29、民との宴
アスが暴走させた石人形やスケルトン、その被害はたいしたものではなかったが新たな敵がまた増えて魔王軍にとっては厄介な事になりつつある。
ガーランといいアスといい騎士団を相手にするよりも同じ魔族を相手にする方が面倒だ、人間達と違い魔法を多用してくる場合がありアスは吸血鬼の頂点に立つ王。もしも吸血鬼全体が敵に回るのであればヴァント王国を中心とした戦力を間違いなく超える程となり脅威となるだろう。
とにかく今は目の前の事から片付けるべきとシュウはナジャス王国を託す者へ色々と指示を出してカリアはまだアスのような不審者がいないか街の見回りをし、魔力が回復してきたクレイは石人形を使って街や城の修繕をしていた。
ちなみにディーは指示を出すシュウの足元で離れず付いている。
「よし…怪しい者や気配は無いな」
カリアは一通り見回りを終えて他に敵などは特にいなかった、まだアスや彼の部下が潜んでいるかもしれないと警戒していたが本当にこの街から去ったらしい。
「オーライ、オーライ」
そこにクレイが資材を運搬する石人形へと指示を出して街の壁を修繕する姿が見えた。
「身体はもういいのかクレイ?」
「ちょっと疲れてただけ……万全だったらあんな追い詰められたりなんかしなかったよ…」
カリアは気絶していたクレイが目覚めてもう働いている事に身体の調子を心配したがクレイは平気そうだ、そこには何処か悔しさが見えた気がした。
魔力を消耗していたとはいえ、相手が上級魔族でも自分があんな追い詰められてシュウやカリアの助けが無ければ今どうなっていたのか分からない。自分の石人形を操られて追い詰められるとは思っていなかった事だろう。
「もう同じ手は通じない……凶暴化の魔法を使うんだったらそれの対策をするまでだ…」
アスが凶暴化の魔法を使う事は分かってクレイはその手の対策に静かに闘志を燃やした、普段物静かな少年が今回の事で余程悔しかったのかもしれない。
「まあ、身体には気をつけて無理はしないようにな」
それだけ言うとカリアは修繕の邪魔にならないよう会話をそこそこに切り上げて再び歩き始める。
「……助けてくれて……ありがとう……」
その時、小声でクレイはカリアに対してお礼の言葉を言う。それはカリアの耳にちゃんと届いていた。
「フ、仲間を助けるのは当然の事だ…気にするな」
クレイなりの精一杯のお礼の言葉だろう、物静かな少年の礼にカリアは口元に笑みを浮かべるとその足取りは先程より少し軽やかなものになっていた。
「一回りしてきた、他に敵は特にいなかったぞ」
「アスはそこまで深追いはしてこないと…ありがとう」
ナジャスの街をカリアは一通り見た後にシュウの元へと向かう、シュウは港の方に居て多くの大きな船が停泊しているのが分かる。そしてその足元には当然のようにディーの姿もあった。
「此処のお偉いさんってのはあんたらかい?」
その時、カリアとシュウに話しかける声がして二人はその方向へと振り返った。声の主は男、大柄な体格で中々鍛えてそうだ。それだけでなく後ろには他にも男や女、おそらくこの街で暮らす住民達なのだろう。
「そうだけど…貴方は町長さんかな?」
「そうだ」
シュウは何やら大柄な男が街を代表する者と思い、尋ねれば男はナジャスの町長だった。一体何の用事なのか、自国の王族や騎士団が滅び魔王軍に制圧された事に不満を持って団結し全員でシュウ達へと立ち向かうつもりなのかもしれない。
「あんたらは此処の王族や騎士団達をぶっ倒した……」
港が緊迫する空気になる、此処で争うのはカリアやシュウとしては避けたい所ではあるが。
「ありがてぇ!」
「え?」
しかし次に出て来たのは町長からの感謝だった。
「あの腐れ王族と騎士団にゃマジで困ってたんだ!税金取るわ好き放題に酒場を使うわ、港の使用も制限されたりと散々な目に遭って暴動起こそうと計画してた所だったんだよな!」
「しかもその後に何か魔物らしき奴が来てそれから俺達を守ってくれたし!」
「あんた達はあたし達の救世主よ!本当に感謝するわ!」
「はあ…」
今まで多くの国を魔王軍として率いて制圧してきた、突然自国の王や騎士を失い恨まれる事も覚悟して戦ってきたがこうもストレートに感謝される事は初めてでありシュウは戸惑った様子だ。魔王でありながら人間からこんなにも感謝されるなど考えていなかった。
「あ、勇者カリア様だー!やっぱり勇者は強くて凄いんだー!おっきな敵をズバズバ倒してたし!」
その時小さな女の子がカリアの事を知っていて先程の活躍について喋った、どうやらクレイを救出した時を見ていたらしい。
「むう…そんな褒められたものではないのだが」
女の子に対してカリアもどう言葉を返せばいいのか困った様子だった。勇者と言われるが一般的に見れば今のカリアの立場はそう褒められたものではない、何しろ魔王軍と共に戦っているのだ。これは人から見れば人間を裏切って魔に味方すると思われるだろう。
「救世主とは言うけど、僕達は世間的には厄介者な立場に居る訳で…」
「分かってる分かってる。骨の魔物にでっかい化物大勢連れてりゃ魔王軍の者ってそりゃ隠さんでも分かるって」
シュウが言うまでもなく町長、そして彼らは魔王軍である事を分かっていた。
「魔王軍ってだけで俺らは差別なんざしねぇよ!化物だろうがこのナジャスを救ってくれた救世主に変わりは無いんだ!」
「勇者様も何か深い訳でもあって魔王軍と居るんでしょう?真の平和のためにそうしてるんだって!」
「これで突っかかるような馬鹿が居たら俺達がぶっ飛ばしてやる!」
シュウ達が魔王軍で更にカリアが勇者でありながら魔王軍と共に居る事にナジャスの住民達は態度を変えずに街を救ってくれた英雄として感謝している。
「皆さん…こちらこそ感謝します」
魔王軍でも恐れず受け入れ、歓迎してくれる事にシュウはナジャスの住民達に頭を下げて礼を言う。更に隣のカリアも同じく頭を深く下げていた。
「よしてくれ、ナジャスを救った英雄にそんな頭下げられちゃ悪いからよ!それよりもうちの店でご馳走でも食ってってくれ!」
「お店というと町長。何か経営をしているのだろうか?」
「おお、うちは代々から酒場をやっててね、そこのマスターも兼ねてんだ」
町長は酒場をやっているようでその場所は酒のマークの看板が立てられた大きな建物で実に分かり易い場所にあった。時間としても丁度飯時だ、カリアとシュウはお言葉に甘えご馳走になる。
酒場には街を救った英雄達の顔を見てみようと大勢の客が居る、此処でクレイも合流し彼も街を救った一人であり修繕にも協力してくれて住民達もクレイに感謝していた。
あまりそういうのに慣れてないクレイはしどろもどろになっている。
「あ、シェフの人。この子はハンバーグをお願い出来るかな?出来れば柔らかいので」
「ガウ」
「お安い御用です!うちは海沿いの街なので海の幸が自慢ですがハンバーグも絶品ですよ!」
ディーの分をシュウが注文し、シュウとカリア、そしてクレイは海の幸であるご馳走をいただく事に。
酒場なので酒がメインではあるがいずれも飲めないので3人とも果実ジュースをもらい、他の住民の大人達や町長は酒の入ったグラスやジョッキを手にする。
「それでは我々の街を救ってくれた英雄に乾杯!」
町長の乾杯の音頭で宴は始まり、住民達は美味そうに酒を味わう。重い税金、更に王族や騎士団の横暴に苦しんでいてそこから解放された後に飲む酒は格別と思われる。
一行の前に料理が運ばれると大きな海老のフライに火で炙ったサーモンと並べられ、ディーにはしっかりとハンバーグが運ばれる。
「あっつ…!でも美味しい…海老サクサク……」
揚げたてであろう海老のフライにクレイは熱さを感じつつもプリッとした海老にサクサクなフライ、文句無しに美味い。
「うむ…良い魚だな、これは美味い」
炙ったサーモンの切り身をフォークで口に運び、脂の乗った魚がカリアを美味しさへと導き彼女の口に合って食は進む。
「これは遥か東の国から教えられた物でして、一口サイズのライスの上にそれに合ったサイズの魚の切り身を乗せて食べるのです」
シュウの前には一口ライスの上に魚の切り身が乗る、他では見かけないスタイルの料理だ。初めて見かける物でシュウは手で取って食べる。僅かに舌に伝わるピリっとした辛みがあるが、それが美味さとなって不思議と口の中でマリアージュとなっていた。
「美味しいねこれ、東の国ってこういうのがあるんだ」
「ええ、生の魚を焼いたりせずそのまま切って食べたり後はナイフやフォークの代わりに木の棒2本を使って食事するそうですよ東は」
このギーガ大陸とは大分違った文化があるらしい、いずれもシュウには聞いた事も見た事も無い。
少し違った文化にも触れつつ一行はナジャスの皆に感謝されながらその晩はこの街で一泊していった。
まずは此処まで見ていただきありがとうございます、食事の方はどうしようかと毎回考え今回は思い切って寿司っぽいの行くかと踏み込んでみました。
寿司とかもう何年も食べてない……!
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