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06:アネモネのステージ その1

芸能事務所『青空プロダクション』は戦後のテレビ発展期に誕生した、老舗といっていい企業である。

俳優、歌手、芸人、さらには声優まで部門を拡げており、際立ったタレントこそいないものの、使い勝手のいい粒ぞろいが大勢所属していることで、知る人ぞ知る、といった立ち位置をキープしていた。


さて。そんな青プロが唯一弱いのがアイドルだった。

約50年にも及ぶ歴史で、スターはおらず、フラワーを6人、それも一発屋といわれる短命なアイドルを輩出したに過ぎなかった。


ぶっちゃけ、もうアイドル部門なんて廃止したほうが良くね?

政府から補助金出てても、赤字だし。


重役会議では毎年のように唱えられたが


いや、止めない!

だってスターを発掘するのが俺の夢だし!


と、先代社長であるところの会長と、現社長が駄々をこねることで存続していたのである。


そんなアイドル部門でマネージャーの1人として働く新田平にっただいら愛華あいかは、ガッチガチに緊張していた。

社長室に呼び出され、いざ入室してみれば、社長だけじゃなく会長までいたからである。


「聞いてるよ」


社長はマフィアのボスめいた強面こわもてをゆがめた。


「やってくれたねぇ」


会長が、こちらはヤクザの組長めいた顔をゆがめる。


そんな2人に、愛華はもう生きた心地がしなかった。

ばれた。と思ったのだ。


今までにしてきた悪事が思い出される。


うちの子を頼むよ。と少なくない額のお金を受け取ったことは数知れず。

気に食わないアイドルをいびって孤立させ、辞めさせたことも両手の指じゃ足りないほどにある。


「まさか、ああいったの手段で評判を高めるとは」

「ワシも鼻が高いよ」


おや? と愛華は内心で首をひねった。

どうにも責められている口調でも雰囲気でもない。


愛華はよくよく2人の様子を盗み見た。

もしかして……笑っているのではなかろうか?

あのゆがんで見えるのは笑顔なのでは。


もっともまだ気は抜けない。


「あの…なんのことでしょうか?」


上目遣いで問いかけた愛華に、今度こそ社長と会長は声をたてて笑った。


「「 アネモネのことだよ 」」


2人は声を揃えて言うと


「週末になると地方に出向かせて塩漬け案件を片付けさせていたそうじゃないか。おかげで依頼主たちからの我が事務所の評判はうなぎのぼりだよ」

「言い方は悪いが、昨今の我が儘なアイドルに地味な仕事をこなさせるなんて、なかなか出来ることじゃないよ。よっぽどに君は慕われているんだねぇ」


もちろん、慕われてるはずがなかった。

なんせ愛華はアネモネをとことん冷遇しているのだ。彼女たちが塩漬け案件をせっせとこなしていたのだって、50万という借金のせいで、愛華の指示じゃない。

というか、だ。そもそも借金というのが嘘だった。仕事上で生じた被害なのだから、そんなもの会社が引き受けるに決まっている。けれどアネモネは学生で、そういったことを知らなかった。それを幸いと、騙してそのままアイドルを辞めさせようと画策していたのだ。


え? 50万円?

そんなもの愛華のポッケにないないである。とっくの昔にホストで豪遊して一晩で使っている。


「業界でも感心されていてね。有名どころの事務所も真似をしようとしたようだが、アイドルが言うことを利かないそうだ」

「いったいぜんたい、どうやってアネモネとそうまで信頼できる関係を築いたのか、ぜひとも有能マネージャーから聞き出してくれと、会食やゴルフのたびに他所よそからねだられるほどだよ」


わっはははははは。


とマフィアとヤクザの笑い声を聞きながら、愛華は困惑していた。


アネモネがこつこつと塩漬け案件を片付けているのは週ごとの報告会で知ってはいたが、それだって右から左に流して気にも留めなかった。

ファンの獲得にならないうえ、ギャラだって安い仕事を文字通り懸命にこなしている少女たちのことを「ご苦労様、ぷげら」と、せせら笑っていたぐらいなのだ。


なのに、まさか。

業界内で評判が上がってるとは。


まったくの予想外だった。


そして、本日もっとも予想外の言葉が社長と会長から発せられたのだ。


「「 アネモネの次のステージは何時なのかね? 」」





「あんた等のステージ決まったから」


放課後のダンスレッスンをしている時だった。

マネージャーが顔を出して、そんなことを言いだした。


何時いつですか!」


スズメが勢い込んで聞く。

いいや、スズメだけじゃない。里も志保もニキも、目を輝かせている。


そんな4人の少女たちを面白くなさそうに見て、マネージャーは言った。


「今週の日曜日、青プロのライブハウスで出番は午後部のトリ」

「いやいやいやいやいや、日曜日ったら、あと3日しかないじゃないっスか!」


そう突っ込んだのは少女薫だ。


「それが? あんた等、仮にもプロなんだから泣き言いってるんじゃないわよ!」

「わかってます! やらせてください!」


スズメだった。


「やります!」


続いて里が進み出て


「わたくしも!」


志保も決意を口にする。


ただニキだけは。

アッカンベーをしていた。


それを見たマネージャーは頬を引きつらせながらも


「伝えたからね!」


バタンと荒々しくドアを閉めて、レッスンスタジオを出て行った。


同時にスズメが薫の耳を引っ張る。


「なにするんスか、いきなし」


イテテテテ、と薫は耳を撫でながら脳筋を上目遣いした。


「そりゃ、わたしの台詞! 余計なこと言って、やっぱりや~~めた、なんてことになったらどーすんのよ!?」

「そうだよ花園くん。あのマネージャーは少しでも反論しようものなら、すこぶる機嫌が悪くなるんだ」

「頭が少しおかしいんですよ、きっと」


ボソリと志保が毒舌をこぼし、腕組をしたニキがおおきくうなずく。


「あの~~、前々から訊こうとは思ってたんスけど。アネモネって、マネージャーからぶっちゃけ嫌われてますよね?」


なんかあったんスか?


薫の疑問に4人が顔を見合わせる。


「わたしは、まぁ…ねぇ」


目を逸らしたスズメに


「なにが、まぁねぇ、よ。アイドル七つ道具壊しまくってるくせに」


里が指摘する。


「んなこと言ったら、あんただってスケボー廊下でして、何度も怒られてるでしょうが!」

「あたしは脳筋と違って、物壊してないし!」


ムフー! と2人が睨み合う。


こりゃ、駄目だ。と薫は


「池之宮さんは?」


と水を向けた。


「わたくしは特に」

「シーはたまに毒吐くから、それを聞かれたのかもよ?」


ニキが悪びれもせずに言った。


指摘された志保が羞恥に顔を赤くする。


今更だなぁ、と薫は思うのだ。

志保は毒舌だ。ニキはたまにと言ったが、薫にしたらけっこうな頻度で毒を吐いている印象だった。もっとも本人は意識してないようで、ポロリと零している感じなのだ。


ストレス溜まってるんじゃないのかな?


薫が常々思っていることだった。


「そ、そんなこと言うんでしたら、ニキちゃんだって、このあいだマネージャーに睨まれてましたよね?」

「ボクは『おばさん』ていっただけだも~~ん」

「…でも、あのひとまだ20代後半だと思うんですけど」

「ボクからしたらおばさんだもん」

「そりゃま、8歳からしたらおばさんだろうけど」


年齢ひとケタ代女児の残酷な言葉に、お姉さん組の3人が黙り込む。


「要するに、心当たりがありすぎるってことっスね」


薫が言えば、ニキ以外の3人が目を逸らす。


「てか、マネージャーを替えてもらうとかできないんスか?」

「そんな我がまま言えるはずないじゃない。だってわたし等、事務所のお荷物って呼ばれてるのよ?」

「もう少し実績をつんでからじゃないと、事務所の心証も悪くなりそうですし」


もっとも。と志保はスマホを取り出すと


「今までの遣り取りは録音録画させてもらってますから。いざの時はバッチリですけどね」


しっかりしてるなぁ、志保は。

里がイケメン・スマイルで褒める。


「けど、冗談じゃなく。その『いざ』て時は近いかもね」


そのココロは? と薫が促せば


「いい加減、目に余るってことだよ。だって本番の3日前にいきなり伝えるとか、有り得ないじゃないか」

「あー、やっぱそうなんスか。なんかマネージャーがプロなんだからとか言ってたから、てっきりそれが常識なのかと」

「あんたね、そんなはずないでしょうが」


そうっスよね。頭を掻いて照れ笑いした薫は


「なんか俺、勘違いしてたっス。マネージャーが無理くりにアネモネの出番をつくったんだって、思ってたっス」


思いもよらぬ発想に、スズメが「んなはず、ないでしょうが」と笑う。


そのココロは? と問いかけたのは、真似シーのニキだった。


「いやだってさ。3日後ってのもそうだけど、午後の部のトリ…最後だなんて、いかにも強引に出番をつくったように思えたからさ」


言われてみれば…。と里が。

そうですねぇ。と志保が考え込む。


「でも、あのマネージャーが無理にアネモネの出番をつくるなんてあり得なくない?」


スズメの疑問に「たとえば」と薫は指を立てて


「社長とか会長が、アネモネをステージに出せって言ったとしたら。どうっスかね?」

「偉い人たちが、なんでそんなこと言うのよ?」


そんなの決まってるよ! 元気よくジャンプしながら発言したのはニキだ。


「アネモネがスターの原石だからだよ!」


スズメと里と志保が顔を見合わせて


「ぷっ」


と同時に吹き出した。


「なるほどね」

「それならあり得るかも」

「見る目がありますね」


そんな3人をジッと見ていたニキが言った。


「でもホントのことでしょ? アネモネはスターになるんだから」


スズメも。

里も。

志保も。


もう笑ってはいなかった。


「ッたりまえよ!」


スズメが手の平に拳を打ち付け


「花園薫!」

「うっす!」

「今から本番まで特訓よ! わたしと里と志保が、お客様の前に出ても恥ずかしくないパフォーマンスに仕上げてやるから! 気合入れなさい!」

「うっす!」


地獄の3日間。

後に薫がそう回顧する日々が始まったのである。

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