裏の世界
第一章 旅立ち
第九話 「裏の世界」
あれから2年。
相変わらずリチャードは、ちょくちょく孤児院に来てはデレデレとシスターに接している。
気持ち悪いな…… リチャード。
「ねぇ、にいちゃん。 リチャードってシスターに惚れてんの?」
「はっ? どう見ても惚れてるだろ。 って言うかここにいる時からだぜ」
結構、一途だな。
「シスターって幾つなの?」
「31、リュウと20違う」
31歳には見えない。
童顔の小柄なので凄く若く見える。
逆にリチャードは20ちょっとだろう。
老け顔なので30くらいに見えるけど。
「シスターはどう思ってるの?」
「知らない。 別に興味ない」
冷めてるな、この人。
俺だって興味ないけど、もう少し掘り下げようよ。
それでは報告でもするか。
はい、ジェット。
毎日ジェットで遊んでるから、ジェットの扱いには2人とも随分と慣れた。
俺は自由に飛び回れるけど、兄のジェットはやっぱり横移動が難しい。
刀。
リチャードやケビンに聞いても新しい情報はない。 亜人が作ったという情報だけ。
蓮撃。
4セットまでスムーズに打てる。 ただやっぱり頭の回転が追いつかない。
いい練習方法を見つけなければ………。
それでも順調にセット数は伸びている。
劇的には伸びていないだけ。
ローチェ。
明るくなった。
相変わらず付いて来るけど今はシスターや兄とも仲が良い。
笑顔を見るとホッとする。
兄。
剣術のみの試合では蓮撃を出して勝てる。
しかし、魔術有りの試合では、なんと……蓮撃中に口から魔術を出され、蓮撃はあっさりと敗れた。
そして魔術有りの試合では、3回に1回は負ける。
数年前からずっとだ。 中々、引き離せない。
そんな兄とも後1年。
魔術師は歩兵隊に比べ、休みが少ないと言う。
兄が去ったらもう会えない可能性だってある。
恩返しってどうやるの?
ーーーーー
今日から俺は体術でも必殺技を作ろうと思う。
理由は兄との体術の試合では分が悪いから、である。
体術では当然体格差がものを言う。
兄は俺より頭一つ大きく、体重も重い。
事実、ボクシングの世界で言うと俺がフライ級なら兄はライト級くらいの差がある。
ボクシングを習った人なら同じランキング同士のフライ級とライト級の人との試合で、どちらが勝つかは分かるはず。
俺の懸念は現実のものになりつつある。
前世では12歳の時、170センチ近くあった。
今は11歳で142センチしかない。
やっぱり食事事情はデカい。
これから伸びるとは思うけど、獣人も亜人も人間よりも背が高く、体格のいい人が多いらしい。
体格差をひっくり返すような必殺技が欲しい。
剣術では蓮撃。
でも、蓮撃は元々体術の技。
しかし俺に体術で蓮撃を作れるほどの、前世の知識も技術もない。
爺さんはもう体力がなくなり出来なくなったと言っていた。
父さんは出来たらしい。
まぁ、それはいい。 俺の技だ。
それではどんな技か発表しよう。
ー孤峰ー
父さんや爺さんでさえ、出来ない技。
具体的に孤峰は中国拳法の ー発勁ー に似ている。
発勁を俺はテレビで見た事がある。
少し相手にコツンと触れると、相手は大袈裟に吹っ飛ぶという技。
どうにもインチキ臭いこの技。
では何故この技をやろうとしてるのか、理由はある。
1つは、この世界には魔力がある、という事。
魔力をどうにかすれば、相手が吹っ飛ぶ⁈
そして1番の決め手となった二つ目の理由は、俺が"無詠唱"である事。
無詠唱なら瞬時に打つ事が出来るかも知れない。
出来なければ、仕込んで使う技でもいい。
やってみる価値は有り、と思ったのだ。
早速、木の前に立ち魔力を練る。
すぐ近くに座って上目遣いで見ているローチェがいるけど気にしない。
しかし孤峰は"気"を相手にぶつける技。
気ではなく"魔力"なのに孤峰と呼んでいいものか?
きっと爺さんに怒られる気がする。 ……いないけど。
ちょっといい方を変えよう。
魔力を練り、木を軽く叩く。
虎峰! シーンと木に変化はない。
ちなみに孤峰は虎峰に変えた。
ちょっと漢字を変えただけだが、爺さんも安心して逝けるだろう。
しかし、木に変化はなかったが……
木の主には変化があった。
「リュウ! 私の木に変な事しないで!」
確かに皆んなもこの木をローチェの木と言ってたけど!
「ごめん、じゃあ、あっちの木ならいい?」
「うん、この木以外ならいいよ」
会話中、気がついた…… 顔が赤い。
額に触れてみると……熱い。
バッとローチェを抱える。
「にいちゃん、ローチェが熱があるから先帰る〜」
と一言。
しかし、兄も心配だったのか走って付いてきた。
ローチェは大丈夫だよ、とか言ってたけど聞かずに病気の子が入る部屋のベッドに寝かせた。
次の日にはローチェの熱は下がっていた。
しかし、今日一日は寝ている事を言い聞かせる。
シスターからは過保護ね、とか、そういうところはルークに似てるのね、なんて言ってたけどそれは違う。
俺が眼以外の病気になった事は殆どない。
兄も同じように殆ど病気の記憶はないと言う。
この世界は前世より病気に罹りづらい。 でも病気になれば拗らす事が多い。
今までたかが風邪の症状で、あっさり亡くなる仲間達を見てきた。
病気は早期の発見と安静が、薬もないこの孤児院で最低限出来る事になる。
それから数ヶ月。
ローチェは、たまに風邪の症状で寝込むようになった。
だけど昔と違い食事もしっかり取れるし、薬もリチャードが王都で買ってきてくれてある。
なので拗らすような事にはなってない。
だけど練習中ふと、ローチェのいないあの木の下を見た時に、胸の奥の方がザワッとした。
そんなある日に兄への収集令状がきた。
兄はひと月後には、王都に着いていなければならない。
一緒にいられるのは、長くても3週間……
でも兄はもう15歳になる。
歩兵隊見習いでも収集される歳だ……
それでもいつもと同じ日々を過ごす。
この星の、この運命からは贖う事は出来ないのか?
結局兄は、ジェットで自由に飛び回る事は出来なかった。
収集令状が来てから1週間。
夕方、シスターから、兄がローチェの木の下にいるから行ってあげて、と言われた。
何だろう…… 改まって。
木の下まで歩いて行くと、兄が木の下に座り、遠く海を眺めていた。
夕陽が映え、ここでも胸の奥がざわつく。
「にいちゃん…… どうしたの?」
俺も隣に座り海を見る。
やっぱり俺はこの景色が好きだ……
「リュウ、この海の先に何があるか知ってるか?」
海を真っ直ぐ行けば、一周して戻ってくる。
つまり答えは……
「ローチェの木!」
「…………この海の先はなぁ、海の滝がある」
見事に無視された。 ……でも海の滝?
「そして海の滝を越えた先に…… 裏の世界があるんだ」
裏の世界! 裏の世界?
「え〜と、何それ?」
「ほぼ誰も行った事のない世界。 ただ裏の世界から来た人は居た」
「ふ〜ん」
兄が何を言いたいのかわからない。
「裏の世界から来たと言われている人は、今から1400年前、1200年前、そして700年前に渡って来たのは、今の亜人国の王の曾祖父だった人だ」
「それって誰の情報?」
「リチャード。 王都の文献にも書いてあるし、亜人国では有名な話らしいよ」
リチャード…… 俺の刀の情報は!
「そんな人がいるんだ。 それで何が言いたいの?」
「リュウ、俺は母さんと約束したんだ。 お前に自由に生きる為の手助けをする事を。 お前が生きる世界はここ、レイモンではなく裏の世界だ」
「裏の世界……は自由があるの?」
え〜と、700年前の情報では古いと思うんですけど……。
「全ての文献に平和だと書かれてる。 全ての人族が混ざり合って暮らしているそうだ。 つまり、レイモンみたいに種族別れではない国だ」
本当にこっちの国の名前はやな感じがする。
人間が住んでるから人間国、獣人が住んでるから獣人国、亜人が住んでるから亜人国。
これじゃあ、仲良くなんて出来ないよ。
「でも情報が古くない?」
「実は150年前にも渡ってきたという人はいたらしい。 その人はレイモンに愛想を尽かしてまた裏まで飛んで行ったと言われている」
すげ〜なその人。
「じゃあ、俺に飛んで裏まで行けって言ってんだ、俺が自由に暮らせるから。 で? にいちゃんはこっちで戦争?」
「フッ、そう言うと思ったよ。 それじゃあ約束しよう、次に俺と会う時は裏の世界だと」
「にいちゃんのジェットじゃあ無理でしょ。 それにローチェだって、シスターだって置いてけない」
「リュウ、お前に自由に生きてもらいたい人は俺だけじゃない。 シスターも同じだ。 ローチェは連れてけばいい。 俺はそれも含め、リュウなら出来ると思ってるよ」
確かにローチェは小さく痩せている。
おんぶ紐で固定すれば行ける気がする。
「俺は3日後に王都へ向かう。 そしてリュウと次に会うのは裏だ」
「3日後って、まだ2週間は一緒にいれるじゃん!」
「もうとっくにリュウを守る必要はなくなった。 むしろ俺が守られる対象だ。 魔術も勉強……は思ったより時間がかかったけど、簡単な計算だって出来るようになった。 それなら俺は俺の為に時間を使いたい」
「それってジェットの事? ……でも俺はにいちゃんに何もしてあげてない!」
「何言ってんの? 口から魔術とジェットは俺の中で1番の宝物だよ。 父さんが残した本よりも……」
まぁ確かに、破られるはずのない蓮撃が、あっさり口から魔術に破られたからな……。
「わかった。 にいちゃんが約束するって言うなら信じるよ。 ありがとう、にいちゃん」
あっさり言ったけど、心は込めました。
「ああ、俺の方こそありがとう。 見つけるから待っててな!」
その後、兄に色々な注意事項を教えられた。
それは……
魔力の事を勉強する事。
体力をもっと上げる事。
一度は海の滝を見てくる事。
後、何個か言ってたけど3つ以上は無理だった。
3日後、兄は王都へと旅立った。
シスターとローチェ、特にシスターの悲しみ方は凄かった。
正に泣き崩れていた。




