油断
第二章 成り上がり
第五十一話 「油断」
『ふふ、今日はギルドを休めないから先に行くね。 貴方さえ良ければここに居てもいいからね』
男は自分も帰ると女に伝える。
『それじゃあ、また遊びに来てよ。 今度は私ももっと体力を付けて…… ふふ、やだエッチ』
確かに男はエッチな想像をした。
『じゃあね、リュウ君」
男は実名を公表されて、戸惑っていた……
ーーーーー
新しい出発……
それはそれは、どう表現したら良いのやら。
何と言っても、それはそれはカミラさんはスタイルも良く、それはそれは…… カ、カミラさん家に戻ろうかな……
と、とにかくカミラさんの家に2日も泊まってしまったし、楽しい時間だったのも事実。
でも、リリカとの関係とは違い、お互いを恋人とは認識していない
それでも一緒の時間が増えればいつか恋人同士と認識出来そうな予感。
その時が俺はリリカを、カミラさんはリョーキを振り切れたと感じるのかも知れない。
久しぶりに幸せな気持ちになっている男は、2日ぶりに宿に帰った。
部屋では昼食を食べてるラザノフとラリィが、いったん箸を止めて話しかけてくる。
「依頼でござったか?」
何て言ったらいいのだろう。
「お兄ちゃん、ラリィは人間だから、亜人のラザ兄とは結婚出来ないんだって。 だから、やっぱりお兄ちゃんとするね」
また、突然この手の話をするラリィ。
機嫌が治ってるのはいいけど…… ラザノフの奴、俺に押し付けやがった。
「ラリィ…… ラリィは可愛いし、モテるようになるから、その中から自分に合ってる人を選べばいいと思うよ」
「グフフ、ラリィ、モテちゃうかも知れないだの。 でもいい人が居なかったら、お兄ちゃんにするね」
……人はそれを保険と呼ぶ。
「と、ところでラザノフ、俺は討伐の依頼で3、4日街を出るけど、ラリィのことを任せても大丈夫?」
ラザノフより先に、ラリィが口を挟む。
「お兄ちゃん、ラリィも行くだの」
「討伐だから危険なんだ。 だから駄目」
「グフフフ、お兄ちゃん、ラリィはもう影に入れるのだぁ〜。 ……だから大丈夫」
「キープ君、いや、リュウ。 ……拙者からも頼む。 例の件がまだ続いている、ラリィが一緒だと……」
今、ハッキリ、キープ君って呼んだよな!
……どうせ俺はラリィのキープ君。
でも、ちょっと忘れてたな……
「分かった。 ラリィ、その代わり絶対に討伐中は出てくるなよ」
「分かったでござるだの」
また、ラザノフのござるが移ってる。
凄く影響の受けやすい子なんだよなぁ……
ーーーーー
いつものように、暗くなり始めてから出発する。
今回はラリィが付いて来たので予定を変更して海沿いからミナモス山を目指す。
遠回りになり1日では着かないので、明日の夜も飛ぶことになるだろう。
理由はラリィの飛行訓練をしたいから。
一応、この飛行訓練が上手くいけばラリィは飛べるようになるだろう。
後は体力と共に飛行時間も距離も増えていくはず……
海に出て海岸線沿いを飛んでいると、いつものようにラリィが「飛びたい」と言ってきた。
「分かった。 今日は5分飛んで、そのあと着地まで決めて」
「ラリィね、10分飛べるの」
「今日は他の練習もしたいんだ。 でも、着地が下手くそならしばらくは着地の練習しかしないからな」
「もう、着地の練習は飽きただの。 だから、ちゃんと着地出来るの!」
ラリィの着地は地面に着地した瞬間に膝と翼を折りたたみ、でんぐり返しをして止まる。
ラリィはまだ5歳で着地の衝撃に耐えられる骨ではない可能性があるので、今はこの方法で着地してもらってる。
もう1つの着地方法もあるが……
上空に止まって、ゆっくり降りてくる方法。
この着地方法は、練習では上手くいくこともあるけど、微妙な翼の操作と体力を使うらしく、飛び回った後には使えないのだ……
そして……
上手にでんぐり返し着地が出来たので、最後の練習に移る。
最後は離陸の練習。
正直この練習は、ここに至るまでの過程からそこまで難しくないと思う。
それでも万全を期して海岸を選んだし、更に俺のアシストもおまけで付けてあげよう。
ラリィが海に向かい、走りながら翼をパタパタと動かす。
海からの海風と、海面の上から風を送る俺の魔術で、ラリィにはいい風が吹いているはず……
俺の風の魔力は火の魔力と共に俺の魔力の中では多い方だ。 ……逆に少ないと思うのは、闇と光の魔力。
風と火はジェットでよく使い、逆に光と闇の魔力は余り使ってない。
使うことで魔力が増える? それともたまたま風と火が多かった?
分からない事が多すぎる。
学校に通えば教えてくれるのか……?
でも、通わなくてもリシファさんに会えれば教えてくれるかも……
ラリィは見事に飛んでいる……
月のような星をバックに飛ぶラリィは絵になる。
これでラリィの飛行訓練は終了。
後は体力をつけて、飛行距離を伸ばすだけだ。
ーーーーー
ミナモス山。
この辺りの山脈をテルト山脈と言い、その中の村と町に比較的近い位置にある山がミナモス山だ。
昨日の夜に着いて、それからパレッツェンを探しているけど全くその気配はない。
「お兄ちゃん、魔獣、居ないね」
今日は昼間でもどんよりした曇り。
なのでラリィも一緒に探してくれている。
「ラリィ、お前はさ、ソナーって言うスキルが遺伝している可能性があるんだよ。 そのソナーがあれば魔獣はすぐに見つけられるし俺やラザノフを救う事だってあるかも知れないんだよ」
「え〜、ラリィって凄いんだね〜」
「……遺伝してて使えるようになったらね」
「ふ〜ん…… 母ちゃん、元気かな……」
ラリィが母ちゃんのことを口にするのは珍しい。
「母ちゃんは突然居なくなったんだっけ?」
「うん、でもラリィが小っちゃい時から『母ちゃんは帰らなきゃ行けないの』って、ずっと言ってただの」
……仲の良い夫婦だったけど、ラリィの父ちゃんは母ちゃんが居なくなっても普通に過ごしていたと聞いた。
家族の中で母ちゃんが里に帰ることは、確定していた?
「母ちゃんは優しかった?」
「うん! 母ちゃんね、すっごい美人だっただの。 父ちゃんはいつもデレデレだったんだよ」
ラリィはケラケラ笑ったけど、目には涙が浮かんでいた……
ーーーーー
夕方。
埒が明かないので、空からの捜索中にパレッツェンと思われる魔獣を発見。
パレッツェン…… レイモンのパッツァンはシルバーの毛色だったけど、パレッツェンは黒が入ったマダラの毛色。 顔つきも、若干口が短いように感じる。 少し、パッツァンより大きい。 でも、同種だろう。
20メートルほど離れたところで降りて、影の中にいるラリィに刀を取ってもらう……
ラリィの影中の部屋について。
大きな声で呼べば聞こえます。
真っ暗な異空間。
食べ物、荷物の持ち込みは、原則自由とします。
注 部屋は綺麗に使ってね。
その他の注意点。
影の主が死んでも影があるうちは、出入り自由です。
でも、影の主が消滅したら、影から出られなくなるので注意しましょう。
ージロー系色男 リュウ調べー
つまりは俺がパレッツェンに食われたら、ラリィは外に出られなくなるって事だ。
何か、変なプレッシャーが……
ーーーーー
ふぅ〜、とひと息。
パレッツェンとの距離は充分あるけど、変な汗が出てくる……
俺は本当に1年前に素手でパッツァンを倒したのか……
パレッツェンは木の実の匂いを嗅ぎながら、俺を横目で見る……
そして、クルッと向きを変え、凄い勢いで突進してきた。
凄い迫力!!
完全にエサと認識されてる!
バックステップで距離を取り、一旦空へ逃げる……
しかし……
「グギャアオオォー」
と言う、パレッツェンの叫び声で俺は平衡感覚を失った。
気づいた時には地面にドカッと堕ちていた。
マズい…… 迫り来るパレッツェン。
直ぐに立とうとするけど、まだフラフラで間に合わない……
その時、ラリィが影から飛び出し、パレッツェンの気を引くように飛び回った……
ほんの数十秒いや、数秒。
でも、この時間かせぎはデカい。
しかし、パレッツェンはまた大きく息を吸い込む……
俺はバッと耳を塞ぐ。
「グギャアオオォー」
パレッツェンの叫びでラリィはフラッとして、そして堕ちてきた。
だけど途中で俺がキャッチ、そして出来るだけ早くパレッツェンから離れた。
後ろでまたパレッツェンの叫びが聞こえたけど、これだけ離れれば何ともなかった……
ーーーーー
パレッツェンから3キロは離れたか?
安心して下に降りると、今になって激痛が襲ってきた。
高回復薬を飲む。
訳も分からず堕ちたのでまともな受け身も取れなかった……
徐々に回復薬が効き始め、痛みが引いてくる。
ふぅ、考えが甘かった。
1年前はリリカが一緒に居て、何が何でも守ることしか考えてなかった。
だけど今回はカミラさんに逃げてと言われてたし、1年前に素手で勝っている相手だと心のどこかで舐めていたのかも知れない。
目の前に居るだけでビビって逃げ出すくらいなのに……
まさか、ラリィに助けられるとは……
だけど……
「ラリィ、俺との約束を破ったな」
もし、ラリィが殺られたら俺は俺自身を一生許さなかったはず。
「ご、ごめんなさい……」
素直に謝るのは、俺が本気で怒っていると伝わっているからだろう。
「今度約束を破ったら二度と影には入らせないし、依頼にも連れて来ない。 分かったな?」
「うん…… だの」
ふぅ、ラリィに怪我はない……
俺の怪我は高回復薬で治りそう……
「ラリィ、今度は絶対に勝つから、もう出てくるな。 出来るな?」
「うん。 ……お兄ちゃん、勝って!」
「ああ、それとラリィ、助けてくれてありがとう。 今日の夜はお前の好きな物を食わせてやるからな」
ニカッと笑って、ラリィは影の中へ消えた。
さぁ、第二ラウンドの始まりだ!
ーーーーー
耳に地の魔術で固めた土を入れて耳栓をする。
あの時、一瞬だけど俺の中の魔力がザワッと動いた。
パレッツェンのスキルに抵抗したのだろうか?
もう一度あの叫びを聞けば魔力の動きを再現出来るかも知れないが、危険が大きいので今回は出来ない……
リーブルのパレッツェンに、スキル付きの叫びがあるとは思わなかった。
レイモンのパッツァンは叫ばなかっただけ? それとも進化の過程で、リーブルのパレッツェンだけが出来るスキル付きの叫び?
今となっては分からない…… ただ勝つのみ!
さっきの場所辺りまで戻り、上空からパレッツェンを探す……
俺のこの眼は小さな動きも逃さない、まるで鷹や鷲の眼のように高性能なのだ。
……じゃあ、鷹や鷲はどのくらい眼がいいのかと聞かれれば、めちゃ良いとしか答えられない。
そんなのしっかり知る必要があるのは、狙われる小動物くらいでいいのだ。
それでも知ってる友達がいるなら、その友達の前世は小動物だったに違いない。
似ている小動物のあだ名を付けてあげよう、きっと喜ぶよ。
例 友達がウサギに似ている
女 ウサちゃん 男 ウサギ君
例 友達がネズミに似ている
女 ネズミちゃん 男 ネズミ野郎
……など。
えっ? あだ名が安直過ぎる?
だって俺の友達じゃないもん。 ……って言うか、俺は今、それどころじゃないんだ! そのくらい自分で付けてくれ。
それでも、どうしてもと言うのなら……
例 友達が殆どウサギだ
女 ラビット伊藤 男 クルマ売るならラビット
例 友達がほぼネズミだ
女 ミニーマウス 男 東京ディズニーランド
えっ? 友達の苗字が違う? それに最後はどう考えたって、ミッキーマウスだろ?
……そこまで言うなら、俺からひと言。
だって俺の友達じゃないもん。
ーーーーー
パレッツェンは直ぐに見つかった。
……さっきと同じ場所で木の実をまだ匂ってる。
このままジェットを解除して、頭に刀をぶっ刺そうと思ったけど、パレッツェンは上空の俺に気づいている。
今度は10メートルもない距離で降りる。
俺は二刀流で更に距離を詰める。
パレッツェンはまたかと言いたげに、こちらに向き直り、叫び声を上げながら突進して来た。
叫び声は聞こえたし、俺の中の魔力も動いたけど、今回は平衡感覚を失わずに動ける!
突進をジェットを使いながら交わして、左を振る。
コンっとパレッツェンの左目に当たり、ブアっと血が噴き出る!
怒り狂ったパレッツェンは、叫び声をあげながら爪での攻撃!
距離を取り、左側に回りながらチャンスを伺う。
そして…… バスっと、左脇腹に手応えのある1刀を打ち込む!
それでも全く倒れる気配のないパレッツェンだけど、俺はひとまず空に飛ぶ。
パレッツェンはしばらくは俺を警戒していたけど、出血で意識が朦朧としてきたのか、その場で伏せって動かなくなった。
パレッツェンの真上まで移動して、ジェットを解除。
ー斬ー
パレッツェンの頭部に刀を突き刺し、トドメを刺した……
ふぅ〜、何とか勝つことが出来た。
1年前より苦戦したけど、俺が1年前より弱くなっているとは思わない。
ただ、覚悟のない戦いは人を弱くする。 ……それを痛感させられた依頼だった。
上顎と下顎を切り取り、討伐は完了。
ラリィも俺も生きて討伐出来て良かった……




