カラミージャ
第二章 成り上がり
第八十話 「カラミージャ」
ホッテン湖は標高の高い場所にあるのか、少し肌寒く感じる。
まぁ、フォルマップル国自体が北側なので寒いのは当たり前か……
そう言えばルイースは肌がとても白い。
日本的に言うなら秋田美人って感じか……
ヤバい、ルイースを思い出したらまた下半身がムズムズしてきた……
「リュウ〜、8時から新しいドラマがあるよ」
「姉ちゃん、俺はテレビなんて見ないって」
「今度のドラマは前評判が高いのよ」
「何てドラマ?」
「下半身から始まる恋、ってタイトル」
前世で俺に姉ちゃんが居たかどうかはともかく、下半身から始まる恋はええでぇ〜っと、前屈みになって叫びたい。
と、とにかく、湖自体はとても大きく綺麗な湖だ。
湖に面してある村も結構大きく、古めかしい感じはするけど綺麗な村だ。
村の背後には小高い丘が連なり、ポツリ、ポツリとある家の周りには畑が規則的に作られている。
もっと高い場所にある家が酪農などをしている家らしい。
下から見て1番高い位置にあり、1番立派な家がきっとルイースが1年滞在する家だろう。
湖に面してある道を歩いて行くと、舟の近くで漁師網を修繕してる老人に声をかけられた。
「観光か、何処から来た?」
老人と60歳くらいの男の人の2人組。
「いや、この辺りで1年くらい過ごそうと思って。 ジーンライネから来たよ」
「ん……? 珍しい…… まさか華妖の眼か?」
華妖の眼……?
「この辺りに住むって、何処の家の者だ?」
今度は60くらいの恰幅のいい男が聞いてきた。
「いや、知り合いは居ないんだ。 ただこの湖の近くで過ごすつもりでさ。 あっ、ミハラナは友達だよ」
「ミハラナって、お嬢様じゃねぇか。 まさかお前も貴族様かえ?」
「まぁ、準貴族設定」
「設定? 貴族様が何でこんな辺鄙な村で過ごすんだ?」
「もうすぐこの村の上のミハラナの家に、貴族のお嬢様が酪農を習いに1年過ごすのさ。 そのお嬢様に護衛を頼まれて来たんだけど俺の住むところがない。 それと給料も少なそうだからアルバイトなんかもあればいいな」
老人と恰幅のいい男が見つめ合う……
「残念だが貴族様じゃあ平民の仕事はさせられねえ、住むところだって貴族様向きじゃあねえぞ、この村は」
「俺は準貴族の末っ子設定、どうせ行く行くは平民になるし雨風を防げればいいんだけどね」
また2人は見つめ合い、今度は最初に話しかけてきた老人が言った。
「やはり華妖の眼か…… バット、どう思う?」
「どうって、力になってやりてえが……」
大昔の大魔術師が残したと言うこの眼は、華妖の眼と言うのか?
「ウチの離れの小屋を使うといい、使用料はたまに漁を手伝え」
「親父、あそこは貴族様に使わすには汚すぎる。 もう何年も使ってないんだぞ」
「だったら今から行って2人で掃除して来い」
「網の修繕が終わっとらんぞ」
親子…… 老人の方は80は越えてそう。
だけど願ったり叶ったりの展開、何よりこの眼の秘密を知ってそうな老人だ。
「あのさ、網の修繕は俺も手伝うよ、だからその小屋を後で見せてもらってもいいかな?」
「貴族様がいいなら見せるが…… 汚ねぇぞ」
という事で、網が切れている箇所を繋げたりほつれているのを解いたりする……
「ん、器用だな」
「そう? 爺さんの方が早いじゃん」
「ガハハ、ワシは70年のベテランだ」
湖に目をやるとキラキラと綺麗だ。
この爺さんは70年もこうやってこの景色を見ていたのか……
「爺さん、華妖の眼って何?」
俺はてっきり昔の大魔術師の話をするのかと思ったけど、全く違った……
大昔に華妖と呼ばれる人達が居た。
特徴は妖艶な眼で、特に異性を虜にする"眼"と言われていた。
しかし、長い時が経つにつれ華妖の人はバラバラとなり、今は妖艶の眼は殆ど見れなくなっていったという……
俺の眼は華妖の眼なのか?
確かに異常にモテるけど、俺の出身はリーブルではない。
「他に特徴はないの?」
「特に異性ってだけで、男からもモテるぞ。 さっきバットが初めて会ったばかりのお前さんに、『力になってやりてえ』って言っただろう、それが華妖の眼の魅力なんだ。 だが全ての人がその魅力を感じるわけじゃない。 むしろ魅了されない奴は初めから嫌ってくるし、女にモテ過ぎる奴は男にも嫌われるもんだ」
確かにモテる奴は俺も何か知らないけど嫌いだ。
「それとモテると言っても半年がせいぜいだ、熱も冷めやすいってことだ」
ルイースとは大会で出会った、つまり昨年の11月。
今はもう3月の半ばでもうすぐルイースと出会ってから半年になる。
そう言えば…… カナリにセシルさんも新しい彼氏が出来たとか言ってたような……
「そうなんだ、華妖って亜人の種族なの?」
「華妖って言う昔の人間の種族だ」
「リーブルに里かなんかがあったの?」
「里はあったがリーブルではない。 昔は全ての大陸が繋がってて、それをハージェリーと言っていたんだ」
「凄えだろ、オイラの親父。 親父の親父が考古学者で凄え権威があったとか無かったとか……」
どっち?
「俺の眼は昔の大魔術師が残したと言われたことはあるけど、その種族の人と関係あるの?」
「そこまでは知らんな。 ただワシの親父が小さな頃に隣町に住んでた女の子がその眼だったらしい。 親父も惚れちゃったらしいぞ」
俺がモテるのはこの眼のおかげ。
でも、遅くても半年で皆んな眼を覚ましてしまう……
ん……?
リリカは10ヶ月近く経っても惚れてくれていた。
ユーリスもとっくに半年以上だ。
「まぁ突然変異みたいなもんだが、間違いなく先祖は華妖だろう」
兄はこの眼と違っていた。
そしてシスターは俺をお姉さんに似てると言っていた……
それならシスターも俺も兄も母さんも、先祖に華妖が居るってことになる。
そして多分、母さんと俺に華妖の妖艶な眼が出てきたって感じか。
ちなみに俺の眼は赤いのと華妖で、ダブルってことになる。
でも、ハッキリ言ってガッカリではある。
もうひと月も過ぎた時、ルイースに俺は映っているのだろうか……
「そう言えば貴族様の名前は何てんだ?」
何点?
名は…… ターナカ・ユーキオーだったな。
「ターナカ・ユーキオー。 ターナと呼んで」
「分かった。 貴族臭がしないから普通に話させてもらうぞ」
今まで敬語だった?
「俺はバット、親父は爺さんでいい。 ターナは幾つだ?」
「俺は16歳、バットさんは独身?」
「おお、貴族様にさん付けとは照れるなぁ。 俺には2人の娘が居て長女はこの村のトバルって奴と結婚して2人の子がいるぞ。 二女のフーカは北にあるムシタレスタって町で軍の書士をしてる。 だから今は爺さん婆さんと嫁の4人だ」
「おい、ワシは帰ってもう寝るぞ。 お前は小屋に案内して掃除を手伝ってやれ」
今はまだ9時頃…… 夜中の漁なのか?
そんな感じでも、小屋の鍵を取りに行くので結局3人で一度バットさんの家まで行く。
バットさんの家は、湖に面してある道から少し山側に入ったところにあった。
洗濯をしていたバットさんの嫁さん? が『お帰り』と声をかけた。
「これが俺の嫁のコナーナだ。 おう、少し小屋までこの子を送ってくるぞ」
「誰だえ、その子は?」
「あっ、俺はターナカ・ユーキオー。 少しこの村にお世話になろうかなって思ってる者です。 ナカユキとでも呼んで下さい」
「ん? ターナじゃねぇのか?」
「ぶっちゃけ名前に拘りはないので好きに呼んで」
バットさんの奥さんのコナーナさんは、不思議そうな顔で俺を見つめ……
「じゃあ、チャーチルで」
……と言った。
後から聞いた話では、バットさん夫妻の二女が産まれる時に男の子の名前しか用意してなかったらしい。
その用意していた名前がチャーチルだったようだ。
案内された小屋は、ずっと人の住んでない平屋の小さな家だった。
元々はバットさんの妹夫婦が住んでいたけど、10年前に湖の西側に引っ越して行ったと言う。
小さな家
ボロい玄関を開けると幅2メートル、奥行き5メートルの砂地、奥にかまどがあって料理したり暖をとったりする。
一段上がったところにボロボロの板が張ってあり、そこが12畳程度の居間となる。
端っこのトイレは扉付きだけど、一段下がったところにあるシャワー室に扉はない。
至るところに生活用品のゴミが散らかっている。
「どうだ? こんな隙間風がピューピューのところなんて嫌だろ」
「いや、そんなのは直ぐに直せるから大丈夫。 それより家賃とかは?」
「イヤイヤ、そんなのはいらねえ。 親父に怒られるわ。 ……でもまあ、たまに漁を手伝ってもらえると嬉しいな。 チャーチル、ウチは男の子が産まれなかったからな。 漁を息子とやるのが夢だったんだ」
え〜と、チャーチルは…… 俺だっけ⁈
「護衛が始まったら分からないけど今は大丈夫だよ。 何時からで何するの?」
「この辺りはヂョーチョーって言う魚を獲ってるんだ、夜中に活発に動く魚で網を仕掛けて獲る。 夜中の2時に出て漁場に3時に着く、そこから網を引いたり、また仕掛けたりで帰って来るのが朝の7時頃、そこから網が壊れてたら今日みたいに直す時もある」
護衛がゆっくり目でいい日なら漁だけなら手伝える。
「分かった、とりあえず今日はフルに手伝うよ。 1時半くらいにバットさん家に行けばいい?」
「い、良いのか! そうかそうか、うん、その時間でいいぞ。 さぁ、それなら片付けちまうか」
……と、やる気を見せてくれたバットさんだったけど、眠そうだったので1時間程度手伝ってもらってから帰ってもらった。
その後は淡々と外壁の修理。
魔術で土を出して隙間を埋める作業、クナイが欲しい。
居間の板を張り替えたいけど今は保留、ひたすらゴミの処理と掃除。
途中、コナーナさんが布団を持って来てくれた。
そして8時頃の夕食に招待された。
ーーーーー
8時になってバットさん宅へ行くと、大勢の人が集まっていた。
きっとバットさん家の長女と旦那さん、それに4歳くらいの男の子と3歳くらいの女の子。
後は近所の人?
「おう、来た来たチャーチル。 これが貴族様だけど全く気取らねえターナ・ナカユキ、通称チャーチルだ。 しばらくこの村に住むからよろしくな」
バットさんが俺を間違えた名前で紹介してくれると、他の人も挨拶してくれた。
やはり子連れはバットさんの長女夫妻で、他は近所の人と長女の旦那さんの家族達だった。
色々な質問をされながら食事をしていく。
その中で気になった質問がコレ。
「そのお嬢様とは恋人なんだな」
鋭い質問だけどハッキリとは答えれない、ただルイースはきっと俺にべったりとくっついて来そうな気がする。
そこに人の目が有ろうが無かろうが……
「本当にカッコいい青年…… でも中年になった時の方がシブくていい感じがする」
「ああ、嫁は大変だぞ」
長女のフミンさんと爺さんの会話、でも中年……
俺が中年になった時、俺の剣の腕前はどうなっているのか?
俺の予想は超達人、普通の達人ではないのだ、ワッハッハ〜。
って、しばらく日課のトレーニングをしていない。
仕事まで時間があるから、帰ったらさっそく今日から始めよう。
若い人が珍しいのか、フミンさんの子達が寄ってくる。
4歳と3歳の兄弟でチョーとゴンバリメタスって名だそう……
チョーはきっとヂョーチョーから名を少し取っているのか?
それにしても女の子でゴンバリメタスって、誰が付けたんだよ?
……でもこのくらいの子は凄く可愛い、ラリィや土竜族のムジカより少し歳下だけど随分と幼く感じる。
ムジカやラリィは亜人の血が入っているので成長が早いのかも、知らんけど。
ーーーーー
1時半になりバットさん家に迎えに行く。
直ぐにバットさんが出て来て出発、バットさんは小さなモーターみたいな機械を持っている。
舟に着き、持っていたモーターを舟にセットしてから出発、それでもモーターは動いてない。
「それってエンジンだよね、何で始動しないの?」
「コレに必要な魔力は片道分しかねえんだ。 だから最初からは使えねえ」
このエンジンは小さくて魔力を目一杯充填しても2時間くらいしか動かないらしい。
なのでだいたいは人力で行くようだ。
そして人力で舟を漕ぐこと1時間、ようやく漁場に着いた。
「済まねえな、貴族様に漕いでもらっちまってよ。 しかし凄え体力だな、ノンストップでここまで来たぞ」
それでも体力は落ちている。
そこからは仕掛けてあった網を幾つも引き上げる。
ヂョーチョーと言う魚だけでなく、他の魚や海老なども引き上がってくる。
ヂョーチョー 詳しくないけど前世で例えるならチョーザメか。 卵が美味いらしい。
仕掛けた網から捕れたヂョーチョーは17匹、正直、大漁だそうだ。
他にもそこそこ捕れて、次は明日のために網を幾つも仕掛ける。
そして、ここからエンジンを始動して湖の東側にある市場まで魚を卸しに行く。
30分程度の道のりで東の市場に到着、捕れた魚を卸した結果…… 90トアの売り上げとなった。
そして1時間半、やっとバットさん家の船着場まで帰って来た。
今回、修繕する網は2つ。
ここからは爺さんも加わって網の修理をする。
「どうだった、チャーチル?」
「うん、売り上げが少なくてビックリした」
大漁で90トア。
4人家族では少な過ぎると思うし天候などにより漁に出られない時もあるだろうから、今日みたいな大漁の時にはその3倍は欲しいところ。
「そうだなぁ…… 暮らしていけないから妹夫婦が西側に移ったくらいだからな…… まぁ、今の時期はヂョーチョーも安い。 もう少ししたらもう少し値段は付くはずだ」
卵が関係あるのだろう。
「それでもなターナ、ヂョーチョーの売値は最終的には今の時期でも300トアもあるんじゃぞ」
爺さんが言った。
え〜と、爺さんはターナと呼ぶんだな。
「それじゃあ、今日は5トアくらいで売ったってこと?」
「ああ、間に入る仲買人は貴族様だからな。 平民は苦しい生活からは抜けれねえのさ、この国は。 それでも売らなくて良い海老や買い手の付かなかった魚はウチの食料となる。 まだ漁師は恵まれてるってことさ」
頭をはねるだけはねても、ルイースが言うにはこの国の貴族もまた貧乏らしい。
もちろん一部は違うみたいだけど。
事実、俺の知るこの国の貴族、ゲイルとシャーラ(ポンタとポンコ)は今のナラサージュでの生活水準の方が高いと言っていたし、ルイースは金のためにリバティの金持ちジジイに売られる。
「それにしてもチャーチルは初めての漁とは思えねえ、それとビックリするほど体力がある。 今日は凄く助かったし楽しかったぜ」
「そう言ってもらえると嬉しいね。 それで改善点を1つだけ、今からそのエンジンに魔力を注いでいい?」
えっ、という顔の後に頷いたバットさん、俺はエンジンのところまで行き魔力を注ぐ……
ものの3分程で魔力は満タン、これなら行きにエンジンを使って帰りに魔力補給すればいいだけだ。
「す、凄え魔力量、さすが貴族様だぜ」
「という事で、行きも帰りもエンジンは使えるね」
「あ、ああ。 少し遅めでも良さそうだな…… ウチは火の魔力がオイラしか持ってなくて、しかも魔力量が3しかねえからな…… 魔力を満たすのにも一苦労でな」
俺の火の魔力量は24、風の次に優秀な属性。
ルイースが来るまでは、こんな感じの日々を過ごすことになる。
9時過ぎに帰って来てから遅めのトレーニング。
働いた日の朝飯はバットさん家で食べさせてもらえるようだ。
今日は下見もかねて、山の上まで走ってみる。
ここは山だけど余り木々がなく、見通しのいい良い放牧地だと思う。
その分土に栄養がないようで、農家は多くない。
30分も走って行くと、きっとルイースが泊まる貴族の家がある。 ……もうその上には家はない。
通り過ぎて更に登って行くと、放牧してるヤギっぽい動物と数人の人に声をかけられた。
「見ない顔だな、もしかしてミハラナの友達でルイースお嬢様の護衛をするって人か?」
一応、俺のことは事前に知らせてあるとは言っていた。
今はルイースが買ってくれた貴族らしい服装しか持ってない…… 今は稽古着だから関係ないけど。
後は言葉使いだな……
「初めまして、ジーンライネから来たターナカ・ユーキオーと申します」
「ほお…… やはり君が…… 私はミハラナの父のカールズ・ベンゼッタだ。 君のことはミハラナにある程度は聞いている」
ーある程度の中身ー
剣の腕がたつ。
1年後にリバティに嫁ぐルイースの恋人設定。
1年後にはそれぞれの道を行くので1年間だけは2人を見守ってほしい、とミハラナから言われているはず。
ちなみにミハラナは俺が罪人のリュウとは知らない、準貴族でルイースの恋人のターナカ・ユーキオーと言う架空の人を信じてる。
「こんな田舎に住んでいるけど、私も剣術はある程度嗜んでいるんだよ」
まだ30代後半くらいに見える……
ーベンゼッター
173センチくらいの痩せ型だけど筋肉質で力はありそう。
袴みたいな服装で、棒を持って動物を放牧させている。
「ねぇねぇ、お父さんとどっちが強いの?」
この子は10歳くらいの男の子、この子も棒を持っている。
「コラッ、お兄さんに失礼でしょ。 ……わ、私はお兄さんだと思う」
ミハラナの妹と弟だろう、この子は12、3歳。
「ハハッ、何だハミルはお父さんと言わないのか? 今日の夕飯は要らないってことか?」
「だ、だって……」
ハミルと呼ばれた子は俺をチラッと見る……
「カ、カッコいい……」
か、華妖の眼〜!
「まぁウチで預かったお嬢様を任せるんだ、一度腕を見てもいいかもな…… まぁ、見た目は充分強そうに見えるがな」
最近は測ってないけど、俺はこの星の人間の平均身長を大きく上回る180センチはありそう。
ネコ科、つまり獣人の血が入ってると言われる程の柔らかい身のこなしに、ナチュラルに付いた筋肉。
武術の心得がある人なら、俺が強く見えてもおかしくない。
ちなみに俺はまだ筋力トレーニングを取り入れてない。
今のトレーニングでも必要な筋力を得ることが出来るし、何より成長を止めたくない。
剣術なら圧勝出来るラザノフとの戦いでも体術では分が悪い。
その理由は俺とラザノフの体格差、背丈で20センチ、体重で40キロくらいの差がある。
このままの差で俺が160センチの場合、その分ラザノフも小さくなるが俺が勝てる目はほぼ無くなる。
今の身体でも何とか勝負になるけど、俺があと10センチ背が伸びたら、俺が勝つ方が多くなると思う。
何よりこの世界は全員が無差別級の真剣勝負。
体格も1つの技術とでも考えていた方が良い。
「機会があれば是非。 ところで放牧中に何か危険があるんですか?」
「ジャゴムが出る。 だから最近は奥までは行けないよ」
ジャゴムは小型の犬、ただやたら顔が大きくて噛む力が強く、噛み付いたら離れないと言われている。
肉食で群れで行動する。
「まぁギルドに依頼する手も有るがな。 でもそうなるとここは遠い分、報酬も多くしなきゃならないからな……」
ギルドの数は各国まばらだ。
ナラサージュで4つ? ゴールタールは6つって聞いたような聞かなかったような……
「ギルドは遠いのですか?」
「北東に500キロの場所にあるジョーゼマが1番近い」
500キロは東京ドームを何個並べるのだろう?
「まぁ、今すぐって訳じゃない。 もう少し様子見するさ」
それでもルイースの研修中に襲われる可能性もある。
少し様子を見てくるか……
ベンゼッタさん一家と別れた後に、そのまま山の上へ上へと登って来た。
急坂ではなく緩やかで見通しのいい山、つまり木々が少ない岩山なのだろう。
1時間くらいのランニングでジャゴムを探すも見つからず、随分と寒いので今日は諦めて帰ることにした。
家へ帰ると爺さんが家に居た。
「おう、ターナ、遅かったな。 それにしても仕事の後に何してたんだ?」
「トレーニングで山を走ってた。 それより爺さんはどうしたの?」
「いや、ワシはターナのおかげで夜は寝てたからな。 礼と言っては何だがこの家の床の板を直してやろうと思ってな」
爺さんは夜は滅多に仕事に行かないらしい。
一昨日はたまたま仕事に一緒に行った、とバットさんが言ってた。
「爺さんは大工仕事も出来るんだ」
「漁師は何でもやるぞ、昼間は暇だからな。 ガッハハ〜」
「じゃあ、風呂とかも作れる?」
「ん、風呂が欲しいのか? 風呂だとそうだな、仕切って換気の問題を何とかしなきゃならないな」
昨日、シャワーを浴びたらお湯が出なかった、でもその問題は魔術で解決出来る。
仕切りも問題ない、風呂釜も魔術で作れる。
後は換気と排水か。
「とりあえず床がボロボロだ、材料を貰いに行こう」
と言って爺さんは村の端っこにある林業を営む人から、売り物ではない板を沢山もらい受けた。
そして帰りの途中で元漁師だったと言う家の人から、船を動かすエンジンをもらう。
このエンジンはバットさんのエンジンより一回り以上小さく、魔力を満タンにしても15分しか動かないらしい、換気に使う。
それから数日、俺は風呂釜の製作と配置、換気扇代わりのエンジンの取り付けと排水工事。
爺さんは床板の取り替えと風呂場の仕切り壁を作った。
「おお、凄くいい部屋になったな、漁師なんて辞めて2人で大工でもするか?」
「いや、本当にありがとう。 爺さんにもバットさんにも世話になりっぱなしだね」
「その魅力が華妖と言いたいが、ターナはそれだけじゃない。 実直で歳上の人を積極的に庇うような動きをする。 水の上でもそうだとバットが言ってたように、そう言う奴には皆んな何かしらしてやりたくなるもんだ」
若い奴が積極的に動くのは当たり前。
「まぁ、爺さんやバットさんより俺の方が体力があるからね。 あのくらいは当たり前だよ」
「そう思わない若い奴も多いってことだ。 ……そう言えば貴族のお嬢様が来るのは明日だったな」
「予定ではね」
ルイースとの約束は、明日の朝6時に村とベンゼッタさん家の中間辺りの道(ルイースは一本道と言っていたけど、実際は二本ある)で待ち合わせ。
ルイースが居なければ夕方の6時、それでも居なければ次の日、と打ち合わせしてある。
ルイースと離れて2週間は過ぎてる…… そう、この眼で惚れさせても冷めてしまう6ヶ月が過ぎた。
朝の6時になり道の途中でルイースを待つ。
朝の冷えに耐えながら待つこと1時間、ルイースが上からゆっくりと歩いて来た。
『ほ、本当に来てたんだ……』
『だって約束しただろ』
『う〜ん、でもね…… まっ、良いわ、ひと月くらいは付き合えるから。 でも、ひと月過ぎたら新しい護衛を頼もうと思っているの。 リュウ君も自由になれるし良いでしょ』
俺がどんどんルイースに惹かれても、ルイースは逆にどんどん俺に興味を無くしていく……
初めから見破る方法などない……
『いや、迷惑ならいいよ。 俺も行くところが無いわけじゃない』
氷竜族の里を訪ねてみよう……
『ふふ、そう? ここら辺は危険など無いし弱くても平民の村に行かなくても良い人が良いかも』
確かに危険は少なそうだ。
『じゃあね、リュウ君。 ……あっ、もちろん貴方のことは誰にも言わないからね』
ルイース……
ーーーーー
ハッ、っとなり目が覚めた。
夢か……
ベト〜っとした汗と気だるさから、久しぶりの感覚を思い出す。
風邪をひいたのだ……
思えば息をするにも激痛の中、雨の中を逃げて、まともに寝ずに今日まできた。
それでもルイースが来れば漁は1日置きにしか手伝ってあげれないから今日は出てあげたい。
まっ、変な夢のようにルイースに護衛を断られる可能性もあるけど。
ハッ、今は何時……
もう2時近い、急いで行かなければ……
バットさんはもう船着場に来てエンジンを取り付けていた。
「おう、チャーチル、毎日済まねえな。 でも今日は網の修繕はいいからな」
毎朝6時から7時頃には帰って来れる。
「うん。 でも、お嬢様が居なければ手伝いに来るよ」
と言う会話の後に出かけたバットさんと俺。
拷問により未だに痛みがある節々の関節、風邪とのダブルパンチで屈伸がきつい。
それでも産まれて初めての風邪だ、この変なダルさを楽しむように漁を終えよう。
……と言っても、今日は湖から出る湯気が多い気がする。
外気の温度が低く、湖の中の温度が高い時に起こる現象。
このメチャ寒い時に起こる現象の名は…… なんて言うの、ラザノフ?
って、ラザノフ居ないよ〜、役立たず!
ラザノフ、心配して無ければいいな……
俺が脱走してからもうすぐひと月。
フォルマップル国では自国ではなく他の国、特にナラサージュ国を疑い、何らかの圧力をかけているのに違いない。
つまり、ラザノフ達にも俺が脱走を成功したのが分かるはず。
だからラザノフは心配してないだろう。
未だに心配して泣いてそうなのがユキナ。
ポンタが一目惚れするくらい可愛く明るいユキナ。
ポンタでは不釣り合いと思ってしまう……
「チャーチル、日が登ってきたぞ」
それならもう6時近い。
「ん? チャーチル、顔が思いっきり赤いぞ」
明るくなってきたので顔色が分かる。
「ちょっとだけ熱があるみたい」
バットさんが俺の額を触る。
「わっつ、凄え熱だぞ!」
「大丈夫。 お嬢様が居なければ、今日は家でゆっくり寝てるよ」
「そ、そうだな…… コナーナに言って、後で消化のいいものでも届けるよ」
「うん、ありがとう」
体感では40度は超えてそう。
まっ、お嬢様が居るかどうかだけ確認して、居なければ家で大人しく寝てよう。
約束の6時は大きく回ってしまったが、ルイースが帰ってしまっても夕方の6時に来ればいいだけだから焦らない。 ……って言うか、熱でボ〜っとするから焦れない。
道を歩いて上って行くと、この道ではない隣の40メートルくらい離れた道の上の方に女が待っている。 ……ルイースだ。
ルイースも俺を見つけたのか走り寄る。
変な夢のせいで、嫌な予感しかしない。
ルイースはきっともう、冷めている……
だけどその割には走るスピードが速い、ルイースはフォルマップル国、槍部門の3年女子の代表だったので運動神経は結構いいはずだ。 ……と言ってる側から転んでるよ、アイツ。
下り坂だから結構豪快にすっ転んでる。 ……俺は産まれて初めて女が豪快にすっ転ぶ姿を見た。
シーイズナンバーワン
後でゲリールを掛けてあげようと思いながら、俺もフラフラしながら走り出す。
凄い勢いで走り寄るルイース、くしゃくしゃな顔に涙やら鼻水で、はっきり言ってとてもブサイクだ!
ガシッと、何とかルイースを受け止めた。
首に巻きつくルイースの腕が強い。
「会えないかと思ったぁ〜。 あい、会いたかったよぉ〜」
熱は全く冷めてないようだ…… 別の意味で俺もだけど。
きっと俺は、この人をとても気に入っている。




