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間違えてクラス1可愛い子の体操着を持って帰ってきてしまった……

作者: 墨江夢
掲載日:2022/10/25

 その日、帰宅した俺・星野聖也(ほしのせいや)は緊急事態に見舞われていた。


「……これは、どういうことだ?」


 テスト勉強をするべく参考書を鞄から取り出そうとしたところで、俺はふと思い出す。「そういえば、今日体育があったんだ」と。


 汗臭い体操着を、一晩鞄の中で熟成させる必要もない。そんなことしたら、次の日鞄の中が地獄と化す。

 善は急げと体操着を取り出したところで、事件は起きた。


 ……この体操着は、俺のものじゃない。俺は別の人間の体操着を、間違えて持って帰ってきてしまったのだ。


 本来「星野」と書かれている筈の右胸には、代わりに「佐々木(ささき)」と書かれている。つまりこれは佐々木なる人物の体操着だ。


 ならばその佐々木なる人物に、可及的速やかに体操着を返却すれば良い。そうすれば、一件落着だ。

 ……と、生憎そんな簡単に物事は運ばなかった。

 我がクラスには、なんと佐々木姓が二人いるのだ。


 クラスで一番可愛いと言われる佐々木さんに、柔道部の佐々木くん。

 どちらが良いかと問われれば、それは前者だろう。どちらがマズいかと問われれば、それもまた前者に違いない。


 さて、果たして俺が持って帰ってきたのは、どちらの佐々木の体操着なのだろうか? 確かめるべく、俺は試しに匂いを嗅いでみた。


 ……甘い匂いがする。これは女の子の匂いだな。 

 俺はこれが、佐々木さんの体操着だと結論付けた。


「……佐々木さんも、今頃気が付いている頃だよな」


 向こうからの電話待つより、先に電話をかけて謝罪した方が誠意も伝わると思う。

 俺は佐々木さんに電話をかける。佐々木さんは、数コールで電話に出た。


『もしもし、星野くん? あなたから電話をかけてくるなんて、珍しいわね? ツボなら買わないわよ』

「悪徳セールスじゃないっての。……佐々木さんに、謝らなきゃならないことがあって」

『謝らなきゃならないこと?』

「あぁ。実は……間違えて体操着持って帰っちゃったみたいなんだよな」

『えっ? 本当?』


『ちょっと待ってて』と言われて、10秒弱。程なくして、『本当だ……』と言う声が聞こえてきた。


『私も気が付かなかったわ。一体いつ入れ替わったのかしら?』

「それがわかったら、間違えて持って帰ったりしてないって」

『それもそうね。……にしても、よくその体操着が私のだってわかったわね。佐々木はクラスに二人いるのに』

「そりゃあ、匂いで――」

『えっ? 何?』

「何でもありません。直感で、佐々木さんのだと思いました」


 危ない危ない。正直に答えたら、変態の烙印を押されるところだった。


『それで、あなたの出汁が染み付いた体操着を、私はどうすれば良いのかしら?』

「出汁言うな」


 汗と言え、汗と。


「取り敢えず、明日持ってきてくれ。……洗って返す形で良いか?」

『お願い出来るかしら? 私もそうするから』


 通話を終えた俺は、体操着を洗濯機に放り込んだ。

 この体操着を佐々木さんが着ていたという甘美な事実から、目を逸らして。





 翌日。

 教室で堂々と互いの体操着を返す真似なんて出来ないので、俺と佐々木さんは始業の1時間以上前に登校していた。


 この時間なら、俺たち以外のクラスメイトは登校していない。体操着を返すなら、今しかなかった。


「佐々木さん、本当に悪かった!」


 俺は平謝りしながら、佐々木さんに体操着を返した。

 代わりに佐々木さんから、自分の体操着を受け取る。


「気付かなかった私も悪いわけだし、あなたを責めるつもりなんて毛頭ないわよ。だけど、念の為確認させて。……嗅いでないわよね?」

「女子の体操着の匂いを嗅ぐなんて、そんな変態行為するわけないじゃないか」


 この質問は想定内だったので、俺は涼しい顔で嘘をついた。

 主演男優賞が狙えるレベルの演技力だ。


「そう、良かったわ。昨日は結構汗をかいちゃったから、その、匂いがキツかったと思って」

「そんなことないさ。甘くて良い匂いだったぞ」


 ……あっ、ヤベッ。


「……死ね」

「誠に、申し訳ありませんでした」


 平謝りじゃ済まないな。俺はその場で土下座をした。


「まぁ今回に限り特例で、不問とするわ」

「寛大な措置に、感謝します」

「誠意は金額で見せて。……って、冗談だから! 気持ちだけ受け取っておくから、その諭吉さんはしまってちょうだい!」


 それで許して貰えるならと出した一万円札を、俺はしまう。


「今回の件の教訓は、「人の物を間違えて持って帰ると気まずい」ということよ。だから今後二度とこんなことが起こらないよう、互いに注意しましょう」

「そうだな」


 俺は佐々木さんの言葉に、力強く頷いた。





「……これは、どういうことだ?」


 放課後になり、帰宅した俺は、昨日と全く同じセリフを口にする。

 今日も今日とてテスト勉強をしようと鞄を開いたところ、見たことのないメモ帳が入っていたのだ。


 メモ帳の持ち主は、すぐに判明した。これは佐々木さんのものだ。なぜなら表紙にフルネームで名前が書いてある。


 ……しまったな。「互いに注意しましょう」と言った矢先に、またも佐々木さんの所有物を持って帰ってきてしまった。

 これでは連続お持ち帰り事件だ。……そう表現すると、なんだかやらしいけど。

 

「返すのは、明日で良いかな? でももしテスト勉強に必要だったら、すぐに返した方が良いし……」


 今日返すか、それとも明日返すのか? 全てはメモ帳に書かれている内容次第だ。

 俺は心の中で佐々木さんに謝ってから、メモ帳を開いた。


 すると、メモ帳に書かれていたのは……


『君はまるで、サンタのよう。それもただのサンタじゃない。そそっかしいサンタクロース。

 こっちに心の準備なんて出来ていないというのに、クリスマスより前にやって来て。プレゼントを渡すんじゃなくて私の物を奪っていく。

 例えば私の心とか。

 嗚呼。どうせなら、私自身を奪ってくれたら良いのに。来年のクリスマスまで、ずっと一緒にいてあげるよ?』


 ………………。

 これはアレだ。佐々木さん直筆の詩集だ。しかも大して上手くないやつ。

 考えようによっては、体操着よりも遥かに人に見られたくないものではないだろうか?


 俺はメモ帳を閉じる。

 よし、何も見なかったことにしよう! 俺は小っ恥ずかしい詩なんて、一文字たりとも読んでいない。


 しかしこんな爆弾を一晩手元に置いておきたくないという気持ちもある。少なくとも、メモ帳を間違えて持って帰ってきてしまったことを、佐々木さんに伝えなくては。


 俺は佐々木さんに電話をかける。


『星野くん? 昨日に続いて、どうしたの?』

「昨日に続いて「ごめんなさい」だ」

『何? 今日は何を持って帰ったの?』


 流石は佐々木さん。俺がなぜ謝罪をしたのか、既に察しているらしい。

 しかし自身の黒歴史が俺の手元にあるとは、想像にもしていないみたいだ。


「……佐々木さんのメモ帳を間違えて持って帰ってしまいました」

『……おいおい、マジかよ』


 余程慌てていたのだろう。佐々木さんの口調が、おかしくなっている。


『中を見たら許さないわよ』

「人のメモ帳を勝手に見るとか、そんなことしないっての」

『だけどあなたには、前科があるからね』

 

 前科とは、昨日彼女体操着の匂いを嗅いだことを言っているのだろう。

 

「前科があるからこそだよ。同じ過ちを二度も犯さないって」


 俺はまたも、息を吐くように嘘をついた。

 殿堂入り必至の演技力だ。


『……話は変わるけど、サンタさんって無償でプレゼントをくれると言うけれど、そうじゃないのよね? サンタさんも、私たちから奪っていくものがあるわ』

「例えば私の心とか?」


 ……あっ、ヤベッ。


『……地獄に落としてやる』

「誠に申し訳ありませんでした」


 スマホに向かって土下座をしたのは、言うまでもない。





「……これは、どういうことだ?」


 とまぁ、このセリフも三日目なので、正直飽きてきたところだ。

 帰宅して鞄を開いたあたりから、薄々「今日もあるんだろうなぁ」と思っていましたよ。

 案の定、鞄の中には俺の物ではない便箋が入っていた。


 手紙には、宛名が書かれていなかった。しかし、差出人の名前は明記されている。佐々木さんだ。


「また、間違えたか。3度目は流石に怒られるよな」


 2度あることは3度あると言うから、仕方ない? 確かにそうだが、3度目の正直という言葉もある。


 しかしなんて言うか、今日は流石に注意していた筈なのに……どうして持って帰ってきてしまったのだろうか?

 

 いや、この際理由なんてどうでも良い。目の前に佐々木さんの便箋がある、その事実が重要だ。


 しかしこの便箋……ハートマークのシールで留められている。つまりこれはラブレターということだ。


 佐々木さんは、誰かに告白しようとしていた? 一体誰に?

 俺は無性に気になってしまった。


「……」


 いけないことだとはわかっている。

 それに体操着や手帳の時みたいに、「やむを得なかった」という言い訳は使えない。

 そんなことは百も承知で、俺はラブレターの便箋を開けた。


 果たして、手紙に書いてあった宛名は――


「……え? 俺?」


 手紙の一行目には、確かに「星野聖也くんへ」と書かれていた。

 クラスに星野姓はいないけど、校内まで範囲を広げれば数人存在する。しかし、星野聖也は俺しかいない。


 俺宛のラブレターを間違えて持って帰ってしまうとは、本当に悪いことをしたな。注意していたとか不可抗力だとか、そんなの言い訳にすらならないだろう。


 ……いや、ちょっと待てよ。

 俺はそこで、一つの可能性に至る。


 もしかしてだけど……このラブレターを俺の鞄に忍ばせたのは、他ならぬ佐々木さん自身なんじゃないか?


 何度も言うが、俺は今日一日佐々木さんの持ち物を誤って持って帰らないよう注意していた。となれば過失ではなく、人為的なものだと考えるべきだ。


 ラブレターを持っていたということは、佐々木さんは遅かれ早かれ俺に告白するつもりだった。

 その告白方法として、昨日までの連続お持ち帰り事件を利用してもおかしくない。


 俺は佐々木さんに電話をかける。


『星野くん? 三日連続で、どうしたの? また謝罪?』


 いいや、今日は謝らないさ。だって俺に非はないもの。

 他に伝えなければならないことがあるから、電話をかけたまでだ。


 俺は一度深呼吸をしてから、そのセリフを口にした。


「佐々木さん、俺もあなたが好きです」

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