人型魔獣
第二章 成り上がり
第四十三話 「人型魔獣」
夜明け前……
グガァ〜、スピ〜、フシュルルルル……
ラリィが気持ち良さそうに寝てるけど、どうせ今日は昼間もラリィは寝れる。
「ラリィ、起きろ! トレーニングの時間だ、行くぞ」
「フガッ? ブフ、まだ眠いだの……」
「いいから行くぞ」
毎朝、同じような会話。
ラザノフが居ないので甘やかしてくれる奴も居ない。
それでも素直に着替えているのは、俺が昨日買ってあげた服の中にトレーニングウェアもあったからだろう。
走って街の外の広場まで行くが、ラリィは5分もすると溶けそうなバターのようにヘロヘロのドロドロになるので、そこからは抱えて走って行く。
そして、柔軟と体幹トレーニングをして、帰りにはまた走る。
帰りは3分でへばるので、そこからは抱えて走る。
昨日のうちに今日は仕事だと言い聞かせてあるので出かける……
一応、セキュリティの高い宿だけど、4歳の子を1人にするのは心配だ。
それでも、働かなければ食べる物も泊まる場所も無くなる……
深く考えたくないけど、ラリィは狙われて攫われた可能性が高い。
父親というリスクを踏まえても、狙われ攫われた。
ラザノフと一緒なら攫おうと思う奴は居ないだろう。
俺と一緒なら、俺から攫える奴は居ないだろう…… だって飛べるもん、俺。
ただ、1人で留守番の時はリスクが高まる。
一応、鍵を掛けてノックされても出ないよう言ってあるが……
ーーーーー
工業区。
今日、コーカサスとラスク山まで行けば依頼は完了。
でも、昨日は上手くいったけど、今日また難癖を付けられる可能性だってある。
もうすぐ7時、道場の隣の母屋の玄関を叩いた。
「すいません、依頼で来ました」
大きな声で言うと、中からパタパタと音がしてガラッと戸が開いた。
「はいっ。 あの、お兄ちゃんは風邪ひいたみたいで……」
やっぱり、スムーズにはいかないか……
「そう、お兄ちゃんにそう言えって言われた?」
「あ、はい。 あ、違くて、代わりに私を連れてってください」
「依頼として?」
「はい、サインは今貰って来ます。 コインは後で渡します」
それなら問題ない。
書類を妹に渡す。
「分かった、いいよ」
「あ、じゃあ、少し待ってて下さい」
と言って、家の中に戻った。
しかし、中から母親? が出てきた。
「おはよう、冒険者の少年。 若いわね」
「おはよう御座います。 コーカサス君と同じ年です」
「お、驚きね…… 昨日はミヤマにまで勝ったって聞いたけど…… 何処の剣術道場で習っていたの?」
前世も含めて剣術道場には通ってない。
でも、習いたかった流派はある。
示現流という薩摩で栄えた剣術。
初太刀に全てをかけるという理念で、先制攻撃を得意とする。
あの新撰組が恐れたとか聞いたことがある…… が、遠い記憶なので定かではない。
「道場は通ってないですよ。 俺は孤児なので、通える金なんて無かったです」
「…… じゃあ、どうやって強くなったって言うの?」
「兄とのチャンバラごっこでしょう。 実際、兄も強いので」
「そう…… あり得なくは無いわね。 好きでやっている子はとても伸びるのよ。 ふふ」
そうなのだ、センスより必要なのは、剣術が好きな事。
いくらセンスがあっても剣術を好きな子とは、練習に向き合う真剣さも時間も違ってくる。
「あっ、支度、出来ました」
母親と話しているうちに、妹が戻ってきた。
そのままラスク山まで歩く。
一応、今日は護衛なので俺は短い方の刀とクナイを持って来ている。
ラスク山には、ラルトラルという小さな熊、ビダルというイノシシが出るらしい。
ビダルは鍋にすると美味しいと、昨日店の主人に聞いた。
「あのっ! ……あの、お名前と年齢を聞いていいですか?」
「ああ、ごめん、気づかなくて…… 俺の名はリュウ、年はお兄ちゃんと同じだ」
「はい、私はアトラスです。 13歳になります」
アトラス…… 身長は150センチくらい。 丁寧な言葉使い。 身のこなしが柔らかい。
「お父さんが道場長なの?」
「はい、お爺さんが兜流を発足させて…… でも、半年前から支部道場に行ってて……」
「支部まであるなんて凄いね」
「初めての支部で、成功させたいからって…… だからお兄ちゃんが調子に乗って…… あっ、こ、これは内緒でお願いします……」
「ハハ、どうしようかなぁ? でも、昨日で少しはお兄ちゃんも懲りたんじゃない」
「ふふっ、はい、懲りてました」
昨日はパッパと動いていた……
性格の良さそうな子だ。
「あの、私、冒険者になりたいんです。 どうやったら成れますか?」
「道場に通っている人には居ないの?」
「あ、居ます。 パーティーを組んでいるみたいですけど、それぞれ他の仕事をしているので、冒険者の仕事は余りしていないようです」
「そうなんだ。 ……冒険者の登録は誰でも出来るんじゃないの?」
「ごめんなさい、必要な能力っていうか……」
「う〜ん、なんだろう? どの依頼をしたいかで違うのかな? 例えば石畳の手元で1日、100トアだったけど、その職人の道に入ればもっと貰えるだろうし……」
「あ、分かります。 ウチの道場の冒険者も、普通に仕事を持っているので」
「そう、それなら副業で冒険者をやってるって事だね。 たまにパーティーで討伐の依頼とか受けてるんじゃない?」
「はい、そうかも。 私もパーティーを組めばいいんだ…… あ、あの、リュウさんはパーティーを組んでいますか?」
「組んでないけど、組む予定の奴は居るよ」
「そ、そうですか……」
そんな話をしているうちに、ラスク山に入る。
この世界の獣は魔獣という。
その理由は魔力を持っているから。
でも、魔術を使える魔獣は少ないと聞いた、その理由は俺と同じ。
俺は兄がいなければ、魔力がある事を知っても魔術を使うことをしなかった可能性が高い。
現に俺はジェットと虎峰くらいしか使ってないし、その2つはオリジナルだ。
でも、何かのきっかけで魔術を使えるようになった魔獣は強い。
例えば、シャーラスニーというウサギ型の魔獣は口から炎を出す。
ウサギで素早いので、炎があるだけでかなり厄介になる。
まぁ、俺は出会ったことはないけど。
ちなみに、此処にいるラルトラルとビダルは魔力の使い方を知らない魔獣だ。
でも熊とイノシシなので、ハッキリ言って人間よりは強い。
この山は緩やかな斜面で横に小さな川が流れている。
道場の人もたまにこの山にビダルを狩りに来るようだが、ビダルに会えるかどうかは運次第になる。
「この川の上流で、よくビダルを見るって聞きましたよ」
「見つけたら、腕試しをするの?」
アトラスは、細いレイピアのような剣を持って来ている。
あの突きにピッタリの武器だと思う。
「はい、出来ると思いますか?」
もしイノシシなら体重80キロ以上で、もの凄いスピードで突進してくる。
受けるアトラスは40キロ程度の体重……
しかも、あの突きをピンポイントで急所に当ててもイノシシはすぐには止まらない。
突きは正面から打つ……
「無理だね。 どのくらい無理かは今から稽古をしよう」
「わ、分かりました、凄く嬉しいです」
稽古を見ればおおよその強さは分かる。
アトラスは柔らかく鋭い動きで、いつも防具を付けて稽古しているせいかスタミナもありそう。
だけど悲しいかな、パワーが不足している……
「ハァ、ハァ、防具がないと動きやすいです…… それで、どうですか?」
俺も剣道をしている時に防具から解放された時は、動きやすく自分が最強にさえ思えた。
だけど防具を付けていた方が気が引き締まり、集中力が増していた気がする。 ……当時は。
「いい動きだけど、単独でビダルは厳しいかな」
「はい…… 知ってます。 道場の人も2人で倒すって…… リュウさんと2人で倒せるなら嬉しいです!」
「それじゃあ、ビダルがいたら2人で倒そう」
と言って、更に上流に行く……
「昨日、あれから凄く皆んな落ち込んでましたよ。 だって皆んな誰もリュウさん逆らえなかったじゃあないですか。 キャハハハ」
「そのうちの1人なのに、嬉しそうだね」
「あっ、え、あの…… 一瞬で憧れちゃいました、ふふふ」
兄が騎士団と互角に戦えてたと聞いたので、ある程度は自信があった。
騎士団の人は、ほぼ剣術道場に通っていた人達だ。
そんな話をしていると、遠くの上流に動く黒い物体…… ビダルだ!
ゆっくり近づくけど、ビダルはこちらに気付いても気にしてない、完全に舐められてる。
しかし、ビダルはこちらを見てピクッと耳を動かした…… 後ろ!
アトラスの襟を掴み、横に投げ飛ばす!
そして、キンっとした金属音が鳴る。
ソイツは俺達の後ろから音もなく、もの凄い勢いで俺達に一刀を振り、そのままビダルに向かった。
人型の魔獣!
何とか一刀目は防げたが、アトラスは……
アトラスは人型の魔獣に目をやり、起き上がる。
「び、びっくりしました。 ……リュウさん、そっと逃げましょう、アレはチンスコージです」
チンスコージ! ……って誰?
お菓子好きなコージ君じゃないよな……
ブキャアアッ! っとビダルの悲鳴。
どうやらチンスコージはビダルを狙っていたようだ。
チンスコージ 人型の魔獣。
カミキリ虫からの人化と言えばしっくりくる。
だけど、背中の羽は退化してるのであれでは飛べない。
腕と足も人と同じく2本づつ、だけど手は短い。
怖いのは太くて長いムチのような触覚。
刀で防いだ時にキンっと金属音がした。
全体的にアーマーを着込んでいるような見た目。
チンスコージはチラッとこっちを見たけど、ビダルを食べ始めた。
「奴は強いの?」
そりゃあ、強いだろう。
でも、一応聞いてみた。
「リュウさん、早く、早く逃げましょう!」
「落ち着け、アトラス。 コージ君はビダルに夢中だ。 ……奴は強いの?」
「リュウさん…… もう! チンスコージは高ランクパーティーが戦えるかどうかの、もの凄く強い魔獣で、普段はダンジョンの深層にいます。 だから逃げましょう」
あんなのがダンジョンにいるのか……
それじゃあ、この前ラリィと一緒にいた時に見た、カマキリ魔獣もダンジョンにいる⁈
「アトラス、その岩陰で隠れていてくれ。 俺はこの依頼の目的の腕試しをする」
「ダメですよ! リュウさんがやられたらどうなるんですか! それに腕試しは依頼主の目的です!」
「細かいことは知らん。 とにかく俺を信じろ」
アトラスは俺の目を見て真っ赤になりニヤついた……
「そりゃあ、まぁ、その、ふふ。 信じます」
変な反応だけど許しは得た。
ゆっくりチンスコージに近づく……
此処はラスク山に流れる川の上流。
チンスコージと俺との距離は10メートル、更に俺の後ろ10メートルの岩陰にアトラスは隠れている。
チンスコージはビダルを守るように、俺に警戒している……
「言っておくけど、ビダルには興味ない。 奪わないから安心しろ」
と言って、更に近づく。
不思議と近づく足が嫌がっている気がする。
強いだろうな〜、やっぱり……
チンスコージと対峙する。
俺は左手に短い刀、右手にクナイを持っている。
シャ〜! っと金属音の雄叫びを上げて、チンスコージは向かって来た。
ムチのような触覚で打ち込みながら、どんどん押してくるパワータイプ。
ズシリと重い打撃、ルカルスさんと似ている重さだが、更にしなって向かってくるので流すように受ける。
チンスコージの顔は人と虫の中間の兜を付けているよう…… 首が太く強化されているのは、この太い触覚を支えているからか。
円を描くように下がりながら捌き続ける…… 今のところ蓮撃を喰らっているように、全く反撃の隙がない。
しかも疲れてる気配もない……
俺の蓮撃は2回破られている。
前回、ルカルスさんには急所以外の攻撃を耐えられて反撃された。
そして兄、ルークには、蓮撃中に口から魔術を撃たれ、反撃されてそのまま一気にやられた。
そう……
実は俺も口から魔術が出来るのだ…… って言うか、口から魔術を開発したのは俺!
今回は元々は虫が相手なので殺虫剤を口に仕込みたいけど、そんなの出来ないし、出来たとしても仕込んでいる最中に俺が先に死ぬ。
なので、ファイアーボールを出して怯んだところを一気に畳み掛けよう。
口の中に火の魔力を集めている時にチラッとアトラスが見えた…… 戦いを見たいのは分かるけど完全に岩陰から出ている。
そして……
チンスコージもアトラスに気づき、いきなり方向を変えた。
チンスコージの狙いはアトラス!
チンスコを追うけどスピードは俺より上!
だけど仕込んだファイアーボールをブッと吐き出す。
ボァっとチンスコの背中に当たり流れたファイアーボールに気づいて振り返ったチンスコに…… 斬、腹部への一撃!
……が、硬くて途中で弾かれた……
そして、同時にチンスコのムチの先が俺の肩を貫き、チンスコの目が光ったように見えた……
ビビビィっと刀の先から電流が放電した……
一瞬、勝ち誇ったチンスコの剥き出しの手に、クナイを振る!
バチィっと当たり血が吹き出る!
ジェットで後ろに下がり、肩に刺さったムチを抜く。
唖然としてるチンスコを横目に……
そのままジェットでアトラスを拾って空へ逃げた……
誰かを守りながら勝てる相手ではない。
今回の依頼は護衛なので守るのを優先した! っと、言い訳してみる……
刀が通用しなかった…… でも剥き出しだった手のひらには普通に斬ることが出来た……
そして、チンスコのスキルはあの電流だろう。
ムチで突き刺して放電して相手の動きを止める。
俺が止まらなかったのは何度も雷の電流を体内に入れる練習をしていたのと、刀の先から電流が逃げたのが理由か。
まぁ、少しだけど相手を……
「リュウさん、わ、私…… 飛んでいます」
ふぅ、夢中でアトラスのこと忘れてた……
「俺には亜人の血が流れているらしい…… だから飛べるんだ、でも内緒ね」
「は、はい。 リュウさん、肩から血が流れてます…… それに、何かピリピリするような……」
まだ、電気が残っているのか……
「リュウさん! 凄くて、それはもう凄かったです! あんな戦いが出来るなんて…… ステキです!」
「ありがとう、でも結局、逃げたけどね」
「わ、私がいなければ、勝ってたと思います!」
「いや、今回は無理だった。 勝つ術が見つからなかったし…… でも次は必ず勝つ!」
どうでもいいけど肩が痛くて仕方ない。
お金はあるので回復薬を買おう。
ん……⁈ って俺は回復魔術使えるじゃん!
すぐに忘れる頭だなぁ…… マスクと頭の中身だけ兄ちゃんと取り替えてくれないかな……
そして、ラスク山の麓でアトラスを下ろして依頼はほぼ終わり、後は歩いて家まで送るだけ。
途中、興奮したようにアトラスが話す。
「リュウさん、あの、今度は個人的に依頼をする事は可能ですか、可能ですよね!」
「個人的? 何がしたいの?」
「また、護衛とか……」
「今日は腕試しが出来なかったから、次はタダでいいよ。 って言うかお金なんてないだろ」
アトラスは満面の笑みで頷いた。
その後、アトラスが今日あった事を道場の皆んなに話したことで、兜流に通う道場の人達と街で会うと話しかけられるようになる……
思ったより遅くなってしまったけど、これからカミラさんと食事だ……




