奴隷
第二章 成り上がり
第三十七話 「奴隷」
ここは渓谷、切り立つ崖に強引に人が通れるスペースを作ったような道。
2メートル程の道幅で右が山側、左は谷側で1歩足を踏み外せば、30メートルはある高さから下に流れる川に堕ちることになる。
俺は飛べるので、俺が谷側、ラザノフは山側を歩く。
ラザノフが言うにはこの渓谷を抜けるルートは、他のルートの倍は早くプユスタールに着けるらしい…… でも、すれ違う人もいないけど大丈夫なの?
また奴等が現れたら…… いや、飛べる俺はここでは最強だ。
出て来い、白いの!
「ラザノフ、土竜族の変身ってどうなってるの?」
「土竜化のことでござるか? あれは全ての能力がアップするでござるよ。 でも1日1回しか出来ないで、ご、ござ〜るぅ」
「…………」
ご、ござ〜るぅの下り……
俺の、か、可愛いすぎるぅ。 ……の、マネじゃないよな。
「どのくらい?」
「分からんでござる、一般には10%って言われてるでござる」
全ての能力が10パー上がるって…… 凄いスキルだ。
白い男のスキルはスピードアップだけで1つのスキル。 パワーアップも1つのスキル。
上がり幅の問題はあっても、全て上がって1つのスキルは最強でしょ。
「他に木をぶった斬る鉤爪でしょ。 まだ何かあるの?」
「スキルはないでござるよ。 でも特性がある。 特性は長い手と屈強な身体、常人の数倍はある回復力でござる」
存在自体がチートだろ!
まぁ…… それでも羨ましいとは言わない。
それだけの不憫さも知ってるから……
また、雨が降り続いている……
この辺りはこの時期に雨が良く降るのだろうか? ずっと雨ばかりだ。
数時間歩いてもすれ違う人が1人もいない、これはおかしいと思い始めたら……
道がなかった!
雨で地滑りしたのだろうか、道が斜めに谷側にズリ落ちてる……
向こう側から来れないから、すれ違う人がいなかったのか。
向こう側のしっかりした道までは、20メートルはみた方がいい。
ラザノフをおぶって飛び越えるか……
「ラザノフをおぶって飛ぶけど、ラザノフは何キロあるの?」
一応聞いておく。
「130キロでござる」
……聞かなきゃ良かった。
何かあった時のために、ロープは持ってきている。
ラザノフと俺の股を通し、肩、脇としっかり回しておく。
「こんな少しなら、頑丈に結ばなくてもいいんじゃないでござるか? この前はこの10倍は飛べたし」
「……と、俺も思うけどね。 でもこの前は火事場の馬鹿力だったかも知れないし、ラザノフの両親にも世話になってるから一応ね……」
ラザノフは末っ子だからか、ガルフさんやサラノフさんに可愛がられてる気がする。
ラザノフを谷底に落っことしたら申し訳ない。
まぁ、それでもホコリを叩きながら「痛かったでござる〜」で済みそうだけど。
まぁ、少しの手間だ……
ラザノフのデッカいのが、俺の可愛いお尻に当たるけど、気にしないで飛ぶ。
が…… フルパワーでもキツい。
やっぱり前回は、火事場の馬鹿力だったのか……
たった20メートルで俺的にはギリギリ飛びきった。
ラザノフは余裕と思っているだろうけど…… って、横に寝転がって何やってんの? ラザノフ。
雨でビチョビチョに濡れた地面に寝転がり、谷底を覗いているラザノフ……
写真を撮ってガルフさんに送りたい。
『息子さんが雨で無邪気に遊んでます』
と、添えて。
「リュウ、馬車が落ちてるでござる」
えっ、と思い普通に谷底を覗くと……
馬車……
馬車が斜面を削って谷底に堕ちたのか……
多分、ラザノフは見えてないと思うけど、 馬車の近くに人も3人倒れてる……
「ラザノフは山側で待機してて。 俺は下を見に行って来る」
と言って、そのままプールに飛び込むようにジャンプ、谷底へ堕ちる。
グングンとスピードを増し堕ちていく……
そして川の手前50センチ以内を目指してジェットをフルパワーで始動! 止まったのは……
よし、50センチ以内!
ジェットの扱いが上手くなっている!
ランラランラ、ラ〜ン。
下に着いて、馬車まで歩く。
ここは崖に張り付くように7、8メートル幅の川。
そして俺が歩いてる河岸が10メートル前後、その奥は深い森が広がっている。
雨の止む気配はない……
馬車の近くに転がる3人…… 一応、生きてるか確認しながら川に流されない場所に置いておく。
その内の1体は、手枷、首枷、足枷をされて、首枷と手枷が鎖で繋がっている。
初めて見たけど、居た堪れない気持ちになる…… 奴隷だ。
馬車は意外と原型を止めている…… が、当然、馬も死んでいる。
でも、あの道を馬車で通ろうとする気持ちがわからない。
よっぽど急いでた⁈
まぁ、まだ馬車の帆の中に生きてる人がいるかもしれない。
ソイツが奴隷商なら、死にそうになっていてもラザノフが見てないうちに俺が死末する。
俺は躊躇しないように、初めから決めておくタイプなのだ。
川に少し入り込んでいる荷台の帆を上げると……
ここには女の人の奴隷の遺体……
女の人を抱えてさっきの遺体の所まで運ぶ…… 手枷などに使っている鉄はかなり粗悪な鉄。
後で刀でぶった斬って、手枷や首枷を取ってあげよう……
流石にあの高さから堕ちたら生き残る人はいないか……
もし生き残れるなら、柔軟な身体を持った強運の持ち主くらいだろう。
さぁ、後は川に流された遺体がないか…… と川下を見ると、人影がある。
あの遺体も持って来てあげよう。
奴隷商でも奴隷でも、屍になったら変わりはない。
俺の眼は、昔の大魔導師が残したと思ったくらい、よく見える。
動いてる⁈
歩いて近づくと……
奴隷の遺体に縋り付くように泣く、女の子の奴隷。
その姿を見た瞬間、何故か俺の目からドバ〜っと涙が出てきた。
何となく察しがつく…… 親子で奴隷にされて、馬車に乗せられ谷底に堕ちた。
父親は女の子を庇いながら死に川に流されたけど、女の子はあの奴隷スタイルで必死に追いかけ、川から父親を何とか流されない川縁まで運んだ……
親子はまだ少し川に浸ってる……
不思議そうな顔で俺を見る女の子。
そりゃあそうだ、こんな所で近づいてきて、自分を見て泣いてるんだ……
でもこの女の子、人間じゃない。
亜人だろうけど、ここまで派手な容姿の中位亜人なんているのだろうか?
黒い翼がコンパクトに背中に収まり、金髪に金の瞳、目の下に赤いアイラインが入っている。
額には赤く透き通った宝石?が真ん中に埋まってる。
可愛い顔をしているので、この子が狙われた?
「その人はお父さん? また流されちゃうから、もう少し陸に持って来ていい?」
3歳くらい?
言葉…… 分かるかな……
「父ちゃん…… 動かない…… 動かないだの〜!」
父ちゃんに翼は付いてない。
宝石もアイラインもない。
金髪でもない黒髪。 ……父ちゃんは人間?
「お兄ちゃんは裏の世界では優しくて、そりゃあ有名だったんだよ。 父ちゃんこっちに移動していい?」
女の子は不思議そうな目で、俺をジッと見た後、頷いた。
父ちゃんを河岸の段のある場所に、座るように置いた。
女の子は追いかけて来ようとするけど、四つん這いなので遅れる…… そして、焦るように『父ちゃん、父ちゃん』と呼んだ。
女の子を抱えて父ちゃんの側に置くと、『父ちゃん呼んだのに〜。 父ちゃん、起きてよ〜』と、泣いた。
さて、どうするか……
遺体をこのまま放置していいのか?
女の子にどう声をかけて、その後どうするか?
ラザノフに聞いた方がいいか……
「お兄ちゃんちょっと離れるけど、待っていられる?」
「……待てないだの」
"だの" は方言?
どうしよう……
「お兄ちゃん、誰だの?」
「お兄ちゃんはよく『知性溢れるイケメンにいちゃん』って言われるよ」
予定だけど。
「父ちゃん、父ちゃん死んじゃった〜!ああ〜」
女の子はまた泣き出した。
目から鼻から口から粘りの強い液が、父ちゃんと女の子を繋げている。
特に鼻水は袖で擦ったのか、袖からも父ちゃんに向けて、ビローンと伸びている。
「お兄ちゃんはリュウ。 名前は?」
「グスン…… ラリィだの」
しっかり、受け答え出来る。
辛いだろうけど、聞かなきゃいけない事もある。
「ラリィ、お母さんは?」
「母ちゃん、母ちゃん…… 母ちゃん行っちゃったの〜、泣きながら、行っちゃったのぉ〜! 母ちゃ〜ん、父ちゃんが、父ちゃんが死んじゃったぁぁ〜」
ラリィはまた取り乱して泣いた……
やっぱりさっき移動した時にも思ったけど、父ちゃんは人間っぽい。
母ちゃんが亜人なのだろうけど、ソマルさんの話では、スキルより特性の遺伝の方が珍しいと言っていた。
この女の子の場合、翼、アイライン、額の宝石と特性っぽいのがいっぱい遺伝されている。
もしかしたら、亜人の子持ちの女の人に " 父ちゃん " は恋をして、何らかの理由があって " 母ちゃん " も ". 父ちゃん " を受け入れた。
そしてラリィを一緒に育ててたのでは⁈
「父ちゃんと母ちゃんは結婚してたの?」
ラリィはコクリと頷いた。
それからラリィに家族のことを聞いた。
ラリィの父ちゃんと母ちゃんとラリィは、3人で父ちゃんの村で暮らしていた。
父ちゃんは22歳、母ちゃんは17歳で結婚したらしい。
今の父ちゃんの年齢は29歳でラリィは4歳。
母ちゃんは去年、泣きながら去ったらしい。
聞いてるこっちが辛くなる……
つまりこの子はハーフ、あの遺体は間違いなく父親だ……
ラリィのお母さんは、まず間違いなく上位亜人。
ラリィを捨てたのは気になるけど、ガルフさんに頼めば伝えられるだろう。
ラリィは可愛がられて育てられた子であるのは間違いない。
上位亜人の運命を無視してまで惚れた男との子でもある。
伝えれば引き取りに来るだろう。
弱い雨が降り続いている。
リュックからタオルを取り、ラリィの頭と汁だらけの顔を拭いてあげる……
本当に可愛い顔をした子だ……
「ラリィ、父ちゃんは死んだ。 お兄ちゃんは友達と旅をしているんだ。 一緒に行かない?」
こんな小さくても、父ちゃんが死んだことは理解していた。
しかし、ラリィは父ちゃんをずっと涙目で見て、こっちを見なくなった……
ラリィは父ちゃんが大好きだったのが伝わる……
そして同じように父ちゃんも、ラリィが好きだったのだろう。
でも、ゆっくりとしていられない。
ラザノフを大分待たせているし、遺体の匂いで魔獣が来てもおかしくない。
ラリィもずぶ濡れだし……
「ラリィ、お兄ちゃんの友達を連れて来るから、お兄ちゃんはもう行くね」
少しくらいは待てるだろう。
幸い雨が降っているので、遺体から出る匂いも消してくれている。
森に注視して魔獣の気配を探りながら、ゆっくりと上がって行く……
「お兄ちゃん、行く! 行くだの!」
と、声が聞こえたのでまた戻る。
「もう父ちゃんとは会えない。 サヨナラをしておきな……」
ラリィは父ちゃんの胸に顔を付け、泣き出した。
その間に、少し森を見回る……
そしてまた戻り……
「もういい?」
と、聞いた。
ラリィが頷いたので、抱っこして怪我をゲリールで治す。
そしてラザノフの元へ飛び立った。




