03:山で勝負 Aパート
間に合わせた!
借金50万。
この返済のために、アネモネは個別で活動することになった。
最底辺アイドルに仕事なんてあるのか?
しかも個人活動で?
疑問に思うのは当然。
しかしながら、アイドルというのは仕事の内容さえ選り好みしなければ引く手あまたなのだ。
もちろん。見向きされないからには、それなりの理由がある。
リスクが大きいから、ということではない。退魔士であるからには、どんな仕事にも危険はつきものだが、実力のないアイドルに命懸けの特攻をさせるほど業界はブラックではないし、そもそも退魔士のまえに一般人であるアイドルには拒否権がある。
だから、そっぽを向かれる仕事というのは、たいていは活動に要する時間と報酬との兼ね合いに問題があるのだった。
ま、要するに。
消化されない仕事というのは、辺鄙な田舎にあるのだ。車や電車で何時間もかかるような場所からの依頼なのである。
行って、解決して、戻ったら、まるまる1日が潰れてしまう。
それで貰える報酬はアイドルの実力に見合ったものでしかない。マッシュルームなら、色を付けてもらって5000円ほどだろうか?
日給5000円である。
10代後半から20代前半の遊びたい盛りの若者が、まるまる1日を費やして、おまけに一応は命懸けの仕事をこなして、5000円。
塩漬けになるのは当然だった。
ガタゴト、ゴトトン
1両編成の電車が、寂れた…もとい長閑な駅舎にとまった。
「ふぅ」
手動ドアが開けられて、ホームに少女がおりる。
たったそれだけ。なんでもない仕草。
なのに、なんとも絵になっている。
彼女の名は里中里。
苗字が里中。名前が里。
上から読んでも下から読んでもサトナカサト。
女たらしで界隈に名をはせるアイドルである。
「やぁ~~と、着いたぁ」
続いておりたのは、少年だった。
圧倒的に平凡な容姿。
何処にでもいそうな、それだけに、何処でも埋没してしまうだろう、そんな少年。
ただ普通でないのは、圧倒的に若い女性に嫌われる体質だということ。
最近、女の人に言われてショックだった言葉は。
あいつの吐き出した二酸化炭素を同じ空間で吸ってると思うと死にたくなる。
そう聞いて、傷ついたの3割、ちょっと興奮したの7割!
不屈の男! 10代にして性癖をこじらせた男!
我らが、花園薫である!
無人の駅舎を出たところで、薫は
「里先輩! 俺に話ってなんでしょうか?」
らしくもなく緊張した面持ちで訊ねた。
今回。里が受けた依頼は『山をうろつく幽霊の浄化』である。
以下、依頼主の田子作兵衛さんの言葉を借りよう。
『わっしら、山で山菜取りするんが趣味なんだけんどよぉ。
幽霊がでるようになってまって、ようけ山に入れんくなってまったんだばってん』
ということである。
幽霊の祓いなら、底辺アイドルといえど可能である。
まして里の人気は抜群だ。崇拝がそのまま能力に直結するのがアイドルである。だから里の退魔士としての能力は層の広い『マッシュルーム』でも頭ひとつ抜けている。色物アイドル『アネモネ』に所属してなければ、とっくに『フラワー』にのぼれていただろう人材なのだ。
言うまでもなく、今回の依頼は1人で充分。
なら、なぜ、どうして、実質パンピーな薫が引っ付いているのかといえば。
里から、耳打ちされてしまったのである。
「2人っきりで話したいことがあるんだ」
と。
2人っきりで。
話したいこと。
となれば、答えは分かり切ってる。
告白じゃあああああああああああああああああああああああああああああ!
イヤッフオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
生きててよかった、神様仏様、ありがとおおおおおおおおおおおおおおお!
例によってスズメは依頼に薫を伴わせようとしたのだけど
「うへへへへ、俺、へへ、ちょっとその日は、うへへへへ、用事があって、うへ、うへへ、行けないっス」
とスズメをドン引きさせるほどの狂喜で断ったのである。
里は、薫に向き直った。
やっぱし、この人。
キレイなんだよな。
薫はしみじみと思う。
ファンは『王子』と仇名してるけど、ホントに絵本から抜け出してきたみたいなのだ。
「君さ」
と里は口を開いた。
薫はゴックリンチョと生唾を飲む。
続く里の言葉を待つ。
「アネモネ、抜けてくれないか」
ん? んんんんんんんんんんン?
薫が予想外の展開に戸惑ううちにも、里は言う。
「そもそもの話、男の君がアネモネにいること、それ自体がおかしいし。騙してるファンにも面目が立たないだろ?」
「やっぱりなあああああああぁんんんんんんんん」
薫は膝からくずれ落ちた。
わかってた、わかってたのだ。
女子から告白なんてされるわけないと。
見えない振りをしていたのだ。
だって、里先輩とは特別仲が良くなかったし。
むしろ冷静に振り返ると、距離取られてたし。
誤解なんて生まれようのない関係。
だが、花園薫は誤解した。
何故か!
だって、耳元でこしょこしょ内緒話されちゃったから!
ドキドキせえへんほうがおかしかろうもん!
心の底から悲嘆する薫に、里は申し訳なげな顔をした。
「君はそんなにもアネモネのことを…」
へ? と薫は顔を上げた。
ぶっちゃけ、薫はアネモネに思い入れはない。
自分と、まっとうに話をしてくれる女子が4人もいる! それだけの理由でスズメに請われるがまま在籍してるだけだった。
「わかったよ、君のアネモネへの気持ちは。だからココは勝負しよう!」
「勝負…スか?」
「君とあたし、どっちが先に幽霊を祓えるか」
里の宣戦を聞きながら、なるほど自分を伴った理由を薫は悟った。
最初っから、勝負をする積もりだったのだ。
女好きな薫のことだ、愚図るとでも思われたのだろう。
「あたしが勝ったら、君にはアネモネを抜けて欲しい」
「じゃあ、俺が里先輩に勝ったら?」
問われて、里は虚を突かれたみたいな、ちょっと間の抜けた可愛らしい顔をした。
まさか負けるとは露ほども思ってなかったのだろう。
「君が勝ったら……。そうだなぁ」
と里は顎に人差し指を添えて考えてから言った。
「君の言うことを何でもきいてあげるよ」
言ってしまった。
「マジっスか!」
ピョン! と薫は跳ね上がって直立した。
「絶対、絶対、絶対の嘘っこなしっスよ!」
「ああ、絶対の嘘なしだ」
薫の鼻の穴が広がった。
妄想も広がった。もちろん18禁である。卑猥である。あ~んなことや、こ~んなことを考えた。
と。
「お先!」
背に担いでいたスケートボードを下ろした里が、それに乗って、あっという間に行ってしまった。
速い。それに浮いている。
車型のタイムマシンに乗って、過去未来に行く3部作の映画。あれの未来編にあったホバーボードまんまである。
ちなみにあの未来世界は2015年の設定なんだって!
これこそが里中里の九十九神だった。
嘘か誠か、天の浮舟をばらした、その板材でつくられたボード。
その名も『28号』。
特徴として、28号は低燃費だった。
それこそ里が、こうして普段使いしてしまえるほど神力の消費が穏やかなのだ。
ぐんぐん小さくなる里の背中を呆然と見ていた薫は
「そんなんズッコいっスよおおおお!」
慌てて追いかけた。
完璧に道に迷っていた。
「うぅうう、どうしよう」
薫である。
アイドル七つ道具のひとつ。
鬼のいるとこ探知機。略してオニタン。
を使って山に分け入ったものの、スマホの充電が切れてしまったのだ。
「こんなことなら寝る前にFA○ZAでサンプル動画巡りなんてするんじゃなかった」
まさかバッテリーの残量が10パーを切ってるとは思わなかった。
おまけに
「ヤバイよな、これ…」
オニタンを壊してしまっていた。
それというのも、唐突にオニタンが『キタコレ!』と騒ぎだしたのだ。
探知範囲に何等かの怪異が在ったときの反応に、薫はビビってオニタンを落っことしてしまったのである。
「弁償かなぁ」
オドオドしながらトボトボと肩を落としてさ迷う。
おまけに時折、薫の九十九神であるハンドカメラで周囲を撮影もしていた。
忙しないことこの上ない。
けれど、仕方ないのだ。
薫の九十九神は、一定時間使用しないと消えてしまうという仕様なのだから。
消えてしまうと、身体能力も元に戻ってしまう。
いやいや、九十九神があったところで雀の涙なのだが、有るのと無いのとでは大違いなのである。
カメラを使いながら歩いていると、不意に沢に出た。
そしてレンズが美女をとらえた。
20代後半だろう艶っぽい雰囲気の女性が、薄着で沢のほとりに立っていたのだ。
よかった人だ。
そう安心したのが0.8秒。
でもあれって、例の幽霊じゃね?
そう警戒心が告げたのが1.2秒。
いやいや、よっく見ろ。浮いてねーし、人間だろ。
そう反論したのが1.8秒。
だがそうした脳内議論をほかして、薫は美女と見止めた瞬間に、既に体が動いていた。
「お姉さん、こんなとこでなにしてるんスか?」
そうフレンドリーに声をかけたのが0.5秒だったのである。
「息子を探しているんです」
憂い顔で美女が言う。
子持ちか。
薫は一瞬思ったものの
だが、それもいい!
満面の笑顔で
「なら、俺もいっしょに探しますよ!」
言った時だった。
木の間闇からボードに乗った里が飛び出した。
「そいつオニィ!!」
鬼? と振り向いた薫は、美女がしわしわのBBAになっているのを見てしまった。
鬼BBAならぬ鬼婆が、汚らしく伸ばした爪を薫へと伸ばす。
「齢をとるって残酷ぅう!」
「ンなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
横合いから里が薫を突き飛ばした。
しかし里は無事では済まなかった。
鬼婆の爪が里のシャツを薄く切り裂き、爪先ではぎ取ってしまったのだ。
とうぜん、里は白い肌をさらすわけで。
「ちっぱいにスポブラもいいと思います!」
噴水の如く鼻血がふきだした。
黒いモヤが少年を少女へと変身させる。
「生きててよかった、もう死んでもいい!」
「じゃあ、捨ててくわよ!」
「嘘っス! まだ死にたくないっス!」
「だったら早く後ろに乗って!」
薫は里のボードの後ろに相乗りした。
腰に腕を回して、落ちないように密着する。
「ふへ、ふへへへへ」
などと鼻を伸ばしていられたのは
「むぁてええええええええええええええええ!」
白髪を振り乱して鬼婆が追いかけてくるまでだった。
「里先輩、もっと、もっと速く、スピードUP!」
「2人乗りだと、これが全速!」
「ああ、俺のこと捨てないで!」
「メンバーのこと捨てるはずないでしょ!」
「さっすが、ナナ先輩とは違う!」
「脳筋といっしょにしないでちょうだい!」
はぁはぁ、という鬼婆の息遣いが近い。
カメラを覗きながら、おそるおそる薫が振り向く。
鬼婆が黄色い乱杭歯を見せて、いままさに飛び掛かろうとしていた。
「ぅおいしくないからあああああああああああ」
薫が身をよじり
「きゃああああ」
バランスを崩した里ともどもボードから転がり落ちた。
ゴロゴロと里が地面を転がる。
転がり、そうして。
放り出されて仰向けに目を回していた薫と、唇が重なってしまった。
ちゅ、ちゅば、ちゅーーーーーーーーーーーーーー
薫が九十九神を使ってる描写を追記 6/7