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#10

「それじゃ、行きますわよ!」


「お、おう。頼むッ!」


 こうしてアイリスの箒の後ろに乗るのは、昨日に続いて2度目になる。

 流石に二度目ともなれば、ある程度は慣れ――、


「出発ですわーっ!」


「――ッ!」


 やっぱまだ慣れねえよ! と。一瞬油断しかけていた自分に、心の中で文句をいう。そりゃそうだ。まだ2回目なんだから。

 宙へと持ち上げられる感覚、進行方向に猛スピードで進む感覚。

 なんなら、昨日は興奮が先行していたこともあって忘れていたが、万が一に手を離してしまおうものなら空中に身体を投げ出されてしまうという恐怖も、2度目の今は感じてしまっていて。前回にはなかった奇妙な緊張が身体に走っている。


 しばらく空高くに向けて高度を上昇してから、アイリスは箒を水平にして、高さを維持する。


「そういえば、前回は運輸ギルドに急いでいたこともあって行きがけにあまり場所巡りができませんでしたが、今回はそういうわけじゃないので、少し王都の上空を飛んでみましょう!」


「えっ……と、いいんですか? その、例の人のところに行かなくって」


 今回の外出の目的は、アイリスが知っているという推定機械技師に会いに行くことだ。


「問題ありませんの。昨日と違って今日は事前に連絡しているわけではありませんので」


 それは、たしかにそうかもしれない。事前に連絡をしていないため、時間の指定などもあるわけがなく、そもそも遅れるという概念がない。

 まあ、そもそも事前に連絡をしていないことがどうなんだという話ではあるが、運輸ギルドみたいな組織と違って今回は個人なので、連絡を入れる手間を考えれば直接会いに行ったほうが、余程早い。


「たしか、コーイチ様がヴィンヘルムにいらして以来、城から出たのは昨日が初めてでしたわよね?」


「そうですね。だから、今回が2回目になります」


 出る必要がなかった、とも言える。

 鉄道事業に着手するまではアレキサンダーの付き人として彼の執務を手伝っていたため、彼から使いを頼まれたり、彼が外に行く要件がなければ当然俺が城から出ることもないわけで。


「でしたら、王都の主な構成についてお話しながら、上空を飛びましょう!」


 背中越しに語りかけられているため、彼女の表情を見ることはできないか、しかしその声色から、彼女の様子は伺える。

 これは、アイリスがものすごくワクワクしているというか、楽しそうにしているのが明らかだ。……であるならば、これを断るというのも如何なものかという話だろう。俺としても、そのあたりについては知りたいこともあったし。


「了解しましたっ! それじゃあ早速、北区から参りますわよっ!」


「おっ、お願いします! あ、でもお手柔ら――」


 気合いの入った返事をしてくれるアイリスに感謝の気持ちを感じるとともに、ふと、嫌な予感がして。

 慌てて彼女に程々でいいよ、と。そう伝えようとしたものの、時既に遅し。


 高速で移動を始めた箒に、アイリスは楽しそうな笑い声をあげ、俺は必死にしがみつくしかできなかった。


 ……俺、箒移動に慣れることできるのかな。

 これから先の長距離移動は、ひとまずアイリスに頼るしかないんだけれども。不安でしかない。


 アイリスはまず、昨日飛んだ向きよりやや右寄り――たしか、運輸ギルドがあるのが北西向きだったはずなので、おそらく北側に向かっていった。

 全体的に大きめ……高さや広さ、そのどちらにおいても大きな建物が立ち並んでいる。ついでに言えば、それぞれの建物に施されている装飾も、王城ほどではないにせよ、豪奢である。


「まずは、北区ですの。北区は雑に言ってしまえば高級住宅街みたいなものですわ」


 主には貴族の別荘……とは言っても、俺がパッと思いつくような別荘ではなく、王都で仕事などの用事ができた際に寝泊まりするための邸宅などが立ち並んでいる。

 それ以外には、聖堂であるとか、図書館であるとか。そういった建物もこの北区に集中しているとのことらしい。


「どおりでどの建物も豪華なわけだ」


「ええ。ちなみに私はあんまり好きじゃないです。いらっしゃるのが主に貴族の方々なので、降りたら私のことを知ってらっしゃる方ばかりで、大騒ぎになるので」


「は、ははは……」


 それはそれで、どうなのだろうか。

 俺が乾いた笑いをこぼしていると、彼女は「次に行きますわよ!」と。

 俺は慌てて彼女にしがみつき、それとほぼ同時に箒がハイスピードで発進した。


「次に行くのは西区ですの。ここは、昨日いちど参りましたわね!」


「そう、です、ねっ!」


 慣れているのだろうが、アイリスは余裕そうな様子でそう話しかけてくるが、前から風が吹き荒ぶ中での会話は、まだ俺にはハードルが高そうだった。

 そのまましばらく飛び続けていると、あっという間に西区へと辿り着く。


「西区、別名商業区ですの」


「ああ、なんとなくそれは察するよ」


 運輸ギルドがある他にも、たしかここに商業ギルドがあるんだとか。王都における物資の流通と卸とがここで行われているのであれば、そこを中心に発展していくのは必然で。実際、様々な商会の本拠地がここに集まっている。


「いろいろなものが売ってるので、見ててとても楽しい場所ですの。……でも、北区と同じでお忍びで来てるのに割とバレますの」


 背後からなので正確な表情はわからないが「むぅ」と、なにやら不服そうな様子だというのはとてもわかる。たぶん膨れっ面なのだろう。

 とはいえそれは、北区の評価についても同じことが言えるが、勝手に王城を抜け出して散歩しに来ているアイリスが悪いだけなのではなかろうか。


「次に南区ですの。農業区とも呼ばれますわ」


「ここも、わかりやすいね」


 その別名が表すとおりの見た目というか。畑、牧場、果樹園。まさしく「農地」というような見た目が広がっている。

 聞けば、長距離輸送が苦手な箒のため、王都内で必要になる食料は、可能な限りは王都内で賄うように、と作られている区域なのだとか。


「日当たりも良く、王都内でありながらのどかなので、お昼寝しに来るには最適な区域ですわ!」


「あの、仮にも姫が城を抜け出して昼寝をしてもいいんですか?」


「……さあ、気を取り直して最後の東区に向かいますわ!」


 さすがに気になってそう聞いてみたのだが、わかりやすく、話を変えられてしまった。

 うん、予想どおり、ダメなんだろうな。というか、抜け出してる時点でダメなんだろうけど。


 そんな俺の考えから逃れるようにアイリスが箒を飛ばす。相変わらずの高速な様子で、程なくして東区に到着する。


「東区は主に住宅地とその人たちのための店が集まる、居住区ですの」


 王都に住んでいる、と言う場合。大抵のケースでは東区に住んでいることが多い。と、アイリスはそう教えてくれる。

 西区や南区はともかくとして、北区や、王城のある中央区にも住居はあるにはあるのだが、貴族の家が中心である北区や王城付近である中央区の地価はどうしても高いため、東区に住んでいる人が多いのだとか。

 そのため、北区や中央区を差し引いて、東区のことを居住区、と呼ぶことが多いのだとか。


「そして、今回会いに行く方も、ここ、東区にいらっしゃるはずです」


「……はず?」


 アイリスの言葉の最後についた、その不確かな言葉に、思わず疑問を呈してしまう。


「その、随分と生活が苦しそうな方だったので、引っ越されたりとか、そういったことがなければ」


「ああ……」


 そういえば、ヴィンヘルム王国で「必要がない」と思われがちな変なものを作りまくっている、推定変人だったか。

 俺からしたら喉から手が出るほど欲しい人材ではあるのだが、この国の人たちからすれば見向きをする必要もない人なので。……うん、困窮はたしかに目に見える。


「とりあえず、降りますわ。以前会ったときの場所に向かいましょう!」


「お願いします」


 そう言いながら、アイリスは東区の街角へと向けて、箒の高度を下げていった。

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