浩一は真剣に、同列に扱おうとしている。


「だったら、うまくいかないことさえ、楽しんでいかないと」


 鉄道の敷設、蒸気機関の開発。

 全体の進捗だけで見てみれば、今までそういった機構が存在していなかったはずのヴィンヘルム王国からは信じられないほどに一足飛びに進んでいる。

 だが、その実。開発をしている浩一たちの側からすると、障壁ばかりで仕方がない。

 そもそも技術者がいるのか、から始まって。人脈形成、地図情報の不足、統一単位の制定。材料と加工者、そして工事にあたる人材の確保。そして、ゼロからとは言わないまでも、蒸気機関の開発。


 これまでも。そして、これからも。壁は分厚く、そして高くにそびえ立っている。


 辛いこともあったけれど、けれど、それをどうやって乗り越えるかを。どう挑むかを、楽しんできた。

 それは、紛れもない事実である。


「下ばっか見てても仕方ないだろ。なら、前を向いて、行こうぜ」






 森の中を基本として、水鉄砲大会は開催された。


 水鉄砲とだけ言うと子供らしく感じてしまう部分もなくはないか。作りが簡素な水鉄砲なだけに一度の給水で撃てる量は少なく。

 かつ、木々が遮蔽となることにより、想定以上の駆け引きが生まれていた。


 ちなみに、特段勝ち負けなどを決めるつもりはなく、ただただ楽しく遊ぼう、という趣旨のものではあった。

 実際、どうやって勝利を決めるのか、という問題があったからだ。当たったことを証明するにしても、既に全員多少濡れているので証明しにくい。


 だがしかし、あえて勝者を選ぶとするならば、間違いなく、アイリスである。


 案の定、ではあるのだけれども。ほとんど被弾せず。それでいて、的確に射撃を行う。

 本当にこの中で唯一の王女なのかと疑いたくなるレベルの戦績を叩き出していた。


 なお、意外とあまり戦績が振るわなかったのはマーシャ。テクニック自体は高いのだけれども、基本的な思考が突撃一択なので、そこを討ち取られることが多かった。

 同じく突撃を繰り返していたのはレオだったが、こちらは基礎の身体能力でその弱点を押しつぶして、アイリスには及ぼないものの、かなり戦績を伸ばしていた。


 逆に、浩一は周りをよく見ていたために被弾こそ少なかったものの、不器用さが災いしてあまり撃てなかった。

 風花も同じくあまり被弾はしなかったが、浩一よりかは多少撃たれていたものの、浩一とは違いはそれなりに撃っていた。


 フィーリアは、ちょうど浩一と風花の間くらい。撃たれていたし、撃っていた、という感じであった。


 ちなみに、ルイスはというと、どこに撃つべきかとオロオロしている間に討ち取られたために、被弾も多く、逆に撃った回数も少ない。

 あえて選ぶなら、間違いなく最下位である。


 まあ、森の中で多少雨の勢いが弱まっているとはいえ、それでも多少濡れはしてしまうし。

 そのうえで、水鉄砲なんてものを撃ち合っているので、その結果は言うまでもない。


 けれども。


「あー、楽しかった!」


 服も地面も濡れている。だが、そんなことも気にせずに、地面に座り込んだ風花。どうせ、このあと着替えるのだから、大差ない。

 それよりも、今は、この余韻に浸りたい。


 濡れているはずなのに、上がっていくように感ぜられる体温。まだ、興奮が止まない。

 これほどに無邪気になにかをしたのは、いつぶりだろうか。それこそ、子供の頃を思い出すような、そんな。


 雨、といえば防ぐものである、と。そう思っていたし、普通であればそうするほうがいい。

 でも、たまにはそんな常識をひっくり返してともいいじゃないか、と。


 だからこそ、得られた快感が、今、ここにある。


 風花が天を仰いでいると、そこに、慣れ親しんだ顔がやって来る。


「随分と、気が晴れたみたいだな」


「……ほんっと、いらない気を回しちゃって」


 浩一のその言葉に、風花は小さく笑いながらにそう言う。

 正直、とても救われた。いろいろと、見失っていたところがあるから。


「けど、結局浩一が働くことになっちゃってるのだけはちょっといただけないわね」


「そんなこと、今更だろ」


 変な話、浩一自身、あらゆる役目から遠ざけられているというのも、やることがないので身体は休まるのだが、どうにも気が休まらないという側面もありはしたし。


「それに、風花のその表情か見れたのなら、お釣りが返ってくるくらいだよ」


 スッキリとした、満足そうな表情。

 今朝の彼女の表情からでは、まるで想像もできないくらいの変わりようである。


「あら、口説いてるのかしら?」


「まさか。俺と風花の間柄だろ?」


「まあ、そうね」


 そういう気持ちも、無くはないのだけれども。と、そんな言葉が口をついて出てきそうになった。

 けれど、風花はそれを心の中に押し留めておく。それは、自分の役目ではないだろうから。


「そういうのは、別の人に言うべきだろうしね」


「ん? どういうことだ?」


「……その朴念仁が少しでも治れば、私も姉として安心できるんだけどね」


 やれやれ、といった様子で風花が首を横に振って。

 浩一がそんな彼女を見つつ、やはり、首を傾げていた。


「……っと、そんな話をしてたら。ちょうど、空も晴れてきたみたいだな」


「そうね」


 浩一の言葉に、風花が賛同する。


 雨も引いてきて、雲間からわずかに光芒が差し込んできている。

 どうやら、通り雨だった様子。急に雨が訪れたかと思うと、そのまま過ぎ去っていったようだ。


「さて。それじゃあ、いろいろと予定は崩れちゃったけど、今からやれることをやろっか!」


 そもそも、異世界に転移してきてきている時点でいろいろな予定が全て崩れているのである。

 それでも、前を向いてやっていくことができているのだから。

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