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05:捨て犬

アイドルはファンを増やすためにも地道な活動を欠かせない。


たとえばネットのライブ配信。

たとえばSNSの写真投稿。

たとえば握手会にチェキ撮影。


けれども、メインとなるのはやっぱりステージだろう。

ファンのリアルな声援を浴びてこそ、アイドルはアイドルたりえるのだ。


もちろん、そのためにはレッスンが欠かせないわけで。

アネモネの5人も放課後には出来る限り集まって、レッスンを受けるように申し合わせていた。


とはいえアネモネは事務所のお荷物。不良在庫。在籍さえさせていれば政府から一定の補助金がもらえるからという理由で、事務所が放り出してないだけのグループである。


なので、レッスンなんてのは言葉だけで、実際のところ講師不在の自主練だし、いくら汗を流したところでそもそもステージにお呼びがかからないまま3ヵ月が過ぎようという、あまりといえばあまりな扱いを受けていた。


普通なら腐るだろう。事務所を辞めるだろう。

けれどアネモネの5人…いいや4人の偉いところは、前向きなところだった。


いつか。

必ず。


口にこそ出さないが、それぞれが胸に秘めて、奮闘していた。


んで、薫である。

彼はアイドル活動にはそれほど情熱的ではなかった。


そもそも、やりたくてやってる訳ではないのだ。

美少女とイチャコラできるからという不純な動機で加わっているのだ。


そんな薫は、しかし蓋を開けてみればアネモネの誰よりもレッスンを受けていた。


何故か!?


「美少女たちと個室で、時に手取り足取り教えてもらえるなんて、天国じゃんかよ!」


とのことである。

うっむ、清々しいまでに性欲で生きてらっしゃる。


おかげでド素人だった薫だが、歌とダンスは「いっぱし」レベルまでにはなっていた。


というわけで、今日も今日とてメンバーはレッスンという名の自主練をしていた。


「では、お先に失礼いたします」


志保が迎えに来た運転手付きの車に乗って帰宅する。


「いいかげん、振り付け憶えなさいよね!」

「あんたこそ、いちいち変なポーズとるんじゃないわよ!」


電車が一緒の里とスズメが睨み合いながら帰る。


そんな3人と別れて


「さて、俺も帰るか」


少女姿の薫はリュックを背負い直した。


これから40分ほど歩いてアパートまで帰るのだ。

ホントはバスに乗りたいのだけど、お金がなかった。


「はーー、今日も夕飯は袋ラーメンか。たまには別のモン食いたいなぁ」


歩き出そうとした時だ。


「カオくん」


服の裾を引っ張られた。


「お? ニキじゃんか」


丸屋まるやニキだった。

赤毛に青いお目々の、将来はぜったい美人になるにちがいない、現在8歳の女児である。


「今日のレッスンふけたの、ナナ先輩と里先輩がガチ怒りしてたぜ」


ニキは小学生だけあって、気まぐれだ。

勤勉に毎日顔を出していたかと思えば、ぷっつりと来なくなったりもする。


「それなんだけど、キッキンノジタイが起きちゃったの」

「今月に入って何度目のキッキンだよ?」


薫が苦笑すれば、ニキも「ふへへ」と笑う。

精神年齢が近しいからか、薫とニキはけっこう仲がいいのだ。


「でもでも、今度はホントのホンキでキッキンなの」


こっちこっち、とニキに引っ張られて、薫は裏路地へと案内された。


「……なるほど、こりゃ喫緊だ」


ダンボールのなかにが犬いた。

俗にいうところの捨て犬だ。


紙皿にエサが盛られているのを見るに、レッスンを無断欠勤してあれこれと世話をしていたのだろう。


「ワン公なの」


真っ白な犬を抱き上げてニキが言う。


「…たまに口が悪いっスね、ニキさん」

ーやの真似なの」

「うん? ニキって、お姉さんいるの?」


薫の質問にニキはVサインをして


「2人いるの! 高校生で双子なの!」


ほーん、などと如何にも興味がないよという相槌を打ちつつ、薫はしゃがみこんでニキと視線を合わせた。


「ところでさ、お姉さんって彼氏いる?」

「2人ともいないの!」


ふーん、などと無関心を装いつつ薫は訊ねた。


「んじゃあさ、スマホに写真あったりする?」

「見しちゃダメ、て言われてるの」


そう答えた女児の顔に、薫は見てしまった。

優位に立った者特有の表情を。

相手に弱みを見つけた女特有の表情を。


果たしてニキはつづけた。


「カオくんにーやを紹介してもいいけど」

「マジで!?」

「でも、代わりにお願いがあるの」


ニキは抱いていた白犬を差し出すと、言ったのだ。


「ワン公のお世話をして欲しいの!」




「そこでオシッコはやめて!」

「畳で爪をとがないでください!」


ワン公をあずかってから1週間。

すったもんだのてんやわんやが続いていた。


「来ッたの!」


ドアをバババンと開けたのはニキだ。

ノックもなにもありはしない。


彼女は毎日毎日、薫のアパートに通い詰めていた。


もちろん薫に会いに来ているのではない。


「ワン公!」


靴を脱いで、一目散に白犬に向かうのである。


「ゴハンもってきたの」


ニキはコンビニ袋から缶詰のドッグフードを取り出した。

パッカンと蓋を開けて、紙皿に盛り付ける。


ヒラリ、と精も根も尽き果てて大の字になっていた薫の顔にレシートが落ちた。


ドッグフード。

500円。


「1缶で俺の3日分の食費かよ…」


ぐぅ、と腹が盛大に鳴る。


「はい、カオくん」


差し出されたのは弁当だ。

ニキの手作りの特大サイズである。

まぁ手作りとはいっても冷凍食品を詰め込んだだけではあるが。


「あざーす!」


この差し入れが、薫にとっての生命線になっていた。


いっぽうで、弁当を受け取ってしまってから「双子の姉を紹介してくれ、はよ」とは言えなくもなってしまっていたのである。


「散歩いくの!」


1人と1匹が食べ終わったところで、ニキが言った。


白犬の首輪にニキがリードをつなげる。

ちなみに首輪もリードも、犬用トイレもペットシーツも、ニキが買ったものだ。


「お年玉がいっぱいあるの!」


とのことである。


ぶっちゃければ、薫は散歩になど行きたくない。

腹いっぱいで、動きたくなかった。

それにこの後でレッスンもある。エネルギーはとっておきたい。


「悪いけど、散歩は」

「明日のお弁当はハンバーグにしようと思うの」


が、胃袋をにぎられた今、薫がニキに逆らうことなどできはしないのだ。


「うっす! すぐ準備します!」


そそくさと薫はズボンを履いた。


そう! 今の今まで薫はTシャツとパンツだったのである。

いやいや、責めないで欲しい。


薫は部屋ではズボンを履かない派なのである。

男性諸兄の1部にはご賛同いただけるだろう。


もちろん、初めのうちこそズボンを履いていた。

が、そのうち面倒くさくなってしまったのだ。


ニキは遠慮しないし、だったら自分も。

とパンツ姿になってしまったのである。


なんとも駄目な大人であった。


家を出ると、2人と1匹は土手を歩いた。

お決まりの散歩コースだ。


「…人がいないの」


異変に気付いたのはニキだった。


自転車に乗っていた人も、のんびりと歩いていた老人も、瞬きをした瞬間にいなくなっていた

河川敷で野球をしていた人たちも、ベンチで休憩していたサラリーマンも、消えてしまっていた。


「カオくん」


とニキが呼びかけるよりも、早かった。


「美女はっけん!」


佇んでいた妖艶な女性に、薫は既に突撃を開始していた。


「いやー今日は暑いっスね、よければお茶しませんスか?」


美女が視線を薫に向ける。


『おまえか…』

「へ?」

『我がムスメをかどわかしたのはお前か!』


グパァと美女の口が耳まで割れ開いた。





「ワン公はここで待ってるの!」


言うや、ニキは九十九神を召喚した。


「HEY!」


掛け声とともに、ニキの腰におもちゃの変身ベルトが巻かれた状態で出現する。


丸屋ニキの九十九神は物体に顕現してないのだ。

ニキの精神に憑いた、いわば精霊であった。


名は『いずれ成るべき』。


「へ~~~ん、しん!」


ニキがポーズをとる。


ギュルルルルルル、変身ベルトに搭載されているセロファン表示のサイコロが回転を始めた。


出目は……5。


カシャリ


サイコロが消えて、セロファン表示が影絵のヒョウを表示。


ニキが光に包まれた。


「がぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん」


しなやかに美しい赤毛のヒョウがそこにいた。


ニキはすぐさま駆け出した。


「お子様のことは知りましぇーーーーーーーん」


青い顔で否定している薫のTシャツの襟首をくわえて、口の割れた女と距離をとる。


もっとも勢いが良すぎたせいだろう。

薫は瞬間的に首が締まって気絶してしまっていた。


大丈夫かな?


という意味を込めて、ヒョウと化したニキは薫の唇を舐めて


ちゅ、ちゅば、ちゅーーーーーーーーーーーーーー




言い知れぬ感覚にニキのシッポがピンと立った。


舐める。

男の姿から女の姿になった薫の唇をペロペロする。


けれどもう、不思議な感覚がニキを襲うことはなかった。


『おぬしも、そやつの仲間か!』


首を傾げていると、声が轟いた。

正体不明の女。いいや、妖魔だ。


殺意にニキは反応した。

跳躍して、妖魔に飛び掛かった。


女が扇子を拡げて、軽やかに振る。


巨大な風の刃が出現した。

刀でさえ両断せしめる凶悪な風だ。


ジャンプしたニキはまさに狙い目。

避けることが出来ない。


だからニキは迫る風を噛んだ。

噛んで、かち割った。


『ばかな!』


愕然とする女妖魔の首をニキの爪が凪ぐ。


紫色の血が噴きあがった。


『ほほほほほほほほほ』


自らの血で染まりながら、女妖魔が笑う。


『なかなかやりおる』


哄笑がやむと、そこには真っ白なキツネが在った。

居た、のではない。

圧倒的な存在感で、そこに在った。


白狐の尾が天高く持ち上がり、パラリと広がった。

その数は9。


もしもこの場にスズメや里、志保がいたのなら、声を失ったろう。


彼女こそは九尾のキツネ。

伝説級の大妖である。

ランクは無い。人間の定めた範疇におさまるような妖魔ではないのだ。


『かんたんに死んでくれるなよ』


尻込みするニキに、いままさに九尾のキツネが飛び掛からんとした。


その時だ。


『かあちゃん!』


ワン公が草むらから飛び出して、九尾のキツネに飛びついた。


『おお! おお! 我が子や、心配しておったぞ!』

『あの2人は迷子のあちしを世話してくれたんよ。痛いことしんといて』

『そうなんかえ?』


九尾のキツネが視線をニキへと向ける。


『ほほほほほほほ』


誤魔化すみたいに白々しく九尾のキツネは哄笑した。

直後、大妖は美女の姿へと変化していた。


『すまんかったのう、はやとちりじゃ』


許してたも。


伝説に謳われる存在は可愛らしく小首を傾げて言ったのであった。




「んじゃあ、ワン公はキツネだったってことか」

「そーなの」


九尾のキツネは、迷子になっていたムスメであるところのワン公と連れ立って何処へなりと帰って行った。


経緯いきさつを部屋で聞いて、しかし薫にはピンとこなかった。

薫はほとんど一般人なのだ。

九尾のキツネがどれほどのものかなど想像の埒外なのである。


だから思ったのはひとつ。


正体はキツネで、おまけにメスだったのに。

ワン公よばわりされて不憫なやっちゃなぁ。


ぐらいだ。


「それじゃ、ボクは帰るの」


立ち上がったニキは寂しそうだ。


思わず薫は声をかけていた。


「そんな気を落とすなって。ワン公は家に帰れたんだし、喜んでやらなきゃだろ?」

「…うん」

「それにこれからレッスンじゃんか、いっしょに行こうぜ。休むとナナ先輩と里先輩がどちゃくそ怒るぞ」


その言いように、ようやくニキは笑った。


「どちゃくそ怒られるのはもう嫌なの」

「だろ? ちょっくら待っててくれよ、着替えるから」


薫は事務所に少女の姿で通っている。

もちろん男の姿の時とではサイズが違うので、いちいち着替えなければならないのだ。


「そーいえば、なんで俺、もう女になってるんだ?」


目が覚めると少女の姿になっていた。

普段なら、変身するためにオカズを用意してリビドーを全開にしなければならない薫なのである。


おかげで、部屋に来ていたニキとはいっしょにレッスンに行ったことがなかった。

まさか待っててもらうわけにもいかず、先行してもらっていたのだ。


首をひねりながらタンスを引いた薫は、けれど普段の癖でオカズを仕舞っている段を引いていた。


「おおおぉ」


薫の声帯から絶望の呻きが漏れた。


秘蔵のコレクションが。

溜めに溜めたエロ本にDVDが、引き千切られ、割られていたのである。


犯人は決まっている。


「あんのくそ犬があああああああああああああ!」


心が折れた薫はレッスンを休んだ。

おかげで、スズメと里にどちゃくそ怒られることになったのである。

物語の世界にはネットに過激なエロ動画や写真が蔓延してません。

何故なら、いかがわしさに激怒した神のひと柱がネットのエロを駆逐してしまったからです。

おまけにUPもできないように呪いまでかけてしまった。


そんな世界であります。

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