虎峰
第一章 旅立ち(亜人国編)
第十九話 「虎峰」
1月に入ったばかりの朝、初雪が降った。
俺はこの世界で初めての雪。 はしゃいで稽古に出かけた。
しかし、階段下りで転びまくり、ジェットで回避しようとした時にも滑り、そのままジェットを起動してしまい木に激突。
階段の横をドッサーっと転げ落ちた。
最近リリカは階段の途中で声を出しながら応援してくれている。
雪の上を滑り落ちる俺を止めてくれたのはリリカだった。
リリカは自分も巻き込まれることを知りながら飛び込んでくれた。
そして小さな木に引っかかって2人は止まった……
シーンと一瞬の静寂。
リリカがバッと俺の顔を覗き込む。
その時、何でそんな事を思ったのかは分からない。
凄く近くで見るリリカの顔を見て、爺ちゃんが好きだった海外の映画女優に似てると思った。
学校でモテるような事を言ってたけど、そりゃあモテるだろ。
そのリリカは泣き顔になり、ポロポロと涙が流れてきた。
俺はリリカが流した涙が光に反射してキラキラしているのを、何故かスッキリした気分で見ていた。
「リュウ…… 大丈夫なの?」
「うん。 ありがとうな、リリカ」
リリカは俺を強く抱きしめた。
俺の心臓がトクンと高鳴り、助骨が痛んだ……
家に帰ってきても痛みが引かなかった俺に仕事に影響が出るからと、ソマルさんは回復薬を飲ませてくれた。
怪我を治す回復薬 普通回復薬と高回復薬がある。
回復薬は自身の自然治癒力を高める。
普通回復薬は一般的に1ヶ月の自然治癒、高回復薬は倍の2ヶ月の自然治癒をした状態になる。
何本飲んでも効き目は最初に飲んだ一本だけ。
回復薬の中で1番効き目に個体差が出る。
リリカは俺と一緒にいる時にツノからいい匂いがする。
でも、今日は帰ってきてからもずっといい匂いがしていた。
俺はまだソマルさんの種族のスキルを知らない。
もしかしたら魅惑の香りとかそういうスキルもあるのかも知れない。 滅多に高鳴らない俺の心臓が高鳴ったし……
ソマルさんに聞いてみる。
「ソマルさんの種族のスキルって何?」
「熱を伝導させる事が出来るぞ。 例えば食事中、汁物が冷めた時に鉄の棒を汁物に突っ込む、そして手で熱を伝えれば温かい汁の出来上がりさ」
う〜ん、微妙なスキルだ。 俺……いらない。
「上位亜人のスキルってやっぱ凄いの?」
「まあ大体な。 でも変なのもあるぞ。 例えばヤヌール族っていう上位亜人は手からヌメヌメした液を飛ばすんだ。 その液に触れると痺れて一瞬動けなくなる、まあ一瞬だけどな。 ところがその液がそのうち乾いて、乾燥するといい出汁が出るんだ。 乾燥させたやつがお店に売ってるぞ」
う〜ん、誰が最初にその液を舐めたんだ……
「ナッソーさんの料理には使ってないよね」
使ってないと言ってくれ〜!
「昨日もリュウがお代わりしたスープ。 アレの出汁がヤヌールの手から出たヌメヌメだぞ」
「……………」
「まあ、ここだけの話、ヤヌールは不潔な奴ほどヌメヌメがヌメヌメらしい。 ここだけの話だけど、な」
誰か昨日の俺に教えてあげて!
って言うか、ヌメヌメがヌメヌメって、どんだけヌメヌメなんだよ……
「今日は終わりだ。 まだ雪が積もってるから早めにリリカを迎えに行ってくれ」
この辺りは雪が多いのかな…… それならソマルさんにスキー板でも作って貰おう、と思いながら歩く。
ん…… 何か忘れているような……
夕方の稽古。
いつの間にか夕方に稽古の時までリリカが付いてきている。
でもリリカは一緒に体幹トレーニングまでやるので楽しく稽古が出来ている。
それに最後の階段下りでは声を出して応援してくれるので、やる気がでる。
今日は基本練習後に、大詰めになっている虎峰の開発。
俺の身体の中の風の魔力を集めて回転させ、それを圧縮、回転、圧縮、回転と、どんどん小さく、そして高速で回転させていく。
そして木に送るように打つと…… スッパーンという音がして上に積もった雪がドサッと落ちてくる。
しかし…… 木には、変化はない。
でも後ろに回り込むと、見事に木の皮が剥がれている。
そこで大きめの丸太を立てて、虎峰を打つと…… さっきと同じく、スッパーンと音がして丸太は吹っ飛んだ。
何年? 分からなくなる程、開発に時間がかかった。
諦めようと何度も思った。 でも出来たとしよう。
俺だけの虎峰! 嬉しすぎる。
でもまだ調べたい事がある……。
結果。
虎峰は少しくらい離れても発動するが、威力は落ちる。
逆に虎鉄は少しでも離れると発動しない。
多分理由としては、虎鉄は埋め込み式の超小型爆弾みたいな物なので、しっかりと打たないと発動しない。
虎峰は俺の風の魔力をフルに使うけど、1種類の魔力なので慣れれば早く発動出来そう。
逆に虎鉄は、火、地、水の魔力を複雑に絡める。
なので慣れても発動に時間がかかりそう。
仕込んで使う技かも知れない。
また雪が降り出した………
でも失敗を失敗としたまま、今日を終わらせない。
階段下り、リベンジ。
雪が降っていようと霜が張っていようと、毎日2回もチャレンジしてきた。
だけど、失敗せずに降りきった事は一度もない。
「リュウ…… 雪の時は止めてください。 お願いだから……」
朝、怪我するくらい豪快に転んだからトラウマになったのかも…… 目の前だったし……
「リリカ、初めから言っとくね、俺は今度は怪我しない。 リリカが応援してくれると嬉しいな」
転んでも怪我はしない。 同じ轍は踏まない。
リュウ… とリリカは抱きついてくる。
雪に映え、リリカはこの一瞬なら確実にこの世界で1番美しい。
俺の心臓もドキドキするくらいに……
結局その日はやらなかった。
ある日の夕方の稽古。
ソマルさんが自分用に作った木刀を持ち出し、試合をしよう、と言ってきた。
断る理由などない。 俺はもう1年は試合をしていない。
兄は帰ってこないし帰って来るリチャードやその他の人達も、俺と試合稽古をする事を拒んだ。
ソマルさんは元騎士団で亜人。 強いはず……
でも現役じゃないからなぁ……
不安そうな顔をしてたのがバレたのか、ソマルさんは「回復薬を持ってくから、大丈夫だ」と言った。
便利な薬だ。
昔は俺も兄も痛みを我慢して戦っていた。
リリカも含め3人で広場まで来る。
「パパ、リュウは多分凄く強いよ。 学校の子達と比べてもリュウの剣は見惚れちゃうもん」
「ああ、多分そうだろうな。 でもリリカは俺を応援してればいいぞ」
「リュウは1人きり…… 私くらいリュウの応援してもいいでしょ」
リリカ…… 何か予想以上に嬉しいな。
やっぱり魅惑の香りのスキルだろ。
「回復薬はある。 遠慮せずに来い!」
「分かった。 よろしくお願いします!」
薄く長く息を吐き出し、ソマルさんを見る。
ソマルさんの息遣い、鼓動、目の動き、その全ては俺に見透かされている……
ソマルさんは動かない。
それならこちらから動く!
詰めて左上段! カンッと捌かれ、ソマルさんはそのまま突いてくる。
が、先に俺の右中段がバスッと当たり、ソマルさんの突きは空を切る。
左袈裟がまともに入りそうだったので、首元でピタリと寸止めした。
「グッ、参った……」
やっぱり現役じゃないから、あっさり終わってしまった。 ケビンやリチャードの方が強いかも……
それにソマルさんの種族は戦闘用のスキルを持ってない。
ソマルさんは回復薬を飲む。
……でも、それ程は痛くないんじゃない?
「ハァ、ハァ、強え…… 身のこなしから強えのは分かってたんだ。 ハァ、でも対峙すると動く事も出来ねぇ」
まだ、自分がどの位置にいるかは分からない。
でも何処かに強者はいるはず。
「リュウ、お前は本当に人間か? 空を飛ぶ魔術を出した時も詠唱してなかったよなぁ。 そんなの俺はベルギル様くらいしか知らねぇぞ」
ベルギル様…… 誰?
「俺の母さんは俺を産んで直ぐに亡くなった。 父さんは俺が産まれる前に戦争で亡くなったって……」
「それじゃあ、リュウも私と同じ、亜人だよ!」
「母さんの妹は人間だったよ。 にいちゃんも父さんも母さんも人間だったって言ってたし…… でも何処かに亜人の血が流れてるって、にいちゃんが……」
父さんが無詠唱だったと言っていた。
それなら父さんの血筋に亜人がいるのか⁈
「そうか。 かなり上位の亜人だったかもな」
上位亜人の中でもランクはある。
スキルの数や威力、特異体質などで、上位亜人同士でもかなりの差がある、とソマルさんが言っていた。
「まあ、少し残念だな、亜人ならリリカだって挙げても良かったんだがな」
な…… 何を言ってるんだ、この人は。
「リリカはまだ学生じゃん。 な、リリカ」
軽口を返されると思ったけどリリカは黙ってる。
見ると、リリカは俯き肩を震わせていた……
ーーーーー
工房を手伝っている時に、ソマルさんに「これで何か作ってみな」と、玉鋼を渡された。
ずっと欲しいと思っていたのは、投げナイフ。
でも自分で作るなら用途の多いアレが欲しい。
「何作りてぇんだ?」
「クナイが欲しい」
「また懐かしい名前が出てきたなぁ、面白え」
「投げナイフのように使いたい。 刃先から真っ直ぐ飛ぶように、4本くらい」
「それはまた難易度が高えな。 ヨシ、俺が見本に1本作ってやる」
と言ってソマルさんはクナイを作り始めた……
お昼はナッソーさんが作った昼飯を3人で食べている。
ナッソーさんの料理は美味しく、何より量が多い。
ここに来てから背がどんどん伸びている。
今で兄と同じくらいあるかも? でも兄も成長期なので追い越してはないだろう。
そんな事を考えながら飯を食べていると……
「リュウ、人間国と獣人国の戦争が再開されたよ」
と、ナッソーさんが言った。




