19、勇者の過去
カリア、シュウの二人は魔王軍の本隊が待機する城塞都市アムレートへと帰還、と言ってもシュウの移動魔法で誰にも知られずこっそりとした帰還ではあるが。
まさか敵国の王子に会うという想定外の息抜きとはなったものの、中々有意義な時間を過ごせた。ヴァント王国の国王ベーザ、その息子である王子リオン。彼はベーザや他の王族達のやり方に疑問を持ち、王国を去っている。
結局彼にはカリアが勇者である事は知っていたが魔王軍と共に居て、隣に居る魔王と手を組む。そしてその少年が魔王である事には最後まで気づかなかったし自分達の方も教えなかった。そんな事実を教えた所で意味など無いしリオンも信じられないはず、あの武術大会の時の勇者カリアにその仲間のシュウと思わせたままの方が面倒なことにはならなくて彼もその方が幸せだろう。
魔王軍には敵国の王子に会っていたという事は言わないでおく、特に言う必要は無いだろう。話しを聞く限りリオンはベーザ達のやり方に反対していて彼らと協力関係ではない。カリアが実は生きており、それがベーザの耳に伝わるにしてもあの場ではシュウが魔王でカリアが魔王と手を組んで各国へ進軍しているという事は分からないはずだ。
どちらにしても大きな支障は無い。
何事も無く城の王の間へ移動魔法で戻って来た二人、シュウは玉座へと腰掛けた。
「ミナとかはまだ例の調べ物か…。さてと、貰った物は早速食べないとね」
シュウの手の中にはメイドから持たせてもらったクッキーと紅茶の茶葉が入った二つの袋、ミナが居たら彼女に紅茶を頼もうかと思っていたがガーランが襲撃した時に残された謎。真の魔王について調べている最中なのだろう、未だ不在のままだ。
「紅茶の用意なら私も出来るが?」
「え、そうなの?」
貰ったクッキーは早い内に食べた方が良い、シュウがリオンの屋敷でのお茶の続きを望んでいると察したカリアは自分が紅茶の用意をすると視線を向けて言えばシュウは意外そうな顔でカリアを見返した。
「なんだ、剣や戦いしか出来ない女勇者だと思ったか?」
「そんなつもりはないよ。じゃあお願いしようかな」
カリアと言えば大剣を振るって鎧を身に纏い勇ましく戦う女勇者、そんな彼女が紅茶を注ぐ姿がシュウにはイメージしづらいが興味もありその姿も見てみたかったのでシュウはカリアに紅茶をお願いし食堂へ共に移動する。
アムレートの場内は当たり前のように魔物や魔族が見回りも兼ねて歩く姿が目立つ、勇者カリアと魔王シュウが並んで歩く姿を見れば道を開けて敬礼したり頭を下げるのが当たり前のように彼らの間で行われている。シュウは別にそうしろと言った覚えは無い、全員が自分からそうしているだけだ。やはり魔物達から見えるかもしれないシュウの魔王の力とオーラがそうさせているのだろうか。
見回りお疲れ、と魔王軍の兵達に一声かけながらシュウは歩きカリアもそれに続く。
食堂に到着するとシュウにカリアは座って待つように言えば厨房の方へと向かう、シュウの方は言われた通りに適当に座って待っている。素直に勇者の言う事を聞いて待つ魔王というなんとも妙な図ではあるが、食堂には兵達はおらず更に実力者の長達の姿も無い。誰にもそのような変わった光景を見られるような事は早々無さそうだ。
カリアは厨房にてシュウから預かった茶葉を手に紅茶の用意を始めており、クッキーを皿へと乗せていった。王族の使っていた皿だけあって大きさは充分だ。
「(ふむ…思い起こせば紅茶を自分の手で用意するなど何年ぶりになるのか)」
近年は戦いや修行の日々ばかりで紅茶との縁はほぼ皆無だったカリア、昔の記憶を辿ってみれば幼少時代に孤児院で過ごした時に同じ子供達や院長に紅茶を振舞っていた。確か最初は満足に入れられず紅茶ではなくほとんどただのお湯だったのを覚えている、それが何回か挑戦していくうちに徐々に形になってきて自然と美味しい紅茶を入れられるようになったのだった。
そんな昔を思い返し懐かしい気持ちに浸りつつ紅茶の入ったカップ2つを持ってシュウの待つ食堂へと行くとテーブルの上にカップを置く、そしてもう一度厨房へと行けば今度はクッキーが乗った皿を持って来てお茶の準備はこれで整った。
シュウがカリアの用意した紅茶を一口飲めば先程の屋敷で飲んだ物と全く同じ、とまでは行かないが良い香りを友に味わい最後に残る甘味。それに近い紅茶だった。
「美味しい…紅茶、得意なんだね」
「得意かどうかは知らないが、苦手ではないな。孤児院に居た時に振舞っていたものだ」
「そういえば元々は孤児院に居たんだカリアって」
元々は親はおらず孤児院出身だったというカリア、ふと思えばシュウはまだ勇者以前のカリアという人物を知らない。大剣を振り回しフルプレートの鎧を身に付けて戦う勇者、その彼女の幼少時代。孤児院で紅茶を振舞っていたと本人が言うとどのような時代を送っていたのかシュウは興味が出て来た。
「聞いてもいいかな?孤児院の時の事、話しづらい過去なら無理には聞かないけど」
「構わない、特にトラウマという訳ではないから問題は無いぞ」
紅茶とクッキーを友にし、シュウはカリアの過去の話にゆっくりと耳を傾ける。
物心がついた時から孤児院に居た、自分の親は何処に居るのかどういう人達なのかも知らない。だが不幸ではなかった、孤児院の子供達と友人になり親代わりの院長が自分達を暖かく見守ってくれた。そこでカリアは幼少時代を過ごし成長していき、やがて自分が幼い子供を世話する側になると食事の準備を手伝い更に同年代の男子と共に孤児院を守ろうと剣を振るい己を磨き鍛えるようになっていた。
最初の頃は重く感じた剣に素振りをするのがやっとだったがカリアは飲み込みが早かったようで剣を自在に操り、男子から手合わせで一本を奪うまでたいした時間はかからなかった。その成長は時々剣の指導に来てくれていた孤児院出身の王国騎士も驚く程で騎士団にスカウトを考える程だったという。
ただ剣の修行はしても皆へと変わらず紅茶を振舞っていてその時間を皆楽しみにしていたものだ。
このまま日常を過ごして成長していく、そういうものだと思った。
だが日常は突然終わりを迎える事になってしまう。
ある日魔物の集団が近隣の街を襲い、人は殺されて街は戦火で燃え広がる無残な光景に変えさせていた。その近くにあった孤児院が目をつけられるのも時間の問題、そうはさせまいと指導してくれていた王国騎士を中心に剣で鍛え上げていた孤児院の男子達も立ち上がり共に魔物へと立ち向かいに行く。
カリアも自らも戦おうとして剣を持とうとしていたが王国騎士や男子達に止められる、カリアは幼い子や院長を守ってほしいと。戦う者達が全員前線に出てはいざという時に守れる者がいなくなってしまう、カリアは前線に戦う皆の身を案じつつ子供達や院長の護衛を努め、孤児院を裏口から脱出して安全な近くの王国まで必死に全員で走った。
何時追いつかれるのか分からない恐怖感、緊張感があった。それは訓練では無い本当の戦場によるものだった。戦おうとした時に実はカリアは身体が少し震えていた、こんな調子では仮に戦いへ共に出ていたとしても足を引っ張っていたかもしれない。
後ろを振り返らずにとにかく逃げて逃げて王国に辿り着くまで安心など決して出来なかった。どれだけ走ってどれだけの距離を移動したのかもはや分からない、ただ覚えているのは王国に到着して安全だと思ったら一気に緊張の糸が途切れてそこで倒れてしまった事だった。
王国騎士団に保護してもらって魔物達が襲いかかる心配が無くなるとカリアは孤児院へと一人様子を見に戻って来る、そこには日常を過ごした何時もの場所が滅びて変わり果てた孤児院があった。建物は壊されておりただのガレキの山とされてしまっている。
此処におそらく魔物が襲撃してきたのだろう、幸いだったのは此処に居た子供達と院長はカリアが連れて避難していたのでこの孤児院に遺体などは無い。だが村の方はそうはいかないかもしれない、孤児院の仲間達や王国騎士は無事なのかとカリアは村の方へと走る。
村は孤児院と同じような状態で無残に破壊されていた、そこに数々の遺体があり抵抗したのが分かるように人だけでなく魔物の遺体まで転がっており、この場所で激しい戦いを行われていた事が物語っている。
そして遺体には孤児院で別れ戦いへ向かった者がそこに居た。
それも仲間達や王国騎士全員だ。
カリアは地面に拳を叩いて悔し涙を流した、もっと自分が強ければこんな事にはならなかった。後悔しても時が戻る事は無い、その者達が蘇る事は無い。
その日、彼女はひたすら泣いて魔物達を憎み己の弱さを憎んだ。それからカリアは己を鍛え各国を旅して回るようになり仲間達の分まで強くなるつもりで実力を高め続ける。
気づけば一人で魔物の集団を容易く倒せるようになり、一般ではほとんど扱えない聖なる魔法の習得にも成功。冒険者として世界レベルにまで己の力で駆け上がっていった、そして彼女はヴァント王国の大会を経て勇者と呼ばれるようになるのだった…。
「それは……紅茶の事から孤児院での生活どういうのかと思ったけど魔物達の襲撃か…」
シュウはカリアの話を気づけば紅茶を飲む事を忘れてずっと聞いており、紅茶の話からカリアの孤児院での辛い出来事を聞いてそれが魔物達のせいであって責任を感じた。自分達魔王軍のせいでそうなってしまったのなら憎まれてもしょうがないのだから。
「そんな顔をするなシュウ、村を滅ぼした連中についてはどういう魔物だったのか調べ回って色々情報を入手してそいつらは全員この手でたたっ斬って葬り去った。既に仇はとっている」
あの日村を滅ぼし仲間達を殺した魔物達、それはカリアが実力を上げてから探し出して全員残らず切り伏せて仲間の仇をとった。カリアが勇者と呼ばれる以前の話だった。
「その、子供達はあれからどうしてる?」
「あれから手紙のやり取りをしていて皆元気にしてるみたいだ。私と同じ冒険者となって院長を守る者も居るようだぞ」
カリアが旅に出てから子供達もそれから成長してそれぞれの道を歩いて自立していき一部の子供は院長と共に暮らし続けているという。話を聞いていて子供や院長はあれからどうなったのか気になっていたシュウは無事だと聞いた後に再び紅茶のカップを持ち若干冷めた紅茶を飲んだ。
「ただ、流石に今の私は伝えづらいがな…」
「だろうね…それはそうなるよ」
カリアが勇者となった事は子供達や院長も知っている事だろう、だがその後に国に裏切られて魔王軍と手を組んで人間達の国を魔王と共に滅ぼしている。などというのをかつての孤児院の者達に伝えられるはずが無かった、特に高齢の院長に余計な心配はさせたくはない。カリアはその事は決して教えていなかった。
「願う事なら、戦えるようになった彼らが戦場に出てこないでほしい。特に今は」
「………」
出来る事なら成長した彼らと戦場で会いたくはない、力を身に付け国に雇われている可能性もある事を思えば戦いで相対する可能性は0ではないはずだ。そうなれば魔王軍と交戦、そしてカリアと剣を交える事すらあるのかもしれない。そんな事はこの先決して起こらないでほしいと願うカリアをシュウは何も言わず見ていた。
「魔王様!」
互いに無言となって沈黙の時が続く中、食堂へと入った魔王軍の魔族の男がシュウの姿を見つけて目の前まで駆けつける。
「慌ただしいね、まさか敵襲か?」
「いえ…そうではなく魔王様へ面会を望む者が現れまして」
「面会?」
魔王であるシュウへわざわざ面会を望むような要件、何か街の方で困るような事か問題でもあったのか。いずれも推測の域を出ない。此処で考えても仕方ないのでシュウはどのような人物が来たのか聞く。
「一体どういう人物が来たのかな?」
「………海上都市王国ターウォの現王レオンです」
魔族の男から告げられたのは以前バルバが攻略に失敗した海上都市王国ターウォ、そこの王であるレオンの名だった。
「それは、中々意外な来客だ」
シュウは席を立つと食堂を出てその来客者が待つ場へと歩いて向かい、カリアも後に続く。
此処でターウォの者が一体何の用があるのか興味深くシュウは会う事にしたのだった…。
まずは此処まで見ていただきありがとうございます、後1話で20話に到達という所まで来ました。次で達成してそこから30、40話と目指して行ければと思っておりますので応援よろしくお願いします。
この話が良いなと思ったらブクマと評価よろしくお願いします。評価方法はページ下にある☆☆☆☆☆をタップです、こういう評価が執筆のモチベに繋がったりします!




