60、嘲笑う吸血鬼の王
男とは一度会った事がある。
港街ナジャスでクレイの石人形やアンデッドの制御を凶暴化魔法で狂わせ、暴れさせて街を危機に晒したのが前回。
そして今回は狂った騎士団と共に戦場の真っ只中で立ち、カリアとシュウの前に現れる。戦場では違和感しかない貴族の礼服、人間ならばまずその装備で戦場に立つという事など有り得ないだろうが魔族であるこの男なら話は別だ。
吸血鬼の頂点に君臨する者にそんな事は関係無い、魔王の力に匹敵すると言われるこの男には。
「要となる戦力をほぼ無くしたヴァント王国に魔王軍を打ち破る戦力など無い、ならば無意識に己の力をセーブしているブレーキを外させて暴れる。恐れ知らずの獣にでも成り下がればクズ騎士も少しは役立つというものでしょう!」
狂った騎士団達が恐れず立ち向かい、それで倒れ傷つこうがアスは高笑いして騎士団を眺めていた。
「ほぼ戦意を無くした者も居ただろう……貴様はそれでも騎士達を我々と戦わせる気か!?」
「ええ、当然です。何しろ戦ってもらい続けなければ困りますからねぇ」
カリアに剣の切っ先を向けられてもアスは表情一つ変えずに平然と何の罪悪感も無く騎士団は戦ってもらうと言ってのけた。
「全てはデーモンロード復活のため、違う?」
その時シュウがアスにデーモンロード、その名を言葉にして聞かせた。それを聞いたアスの耳はピクリと反応、視線がシュウへと向けられる。
「フン……もう嗅ぎつけるとは流石魔王様といった所でしょうかね。まあ今更隠したところで我々には何の得もありませんから、教えて差し上げましょう」
「デーモンロードを新たな魔王とし、我々魔の時代となって世界を支配する。それが狙いなのですよ」
デーモンロード復活、ミナが調べていた通りだった。アスは、そしてガーランはデーモンロード復活を目論んでいる。
「仮に呼び出したところでそのデーモンロードが素直にそうすると?キミ自身に牙が向けられるとかそういう事は考えてないの?」
「ハハハ、無論その可能性は考えてますよ。だからこその魔法薬です、同じ魔物に使わせて効果有りと分かり同じ人間には全く違う効果が現れる、良い実験材料でしたよ」
シュウの指摘にもアスは嘲笑うように言うとこれまで狂わせてきた人間や生物はアスにとってただの実験材料、それ以上でもそれ以下でもない。
「……ロウガの王女、あれを狂わせたのもキミだね。あれも計画?」
「ああ、あれはただの余興ですよ。計画とは何の関係も無い、ロウガの国王も人だ。自分の娘が危機と分かれば必死になり藻掻く……その通り攻撃が流れ娘を守ろうと自分が瀕死になってましたからねぇ。良い見世物でしたよ!」
ロウガの王を葬ろうとか王女を利用して計画を遂行する、とかそんな緻密な事は一切無い。あの出来事は吸血鬼であるこの男のただの趣味によって行われた物だった。
此処でロウガの王女ミーヤ等ロウガの者達が居たら激昂してアスに斬りかかっていたかもしれない、カリアもこの男を許せないという感情が沸いてくる。
だがシュウはそういった怒りを特に見せずただアスの事を見てるだけだ。
「そんな余興を楽しむ余裕があるという事は…まさかとっくにデーモンロード復活したとか?」
「そうだったらこんな戦場で呑気にお喋りしたりなどしませんよ。私としてもそのとっくに復活が良かったのですが中々そうも行かなくてねぇ……。流石は古の悪魔王と言うべきでしょうか、簡単に蘇ってはくれないものです」
どうにか情報を聞き出そうとシュウは冷静にアスと対話、デーモンロードは少なくとも彼の口ぶりからすると復活まではまだらしい。
「ガァ!」
そこに狂った騎士が剣を振り上げて来ていた、その対象はカリアでもシュウでもない。
狂わせたはずのアスだ。
「フン!」
バリバリバリッ
「ギァァァーーーー!」
アスは雷の魔法弾を作り出し騎士へと飛ばし、命中した騎士は全身を雷に撃たれた衝撃が襲いかかり黒焦げで倒れ絶命する。
一撃の魔法弾でこの威力、相当な魔力をアスは持っていた。
「やれやれ、想定を超える暴走っぷりですね。これでは私まで魔王軍の手伝いをする事になってしまう、とりあえず私は此処で退散させてもらいましょう」
「逃げる気か!?」
「私はデーモンロード復活の仕事がありますのでね、あまりあなた方にかまってもいられないのですよ。今回はわざわざ此処まで来てくださった褒美として姿を見せたまでです」
カリアは剣を構えたまま隙あらば斬ろうとしているが距離はあり、向こうもカリアを真っ直ぐ見ており下手に飛びかかってもおそらく通じない可能性の方が高い。
相手は魔王に匹敵すると言われるヴァンパイアロード、そう簡単に隙は見せない。
「ではいずれまたお会いしましょう、勇者に魔王よ!」
そう言うとアスはその場からフッと姿を消した。移動魔法を使用したのだろう、もうこの近辺にはいないはずだ。先程アスが狂わせたにも関わらず騎士がアスを襲っていた。
本当に敵味方の区別がついていないようだ。
「くそ!アスの奴め……」
カリアは怒りを見せていた、アスのしてきたこれまでの事が到底許せるものではない。にも関わらずアスはそれを罪悪感も何も無い、利用出来る物としか思っていないようだった。
許せる訳が無い。
「ウォォォーーー!」
そこに次々と雄叫びを上げる者が居た、騎士達の声とは違う。まるで狼の遠吠え、それがヴァント王国方面から聞こえると騎士達に混じりワーウルフ達、魔物の姿があり魔王軍の者ではない連中がそこに居た。それはシュウやカリアへ襲いかかる。
ビシュッ
「ぐはっ!」
ワーウルフの胸に矢が突き刺さり一撃でワーウルフは力尽きて倒れる。矢を撃ったのはテシだ。
「向こうさん本腰入れて来たっぽいよ!魔物達の増援が地上や空、両方に現れてる!」
テシに言われカリアとシュウは上を見上げると上にも鳥の魔物ブラッドバードが出現しておりバルバ達空の軍団がその迎撃に努め王国へ乗り込む事が出来ていない。
地上の方でもゼッド達竜の軍団、更にクレイの石人形とスケルトン達がヴァント騎士団とワーウルフ達を迎え撃ち戦闘を繰り広げている。
「魔物達はヴァント王国から出てきてるみたいだね、あそこを落とせばこの戦い終わるかもしれない」
シュウは此処から見えるヴァント王国から魔物達が出てきているのを確認。理由はどうあれあの王国は今魔物達の根城になっているのかもしれない。
「では、此処は私達で一気に攻め込み落とす作戦で行くか。単純ではあるがこれが一番効果的だろう」
「んじゃあサポートは任しといてー!皆ビシビシいっちゃうよ!」
カリアが作戦を決めるとテシはエルフの戦士達を率いて弓矢を放ち続け騎士やワーウルフを次々と撃ち落としていき、エルフの戦士も前線で剣を持ち相手と交戦する。
「よし、一気に……」
「ガウ!」
シュウは一気にヴァント王国を目指そうとしていた、するとそこにディーの姿がありシュウのマントに噛み付いていた。
「ディー!?何時の間に此処に…!」
これから敵の本丸を叩く時にディーが来るのはシュウも想定していなかった、かと言って今更砦まで戻りミナに預けるという余裕も無い。
「カリア、前線頼める?」
「言われるまでもない。しっかり付いて来い!」
シュウはカリアに前に出て自分達は後ろからサポートして付いて行く形で行くつもり、それをカリアも分かっていたようで剣を持ち駆け出してシュウとディーもそれに続いて前へと進む。
「うおおおおお!」
ズババッ ズバッ
カリアへと迫り来る敵、騎士とワーウルフが同時に来るという経験は無い。だが向かって来る敵は倒すのみ、威力溢れる大剣を軽々と振り回し敵を次々と迎撃してヴァント王国へと突き進む。
「はあっ!」
ザシュッ
此処まで何体倒したのか最早数は数えていない、10か20かもっとか。敵を切り伏せながらヴァント王国を目指し距離は確実に近くなってきた。
そこに大勢のワーウルフがヴァント王国を守るように街の出入り口に立ち塞がる。
「前に味方はいない、カリア。此処は僕がやろう」
そう言うとカリアの後ろに居たシュウが前へと出て来て大勢のワーウルフを見据える。ワーウルフ達は飛びかかり武器を振りかざし魔法を詠唱していた。
「トライデントサンダー」
ドシュゥーーーーーッ
「ガァァァーーーーーーーーーーーッ」
巨大な雷の槍がシュウの杖の先から放たれ、大勢のワーウルフは雷の槍に貫かれ全員仲良く黒焦げとなり倒れて動かなくなった。
ヴァンパイアロードであるアスの魔力は凄かったがやはりシュウの魔力は底知れない。
彼ならアスにも負けはしない、カリアはそう信じてシュウやディーと共にヴァント王国へと入って行くのだった。
まずは此処まで見ていただきありがとうございます、やっぱアスは嫌な奴だなと自分で書いていてそう思いました。とりあえずとことん嫌な奴にしてやろうと振り切ったつもりで。
この話が良いなと思ったらブクマと評価よろしくお願いします。評価方法はページ下にある☆☆☆☆☆をタップです、こういう評価が執筆のモチベに繋がったりします!




