72、人々の知らない間に勇者と魔王は危機を救う
ファイスが正式に乗船して翌日、船はグラン大陸を目指して前進し船長であるドラークの話では順調に行けば今日には到着するだろうという事だ。
大半の時間を船で過ごし大地がそろそろ恋しいというタイミングでもうすぐ到着は実に良い朗報、あれからバルバは追って来ていない。更に海に生息する魔物が襲ってくるかもしれないという事も考えられたが魔物の襲撃は船が出てから此処まで一度も無い。
嵐も無く穏やかな海であり船旅を楽しむのにピッタリな環境だ。
その中でシュウは船の生活で新たな発見をしていた。
「デーモンロード…食事とかはどうする?いくらキミがどんなに凄くても腹は減るもんでしょ」
船室で一人食事をとるシュウが杖へと話しかける、杖に今その身を宿らせる古の悪魔王デーモンロード。彼も食事は必要でありこのまま自分だけ食べる訳にはいかないだろうと食事の時だけ姿を見せて食べた方がいいと考えていた。
無論それは何も知らない人間などがいない時に限る、デーモンロードはかなりの巨体を誇る大悪魔だ。そのような者が表に出て目立たない訳が無い。
「うむ、魔族の少年。そこのエビを杖に近づけてくれ」
「ん?こう?」
杖の中に居るデーモンロードに言われ、シュウはフライされたエビをフォークで刺して杖へ近づける。
フッ
するとフォークで刺していたエビだけがその場から消える。シュウがやったのではない、おそらくデーモンロードによるものだ。
「これは美味いな」
「意外と僕や人間と同じ物を食べる事に結構今驚かされてるよ、食べ方も含めて」
杖に宿るデーモンロードはこうやって食事する。魔族として生きてきたシュウもこれは全く知らなかった。
そしてエビだけでなく果実なども杖を通して食しておりデーモンロードは皆と変わらぬ食物をとれる、次からシュウの近くには量の多い料理がおそらく並ぶ事になる。
誰もが実は見かけによらない大食いとシュウの事をそう思いそうだが実際に食べるのは大悪魔デーモンロードの方だというのは大半が知らないだろう…。
食事を終えて、窓を見れば外はすっかり暗闇に包まれており夜の海となって船は進み続ける。此処までグラン大陸からギーガ大陸へとやって来た王子がこっそりと乗船していたという事を除けば特に何も大きな問題は無い。
嵐の前の静けさというぐらいに何も起こらない。
そんな時、杖の中に居たデーモンロードが何かに気づく。
「……この船、もう間も無く襲われるな」
「?どういう事?」
ふとデーモンロードが言った言葉、もうすぐこの船が襲われる。どういう事なのかシュウは聞いてみる、今外は暗闇に包まれている。海賊辺りがこの闇に乗じてこの大型船を襲ってくるのだろうか。
「海の底から殺気を感じた、それはこの船に向けられた物だ」
海の底から殺気、シュウには感じ取れなかった。だがこの悪魔王はそれを察知したという、普通なら本当なのかと疑う所ではあるが察知したのは異次元の魔力を誇るデーモンロードだ。
杖に宿るという前代未聞の事を既にやっているぐらいでこの位置から海の底に居る殺気を感じ取る事も彼ならば可能、そう思わされる力をデーモンロードは持っている。
ならば大勢のロウガ王国の民が乗るこの船にとっては危機だ。シュウは船室を出て外に向かう。
「シュウ?どうした」
甲板へと出るとカリアの姿があり、カリアは鎧を身に付け自分の大剣を持って素振りをしていた。
地上に降りず続く船の生活。その間にも鍛錬を怠らず食後に剣を持ちシュウの姿を見るまで鍛錬して汗を流したのだろう。
「カリア、信じられないかもしれないけど…この船もうすぐ襲われるそうだよ」
「何!?」
この船が襲われる、シュウからそう告げられるとカリアの顔は驚きへと変わる。
それからデーモンロードが海の底に殺気を感じたという説明をカリアは受ける、普通なら信じられないだろうがカリアはシュウと同じようにその力を間近で見てきたので彼ならば可能だろうと納得するのだった。
カリアやシュウも並外れた力を持つ勇者と魔王であるが海の底に居る者の殺気を船の上から感じ取るという離れ業はいくらなんでも出来ない。
そのデーモンロードが感じた殺気、海の底という事は人間の海賊という線はまず有り得ない。いくら海を縄張りとする者でも海の底で息を潜め獲物を待つような事など到底出来るはずが無い。
だとしたら魔物の類いしかないだろう。
「海の底から獲物を狙う…そういうのは獰猛な魔物だろうね、おそらく海に生息する大蛇……シーサーペント」
「シーサーペントが殺気を放って我々を狙っているという事か?」
「確定、という訳じゃないけど僕が知る限り深海から狙う魔物となるとその辺になってくるんだよね。向こうも気配に敏感で海底にいながら人間が乗った船が上を通れば急速に浮上して襲う。自慢の長い身体と牙を持って人間を食い船を沈める、深海のハンターとして僕達の方じゃ有名さ」
流石魔物を纏め、その頂点に君臨していた魔王という事もあってシュウは魔物に詳しかった。デーモンロードから聞いた話と照らし合わせ可能性の最も高いとされる魔物こそがシーサーペントと呼ばれる海の大蛇であると。
「相手が海の底となると我々ではそこまで潜って行く事は出来ないな、出てくるのを待つしかないが…巨大な魔物で此処が戦場となれば民に被害が出るかもしれない」
現時点では海上に相手が上がって来るのを待つ、それが迎え撃つ唯一の手段ではあるが大勢のロウガ王国の者が乗るこの場を戦場にしては巻き込まれる者が出てくる可能性があった。それを避けようとカリアは腕を組んで難しい表情となっている。
「だったら、おびき寄せようか」
シュウは何やら策があるようで口元に笑みを浮かべていた。
大型船にはいざという時の脱出用のボートがいくつか置いてある、簡単な作りであり素人でもさほど苦労せず作れて海の上を走れる優れものだ。
そのうちの一つのボートをカリアとシュウはこっそりと拝借、そしてシュウが軽めの風魔法を使ってそれをエンジン代わりとして移動する。
「シーサーペントは気配に敏感、なら特に目立つ気配として僕達に注目させる」
「どうやってだ?」
「簡単な事だよ、魔力を高めるんだ。こうやってね…」
大型船からは結構離れ、巻き込まれる心配は無いという距離までボートで移動したカリアとシュウ。回りは暗い海ばかりでどちらから来たのか最早分からない状態だがシュウならば移動魔法を使って一気に船にまで戻れる。帰りの心配は無用だ。
それよりシーサーペントの方が問題でありどうやって大型の魔物を引き寄せるのか、カリアへとおびき寄せるのをこうやると言うとシュウは魔力を高めだした。
絶大な魔力を誇る魔王の魔力、これにシーサーペントが感知するだろうと。
その時、静かだった海面が大きく揺れだしカリアとシュウの乗るボートも揺れる。まるでこれから大きな波でも来るかのような揺れ方だ。
此処まで来るとカリアやシュウにも伝わった、二人を狙う恐るべき魔物の殺気を。
ザパァァーーーーーーーッ
「キシャァァーーーーーーーーーー!!!!」
海面に大きな影が見えた次の瞬間、巨大な魔物が姿を見せた。白く長い身体、事前に話した特徴通りの魔物。
深海のハンターと言われるシーサーペントが二人の前に現れたのだ。
「こいつか!殺気の正体は!」
「船を離れて正解だったね、こんな魔物見たら皆大きなパニック起きそうだ」
魔物を見上げるシュウとすかさず大剣を抜き取り身構えるカリア。シーサーペントの殺気は真っ直ぐ二人へと向けられている。
そのうちの一人は魔物を統べる魔王ではあるがシーサーペントには特に関係無いようだ。
誰だろうが海で狙われる獲物に変わり無いのだろう。
「シャーーーーー!」
シーサーペントは頭からボート目掛け、その巨体を活かし突っ込んで行った。
これにシュウは風の魔法で巧みにボートを操って大蛇の突進を躱す。するとシーサーペントが派手に海へ飛び込んだ反動で海面が激しく揺れだした。
「ち…!今回は足場が限られているからかなりやりづらい戦場だな!」
カリアにとって自分の足場となるのは今自分が乗っているボートぐらいで後は回りが海に囲まれていた。何時ものように動き回って戦うという事は出来ない。
「向こうが自分にとって有利な海に居て自由に動けるのもあるからね、さてどうするか…」
シーサーペントを見据えてシュウはこの魔物をどう攻略するか考えていた。
しかし考えると言っても焦って考えている訳ではない、落ち着いており巨大な魔物を前にしているとは思えない程だ。
カリアも不利に思っているが同じく冷静であり慌ててはいない。
強大な魔物ではある、だがとんでもない相手と戦うのは別に初めてではない。むしろより強大な力を持った者も見てきた。
そんな事を知る由もないシーサーペントは再び姿を現す。牙をギラリと見せてあれで自分達を食い殺す気満々のように思えるのは決して気のせいではないだろう。
牙、つまりあの巨大な顔をこっちへと近づけるつもりだというならとシュウは一つ考えが浮かぶ。
「シャーーーーー!」
再び迫り来るシーサーペント、今度は噛み付こうとしていた。その対象者はシュウだった。
だがシュウはそれに逃げる様子は無い。ボートも動かさない、なのに彼は落ち着いている。
攻撃してきたその時がこっちの攻撃チャンスだからだ。
大きく口を開けているシーサーペント、そこ目掛けてシュウは杖の先端を向けた。
「ヘルブレイズ!」
シュウの持つ杖から青白い火球が出現。火球はシーサーペントの口へと飛び、それをシーサーペントは飲み込んでしまう。
ゴォォォーーーーーーーーーーーーッ
「カァァァァーーーーーーーーーーーー!!」
体内から地獄の業火に焼かれ、シーサーペントは苦しむ。かつては青いドラゴン相手にも同じ戦術を使ったシュウの魔法を使っての策。
相手が大型の魔物ならではだ。
そしてどんな大型の魔物も身体の内部から魔王の炎に焼かれ、無傷で済むわけが無い。そしてそこにカリアはシーサーペントの頭上へとジャンプしており大剣を思いっきりシーサーペントの頭へと振り下ろした。
ザンッ
「ーーーーーーーー!!!」
振り下ろされたカリアの剣はシーサーペントを捉え、頭を大剣で斬り下し大型の魔物は力尽きて倒れてシュウの地獄の業火がその身を飲み込んでいき巨体は焼き尽くされていった。
「殺気は後は無いか?」
「僕は特に感じないけど…デーモンロード?」
カリアはシーサーペントとの戦いを終えて大剣を持ったまま他に敵はいないか確認する。シュウからすれば気配は特に感じないがデーモンロードほど広範囲で敵の気配を察知は出来ない。なので杖に宿るデーモンロードに確認する。
「他には特に何も無いな。あれがこの海の親玉といった所か」
「どうやらこれで敵は一掃されたようだな、引き上げようシュウ」
「分かった。行こう」
デーモンロードがもう敵の姿は無いと分かると今夜の戦いはこれで終わったのだとカリアは剣を鞘に収めた。そしてシュウは移動魔法を唱えると自分達の乗るボートごと大型船へと一瞬で帰還するのだった。
こうして人々の知らぬ間に危機は勇者と魔王、更に悪魔王によって救われて船旅は続く。
まずは此処まで見ていただきありがとうございます、新大陸へ突入前に勇者と魔王。そしてデーモンロードを活躍させようと今回の話が急に降りてきました。
これで4話ぐらい船に乗りっぱなし、現実だと作者なら船酔い起こってますね。
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