海
第一章 旅立ち(亜人国編)
第二十五話 「海」
指の強化は、指で掴む力と挟む力を強化している。
握力よりも指先の力、の意味は、安定して掴めている時は握力、それ以外は指先の方が戦いにおいて必要になってくる。
そして安定して掴ませてくれる相手はほぼ居ない。
骨折中、左は鍛えられなかったけど、その分右は鍛えていたので考えてた事がある。
試しに実践してみる。
中指と人差し指を鍵状にして、2本の指で木刀を挟む。
ビュッ、ビュッ、と変わらず素振り出来る。
次は木に向かって打ってみる。
ビュッ、カンッ、ビュッ、カンッ、と最初は変わらず打てたが、数撃打つと木刀がズレてしまった。
でも、とりあえず成功。
今度は普通の持ち手から、素振り中にズラして持つように練習する……
これは間合いの問題。
強者なら間合いを瞬時に感じ、ギリギリで交わしてくる。
もしかしたら、紙一重で刀を避ける強者だっているかもしれない。
そういう相手に通用する技。 ……地味だけど効き目は高い。
そんな練習を見ていたリリカが話しだす。
「また何か新しい練習してるんだ。 でもリュウの素振りは本当に綺麗だね。 あと蓮撃。 あれは凄くカッコいい」
「小さな頃からやってきた事だからね、何かブレてて変とか言われたらショックだよ」
「キャハハ、言うわけないじゃない。 ……ねぇ、リュウ。 私ね、貴方と一緒にいたいの……これからも」
どういう事だ……?
そんな顔をしていたのがわかったのか、リリカは続けた……
「貴方の行くところに私も行きたい。 だから……連れて行って」
リリカが隣に住んでいる人の家の子なら、連れてったかも…… でもソマルさんとナッソーさんは裏切れない。
「ソマルさんとナッソーさんには伝えたの? 俺だって散々世話になってる。 ……強引に奪うわけにはいかない」
「それは…… ウゥ」
リリカは突っ伏して泣いてしまった。
静かな時間が流れる。
リリカは両親にとても可愛がられている。
それは年の離れた末っ子で、唯一の娘と言うことも関係あるだろう。
そして、その事に気が付かないほどリリカは馬鹿ではない。
「うっ、ごめん。 ごめん、リュウ。 リュウ……」
リリカは余り泣く子ではない、それなのにいつも……
それでも期待させるような事は喋れない。
黙っているしかないのだ……
「それなら…… いつ頃に行くつもりなの……」
「いつかリリカが言ってた、夏祭りの日、その日にしようと思ってる」
「あとひと月しかない…… ねぇ、それならその日まで私達、恋人になろう…… もう、連れて行ってとは言わないから」
「恋人…… って何するの?」
「デ、デートとか、あ、キ、キスとか?」
デデートとアキキスを頭の中のスマホを開き、調べてみる。
デデートはデザートの言い間違いみたいだ。 恋人同士はデザートを食いまくるとスマホに書いてある。
アキキスでスマホを検索すると、アニサキスと出てきた。
恋人同士は度胸試しに生魚を食べるらしい。
そんなのは元日本人の俺は毎日だって食べられる。
全く問題ない。
「いいよ。 デデートはいつ食べる?」
「えっ、食べる? ……デートはね、海に行きたいんだ」
普通にデートかよ!
ダメだ、俺のスマホぶっ壊れてる。
「私ね、海に行ったこと1回だけしかないんだ。 しかも小さかったから覚えてないし。 リュウは海の側で育ったんでしょ、泳ぎ教えてよ」
「別にいいよ。 でもまだ6月に入ったばかりで寒いよ。 俺は真冬でも海に潜ってた変人だから平気だけど」
「アハハ、リュウは変人じゃないよ」
「でも自分勝手な変わり者って、孤児の仲間達には言われたけどね」
「ふふ、確かにそういう面はあるのかも…… でもそれも含めて全部、私が受け止めてあげるよ」
俺も思春期、本当は今すぐ受け止めて欲しい。
リリカを見るとたまにゴックン、色々としたくなる。
こんなスケベな考えになるのも、ドスケーベと戦い、その思いを継承してしまったからに違いない。
それが証拠に、ゴキュリ、ほら生唾が止まらない。
「寒い日だって避ければ大丈夫でしょ。 学校の友達にね、数日先の天気が分かる子がいるんだ。 その子に聞いて、いつの休みの日に行くか決めようよ」
天気予報スキル…… 将来は天気予報士だな。
「わかった、その辺は任せた」
さぁ、締めの階段下り。
怪我をしてしまったので、怪我明けからは難易度を下げている。
今日も転ばない事を第1目標に下ろう。
家では主にリビングダイニングで話をしている。
4人で話すこともあるけど、いつの間にかリリカと2人で話し込んでいる時が多い。
でもソマルさん達も側にいるので、たまに口を挟んでくる時もある。
「ねぇ、リュウ。 どっちの海側に行く? 明日学校で調べてこれるよ」
海水浴場の事だろう。
俺だけなら何処でもいいけど。
「西から来たから、西なら海までどれくらいで行けるか分かるよ」
歩きで2日かかったけど、飛べば数時間だろう。
「うん。 じゃあ西にある海水浴場を調べるね」
「ちょっと待って貴方達…… 海に行くってどういう事?」
「そうだ! 歩きで2日はかかるぞ」
まぁ、堂々と話してたら、そりゃあバレるよな。
「だからリュウに夜のうちに飛んでもらうの。 その日のうちに帰って来るから…… いい?」
「リリカ…… 貴方はリュウとどうしたいの? 私達を捨てて貴方もリーブルに行っちゃうの?」
色々とバレてそうだな……
「行きたいよ…… 私はリュウが好きだから……」
この発言にも2人の驚いた様子はない。
結構前から知ってるって事だろう。
「亜人としてより1人の女として生きたいのね…… 話を聞けば分からなくもないわ。 絶対に自分を守ってくれる人…… リリカじゃなくても女なら仕方ない……」
「そんな理由じゃないから」
あっさり否定した…… でもあのいい匂いが惚れてる証なら、リリカはもう初めの雪が降った辺りから俺に惚れていた⁈
「それなら約束しなさいリリカ。 絶対にリュウには付いていかないって」
「…… うん。 それはリュウにも断られちゃった。 パパ達を裏切る事は出来ないってさ……」
リリカと一緒に、という誘惑は大きい。
俺をこれでもかと愛してくれて信用してくれる、美しくてスタイルのいい明るい子、完璧だろ。
「ソマルさん、ナッソーさん、リリカは連れて行かないから安心して。 それと俺は夏祭りの日の夜に、此処を発つよ。 この恩は忘れないから……」
「そうか…… いよいよだな、リュウならきっと向こうに着けるさ」
怪我はあったけど、それでも長くお世話になった。
必ず恩を返す為にもリーブルに着かなければならない。
「だからパパ、海に行ってもいい? リュウと空を飛んで行きたいの!」
「飛んで行くのは海にだからな。 それが約束出来るなら連れてってもらえ」
と、何とかソマルさん達の許可を得た。
リリカの学校の帰り道。
昨日から降り出した雨は大荒れになり、今では台風って言ってもいいくらいになってる。
「リュウ、明後日の休みの日ね、いい天気になるって」
「マジで⁈ この天気からは想像出来ないよ」
傘を差してても、意味のないくらいの横殴りの雨、でも確かに台風が去ればカラッと晴れることが多い。
「でも夕方のトレーニングに行くんでしょ」
「日課だからね。 体幹トレはこういう日にこそバランスの良さが現れるんだ」
「普通に吹っ飛ばされるでしょ。 でも私は今日は遠慮しておこうかな、風邪ひいて海に行けなくなったらヤダし…… リュウも風邪なんかひかないでよ」
ー前世でのことわざー
馬鹿は風邪をひかない。
bat、俺は違う。
俺は頭が弱いだけで馬鹿ではない。
俺は脳みそのシワが少ないだけで馬鹿ではない。
「大丈夫。 俺は風邪をひいてもすぐに治る体質なんだ。 2時間もあれば治る」
ちなみにまだ風邪を自覚したことはない。
なので治る、予定。
「キャハハ、リュウ、ステキ!」
リリカは可愛いな……
あそこの家の子じゃなければ良かったのに……
そして久しぶりの1人での稽古。
今日のメニューは行き帰りのランニングに基本練習。
そしてこの大雨なので、自然と一体になるように溶け込んでみたい。
後は締めの階段下り。
一通りの基本練習の後、今日のメインの自然に溶け込む練習。
これの意味は、救出などの時、敵に気付かれないように気配を悟られない練習だ。
広場の真ん中に行き、普通に突っ立って目を閉じる。
ザーッと、凄い勢いの雨、木々から滴る水の音、全てを感じこの自然の中に溶けていく……
もし、俺がこの練習に適正が凄くあるのなら人間国と獣人国に行き、王様と戦争の要人になってる奴を暗殺してもいい。
もちろんその場合は俺1人では無理なので、最低でも兄と人間国にも獣人国にも、何人かの仲間が必要になる。
大きく犠牲者は出るだろうが、戦争が継続して亡くなる命の数よりは比べられないくらい少ない。
期間的には3年ってとこか。
…… っとまた馬鹿なことを考えてしまった。
どのくらい経ったのだろうか……
俺はもう完全に自然だ……
「おうっ、何だ、びっくりした、ソマルさんとこのか。 こんな時に何やってるんだ? 早く帰れ」
3軒先の家の鈴木さん(仮)……
広場の真ん中にいるけど、近くまでは気づかれなかったようだ。 ……だけど俺も気づかなかった。
まだまだ修行が足りないようだ……。
リリカと行く海が決まった。
ここから俺が歩いて来た道を海まで戻る。
そして海に出たら北に向かって飛んで行くと、陸から15キロほどの場所に島が幾つもある。
1番大きな島は上位亜人の島なので立ち入り禁止。
その他の島で1番小さな島に行こうという事になった。
時間的にはハッキリとは分からない。
海まで100キロとすれば2時間弱、そこからリリカの話では「遠い」だったので時間が分からない。
一応、夜中に出て行こうという事になった。
持ち物は、着替えとお金とちょっとした調味料。
出来るだけ少ない荷物で行く。
この家の生活は、リリカに合わせていると言っても過言ではない。
仕事はリリカの送り迎えのために時間が決まっているし、寝る時間も凄く早い。
だけど海に行く当日はソマルさん達も夜中まで起きていて、見送りをしてくれた。
夜中の1時、リリカをおんぶ紐で縛って出発する。
出発して直ぐにベニラムからの光が見える。
この辺りはベニラムだけが突出して都会で、ベニラムから抜けると途端に田舎になる。
ベニラムまで歩くと2時間の道乗りを、僅か10分程度で通り過ぎる。
今更ながら、ジェットは素晴らしい魔術だ。
「凄く綺麗…… この景色を私は一生忘れない。 リュウ、ごめんね。 パパとママに色々バレちゃってて」
「全然気にしてないよ。 ……って言うかいつバレちゃったの?」
「ママには結構前だと思う。 多分、雪の日⁈ パパは分からない。 だって気持ちが溢れてコントロール出来なかったんだもん」
いつかソマルさんに、リリカのツノがいい匂いすることを聞こうとしていた。
聞かなくて良かった……
でも、2人とも気づいていながら良く俺を泊まらせてくれていたと思う。
それどころか、飛んで行きやすい季節の心配までしてくれるなんて…… 感謝しかない。
「俺のにいちゃんは昔から王子みたいなカッコいい面してるなって思ってたけど、俺なんか大した面してないでしょ。 何処が良かったの?」
「そんな事ないよ! ……そうね、街でリュウと目が合ったって言う学校の友達も何人かいたよ。 カッコ良くて、ビリビリって電流が走ったって言ってた」
「ん…… それって宇宙ジーンの事?」
「それは本当に電流、流してたでしょ。 あの後ジーンは学校で大変だったんだよ。 陰で髪形がヘンって笑われてさ」
亜人も性格の悪い奴がいるんだな…… 陰で笑うとは。
俺? 俺だったら堂々と本人の前で仰向けに寝転がって、足をバタバタさせながら涙を流して笑う。
「絶対リュウはリーブルに行ったらモテちゃうよ。あ〜ヤダな〜」
リリカはギュッと力を入れて抱きしめた。
正直、この体勢はリリカと密着している。
リリカのメリハリのあるボディを、背中で感じてしまうのだ…… グヘヘへ、前からおんぶ紐で縛れば良かった。
……ハッ、またドスケーベの思いに俺は支配されてたのか。 ぐぞ〜、ドスケーベめ!
今度会ったらお前のイケナイ下半身を徹底的に叩いてやる! ……もちろん使った木刀は熱湯消毒する。
その間にも俺達はどんどん進み、野宿をした建物を過ぎて、俺がタダで乗せてもらった転移魔法陣の場所を過ぎて行った……
「あの建物って、俺達の行ってる稽古場のやつと同じだよね、なんなのアレ?」
「祭りの時に役員が集まったり、使う道具を入れておく建物だよ。 パパ達も祭りの時は1日中あそこにいるよ」
なるほどね。
などと話しながら飛ぶ事2時間、ようやく海に出た。
海の上をひたすら飛ぶ。
うっすらと明るくなってもまだ島は見えない。
でも、もうジタバタしても仕方ないので飛ぶしかない。
結局、島を見つけた時はもう明るくなっていた。
上空高くから島々を見下ろし、端っこにある1番小さな島に降りた。
今が6時だとすると、ここまで5時間。
俺の残り魔力は約半分、やはり1人より3割は余計に魔力を使う。
そしてスピードも1人の時より10キロは遅い。
おんぶ紐を解くと、ホッとしたようにリリカが呟く。
「あ〜、ステキだったけど怖かった。 リュウが休憩取らないから、いつ堕ちるかと思って怖かったよ」
「堕ちるわけないでしょ、魔力が残ってるんだから」
「えっ、何それ? リュウは残りの魔力が分かるの?」
「はっ? 普通、皆んな分かるんじゃないの?」
「そんな人、学校に1人もいないよ。 普通は分からないの!」
マジか…… 皆んな分かると思ってた。
「それも小さな頃から修行していたの?」
「いや、してない。 そうか、分からないんだ……」
そういえば兄と1番最初の魔術練習の時に、兄は体内に魔力の動きを感じたか聞いてきた。
俺達が普通の人と違うのは無詠唱だけ。
普通の人は体内の中の魔力の流れを感じられないから、勝手に魔力が流れてくれる詠唱を唱える。
でも俺達はその魔力を感じることが出来るから、詠唱無しで再現出来るのだ。
慣れれば属性の魔力量まで比較出来る。
俺の場合、風と火の魔力量が高い。 ……逆に光の魔力量はショボい。
それにしても俺達に流れる亜人の祖先……
凄く興味ある。
「リリカ、無詠唱の亜人っていっぱいいるの?」
「多分、今は1人もいない。 500年前? 分からないけど大昔に絶滅したって…… でも私は本当に詳しくないから……」
レイモンでは絶滅でもリーブルではまだ生き残っている可能性はある。
俺の血のルーツ…… 知りたい!




