決意
第二章 成り上がり
第九十二話 「決意」
朝、日が昇る前に稽古で山に入る。
山はどこまでも登って行ける訳ではなく、途中で柵が建てられてたりもする。
きっと危険な魔獣対策なのだろうが、基本的には魔獣も人族を避ける傾向があるようだ。
それでも稀に人里に迷い込む危険な魔獣もいるらしく、その場合は直ぐに貴族が対処するが、忙しい時や対処出来ない魔獣の時はギルドなどに依頼を出す。
貴族は基本的には平民より魔力が豊富で、剣術や体術なども習えるので平民より強いと言われてる。
もちろんナラサージュにも兵団はある。
俺と勝負した ジルザルさんは1番若い兵団長と聞いている。
でもナラサージュの軍事力はホオヒューガ国の次だった気がする。 ……ケツから。
家に帰って食事して、しばらくすると続々と人が集まってきた。
面子は……
リズーンからは兄と女剣士ちゃんことミュラーさん…… 呼びました?
竜族からはガルフさんとサラノフさんとルカルス…… ラザノフ一家とラリィが来た。 ……呼んでます。
そしてナラサージュからは何と! キャプトマン王子が来た。 ……普通に呼びません!
兄がラザノフ一家に挨拶とお礼を言っている…… その後にラザノフに手合わせを頼まれているが…… 背中辺りをさすっているので痛いので今度とでも言っているのだろう。
ラリィがチョロチョロって来て、俺の手を握って隣に座ってニカッと笑った。
……相変わらずすきっ歯が似合う可愛い妹だ。
この家は椅子に座る部屋はなく、そのまま地べたに座るので王子が来るような家ではない。
何故、来たのだろう。
まぁいいか、俺から事の経緯を説明する。
大会で今はサンカルムに亡命中の元フォルマップル国出身の貴族、ポンタに喧嘩を売られて返り討ちにしてしまう。
自国の貴族が他国の平民に殴られたことにフォルマップル国は激怒、ナラサージュに脅しをかけに来る。
俺が留守中にポルカ先生が暴力を振るわれ、ユーリス姫は辱めを受けそうになっていた。
ゴールタールの先生の仲裁で正式な試合での決着になり、俺が勝利する。
大会後にフォルマップル国からナラサージュ国に俺の引き渡し要求が何度もある。
途中、フォルマップル国の刺客をラザノフと俺で撃破、1人は死亡、2人はサンカルムの牢屋に入っている。
ナラサージュの村人がフォルマップル国に侵入、資源を盗んだとして捕まる。
フォルマップル国が村人全員と俺の交換を要求、俺が承諾した。
フォルマップル国へ引き渡しが行われ、拷問を受けるが脱走に成功する。
途中、恩を受けた中級貴族ルイース(大会で面識あり)に俺の1年をあげると約束した。
壮絶な過去を持つルイースとの生活は、お互いの気持ちとは裏腹に突然の終わりとなる。
帰って来た俺はリズーン国の第一王子のトゥルフから依頼を受ける。
ある男に勝てば貴族になる後ろ盾になると……
ある男の兄、ルークを撃破したが、俺は貴族になんかなりたくない、でもガルフさん達の意見を聞きたくて集まってもらった。
「こんな感じだけどラザノフ、ゼブンさんとの勝負はどうなった?」
違う話だけど、これがずっと気になっていた。
「ガハハ、最後の最後に仕掛け技が炸裂して拙者の勝利! ゴルゾフ殿もスエメルを連れてってもいいと言ってくれたが…… リュウのこの一件が解決するまではスエメルを連れて来なかったでござるよ」
「ふ〜ん。 まぁ、実力で勝った訳でもないからね。 ラリィの教育にも悪そうだし」
ルイースと俺の場合はラリィが近くに居なくて良かった。
「クッ、いつか絶対にリュウを倒すでござる」
相手が違うだろ。
「それで貴族問題、ラザノフはどう思う?」
「今のリュウと何が違うでござるか? リュウは上級貴族の先輩を呼び捨てにして命令までしてるのに相手も納得してる。 ナラサージュではリュウは元々平民ではない」
竜族の関係者だからか……
「ガルフさんはどう思います?」
「遅すぎるぞ。 ワシならギルドの大会後に直ぐに貴族にする」
「貴族になったほうがいいですか?」
この問いにはサラノフさんが応えた。
「貴方の能力が知れ渡れば、遅かれ早かれ貴族となるでしょう」
「ああ、そうなれば矛盾はなくなる」
ルカルスさんが言った矛盾とは俺の貴族に対しての態度のことか?
「キャプトマン王子。 チラッと俺にして欲しいことがあると聞いた気がするんですけど、貴族にして何をして欲しいんですか?」
「兵団を束ねて欲しい。 ラザノフ君に聞く君は人を育てるのも上手いようだからな」
「お兄ちゃんね〜、教えるの上手いだの。 ラリィもね、直ぐに飛べるようになったんだよ。 ね、お兄ちゃん」
いや、結構な時間がかかってるぞ……
しかし、ラリィとラザノフだけの評価で俺が人を育てるのが上手いと言うのは早計だ。
「他にも王族の護衛任務や王族の子供達への剣術指南など、やることは沢山ある」
子供達への剣術指南はやりたい。
「ルークとミュラーさんは今回呼んだっけ?」
「リュウが貴族になるならリズーンはどうだ? ……つまり、勧誘だ」
「リズーン国はいい国よ。 どうしてもと言うなら私で良ければ付けるわよ」
え〜と、俺にはもう付いてるんですけど……
静香チンが。
「にいちゃんさ〜、俺がリズーンに行くと思う?」
「全く思わん。 だから今日はお前がお世話になってる人への挨拶だ」
なるほどね…… トゥルフ王子に勧誘して来いと言われたか。
「皆さんの考えは分かりました。 後はラザノフと俺とラリィだけで話そう」
「リュウ、その子はお前をお兄ちゃんと呼んでるが……」
兄が言った。
「俺の妹だよ、川で拾った。 ラリィ、その人は俺のにいちゃんだ」
「え〜! お兄ちゃんのにいちゃんだの? だったらラリィのにいちゃんだの?」
「ま、また新しい妹を作ったか…… それに随分と可愛い妹だな…… 」
ローチェはシスターが拾ってきた妹。
「あ…… そ、そうだよ。 ラリィだったな、リュウの妹なら俺の妹でもある。 にいちゃんにやって欲しいことがあれば何でも言うんだぞ」
「うん! お兄ちゃんのにいちゃんはカッコいいね」
ラリィは俺を見て言った。 ……確かに子供受けする爽やか王子顔だ。
「でもお兄ちゃんでしょう〜。 そこはお兄ちゃんだよな、ポンチョ欲しい?」
「グフフ、お兄ちゃんだの。 ポンチョはピンクがいいだの」
え〜と、それだと目立たなくする為のポンチョが目立っちゃうんですけど…… まぁいいか、それより……
「ルーク、この子のためにやって欲しいことがある。 この子は吸血族ハーフで太陽の光が苦手だ。 その特性を何とか出来ない? 俺が何とかしたかったんだけど、俺の頭じゃ何も浮かんでこないんだ」
いくら有能な頭でも、得意、不得意があるのは仕方ない。
「その頭は戦いに特化してるだけだからな。 それで、その優勢順位を聞いていいか?」
かなり失礼なこと言ってまするぞ!
「今日の…… 近年1番の優先事項」
この子の未来は明るくない。
俺は学校にだって通って欲しいし、海で皆んなと遊ばせたいとずっと思っていたんだ。
「フハハ、相変わらず失礼な奴だが、俺は小さな頃からお前のそういうところが羨ましくて仕方なかったよ。 任せろ、最優先で研究してみる。 ラリィ、後で色々と話を聞かせてな」
ルークがチラッとキャプトマン王子を見て言った。 ……けど俺は、充分貴方も失礼ですと言いたい。
ラリィが頷き、俺を見てニコッとした。
ん…… 恥ずかしがってる?
2階にある俺の部屋にラザノフとラリィで来た。
話はラリィも聞いていたので頭のいいラリィもある程度は理解している。 ……はず。
「ラザノフ、ラリィ、選択肢は2つだ。 しばらくレイモンに戻り、数年後に戻って来てナラサージュとフォルマップル以外の国に住む、これが1つ。 後はさっきの話の通りナラサージュで貴族となる」
ラザノフがあっさり答えを出す。
「拙者は貴族だ。 リュウとの旅なのにリュウが居なければ意味はない。 父者達も言っていたがいずれはどうせ貴族、リュウも覚悟を決めるでござるよ」
返す言葉もない……
「ラリィもお兄ちゃんと離れたくないだの」
え〜と、連れて行く予定だったんですけど…… まぁ、母ちゃんと離れたくないよな。
「ラリィ。 リュウが貴族になるなら拙者かリュウを形式上の兄にしなければいけないでござる。 どちらも今まで通り兄は間違いない、でも形式上で選ばないといけないでござる」
そ、そうなの? でも、それなら……
「おススメはお兄ちゃんだ。 貴族になればお前も貴族だ。 ハーフならこの先を考えると地位が高い方がいい」
「だが竜族の拙者の妹も地位が低い訳じゃないでござるよ」
勧誘合戦だが、ラザノフも俺の方がいいと思っているのが伝わる……
やはりラリィは、吸血族でもなければ当然竜族でもない。
立場は俺達に妹扱いされてるハーフの女の子、これは俺を選ばなければずっと変わらない。
「うん…… それならお兄ちゃんにする…… む、村でもお兄ちゃんが、そ、育ててると思ってるからぁ〜」
複雑なラリィの気持ちが分かる。
ラリィがラザノフより俺を好きとは思わないけど、俺よりラザノフを好きとも思わない。
ラリィはそれぞれの良いところを同じように好きで居てくれてるのだ。
涙を流すラリィが何を思っているのかは分からない、だけど何かが変わるのは事実、それに涙を流しているのだろうか……
1階に降りて皆さんに報告。
キャプトマン王子は喜び、リズーン国のトゥルフ王子と打ち合わせをすると言ってタムリーンさんだけ残して私兵の人を連れて帰った。
ガルフさん達もラザノフとラリィを残して先に帰る。
リズーンのミュラーさんも帰り、兄はラリィの話を聞くために残った。
兄がラリィに事細かく質問する。
太陽の下で肌がピリピリするかとか、何分なら大丈夫かとか、朝、夕方、気温、色々だ……
そのうちミナリとポルカ先生、ユキナも来たので兄を紹介する。
「珍しいね、ユキナも一緒とは」
「うん。 リコに昨日エサをあげに行ったらラザノフ君達が帰ってたから」
「そう。 リコのエサ、ありがとうね」
「ふふ、最初は怖かったけど皆んな居ないから私に凄く懐いてたんだよ。 でも昨日は素っ気なかったけど」
皆んな帰って来たから、というよりラリィが居るからだろう。
「それより私の中のイメージピッタリの人が居るんだけど…… もしかして?」
「そう、もしかしての兄ルーク。 約束通り会いに来てくれたよ」
「やった〜、やっと会えましたね。 私はギルドの職員のユキナです。 ルークさんは冒険者登録はお済みですか?」
早! 流石優秀なギルド職員。
「か、可愛い人ばかり…… も、もしかして全員リュウの……?」
「何アホなこと言ってんの? ギルドの職員って言ってんじゃん」
「は〜い。 それに1番近いと言われてるクラスメイトのミナリで〜す」
誰か言ってた?
「クラスの担任のポルカです。 リュウ君にはとてもお世話になってます。 リュウ君、ありがとね」
さっきミナリ達に内緒でタムリーンさんと一緒に選んだポルカ先生へのプレゼントドレスを渡した。
タムリーンさんもポルカ先生も喜んでくれて良かった。
「リュウの兄のサーファレイ・ルークです。 弟と仲良くしてもらいありがとうございます」
「あの…… 貴族様ですか?」
その質問には俺が答える。
「リズーン国で貴族に登用されたらしいよ。 ってかサーファレイって何?」
「ラストネームだ。 レイモンでお世話になった…… ああ、お前も会ってるよな。 そのサーファレイ・シーファさんから付けさせてもらったよ」
「誰それ?」
「人間国の王都で会ってるだろ。 シスターとローチェも一緒に」
え〜と、女の人の名は…… 何か卑猥な名前だった気がするけど、男は覚える気が初めからなかった。
「オッサン・ルーク。 俺が覚えてるので付けるならこうなる」
「それならオッサン・リュウになるぞ」
サーファレイでいいや。
ありがとう、オッサン。
「やっぱりリュウ君も貴族になるんだ…… ちょっと寂しいな」
ユキナ…… 憂うと美しさが際立つな。
「俺は俺、またユキナを抱いて違う景色を見せるからね」
「ふふ、嬉しい。 でもその言い方だと誤解されちゃうよ」
見るとルークが愕然としている…… ショックだったの?
「私もお願いね、リュウ君。 ジャンセルには内緒で」
「ふふふ、その言い方でも誤解されますよ」
「そうだよ、どうせならキャンセルにはジャンセルで、の方がいい」
「だから逆よ、逆。 ジャンセルキャンセル。 いい? 一緒に…… はい、ジャンセルキャンセ…… ちょっと! 一緒にやってよ」
流石、2年1組詠唱先生。
「やっぱりポルカ先生と仲良しだよね。 でもリュウ君さぁ、もしかして復学するの?」
「それは分からない」
「ふ〜ん。 でも今は止めといた方がいいかも」
何でだ? もしかしてパミヤ君とミナリはいい関係になってるとか⁈
「リュウが学校とはね。 シスターもローチェも、もちろん俺も考えてなかったな」
「その中に俺も入れて。 でも俺…… 優秀らしいよ」
何と言ってもハリケーンランを1番でっかく、しかも1発で完成させた天才だからな、オーホホホ。
「実技だけわね。 後は悲しいくらいにボロボロね」
「速攻でバラすね、ポルカ先生は」
「ふふ、復学、私は待ってるからね」
「私だってずっと待ち続けでますぅ。 でも……」
でも何だろう、ちょっと気になる。
「ルークさん…… で、大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん、その方がいいです」
ユキナは平民だし、ポルカ先生もミナリも下級貴族なので普通はルーク様なんだって、めんどくさ。
「リュウ君の小さな頃って…… やっぱりモテました?」
「ええ。 それだからか分かりませんが、年上の男達には不評でしたね」
……はっ? ラリィが居る時は止めて欲しい。
また天然女たらしって言われそうだ。
「ちょっと、俺が誰にモテた! シスター育ての親、ローチェ妹、以上。 何処がモテてる?」
「マシェリだって大人になったら絶対リュウはモテるって言ってたぞ」
「マシェリね、俺は本当の姉ちゃんと途中まで思ってたし、マシェリだよね、俺をパンツ一丁マンと呼んだのは」
「ブハハハ、確かに海岸をパンツ一丁で歩く姿は、孤高のパンツ一丁マンって感じだったな、目に焼きついてるよ」
ウグッ…… 孤高は付けないで。
「リュウ君、私、小さなリュウ君に会いたい。 でもどうしてパンツ一丁だったの?」
ミナリ…… 何かいつもより可愛く思えてきた。
「稽古の一環、心拍数を管理するために海に潜ってたんだ。 それとド貧乏だったのもある」
あと風呂代わり。
「リュウ君は凄いわよ。 海の中で20分、私はパニクって泣いちゃったくらいだもん」
懐かしい…… 泣かせたユキナにも何かプレゼントしよう。
「に、20分…… あれからもずっと精進してたんだな…… 勝てるわけがない…… それにその眼、説明してもらっても理解出来ないが……」
理解出来なくても小さな頃に頭痛で何日も寝込んでたのは兄も知ってる。
「ルーク殿、勝負は海の中じゃないでござる。 拙者はリュウが負ける姿を何度かは見てるでござるよ」
僕は意外と負けてるのであ〜る。
でも、これから先は無敗で行く!
「ところでルーク殿、拙者達のパーティーに入らんでござるか?」
さっきまで俺との戦いを兄に根掘り葉掘り聞いていたラザノフが言った。
「パーティー…… それはいい。 リュウと同じパーティーなんてシスターもローチェも喜ぶだろうな、リュウ。 ところで俺が入っても平気なの?」
「平気だよ、俺とラザノフだけだし」
「2人…… なるほど、ブロック敗退でも皆んな覚えてる訳だ……」
ルークが入れば前衛が俺とラザノフ、それを補佐する役目でルーク。
これでもう完璧に思える。
「俺は直ぐに見つかったの?」
「真っ先に若い冒険者を調べた。 そこで最速、最年少A級の男がリュウと同じ年なのを知って更に詳しく調べたらやっぱりリュウだった。 全く苦労せずに見つけたぞ」
なるほどね…… 兄孝行な弟だ。
「ダンジョンまで攻略してるんだろ、ラザノフ君と。 どうだった?」
「リュウ、それは拙者が話そう。 ……死にそうになった!」
……それだけ?
「そ、そうなんだ…… リュウは?」
「……苦労した!」
「あのさ2人とも…… そんなの想像出来るから!」
プフフっと女子が笑ったところでギルド職員のユキナが話す。
「リュウ君とラザノフ君の家は南の海沿いの丘にありますよ。 ダンジョンの希少鉱石を売って買った家です。 ルークさん、一応この街のギルドで冒険者登録をしませんか? もちろんリズーンに帰ればリズーンのギルドで登録を変えなきゃいけないけどそれは簡単に済むので。 この街でリュウ君達のパーティーに入ればパーティー戦ではナラサージュ代表で大会に出れますよ」
お〜、流石にやり手のギルド職員。
「分かりました、明日にでもギルドに行きましょう。 それとユキナさん、リュウとラザノフ君の家や学校なども回ってみたいんですけど付き合ってもらえませんか?」
「はい、構いません。 ただ明日は4時までは仕事なので……」
「登録に時間はかかりますか?」
「1時間くらいは」
「それなら2時過ぎくらいにギルドに行きます」
「はい……」
ポンタに見つからないようにしろよ、っと心の中で言った。
「いいな〜、デート。 リュウ君、私達もデートしようよ」
「違う、デートじゃない…… ルークさんはお貴族様だから平民の私なんか相手にしません。 リュウ君も……」
会うたびに美しくなっているユキナ。
カミラさんの妹だけにこれからもっと綺麗になっていくんだろうな。
「自分は貴族と言っても孤児院上がりで、むしろ自分は平民だと思ってます。 明日はデートではないけど付き合ってくれたお礼はさせてくださいね」
ユキナがルークを見つめて頷く……
俺も選ぶなら平民の子がいい。 ……だって貴族の子と付き合っても最悪の終わりしか経験してないもん。
「リュウ君、デ・イ・トしようよ」
ミナリ…… 毎日、来てくれてる華妖の眼なんて全く関係ない子。
「分かった。 この前、ここに帰って来る途中に気になる場所があったんだ。 そこに行かない?」
「うん! 行くよ〜、で、どこ?」
「ここから飛んで30分くらいだったと思う。 明日は休日だし朝早く行かない?」
朝早くしか飛べない。
「うん、暗いうちに来ればいい?」
「ああ、って迎えに行くよ」
ここはミナリの家から意外と近いが、暗いうちに1人で来させられない。
「リュウ様、まだ少し行動するのは早い気がしますが、飛んで30分の距離なら遠いところなのでしょう。 でも迎に行くのは私がしましょう」
いつの間にか帰って来ていたザッカーさんが言った。
まぁ、俺だって遠くなければ行かないさ。
「ありがとうございます。 でも、自分1人で来れますよ」
ミナリも一応貴族、上級貴族に迎いに来られるのは気が引けるのか。
「ザッカーさん。 まだ暗いうちなので俺が行きますよ。 誰にも合わなければ問題ないんですよね」
俺はフォルマップル国を静かに抜け出した男だ。
「……分かりました、誰にも合わずにミナリ様を迎えてください」
そんな感じで今日は終わった。
兄とは暮らす国が違うのでまたしばらくは会えないだろう。
でも、飛べる俺はリズーンにも数日で行けるので、心の持ちようが今までと全く違う。
次の日。
隠れるように、そしてジェットをスケートのように使いミナリの家まで行く。
あっという間に着いたミナリの家はやたら大きく門も立派だ。
呼び出しに使う金物をゴンゴンと鳴らすと、中からミナリと母親が出て来た。
ちなみにポンコがここで働く時に俺も挨拶で来てるので、一応は面識がある。
「リュウ君、今日はミナリをよろしくお願いね」
「はい。 朝早くにすいませんでした」
いつもは寝てるはず。
「ふふ、大丈夫よ。 貴方は娘の青春そのものなのよ。 それなのに半年以上も会えなくてミナリを見るのが辛かった…… でも帰って来れて本当に良かった」
こんなに可愛いのに俺みたいなアホ強者に惚れるなんて…… いいやつ。
「少し暗くなってからの帰りになると思います。 ミナリに怪我はさせないので安心してください」
暗くないと飛べない。
「ええ。 よろしくね」
大きなミナリの家の裏手から、ミナリを背負って出発する。
飛ぶと直ぐに感嘆の声が出るミナリ……
そして話し出す。
「リュウ君もルークさんもこうやって海の向こうから来たんだね。 ミナリに会いにだったら凄く嬉しいのに……」
俺が裏から渡った理由は戦争のない場所で自由に生きるため、っと言う兄とシスターの願いがあったから。
それでもこじつけて言えば、こっちの世界で会った大切な人全てのために渡って来たとも言える。
ラリィなどは俺が居なければ生きてないだろうし、ラザノフ、ルイースの人生にも大きく関わったと思う。
だけど胸の中でモヤってるのがレミア。
約束したけどタイミングが合わず会いに行けてない。
ー僕がオッサンになってもー
僕がオッサンになぁたら、レミアはオバさんよ
え…… オバさんになってね〜じゃん
つ、続けていい?
若い子には負けるわ
作詞 サー何とかリュウ
短い歌になってしまった。
レミアさえオバさんになってればとてつもなくいい歌になった予感はあったのに…… でも、まぁいいや。
「リュウ君、聞こえる?」
「ああ、もう着くよ」
「違う、朝のお弁当も作ったの、お母さんとだけどさ。 どっかで食べようよ」
朝のお弁当もと言うことはお昼もだよな……
ありがたい。
高度を上げて見ると、もう目的地は見える。
しかし、その右側を見ると海がある。
「海で朝飯、食べようか?」
「うん! キャハハ、リュウ君って海が好きだよね」
「好きだね、付き合ってくれる?」
「もちろん」
海に近づき崖側の岩場に降り立つ。
もう少しすると太陽が登るはず、辺りがほんのり薄明るくなっている。
穏やかな海の風と潮の香り、これは小さな頃から覚えがある。
「リュウ君、遠くばかり見て、やっぱり向こうに帰りたいの?」
「俺の知り合いって驚くほど少ないんだ。 だから一人一人が大切なんだ」
誰も居ない、砂漠化が進む南の最果ての孤児院。
今考えると、兄と俺の魔力があったから畑も維持出来てたと思う。
「そうか…… 恋人は居たの?」
「ところで何でそんなに荷物が多いの?」
「あっ…… 誤魔化すんだぁ、荷物はお弁当とお泊まりセットだよ、お母さんと用意したんだよ、キャハハ」
お母さんは何を思って一緒に用意したんだ……
そんな会話をしながら俺達は海を見ながら弁当を食べた。
しかし…… 予期せぬことが……
弁当を食べてる時に釣り船が沖の方に数隻来て釣りを始めた。
そして弁当を食べ終わる頃には、俺達の立つ岩場が海の中に消えそうになっていたのだ……
そう…… 引き潮で岩場が出ていた場所で俺達は弁当を食っていたのだ。
崖の上まで飛んでも問題ないと思うけど、誰も来ないような岩場で飯を食ってるカップルは釣り人からも珍しいようで注目の的だ。
まぁ…… カップルじゃないけど。
「ミナリ、肩車して海を渡るよ」
下半身は濡れるけど上半身はあまり濡れないはず。
「でも海の中で私の体のほとんどが出てるのは目立つしカッコ悪いよ。 出来ればリュウ君にお姫様抱っこしてもらいたい」
「それだと難易度が高い。 だいたい体を出しながら海の中でジェットを使ったことなんてないんだぜ、だからせめておんぶでいい?」
「う〜ん、前で抱っこは?」
お姫様じゃなければ大丈夫か……
まぁ、どっちにしろ危険はない。
そんな感じで抱っこしながらジェットを使って陸と繋がる岩場まで泳ぐ。
「リュウ君、今日ね、カナリも行くって駄々こねてたんだよ。 でもお母さんに怒られて諦めたみたい」
顔が近いな……
「ジェットじゃ2人は乗せられない、だいたいカナリは彼氏が居るんだよな?」
「うん、居るよ。 リュウ君がラザノフ君に200発くらい殴られた後のリュウ君似の3年生の亜人」
200発は死んでるって……
「屍君とは上手くやってんの?」
「キャハハハ、まだ屍じゃないけどね。 ケンカばっかりしてるみたいだよ」
まだって…… 何気に酷いよな……
「凄くエッチなんだって、だから直ぐにケンカになるって言ってたよ」
俺だってエッチな感覚はあるんだけど、相変わらず反応はなし。 ……いつまでも静香チンな俺の息子様。
「青春だね〜。 ミナリ、ごめんな」
「え…… なんで謝るの?」
その問いには答えない。
どうしてかって、俺にだってよく分からないからだ……
岩場に出た俺達はとりあえずお互いの水の魔術で体と服を洗い流す。
ミナリの今日の服装は、薄い緑の膝上まである丈のワンピースにスケスケの黒い薄いやつを着ている。 ……分かる?
服の上から水をぶっかける。
「次は私が洗い流すね。 水の女神アクアの弟子コジッキーよ、我に水を恵んでくだせえ……ー中略ー……嫌と言うならアクアに言っちゃうぞ、ほらほら早く水だせコジッキー、ウォーター!」
チョロ〜っと水が出た!
……良かった、無詠唱で。
それから俺が台風並みの風でお互いの服を乾かしてから出発。
ひたすら歩いて行くしかないけど、それでもそんなには離れてなかったはず。
そして歩くこと2時間、小高い丘の上からそこは見えた。
「あっ、ここは観光地で有名だよ、夏の。 ナラサージュの三大祭りがあるところなんだよ」
小さな町だけど、建物が白で屋根だけオレンジで統一されてる。
ただ教会っぽい建物だけ屋根が青い。
「綺麗な街並みだね」
「うん、あそこに見える階段を登った先で色々あるらしいよ」
祭りのことを言ってるのだろう。
「俺の目的はその階段。 裏の世界で蓮撃って言う俺の必殺技のための練習で階段を使ってた」
「ヘ〜、裏の世界か、やっぱり1回行ってみたいな」
見える階段は200段や300段レベルじゃなさそう。 ……倍はある?
「町を色々回って階段を登った先で弁当にしようぜ」
町に入ると道の両端に野菜や果物、他にもこんなの買うやつ居るの? っと言った物まで売っている。
この時期でも結構賑わっているのは、流石三大祭りの開催地だからか。
出店を見ながらミナリと歩く。
途中でミナリと俺が同時に止まって見たのは綺麗な髪飾りだった。
花を模した形から雫のように小さな玉がいくつも下がっている、綺麗な髪飾り。
俺が目に止めた理由は雫の色が俺の刀と同じ瑠璃色だったから。
「凄く綺麗な髪飾り……」
ポツンと呟くミナリ……
花の色は白をベースに少し緑が入ってる…… ピンクの髪色のミナリに合いそうな感じはする。
「プレゼントしようか?」
「た、高いよ、コレ」
920トアとかなりの値段。
今は働いてない俺だけど今までの蓄えで買えないことはない。 ……けど、ヤバい状況にはなる。
「欲しければ買うよ、雫の部分が俺の刀の色と同じだから俺も気に入ったし」
「欲しい! 一生大切にするから!」
そんなに欲しいなら買わなきゃいけない。
今日の弁当のお礼で渡そう。
今日はたまたまお金を持ち歩いていたので買えた髪飾り。
早速ミナリが付けるとやっぱりピンクの髪色と合う。
「女っぷりが3割アップしたね」
本当に似合って、めちゃ可愛い。
「ふふ、リュウ君、ありがと……」
っと言って抱きつくミナリ。
喜んでもらえるのは嬉しいが、ここで抱きつくのは結構目立つぞ……
長い階段を登って行く。
先ず230段のところに踊り場があり、方向を変えて階段が続いてる。
更に230段登ると踊り場があって方向を変えて階段が続く。
後は228段(数え間違え?)で頂上まで上がって来れた。
頂上は綺麗な神社のような建物が3つ連なっている。
そして大きな広場…… リリカと毎日行った稽古場と似ている。
「ふ〜、流石に登ってくる人は居ないね」
階段の下の方には登ろうとしてる人は居たけどそのうち誰も居なくなった。
「あ〜疲れた。 お腹が空いたからお昼にしようよ、リュ〜ウ君」
髪飾りを触りながら話すミナリ。
「気に入ったようで良かったよ」
「ふふ、だってこんな高級なものお父さんでも買ってくれないよ」
そう言えば貴族になっても冒険者の仕事って出来るのか? もう金ないぞ。
……まぁ、サイフラザノフが居るけど。
誰も居ないので建物の縁側で弁当を広げる。
「ミナリって兄弟はカナリだけ?」
「う〜ん、一応、腹違いの弟は居るよ」
「え、もしかして第二夫人とか言うやつ?」
「そうだよ、下級でも家督は大事だし、私達は双子でお母さんの身体に負担がかかり過ぎたんだもん」
なるほど…… 魔力は便利だけど産む時の負担になるって聞いたな……
「だから私は運動を頑張ってるんだ。 私は子供を3人産みたいの、でも…… リュ、リュウ君の魔力量じゃ2人でも厳しいかも…… あっ、ふふ、独り言です」
俺も子供が好きだけど…… まさに役立たずが付いてるから……
考えたくなかったけどもう半年以上ピクリともせず…… もう治らないかも知れない。
飯の後、ミナリは朝早く起きて疲れたのか、縁側に横になって寝た。
俺は暇なので稽古をして、更にさっき気になった魔術の研究もしてみる。
さっき服を乾かすために台風並みの風に暖かい火の魔力を混ぜた。
更に火の魔力を目一杯に混ぜたらどうなるのだろう?
身体の中で調節してやってみるが、火を強めるのを意識すると風が弱まり、風を強くすると火が纏わない。
ふぅ…… 目一杯の魔力なのでこれ以上は帰れなくなる……
出来なかったけど手応えはあった、朝早くに海の沖に出て練習しよう。
縁側まで行くと、まだミナリは寝ていた。
手にはしっかりと箱に入れた髪飾りが握られてる……
「ミナリ、もう4時すぎだよ、起きて」
「ん…… え、もうそんな時間」
3時間は寝てたな。
「ご、ごめん、階段で疲れたのかも」
海から2時間歩いて町でも1時間以上歩いた、その後の700段近い階段は疲れる。
「少し稽古に付き合ってくれない? 階段の踊り場で待っててほしいんだ」
久しぶりなので出来るかな?
……っと言うことで、久しぶりの階段下り。
ここから見える景色は圧巻だ。
さっきまで居た海も見える。
ふぅ〜、っと一息ついてから最初の228段をゆっくりと飛んで行く。
そして次の230、その次の230とスピードを上げて降りた。
「凄く早い…… リュウ君、今度私もやってみたい」
陸上部に居そうなスレンダー体型のミナリ。 ……でも最近胸が大きくなってるって、さっき海で散々言ってた。
「運動神経がいいから行けるかもね、今度は皆んなで来よう」
カナリやラザノフ、サルーとかセシルさんは来れるかな?
そして俺達は町でフラフラと時間潰しをして、夕食後に帰ることにした。
夕食は海鮮を使ったしゃぶしゃぶのような料理。
俺の人生で5指に入る美味さだけど、値段もなかなかだった。
「リュウ君、今日はいっぱいお金を使わせちゃったね」
「それ以上のことをミナリは俺にしてくれてるから当たり前だよ」
「ふふ、やっぱりいい男だよ、リュウ君は。 カナリはどうして諦めたのかなぁ」
華妖の眼が関係してると言いたいが、華妖の眼なんてこの時代では効力がなくなってる可能性が高い。
「お金は使ったけど、めちゃ美味かったしその髪飾りはめちゃ似合ってるよ」
「うん、嬉し過ぎて今日は寝れないかも」
今日寝れないのは、さっきのたっぷりな昼寝のせいだろうな……
楽しかった1日は終わり、帰路につく。
……が、途中でミナリが止まってほしいと言ってきた。
空中で止まる。
「リュウ君、恥ずかしいからこの格好で言うね。 ……居なくなった時は寂しかったけど、絶対また会えると思って待ってたよ。 私と付き合ってください」
背負っているのでミナリの顔は見えない。
しかし、気持ちは知ってたけど改めて言われると嬉しいな……
でも……
「ごめん、今は誰とも付き合う気はないんだ」
「わ、私じゃ、ダメ?」
「だから誰とも付き合う気がない」
シーンと、一瞬の静寂。
「理由を聞いていい……?」
ふぅ…… 言いたくないな……
「……俺ね、今ずっとアソコが立たなくなってるんだ。 だからミナリが将来的に子供を望んでも絶対に無理だし、真面目に付き合うなら治ってから考えたい」
「え……」
次の静寂は結構長かった。
「わ、私、そんなの気にしないよ。 リュウ君が側に居ればいいの」
「俺が嫌なんだ」
治るまでは誰とも付き合わない。
これはこの先も変わらない。
その後はひと言も話さずに帰って来た。
後ろで涙を拭くミナリにかける言葉も俺には思いつかない。
……本当はラザノフ辺りに打ち明けて笑いながら相談したりとかしたかったけど、お互いに忙しかったしラザノフ以外にも沢山の人が居たし……
異性に打ち明けたことで、もうふざけて考えれなくなった。
もう治る気がしない……




