71、エミール王国の王子
「居場所が無い?」
ファイスの口から開いた言葉、それに対してシュウが口を開く。
エミール王国の王子という身分で自分の国に居場所が無いと感じる、その国の者ではない一行には詳しい事情は分からない。それはファイスにしか分からない複雑な事情、それを彼は抱えていた。
「エミール王国には僕の他に一人兄が居て……」
「おお、確かサクリ王子だ。以前ファイス王子やお二人の父上であるルゴス国王と共に顔を合わせ、あの若さで堂々としていた印象を覚えているぞ」
同じ王族で交流のあるライザンはファイスの兄にあたるサクリを父でありエミール王国を統べる国王ルゴス共々覚えていた。
エミール王国はロウガ王国と交流があり国王のルゴスは部下や民に慕われ、エミール王国のみならずグラン大陸になくてはならない存在と言われる程の者。
王という身分ではあるが剣士としての力が優れ、若い頃は剣豪と呼ばれる程の名剣士だった。
ライザンとはかつて共に戦場で戦った戦友でありその縁あって2つの王国は大陸を超えて交流を深めている。
エミール王国の二人の王子、サクリとファイス。ファイスはこの通りおどおどとして気弱な感じだがサクリの方はライザンの話によれば堂々としていてファイスとは正反対らしい。
「そういえば最近顔を合わせていなかったが、お父上は健在かな?」
「……一ヶ月ぐらい前に病で亡くなりました」
「!?なんと……」
ルゴスは元気かとライザンはファイスへと訪ねたがその息子から告げられた事にライザンのみならずミーヤにセティアも驚く。ルゴスはもうこの世から去ってしまっている。
「ルゴス…そうか、惜しい男を亡くした……彼とはもう一度剣を交えたかったが」
当時の事を思い出したのかライザンは目を僅かに伏せた。若い頃からルゴスを知る彼なので思う事は色々あるだろう。
「父が亡くなった事で王位は兄が受け継ぐ事となりサクリは今ではエミール王国の国王で…」
「それなら弟である貴方がそのお兄様を支えるべきですわ、前国王がお亡くなりになってエミール王国は正念場の時期のはずでしょう?一人でギーガ大陸に来てる場合ではないかと」
ミーヤもファイスを知るようで彼がどういう事情で国を抜けたのかは知らないが国にとって象徴とも言えるルゴスを失ったのは大きすぎる痛手のはずだ、エミール王国でいくら堂々としている新国王サクリが統べるとはいえ一人では大変だろう。そういう時こそ兄弟であり王子であるファイスの力は必要となる。その事をミーヤがファイスへと告げると。
「…何もかも駄目な僕には兄も回りの人達も何も期待してないよ、あの国じゃ僕は空気のような存在だ」
先程のエミール国には自分の居場所は無い、その続きのような事をファイスは小声で喋る。
「兄は剣が使えて魔法も出来て部下を惹きつけるカリスマも備えてる、そんな兄が父の跡を継いで王になって皆が期待を寄せている……僕の事は全く見えていないかのように」
「そんな事は…」
「僕がいようがいまいが何も変わらない、そのうち自分の国なのに息苦しくなって…」
セティアがファイスは必要だと言おうとしても彼の心は晴れず暗いままだ。
「お前は役立たずで不要だ」
「!?」
突然口を開いたカリアがファイスへと向けて言い放った言葉にファイスはびくりと身体が跳ねる。
「兄や部下にハッキリそう言われたのか?」
「そ、それは……」
カリアの問いに対してファイスは即答出来ずにいた、つまり直接そういった事はおそらく言われてはいない可能性が高い。
「ちゃんと話し合いもせずに自分の思い込みで国を抜け出した、今頃は国の者達は王子がいなくなったと一大事で騒ぎとなっているはずだ。己の考えだけで決めつけてうじうじするな!」
「ひっ!」
勇者による一喝、これに思わずファイスは両手で頭を覆って身をかがめる。一国の王子相手だろうがカリアは遠慮無しだ。
「うむ…ファイス王子よ、貴殿は一刻も早く国へ帰るべきだ。実の兄や周囲の者が王子がいなくなって全く気がつかず心配していない、という事は無いだろう。この国はグラン大陸へと向かっている、着いたらエミール王国まで送ろう」
カリアの一喝で恐れたファイスの肩をライザンは軽く叩き、彼は自分の国に戻った方が良い。そう判断し責任持って送る事を力強く言った。
「うう…」
ファイスはその場で何も言えずにいる、この調子でしっかりと話し合いが出来るのか不安を漂わせる姿だ。
「ちなみに王子様、この船に勝手に乗っていたのはどうしてかな?」
「それは……ナジャスの街に居たら、人が港へと集まって行ってそれで魔物が攻め込んで来るとか聞こえて…ナジャスが魔物に襲われる、此処に居たら危ないけど今遠くに逃げられないと思ってそれで…どさくさに紛れてこの船に飛び乗ったんだ…」
何故この船に乗っていたか、シュウはそれが気になり尋ねるとロウガ王国からナジャスの街へとゲートで移動してきた住民の話が聞こえたようでファイスはそれがナジャスの街は魔物にまもなく襲われてしまうかもいれないと感じて逃亡しようとこの船に乗ったのだった。
あの時バルバがロウガ王国でカリアとシュウを逃した後に諦めず執拗にナジャスを突き止め追って来ていたら襲われる可能性はあったかもしれないが。
乗り込んだ船が自分の逃げ出したグラン大陸行きの船だとは思っていなかったようだ。とりあえずこのファイスという王子は気弱で思い込みの激しい所がある、今の所のシュウの彼に対するイメージはそれだった。
彼がシュウを魔王と気付いた時には一体どういう反応を見せるのか。とりあえず今は伏せておいた方が良いだろう。
「しかし、エミール王国がそのような大変な時期か…一時身を置かせてもらえる場所として考えていたのだがそれでは難しいな…」
ライザンはロウガ王国の者達を少しの間安全な場所に身を置く場所で考えていたのが交流あるエミール王国だったのだが前国王のルゴスが亡くなり王位を継いだサクリが国王となってからまだ間も無い、そんな大変な時期に自分達の面倒を見ている余裕など無いように思えた。それに何時ロウガ王国へ戻れるのかというのも何も決まっていない、すぐの可能性があれば1年以上の滞在もありえる。
「あの…それなら聖都ウェンデルはどうでしょうか…?女王は慈悲深い人で力になってくれるかなと……良ければ僕も同行して話します…」
「良いのですか?帰らなくて」
「ウェンデルと交流あるエミールが間に入った方がスムーズに話が進むかなと…」
ミーヤからの言葉を受けつつ自分が間に入るとファイスは聖都ウェンデルを勧めた。確かに急に他の大陸から来た大勢の者を受け入れるというのは簡単ではない、ウェンデルと仲の良い国の王子が同行して話を進める方が良いのかもしれない。
彼は一刻も早く国に帰るべき立場ではあるが此処は大勢のロウガ王国の民の事を考え力になってもらった方が良い、戦えない彼らを安心出来る場所に早く連れて避難させる事もまた重要なのだから。
とりあえずファイスにも船室を用意させ、彼も今日から正式にそこで寝泊りしてもらう事になる。
「食料食い荒らしから変な事になってきましたねー、まさか一国の王子で国に戻りたがらないという。協力してるのも国へ戻るのを遅らせる為じゃないですか?」
「どうだろうね…あの弱々しい感じを思えば追求したら口を割りそうだけど此処はライザン国王達に任せとこうか」
ライザン達と別れ部屋から出て来た一行、メリルはファイスが協力してるのは国に戻りたくないだけと思っているようだがシュウはひとまずあの王子に関しては任せておこうと考えていた。
「でも、さっきのカリアは凄かったね!?王子を一喝しちゃうなんて」
「ああいうなよなよした軟弱な態度につい、な」
メリルは先程のカリアがファイスへときつく一喝した時を思い出し目を輝かせていた。カリアからすればファイスのおどおどしてハッキリしない所に黙ってられなかったようで、それでつい喝が入ったらしい。
「こちらにいらしたのですか皆さん、急に姿を見なくなったので何かあったのかと思いました」
歩いている一行の前に現れたのはミナ、魔王軍の皆がいない事を察して探していたようだ。
「ああ、心配かけたねミナ。ちょっと色々あってさ」
「ちょっと……いや、まあまあ色々だな」
「?」
何も知らないミナにカリア達は事情を説明する、食料庫の食べ物が漁られ犯人探しをして捕まえていた事。その正体が国を抜け出したエミール王国の王子ファイスだという事を。
「…確かにこれからどうすべきか、考えるならばロウガ王国の民の安全確保です。ろくに戦えない者を大勢抱えては自由に動けないでしょうからね」
「その為の聖都ウェンデル、そこの女王に力添えをしてもらうらしいよ」
第一の目的としてグラン大陸にある聖都ウェンデル。そこで慈悲深い女王に相談するつもりだと先程の話をシュウはミナへ伝えた。
「あれからグラン大陸について少し調べました、何も知らないままでは何かと不便でしょうから」
一行とは別で行動していたミナ、彼女は魔王軍の頭脳。今の今まで何もしていなかった訳ではない。ミナは右手に紙の資料を持って説明する。
「グラン大陸はギーガ大陸と比べ、広大さはそれほどありません。ギーガ大陸はヴァント王国が強い要として国を纏めていましたがグラン大陸は4つの国が要となっています。先程おっしゃっていたエミール王国、聖都ウェンデル。マーゼット王国、ドラグアイ王国」
ミナが述べていく4つの要の国、そこにはエミール王国と聖都ウェンデル。先程聞いた2つの国もグラン大陸の要だった。
「まさかこっちでもギーガ大陸の時みたいにヴァント王国のような強国が好き勝手して民から好き勝手むしり取っていたとかないよね?何処でも同じだったらもうそれこそ人間終わりだよ!?」
「流石にそこまでこの船の中で調べる事は出来ませんでした」
ギーガ大陸ではヴァント王国を始め各国ほとんどが民から富を吸い上げ贅沢をしていた。それがグラン大陸でも行われているのではとメリルは人を疑ったが流石にミナもこの移動する船という限られた空間でそこまで調べるのは無理がある。
「でも、あのライザン国王がわざわざグラン大陸へと民を導く程だ。という事は大丈夫かもしれない…彼の知る当時と今じゃ違うかもしれないけどね」
「うむ…しかしそれでも今のギーガ大陸よりは安全だろう。向こうに居る魔王軍は今何をしてくるのか分からんのだからな」
ライザンもおそらく迷ったかもしれない、しかしギーガ大陸は大半の魔王軍が残り主の魔王にまで牙を剥く。そういう所よりもグラン大陸の方が安全。カリアもシュウも揃って同じ事を考えていた。
まずは此処まで見ていただきありがとうございます、今回はグラン大陸の様々な国の名前を出してみました。
どういう名前にしようかと考えるのも一苦労でした…。
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