別れ
第一章 旅立ち
第十四話 「別れ」
此処での生活も慣れ始めた頃。
来月から2人の子供がこの孤児院にやって来る事になった。
先日、視察を終えて、この家が臨時ではあるけど孤児院として認められたのだ。
ローチェが拾われて来てから早9年。
その間、出て行くばかりで誰も入って来なかった。
前の孤児院は砂漠化の影響をモロに受ける場所だったけど、この家はその心配はない。
これからも子供達が入ってくるだろう。
ー暗殺ー
あっ……
戦争が終われば孤児は減る。
悲しむ子供がいなくなる。
200年戦争を続けるようなトップさえいなければ……
ー暗殺ー
飛ぶ能力は誰かに見つかりにくく、逃げやすい。
ローチェみたいな子もいなくなる。
誰も止めれないなら、止めれる奴が止めるべき。
いや…… ダメだ。
俺はまだ力不足。
結果、誰かに取り返しのつかない迷惑をかけてしまう。
一瞬、浮かんだ危険な考え。
もし成功しても、もっと最悪の未来の可能性もある。
獣人国の従属国という未来が……
ーーーーー
家を出て、川沿いをどんどん登って行くと左手に大きな木が2本立つ広場がある。
新しい俺の稽古場。
ローチェは後からトコトコ歩いて来て、その内木の下にいる。
世界一、木の下が似合う少女だ。
蓮撃を終えると珍しくローチェが稽古の感想を言ってきた。
「ずっと見てたから分かるの。 リュウの剣が凄く美しくなった」
「前は汚かったみたいじゃん」
「プハハ、違うよ! なんだろう…… 最近凄く美しく感じるんだ」
「そりゃあ、嬉しいね。 今度、王都で何かプレゼントしよう。 シスターからお金もらって」
「リュウ、それ絶対約束だよ!」
ローチェはやっぱり悩んでる。
それも俺に関係する事で。
時々、悲しそうな顔で俺を見ている時があるのだ。
でも、ローチェが話してくれるまでは待つしかない。
ローチェが誉めてくれた蓮撃は順調でも、虎峰は微妙だ。
先日遊びに来ていたケビンの尻に虎峰を打ち込んだところ……
少しのタイムラグの後、ボフッと音がしてケビンが『うわっちぃ!』と叫び、痛がった。
嫌がるケビンのパンツを脱がし、傷を確認すると……
ケビンのケツには円形の内出血があった。
直径は3センチ。
もちろんその後は皆様に、お説教を喰らいました。
まぁ、それはいい、今は虎峰の事だ。
俺は虎峰を相手が吹っ飛ぶ技にしたかった。
そこを目指して何年も研究してきたのに、全く吹っ飛ばない。
と言っても、この技はかなり危険な匂いがする。
やたらには使えない。
ー禁術ー
俺の中ではそのくらいのインパクト。
この技は虎峰ではなく虎鉄として使っていく。
そしてもう一度、発勁を思い出す。
相手が吹っ飛ぶのは衝撃波?
もし衝撃波なら風の魔力で何とかなるかも……
また1からだけど、研究して行こう。
季節は春から夏へと変わる。
週に3回王都への道のりを、ローチェと歩く。
王都に着き、ローチェが貴族街の病院に行ってる間は俺は城下町をぷらぷら……
でも、王都で剣術道場を見つけた。
しかも3カ所あって全て流派が違ってた。
いつか道場破りをしてみたい。
本格的な夏が始まる前に、シスターは子供達を連れて来た。
3歳の女の子と2歳の男の子の兄弟。
名前はフロムにカイ。
フロムは好奇心旺盛の活発な女の子。
カイはお姉ちゃんの後から離れない弟。
シスターとローチェは活き活きと2人の世話をしている。
俺は朝夕の稽古を、2人を抱えて広場に行って、ローチェが来るまで遊んであげる。
ローチェが来ると、2人をローチェに預けて稽古をするけど……
結局2人に邪魔されて、稽古はあまり進まない。
そして帰りはカイを肩車をして皆んなで帰って来るけど、直ぐにフロムが交代してと言ってくる。
交代するとカイは泣く。 非情に面倒くさい兄弟だ。
俺達はどうだったのだろう。
食後にシスターに聞いてみた。
「貴方は小さな頃から変わらないわ。 良く言えばマイペース、悪く言えば自分勝手」
「じゃあ、良く言い続けて」
「ふふ、……ルークはいつも冷静で優秀だったわね。 イタズラも中々尻尾を掴ませないって感じで、ある意味将来が不安になったわ」
優秀過ぎるのも、考えもんって感じか。
「リュウのイタズラは堂々として、何か悪い? って感じで開き直ってたわね、まだ小さい癖に。 それに頼んだ事も稽古だからやらないって皆んなの前で堂々としてたわ、小さい癖に。 私は皆んなの手前、叱らなくちゃいけないし、リュウは反省してないのが分かるしでずっと悩んだわよ、リュウの癖に」
確かにいっぱい叱られ説教された。
趣味かと思ってたよ。
「それに小さいのに海に潜ったら何分も出てこないから、初めて見た時は溺れて死んじゃったかと思って、私は海に入って大泣きしたわよ」
あ〜、そんな時もあった。
でも、今ではいい思い出と言って欲しい。
「この間だってそう。 どうせ叱ったって反省なんてしてないんでしょ」
「反省してるよ。 あの時の俺はどうかしてたんだ。 それが分かってからは反省の毎日さ」
「プハハハハーッ、あっ、ごめん。 でも面白かった。 でも何のことか分かってる?」
ローチェめ!
上手く誤魔化したと思ったのに。
「分かってるよ。 ローチェはバカにしすぎ! と、とにかく反省の毎日さ」
「プハハーッ、絶対分かってない! でもそれでこそリュウだよ。 なんか嬉しい」
久しぶりに悩みのない顔のローチェ。
でも余計な事は言うな。
「それだけじゃないわ。 急にいなくなった時も、薬を取りに行って怪我した時も、私は大泣きしたんだからね。 将来は親孝行しなさいよね!」
「それは約束するよ。シスター」
「……リュウの癖に……」
しんみりしたのでお開きとする。
でも裏に行っても、俺は帰って来る。
そして親孝行するのだ。 ……って言うか、俺だけ長くない?
秋になる。
秋生まれの俺は早14歳。
ローチェの病院に通う日が、週に2日に減ったその日の病院帰り。
でも、ローチェに笑顔はない。
そしてまた寂しそうな顔で俺を見る。
「どうしたの? まだ話せない?」
「うん、話したくなかった。 私の全てみたいになってたから…… でも、もう話さなきゃ」
病気の事じゃなければ何でもいい。
「あのね、私、シスターになりたいの……」
フロムやカイの面倒を見るローチェは確かに明るく元気で、見ているこっちも楽しくなった。
「そう、それって一緒には行けないって事だよね」
「……ごめんなさい」
「いや、やりたい事をローチェが見つけたんだ。 俺も応援するよ」
「でも私はリュウと別れたくない! だから…… ずっと言えなくて……」
9年の時は長い。
ローチェが側にいるのが当たり前なら、ローチェは俺の側にいるのが当たり前なんだ。
「リュウといれば楽しいよ。 いつも守ってくれるし、でもそれに甘えてばかりじゃいけないって、薬を取って来てもらった時にそう思ったの」
「自分勝手に動いただけだよ。 でもローチェが守られる妹から、自律したい妹に変わったんだね。 それは悪い事じゃない」
「ご、ごめん、リュウ!」
謝る必要なんてこれっぽっちもない。
海の滝を越えれるかは博打。
本来、人を巻き込んで挑戦する事ではない。
「ローチェ、いいんだ…… 俺だってローチェを見てきた。 子供達の面倒を見るローチェは生き生きと輝いてる。 それにシスターの事も気になってたんだ。 ローチェが残ってくれると安心だよ」
ローチェは、ううっと蹲って泣いてしまった。
でも不安そうな顔が病気の事じゃなくて良かった。
何か心に穴が空いた感覚はあるけど、お互い前は向いている。
「大丈夫、一生会えない訳じゃない。 必ず会いに来るよ」
「絶対? ……待っているからね」
「シスターは知ってるの?」
「うん、ずっと相談に乗ってもらってた」
「それならシスターも含めて、もう一度この話をしよう」
「……決心したのに、辛いよ……」
帰り道はずっとローチェとの思い出が頭を駆け巡っていた。
何故か人の後を付けてくる、ウザい女の子。
木の下でいつも見ているローチェ。
裏の世界に一緒に行くか聞いた時は、凄く嬉しそうに「行きたい!」と言っていた。
薬を取って来た時も、涙で溢れてたけど嬉しそうだった。
カーディガンを持ってきた時も……
これからもこの子が笑顔でいられたら、それは俺にとっても凄く嬉しい事だ……。
家に帰ってきてから、夕食後に3人で話す。
フロムとカイはシスターが寝かしつけた。
聞きたい事があるので、俺が話し出す。
「ローチェからシスターになりたいって聞いたよ」
「そう…… 本当にいいの? ローチェ」
「うん、やっと決めれたから……」
「リュウはいいの?」
「うん、でもシスターに聞きたい。 ローチェはここにシスターとしている事って出来るの?」
「それは…… 難しいわね、シスターにも資格があるし、数年の研修もあるわ。 でもお手伝いとして残る事は出来るわ」
形に拘らなければ、ここに居れるのか。
「私はフロムとカイを育てたい。 リュウの事もここで待っていたいの……」
「まだローチェには時間があるわ。 ゆっくり考えなさい」
「うん。 でもリュウみたいな子にも会いたいな」
「それは…… 難易度が高いわね。 怒りっぱなしの泣かされっぱなしよ」
「ふふ、知ってる。 でもシスターは毎日楽しそうにリュウを叱ってたよ」
この一言はシスターにヒットしたようで、シスターはテーブルに突っ伏して泣いてしまった。
静かな時間が流れるが……
何で? 俺はほっとかれても全然平気な子だったのに…… 難易度低いでしょ!
「ごめんなさい。 さっきも言ったけどローチェはまだ成人まで時間があるわ。 ゆっくり考えてね。 それにリュウ、ローチェの事は心配しないでね」
「心配なのはローチェだけじゃないよ。 シスターもこれからは自分の幸せも考えてね」
「ウフフ、リュウの癖に」
絶対口癖になってる!
「それで俺は来週、ここを発とうと思ってる」
「えっ、やだ……」
「きゅ、急すぎるわ。 まだ14歳になったばかりじゃない!」
「休戦がどうなるか分からないし、もう14歳だ。
シスターとにいちゃんの中で、俺がいなくなった時にどうするかは決まってるんでしょ」
「そ、それは…… 決まっているけど、まだ私は貴方と一緒に居たいの!」
「でもその時は近いうちに必ず来る。 さっきも言ったけど戦争がどうなるか分からない。 収集令状が来てからじゃ、マズイでしょ」
「……でも、やなんだもん」
シスター、可愛い人だな……
でも、結局俺は来週、発つことに決めた。
理由は一つ。
今は10月になったばかり、これから季節が進めば寒くて海の滝は越えれない。
今がギリギリの季節だからだ。
最後の病院の付き添い。
今日はローチェが病院に行った後に買い物を済まして、その後は兄と会う予定になっている。
今日はシスターから250ルガーもらってる。
前回、海の滝までで俺の残り魔力は、約2割ちょっと、となると回復薬が7割回復するとして、海の滝から先が5倍…… もう何が何だかわからん!
回復薬は5本でいいや。
……と言う事で、高回復薬を5本買った。
値段は150ルガー。
そしていつか約束したローチェへのプレゼント。
深い青色の髪飾りで50ルガーした。
待ち合わせ場所の噴水前に、もう2人はいた。
兄が話しかける
「いよいよだな」
「うん、先に行くけどその前に亜人国にも行ってみるよ」
「そうか……。 シスターとローチェの事は心配するな、俺が責任もって見てるから」
「ああ、分かってる」
兄が大きなリュックを俺に渡す。
「持って行け。 中に高回復薬も入ってる」
中を確認すると、高回復薬が10本も入っていた。
「ありがとう。 でも高回復薬は5本買ったよ」
「何本あれば足りるか分からない。 多いに越した事はない。 必ず無事に渡ってくれ」
「分かった。 それでまだ約束出来る?」
兄を取り巻く状況は、あの時より動きづらくなっている。
「ああ、俺も行くよ。 必ず見つけるから待っててくれ」
「分かった。 待ってるよ」
約束してくれたんだ。
後は先に行って待つだけ。
病院からの帰り道。
ローチェにいつか約束したプレゼントを渡した。
「ありがとう、凄く素敵な色だね」
「うん、黒髪に合うかな、と思ってね」
「ふふ、悲しいけど嬉しい…よ……」
蹲って泣いてしまったローチェに手を差し出す。
何度も歩いたこの道のりでも、手を繋いで歩くのは初めてだ。
手から寂しい気持ちが伝わってくる。
俺は今日、出て行く。
ついにこの時が来てしまった。
レイモンと言う世界に14年もいれば、守りたいと思う人や、一緒に居たいと思う人だっている。
人との出会いが少なかったからこそ、出会った人とは濃密な関係だったので別れが怖い。
俺だけ無責任に旅立っていいのか? と何度も思った。
でもこれは俺が生まれてから、シスターと兄がずっと望んでいた事、今更泣き言は言えない。
兄からもらったリュックに服や下着を入れる。
シスターが買ってきてくれた新しい物を……
お金も持っていけと言われたけど裏の世界では使えないお金だし、亜人国でも使えるか分からない。
なので買い物で余った50ルガーだけ貰った。
持ち物は後は腰袋にナイフと刀だけ。
刀はリュックから飛び出るけど、紐で固定しておけば問題ない。
時刻は午後8時過ぎ。
ここからコサルス村まで800キロ。
でもどうせ海岸からは徒歩になる。
慌てず行こう。
そして別れの時。
フロムとカイはまだ何も分からないので家で留守番。
シスターとローチェだけ、いつもの稽古場まで来てくれた。
俺から声をかける。
「それじゃシスター、今までありがとう。 必ず戻って親孝行するから元気でいてね」
シスターは近づき抱きしめてくる。
「うん。 ありがとう、リュウ。 私の前に現れてくれて…… 貴方を育てた時間は私の宝物。 待っているから必ずまた貴方に会わせて!」
ギュッと抱きしめ返す。
この小さな身体で、一生懸命頑張った。
次はローチェだけど、ローチェはもうぐちゃぐちゃに泣いていた。
「ローチェ、またな」
「……うん、 リュウは、いつ、も、私、の、いち、ばん、だからぁ〜」
と、また大泣きしてしまった。
その頭を撫ぜながら思う。
この子の存在は俺の中でとても大きくなってしまった……
「ありがとう、ローチェ。 ローチェがいつでも笑顔でいられる事を、俺はいつもどこかで願ってるよ。 じゃあな、ローチェ」
ジェットを起動して飛び立つ。
後ろからシスターの『嫌だ〜』という声が聞こえた。
それは反則でしょ……。
と思う俺の頬には、涙が流れていた。




