49、父と娘
突然ゼッド達ドラゴン軍団の前に現れた女は剣を構えながらブツブツ呟きつつ、迫り来る。持っている剣は細身の物でおそらくレイピアだ。
「敵か!?それにしては何か様子がおかしい……」
異様な雰囲気を醸し出す女、目がうつろであり目の前のゼッド達が見えているのか疑う程だ。
「コロス……コロス……コロス……!!」
その時女は強く踏み込んでゼッドへと飛びかかりレイピアを振るった。
「む!?」
キィンッ
金属がぶつかる音が響く、女のレイピアに対してゼッドは戦斧で攻撃を受け止める。いかに不気味といえど女の攻撃は軽い、これよりもっと重い一撃を見て味わってきたゼッドからすれば捌くのは容易い事だ。
「誰だか知らんが、一人で来るとは良い度胸だ!」
ブンッ
ゼッドは斧を横へとひと振り、破壊力ある斧に加え魔王軍随一の豪腕であるゼッドの一撃を浴びればそれで終わる可能性充分だ。
だがその攻撃は空を切った。先程までゆらりと立っていたとは思えない素早い動きで地を蹴り後ろへと跳んで回避する。
「こいつ……!?」
最初に見せた動きはこちらを油断させる為のものだったのか、女と正面で見据えゼッドは斧を構え直すと部下達へと伝える。
「お前ら!手を出すな、こいつは俺がやる!」
「なんだ?何か起こっている……敵襲か!?」
先行するゼッド達の方で何やら騒がしくなっているのが見えてカリアは手綱を強く握りアースドラゴンにスピードを出すよう伝え、ドラゴンの走るスピードは上がる。
これにディーは振り落とされないようシュウに必死でしがみついていた。
「!あれ、ゼッドと誰かが戦っている……敵の騎士団?」
竜の軍団との距離が近づき遠くから見ていた光景が近づくにつれハッキリと見えてくるとゼッドが斧を振るって戦う姿が確認出来た、その相手は軽装の鎧を身に付けレイピアを持った女性だ。
パワーで優れるゼッドを相手に女性はひたすらレイピアを振るって戦う。
「ライザン様!誰かが飛び出して敵と交戦しております!」
「!?あれは、まさかそんな……!」
ロウガ王国側は誰かが前線の魔王軍と交戦している事に気づく、どちらかの騎士団が堪えきれずに飛び出してしまったのかと。
だがそうではなかった。
それはライザンにとってよく知る姿であり、だからこそ信じられない。長く戦場で戦い続け彼が動揺するなど滅多に無い、だが今その光景を見て我が目を疑い動揺していた。
「ミーヤ……!何故!?」
「どうなってる?突然女が出て来て戦いが始まっているぞ」
女の出現によって魔王軍の方が戦闘へと入り、女と敵の部隊長らしき者が交戦しているのが遠目からでも確認する事がヴァント側にも出来た。
「あれは、多分ロウガ側の者でしょうか?我が軍には女性騎士というのはいないはずですから」
ヴァント王国騎士は基本男がなる物であり女性は採用されない、それに異を唱える者も居てヴァント王国では新たに女性の騎士も採用するべきだと議論となっているが今も結論が出ないままなので女性騎士の誕生は現時点では無い。
よってあの戦っている女性がヴァントの騎士というのは有り得ない話だった。
「しかし敵も想定外の奇襲を受けたようで何やら慌てふためいているようだな、よし。今なら隙をつくチャンスだろう!魔王軍を一網打尽にし我が軍が武勲を立てるのだ!」
タウロスはこれをチャンスと見て今が奇襲の時だと判断し、全軍へと突撃命令を下した。
「全軍突撃ぃ!」
「おおおーーーーー!」
副団長の号令と共にヴァントの大騎士団、騎馬部隊がキリアム大草原を駆け、魔王軍へと突撃を仕掛けて行く。
「魔王様!ヴァント王国騎士団の連中が突撃してきました!」
空を飛ぶ魔物の部下からヴァント騎士団がこちらへと向かって来る報告をシュウは受け、それは今目に見える所まで来ていた。
シュウの間近にはドラゴン軍団、そしてゼッドと女が戦い、遠くからヴァント騎士団の大軍が馬に乗ってこちらへと迫って来る光景。
「地上軍はヴァント王国騎士団を迎え撃て!ゼッドと戦う女性には手を出すな!」
ゼッドが今戦いの真っ最中であり、シュウは代わりに竜の軍団含め地上に居る魔王軍へと指示を出した。
ヴァント騎士団が迫り来る今その迎撃が最優先だと。
「!?あの女、まさか……!」
「カリア?」
レイピアを振るう女の姿を見たカリアは心当たりがあった、確実とは言えないが多分そうかもしれないとあまり確信は無いがカリアはシュウへと伝える。
「レイピアを振るう女……あれは、ロウガ王国の王女ミーヤかもしれん」
「そうなの?あの女性が……」
「当時聞いていた特徴が所々一致している、完全一致とまではいかないが可能性はある」
カリアと共にシュウは女の姿を観察。良い動きをしておりゼッドと渡り合う辺り中々の腕を持ってると見るが表情がうつろなのが気になる、そして時折何かをブツブツ呟いているように見えた。
どうも様子がおかしい。
「ゼッド!出来るならその女性は殺すな!そのまま攻撃を凌ぎ続けて!」
「!?」
シュウからゼッドへと女への攻撃を禁じるよう声を上げ、指示した。不自然な様子にシュウは何かあると感じ、女を観察する。レイピアによる連続の突きを繰り出し、ゼッドがその全部を斧で捌き続ける。女の顔は未だうつろであり心ここに在らず、そのような状態で普通あれほどの攻撃が出来るのか。
まるで操られているよう。
「!まさか……」
操られている、それにシュウは二つの過去の出来事が頭の中で浮かび上がった。
一つは青いドラゴン。
もう一つはクレイの石人形とスケルトン。
いずれもが狂ったように暴れだしていた、そしてそれは凶暴化魔法の使い手であるあの男の存在を嫌でも思い出させる。
「うおお!」
「カーー!」
ヴァント王国騎士団の大部隊が魔王軍とぶつかり合い、ドラゴン軍団との争いへと突入する。それぞれが武器を振るってキリアム大草原は瞬く間に戦場と化す。
「ミーヤ!」
「ライザン様!?」
娘が狂ったように戦い続ける様子にライザンは黙ってられず両軍の戦う戦場へと駆け出し、部下が止める間も無い。
その顔は王としての顔でも騎士団長としての顔でもない、一人の娘の身を心配する一人の父親の顔だった。
「どうする気だシュウ?」
「あれが操られているんだとしたら、その魔法を解く。あの人の身に何があったのか聞きたいからね」
アースドラゴンから降りてゼッドと戦う女の元までカリアとシュウは駆けつける。ディーにはそのまま居てもらうよう言ってアースドラゴンにその面倒を頼んだ、これから戦場だ。流石にそこまで連れては行けない。
ゼッドはずっと女のレイピアを防ぎ続け、攻撃は加えていない。
しかし何時までもこうという訳にはいかず、ヴァント王国騎士団が攻め込んでいる。ゼッドには戦線に早めに戻ってもらう必要があった、それには女の洗脳を早く解く事だ。
「(あれは、敵の指揮官か!あいつの首さえ取ればこっちに戦況は一気に傾く。よし……)」
タウロスは混戦の中、ゼッドの姿を捉えていた。
彼はシュウの事を知らないおかげでゼッドがこの軍団を率いているのだと思っていた、何かと魔王軍では戦斧を扱うドラゴニュートが強いという報告を受けている。それと特徴は一致、つまりそいつを仕留めれば魔王軍の士気は下がり戦力が崩れて自分達が勝利に近づく。
タウロスがそう判断すると彼は剣を一旦鞘へと収めると新たに武器を取り出した、それは投擲可能な斧でありトマホークと呼ばれる普通の斧よりも高性能を誇る特注の斧だ。
「ウウ……コロス……!」
ゼッドと鍔迫り合いになり女はレイピアで押し込もうとし、足を止めた状態だ。それを見たシュウはチャンスと素早く判断。
「レスト!」
シュウは魔法を発動させた、解除魔法であり星のマークが描かれた魔法陣が女の頭上へと現れると女の頭の中へと入り女は緑色の光に包まれる。
「ウ!?」
その時女は苦しそうに頭を抑え、レイピアを落とし地面へとしゃがみこんだ。かかっていた魔法が解かれ始めていく。
「くたばれぇぇーーーー!」
その時タウロスが狙いをゼッドへと向けてトマホークを渾身の力で遠投、勢いよく回転しながらゼッドの居る方向へとトマホークは跳ぶ。
だが、狙いは正確には行かずゼッドが少し移動したというのもあり方向はうずくまる女の方へと向かってしまっていた。
「う………私は何を……?」
レストの魔法が聞いて凶暴化の魔法が解けると女の表情は通常へと戻っていた、凛々しさの中に幼さが残る女性の顔。それが本来の顔だった。
「!?避けろ!」
その時カリアは気づく、斧が回転しながら女へと迫るのを。動き出すが距離としては間に合わない、それにカリアは女へと避けるよう叫んだ。
その声に女は顔を上げ、前を見ると斧が迫って来ていた。それが見えているというだけで動く事が出来ない。
このまま命中してしまう。
ドシュゥッ
地面に鮮血が流れ、地面が血で赤く染め上げられる。
トマホークが命中しておびただしい程の出血をした事によるものだ。
しかし女は無傷だった。
その理由は女の前に立ち塞がった男が庇ったおかげだ。
「ミーヤ……!」
ドサァッ
その胸に鎧ごとトマホークで切り裂かれつつ受け止め、ライザンは我が身を盾として一人娘を守り地面へ仰向けに倒れた。
「お………お父様!!」
キリアム大草原でライザンの娘であるミーヤの声が響いた。
まずは此処まで見ていただきありがとうございます、戦においてこういった流れの攻撃が飛んで来るというのはありそうで今回は凶刃がライザンを襲ったという回でした。
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