圧倒
第二章 成り上がり
第三十六話 「圧倒」
自然児の俺は嵐だろうと大雪だろうと関係なく動いていた。
だから雨などはむしろ好きで、奏でる音やセピア色の世界を楽しむ余裕もあった……
しかし、移動中に何日も雨だと流石にウンザリする。
何日経ったのだろう……
大きな街道をひたすら歩く。
ラザノフが前を歩いて会話はない。
ただ、たまに後ろを振り返るのは、俺が気配を消して歩いているからだろう。
でも見られても気づかないくらい、気配を消したい。
そして生まれ変わったらバスケをして、黒子に徹するのだ…… 名前はテツヤでも何でもいいや……
「……ウ、リュウ!」
「え…… ああ、悪い。 赤司の奴がパスくれないからさ」
「何が? それよりこっちの道を行くでござるよ」
見ると、大きな街道から右側に逸れる脇道がある。
理由を聞くと、この街道の先に関所があり、ゴールタール入り出来る。
だけど1人80トアの入国料が取られる。
ラザノフが言うには、遠回りになるけど脇道を行けばタダで入国出来るので、結構脇道を行く人も多いようだ。
但し、脇道には魔獣や山賊などがいる可能性もあるので注意が必要。
とは言え、2人で160トアは痛いので脇道を行く。
何時間歩いたろう?
降りしきる雨が思考を鈍らす。
おかしい…… さっきからずっと人とすれ違ってないし、それに前を歩く人も見てない。
雨だから?
ザーッと雨量が増す。
少し休憩するか…… と思っている時に、前から馬が駆ける音が聞こえた……
足を止めて見ていると、ラザノフも同じように前を見た。
2頭の馬に乗る2人の男……
俺達を見ながらスピードを緩めて通り過ぎ、直ぐにUターンして戻って行った。
「怪しい男達でござるな…… リュウ、気をつけて行こう」
見ていた…… ラザノフをガン見していた。
「ああ、山賊の類かもな」
自分達では勝てないと思い、仲間を連れて来るかもしれない。
山賊だろうが盗賊だろうが、進むことには変わりない。
山からの襲撃に気をつけて歩く。
この道は右に草木が立ち並び、緩やかな登り坂。
その後ろは崖になり山がある。
左は逆に緩い下り坂で、少し行くと木々が生い茂る森になっている。
人が隠れる場所は多い。
幸い、雨は弱くなっているが……
俺達の心配を他所に雨は止み、怪しい奴等は現れなかった。
ラザノフが言うにはこの先には小さいけど町があり、食事処も泊まれる宿もあるらしい。
「今日はまともな飯と、柔らかいベッドの上で寝れるでござ……」
前から3人の男……
ラザノフよりデカい奴までいる。
異質な何かを感じる男達…… でもさっき馬で来た男達ではない、普通の旅人?
まぁ、側から見れば俺達も充分怪しい。
アイツ等もきっと、充分怪しい普通の旅人だろう。
普通に声かけるなよオーラを出しつつ、すれ違う……
「ちょっと待てや! 何、普通に通り過ぎようとしてんだよ」
鈍感な奴なのか? 俺の声かけるなよオーラに気づかないとは……
声をかけてきたのはワニっぽい見た目、多分獣人。
185センチ、100キロちょっとか。
下半身と顔にワニっぽさが残る……
「道は知りません、道は知りません、初めて通る道だから。 道は知りません、道は知りません、初めて通る道だから」
「ブフッ、面白い兄ちゃんだな、道は尋ねないよ。 フハハ、余裕だね」
突っ込んでくれたのは、初めて現れてから感じてた"異質な何か"の持ち主…… ゾワッと鳥肌が立つ。
「道は尋ねないけど、通行料は貰うぞ。 2人で200トアだ」
青っぽい肌に圧倒的なガタイ、額から1本ツノが出ている。 ……青鬼ですよね?
「鬼族が山賊でござるか? 山賊に払う金などないでござる」
い〜ぞ〜、ラザノフ。
「なら仕方ないな。 同じ上位亜人、命までは取らん。 コレでどうだ」
青鬼は、拳をグッと突き出した。
ヒクッと引き攣りラザノフはリュックを置く……
「こっちの弱そうなのは上位亜人じゃねぇ。 俺が殺っちまっても構わねえよな」
ワニ男。
口元が本物のワニ。
そして太く長い尻尾もワニ。 つまり……ワニ。
こっちの弱そうなの…… 僕!
俺はワニに詳しくない。
確か噛む力が1トンあると聞いたことはある。
でも、人間が何キロあるか知らないので、凄い……んじゃない、くらいの反応しか出来ない。
それよりあの滴るヨダレが気になる。
もし、あの口でブチュブチュキスされたら……
レミア…… そしてリリカ、どうか俺を嫌いにならないで欲しい…… えっ、それは無理? ヒィ〜!
「ハハハハ、いや、俺がやるよ」
異質な男。
背格好は俺と同じくらい。
肌が白く能面。
額にある3つのコブが目のように見える……
「そりゃねぇよ。 こんな奴、弱いって!」
白い男は応えない。
ただワニ男をギロッと睨んだだけ。
弱い奴…… 僕!
「ハハ、お前じゃ無理だ。 それより兄ちゃん、俺達も拳でやろうぜ」
「無理じゃねぇって! 俺は…」
「黙れ。 それ以上喋るな」
「クッ…… わ、わかったよ。 でも手こずったら参戦するぜ」
「ハハ、そうはならないよ」
自信ありか……
俺は戦う前に必ず考える事がある…… と言うより身体に言い聞かせる事がある。
それは腕をへし折られたら痛い、目を抉られたら痛いと。
当たり前の事だ。
だからわざわざ痛がるな、と身体に言い聞かせておくのだ。
今まではやられても、一瞬の隙も見せずに俺の身体は動いてくれた。
白い男は強いだろう。
でもそういう隙は与えない!
「さっき言ったように命までは取らない。 だけど身包みは剥がさせてもらうよ。 文字どうりね」
白い男と対峙する。
視界の端ではラザノフがもうやり合っている。
驚くことに押されているようだけど、ラザノフはまだ、土竜化はしてない……
軽い牽制から相手の強さを探るように動く……
1発、1発が鋭く重い。
俺は自分をスピードタイプかと思っていたけど、白い男の方が速い!
視界の先に見えるラザノフを気にする余裕などない。
ただワニ男がどう出るかは気になる。
俺もラザノフも、ワニ男に参戦されたら負ける!
徐々に押されていたが、白い男がぬかるみに足を滑らせた…… このチャンスは逃さない!
打ち下ろすように左ストレート!
しかし白い男も裏拳を出す!
ガンッと当たり、吹っ飛ばされたのは俺の方だった。
直ぐに起き上がる。
こめかみ辺りを痛打された……
先に当たるはずの左ストレートより、苦し紛れに出した裏拳が当たったのは、多分あの時に開いたあの額の左側の眼が関係してる。
スピードアップのスキルか⁈
一気に詰めて来ないのは余裕の現れか、愉しむようにまた白い男が詰め寄る。
さっきより速い!
やはりスピード系のスキルか。
防御に徹しても当てられる。
額のコブは全部で3つ、左が開かれて青い眼のように見える。
他の2つも開くのか……?
防御に徹しながら隙を伺うが、その間にも何発かもらってしまう。 ……しかしその内の1発のパンチに、指先を袖口に引っ掛けた。
強引に引き込み、腕を巻き込むように一本背負い。
ゴッ、っという衝撃と共に一本背負いは崩された。
更に、逆にお互い倒れた状態から引き込まれて頭に蹴りをくらいゴロッと転がる。
何事もなかったように直ぐに起き上がる。
白い男は今、ゆっくり起き上がった……
無表情の能面なので、表情は読めない。
まぁ、余裕だろうな……
また雨が降りだした……
何処から出ているかわからない血が滴る。
分かっていたけど強い!
さっきの一本背負いは途中で頭に何かを喰らい、崩された。
あの体勢からでも一瞬意識が飛ぶ、強い一撃だった。
ふぅ〜、まだ手はある!
また近づき打ち合う。
スピード差を誤魔化すようにショートに打つが、やはり誤魔化しきれずに何発か当てられる。
しかし、さっきと同じように指先を袖に引っ掛けることは出来た!
巻き込むように一本背負い!
途中、頭を横にずらす。 ……が耳にガッと熱い感覚。
それでも投げる!
ドゴッ、と地面に叩きつけ、そのままマウントポジションへ。
無表情の能面に、一瞬焦りが見えた!
でもその瞬間、タイミングよくマウントポジションを跳ね返された……
また少し離れたところで、2人とも起き上がる。
確かにタイミングよく返された…… でも2つ目のコブのスキルだろう、コブが眼のように開いている。
今度は赤…… 恐らく、パワーアップ系のスキル。
それでも投げることは出来た。
実際、腕を押さえてさっきまでの能面の表情ではない。
「フハハハハ〜! つよ……」
お喋りに付き合う義理はない!
ジェットで近づき、虎峰! ……が下からカチ上げられる。
それでも虎峰は発動して、白い男は吹っ飛んだ。
まともな手応えはなかった……
白い男は鬼の形相で立ち上がる。
素早く近づき、打ち合い…… がさっきより力強い!
捌くのに集中してもやられる…… 虎鉄を仕込む時間もない…… やはり虎峰……
ゴッ、ガッと顎先とテンプルに当てられ、一瞬意識が飛ぶ…… 倒れそうな俺の前にガラ空きの腹が見えた……
虎峰! しかしガッと裏拳で弾かれたのが先か、虎峰が当たったのが先か、とにかく白い男は吹っ飛んだ。
また、まともに当たってない……
でも今なら虎鉄を仕込める。
「ウォー!」
と乱入して来たワニ男!
尻尾を振るが、ジャンプして避ける、がフラつく。
やはり途中で捕まれ、地面に叩きつけられた…… そしてマウントを取られる。
ガンッ、ガンッと重くて硬いパンチをガードで受けながらも、虎鉄を作り続ける。
そして一瞬の隙を見て、近くにある膝に打ち込み、待つ。
数秒のタイムラグの後、ワニ男は、グギャァアアっと叫び、転がり回る。
この隙を逃さない!
荷物を回収して、ラザノーフッ!と叫びながら、ラザノフも抱きかかえる。
そして空へ。
ワニ男が参戦して来たら逃げると決めていた。
俺の命の刀を盗られる訳にはいかない。
チラッと下を見ると、白い男がワニ男の頭を蹴り倒しているのが見えた……
ーーーーー
逃げると言っても、ラザノフを抱えて遠くへは飛べない。
落ちるように着いた場所は、あの戦いの場所からせいぜい300メートルしか進んでいなかった。
それでも森の中の300メートル。
少しは時間があるはずだ……
雨の落ちてこない木の下に行く気力もなく、その場でリリカからもらった最後の高回復薬を飲み、へたり込んだ。
ラザノフを見てないけど、ラザノフも同じようなものだろう……
「ハァ、ハァ、追って、来られるで、ござるな……」
「ハァ、だろうね、でも次は刀を使わせてもらう。 ふぅ、それにワニ男は追って来れないから、次は2体2だ」
相手は物盗りだ、遠慮はしない。
「ハァ、リュウの相手…… 相当な強さだったでござるな。 まさかリュウがそんな姿になるとは思わなかったでござる」
徐々に高回復薬は効いてきている。
「ハハッ! それはこっちのセリフだよ」
「ガハハ、お互い様でござるか? ふぅ〜、あのままならまずかった……」
ぶっちゃけ、俺も同じ。
「負けたでござるな……」
「何言ってんの? 俺は数的不利を回避しただけ。ラザノフだってスキル使ってなかったじゃん」
「そ、そうでござるな!」
「だけどチカラは奴等の方が上だったな……」
「そ、そうでござるな……」
それでも俺は嬉しい。
リーブルに来てから女神様のように美しいレミアに会い、同年代で認め合える友人、そして俺より強い奴等、しかも今回は圧倒された。
こうじゃなければ面白くない。
俺もラザノフも、強くなるのはこれからだ!
「明日からランニングの後に基本練習、そして乱取りを3本してから歩こう」
「………………」
ラザノフは思う。
それだと結構時間がかかるし、中々目的地まで着けないのではと……
結局、奴等は追って来なかった。
そして、その後の道のりでも奴等に会うことはなかった。
ーーーーー
ここはフルガというゴールタール国の小さな町。
少し治安が悪そうで空気が淀んでいる理由は、この町に奴隷商の元締めの会社があるからだろう。
奴隷と聞けばローチェの家族が浮かぶ。
会ったことはないけど、奴隷にされたのでは、と兄が言っていた。
はっきり言ってムカつくので、宿と食事処以外は近づかないことにする。
でも、何かあれば俺は刀を抜くだろう。
これは初めから決めておく……
ラザノフも似たような感覚なのか、町を見たがったり、散歩に行くこともなかった。
夕食。
この店は味はイマイチだけど、品数は多い。
久しぶりのまともな食事に、俺とラザノフはかぶりつく。
「ラザノフさ、この前の奴等のこと知ってる?」
「拙者とやり合ったのは鬼族の青。 ワニは獣人のギャバ族。 リュウの相手は知らんでござる」
上位亜人は、上位亜人同士のネットワークを持っている。
なのでガルフさんなら知ってるだろう。
「ラザノフが知らないんだったら、中位亜人かな?」
「スキルはどうだったでござるか?」
「スピード系とパワー系の2つ。 でも多分もう1つあると思う」
そう考えると、ワニ男が乱入して来て助かった気がする。
「中位亜人は1つのスキルだけでござる。 上位亜人でも3つのスキルは珍しい。 拙者が知らないわけはないんでござるが……」
謎の白い上位亜人か……
まだ強さを隠し持っているはず…… 恐ろしい。




