暗躍
第一章 旅立ち
第十三話 「暗躍」
あれから2日。
ローチェの熱は大分下がってきた。
多分、薬が効いてると思う。
あの時ローチェは、震えながら「おかえり」とだけ言って頬を濡らした。
そしてシスターも俺の背中の傷を見て、意外なほど大きな声で泣いていた。
本当にシスターは俺が裏の世界に行く事を望んでいるのだろうか……。
まぁ、まだ先の事。
少なくともローチェの病気次第では、ずっと先の事になるかも知れない。
今はやれる事をやろう。
リーダーとの戦いでは思った通りの無双だった蓮撃。
蓮撃には終わりがない。
でも、実際は頭の回転が追いつかなくてグダグダになるか、俺の体力が尽きるかで終わりになる。
そして蓮撃が終わる時、体力の尽きた俺は隙だらけになってるだろう。
そこで俺は蓮撃のフィニッシュの型を作りたいと思う。
体力が尽きそうな時、頭の回転が追いつかなそうな時、フィニッシュの型でトドメを刺す。
出来れば3つくらいのフィニッシュの型が欲しい。
このパターンからだと……
などとやっていると、パカパカと馬の歩く音が……
リチャードが来た。
ん…… 疲れてる? 目の下にクマが出来てる。
「ハァ、ハァ、リュウ、ここにいたか」
「どうしたの、その馬」
「これから使いそうなんでな、その…… ルークとケビンと出し合って買った」
特にリチャードは使うだろう。
しょっちゅう帰って来てるし……
「で、何か俺に用事でもあるの?」
「ああ、ルークが早急にリュウに話を聞いて来てくれってな。 ハァ、急いで来たんだ」
ケビンも急いでいたな……
兄は人使いが荒い?
「そのルークは帰って来ないの? 院出身で帰って来ないのは、にいちゃんだけなんだけど」
「ルークは難しいな……」
と言って、リチャードは難しい理由を教えてくれた。
兄は王都に着くと直ぐに魔術師としての資格があるか、魔力量を正確に測れる聖杯に触れさせられた。
その魔力量が異常だった。
平民、いや、貴族さえも凌駕する魔力量だったのだ。
魔術師団の隊長達は兄を一斉に勧誘した。
そして、兄は第2魔術師団に入る事になる。
魔術師団は第1から第20まであって、その数字がそのまま団の強さになる。
つまり、人間国で2番目に強い団に兄は入った。
普通、平民の子は第17以降の団に入るという。
でも、そこで問題がおきた。
兄を入れるために、第2の隊長は元の隊員の1人をクビにして兄を受け入れたのだ。
当然、元の隊員は貴族で、その家族や知り合いの貴族の怒りは兄に向いた。
当時は王都で平民の新人が貴族のベテラン魔術師を追いやった、と噂になったくらいだという。
そして貴族の多い騎士団にもその噂は広がり、兄を良く思わない騎士団も多かった。
そんなある日、ある騎士団が兄に、魔術師でも自分を守るために剣術を少しは出来るようにするべき、と因縁をつけ、兄と剣術の試合をした。
しかし、兄は騎士団とも剣術の腕前は同等、更に魔術を繰り出すので騎士団でも容易には勝てなかった。
そんな事があったので兄は王都からは出られず、真面目にメンバーとの連携や魔術の勉強など、他からも認められるよう動いているようだ。
クソッ、第2の隊長め! 余計な事をしやがって。
もうバッチリ目立ってるじゃん。
本当に兄は裏の世界に来れるのか?
第2の隊長…… 殺りに行くか……
どうせ俺の手はこの前汚れた。 ……心は汚れてないけど。
「第2の隊長って、どういう人?」
「えっ、あ、ああ、悪い人ではないよ、色々自分の事で庇ってもらってるって言ってたし、ローチェの事も相談してるって」
そうか……なら、様子見だ。
「それで、にいちゃんは俺に何を聞きたいって?」
「この前の薬の事だ。 良くやったぞ、リュウ。 ……でも獣人には会ってないよな」
「会ったよ」
「そのか…… 良く逃げて薬を取って来た。 凄いぞ」
「あのね、リチャード。 俺は逃げないよ。 ローチェの家族の仇もついでにとってきた」
「なっ! そ、そうか。 確かに恐ろしく強えからなリュウは。 それで何人だ?」
「全員」
「なっ、なな、な、7人全員殺ったのか!」
「全員で9人だったよ」
「なはーっ! マジかよ、何か証明できる物とか無いよな」
「あるよ。 リーダーの剣を戦利品として持ってきた」
「そ、それだ! その剣を俺が持ってっていいか? ルークに渡すんだけど……」
「いいよ。 刀をくれたのはリチャードだし。 持っていって」
「あ、ありがとう、リュウ。 お前達兄弟は俺達の希望の星だ!」
んな、大袈裟な。
リチャードはその後獣人達の倒れてる場所を聞き、急いで帰った。
その夜のシスターとの会話。
「何だったんだろうね、リチャード。 直ぐに帰って」
「えっ、リチャード来てたの?」
マジか。 リチャードがシスターに会わずに帰るなんて……
「来てたよ。 何かにいちゃんに指示されて動いてるみたい」
「そう…… ルークに会いたいな…… でも、あの子も変わってなさそうね」
もう1年以上会ってない。
元気そうな話は今日聞いたけど。
「それにしてもリチャードは顔も見せずに帰るなんて、冷たいわね」
ん…… 棘のある言い方。
まさかシスターはリチャードが…⁈
探ってみるか。
「リチャードも年頃だからね。 王都に同じ歳くらいの恋人でもいるんじゃない」
「うそ…… もしかしてそういう話とか、聞いてるの?」
喰い付いてきた。
こっちの方こそ、うそだよ。
シスターは俺の母親じゃないの⁈
「別に聞いてないけどさ。 でもリチャードだって王都の生活が長いでしょ。 若い女の1人や2人、いるんじゃないの」
「……ど、どうせ私はおばさんだもん」
い、いじけてる〜っ!
やっぱりシスターは俺の母親ではなさそうだ。
でも、俺とローチェが去ったらシスターは1人。
リチャードと仲良くしてもらった方がいいか。
「冗談だよ。 リチャードは一途なアホ野郎。 そしてシスターは可愛いおばさんだからお似合いだよ」
し、しまった。
何処かに応援したくない気持ちがあるようだ。
言い方に棘がでてしまった。
「何馬鹿な事を言ってるの…… 生意気よ、リュウの癖に。 それにおばさんをお姉さんに言い直しなさい。 リュウの癖に」
クッ、リュウの癖に、の連発はショックだ。
でも少し元気になった? お似合いが良かったか⁈
「おばさんは自分で言ったんでしょ。 俺はおばさんなんて思ってないよ。 小ちゃいおばさんなんて……プハハーッ」
「もう! 小ちゃいまで付けて! リュウの癖に!」
「わかったよ。 言い直すからリュウの癖にはやめて。 なんか地味にショックがデカい。 え〜と、小ちゃくて可愛いお姉さんだったね。 そりゃあ、リチャードじゃなくても虜になるでしょ」
「ふふ、そお?」
……単純すぎる!
やっぱり俺の母さん?
ーーーーー
虎峰を完成させたい。
いったい何年開発に時間がかかってるかも忘れた。
ただ、前回は少し手応えがあった。
今回も続けていく。
前回は土と火の魔力を使い高濃度で圧縮、マグマを作る。
そのマグマの外側を土で固め、水を流し込む事で爆発する、まで分かった。
それを針のような体積にした場合や打ち込んだ後に水を流し込む工夫も必要だ。
そして研究を続けた結果……
早速、木に打ち込むと……
少し遅れて(遅れる理由は、水が流れるのが遅れるから)ボッと音がする。
全く木に変化はないけど、触るとそこだけ熱い。
中で何かしらおきているけど何がおきているかは分からない。
1番手っ取り早いのは自分に打つことだ。
……だけど怖い。
今度リチャードかケビンの尻にでも打つか……
とりあえず保留。
ーーーーー
あれからひと月。
ローチェの容体は良くなっている……と思う。
熱の出る日は変わらないけど、微熱で治りも早い。
だけど病院に通わなければ治らない病気。
病院に通える話は、何の進展もなかった。
そんなある日にリチャードが来て、俺達全員に話がある、と言うので皆んなで聞くことになった。
「皆んな、聞いてくれ。 特にシスターはよく考えてくれ」
ん…… 何だ? この前振り。
まさかプロポーズでもするのか?
「この孤児院なんだが見切りをつけないか? もうここには住めないだろう」
「はっ? 何だそんな事か。 プロポーズかと思って断ろうとしたよ」
「何故、俺がリュウにプロポーズをする!」
俺にじゃないっつうの。
気持ち悪いな、リチャード。
「ちょっとリュウは黙ってて、話がごちゃごちゃになるから。 それで……どういう意味?」
「だからシスターに、だよ! それともリチャードは…… ロリコン?」
皆んながバッとローチェを見た。
リチャード…… ローチェは俺の妹同然だぞ。
「ちょ、ち、違う。 やっぱりリュウは黙っててくれ。 だからこの孤児院を捨てて、新しい家に引っ越さないか?」
完全に変な前振りしたリチャードが悪い。
「その家って…… 何処にあって誰のなの?」
「王都の近くだ。 家は俺とケビンで買った。 でも全ての指示はルークで、リュウのおかげなんだ」
何を言っているんだ?
さっぱりわからん。
「ちょっとリチャード。 シスターとローチェにもわかるように説明して」
「あ……ああ、すまん。 リュウが倒した獣人には、懸賞金が付いていたんだ。 ルークは初めからリュウが獣人を倒す事を読み、俺達を動かした。 そしてリュウが倒した獣人を、俺とケビンが倒した事にして懸賞金を全てもらったって事さ」
「じゃあ、そのお金で家を買ったの?」
「そうだ、シスター」
今思えばケビンの動きもリチャードの動きもこれで腑に落ちる。
裏で兄が動き、ごっそり持ってくとは……
「優秀だね、我が兄は」
「いや、ルークも全員とは思っていなかった。 それに全員で7人だとも思っていた。 優秀なのはルークでも、凄いのはリュウだよ」
面と向かって褒められると、恥ずかしいな……
「その家の広さは? その家じゃ補助金なんて出ないよね……」
「その辺りはこの院出身の奴が援助する。 もう皆んなには話を通してる。 でもそれぞれだから、いくらとは言えないけど…… 大きさはこの院より広いよ」
この孤児院もほぼ補助金なんて出てないと聞いた。
当たり前の事だ。
もうこの孤児院には、俺とローチェしかいないのだから。
「貴方達……」
育てた子達からの恩返し。
シスターの嬉しさが伝わる。
「それで、今日は持ってきてないけど、懸賞金の残りがある。 それはリュウの取り分だ。 好きに使えってさ」
「いくら?」
「ルークにはしっかりと教えてやってくれと頼まれてる。 だからしっかり聞いてくれ。
懸賞金の総額は44000ルガー。 家や馬を買って、他に諸経費諸々で残ったのは18000ルガー。
それがリュウの取り分だ。 ちなみに俺の給料は240ルガー。 ケビンは見習いなので半分だ」
「にいちゃんは?」
「魔術師団の第2だからな、見習いでも俺よりはもらってるはずだ」
いくら貰おうと、俺は裏に行く。
だから兄は俺に預けたのだろう。
「じゃあその金はシスターに使って貰おう。 ローチェの病院代とかもあるし」
「まあ、ルークもそう言うはずだって言ってたからな、でもお金の価値は覚えとけって言ってたぞ」
なんか…… 勉強みたいで嫌悪感が……
まぁ、お金がいっぱいか少ないかでいいや。
シスターの話によると18000ルガーあれば、10年は食べて行けるらしい。
でも、ローチェの病院代は高いだろう。
それほど楽観しては使えない。
とりあえずリチャードには、この孤児院には住めなくなった事を王都の教会に伝えてもらう。
それが許可されれば、その後に引っ越しとなる。
そして引っ越したら、兄が病院の予約をする手筈となった。
さぁ、少し遅れてしまった。
稽古の時間だ。
俺は朝夕決まった時間に稽古をしてきた。
この時間にシスターに何を頼まれても無視をしてきた。
今はこの時間にシスターに何か頼まれる事はない。
その意味は習慣。
習慣になれば必ずやる。
稽古は継続してやる事が1番大切なのだ。
ただここまで認められるのが、長く辛かった。
シスターからの長い説教。
他の年上の孤児からの嫌味や脅し。
チラッと聞いた事もあるけど、兄も俺の事で嫌味を言われていた。
その時は『ルークの弟、自分勝手すぎるだろう。手伝わないなら兄貴のルークがやれよ』
とか『お前の弟絶対頭おかしいよ。 何言っても全く聞かねぇしよ。 兄貴なんだからお前がやらせろよ』、なんて言われてた。
でも、兄からは何も言われた事はない。
ただ海に潜る素潜りだけは、危ないからと付いてきた。
この世界で俺が憧れる唯一の男が兄だ。
練習内容は柔軟に体幹、指先の強化を基本練習とし、その日に気になった蓮撃とか虎峰とかを余った時間でやっている。
ただ兄が去ってから魔術練習はしていない。
多分、忘れちゃった魔術もあるだろう。
でも、使い勝手の良いやつは忘れない。
氷の矢(アイス何とか)にファイアーボールとか。
使える術を積極的に使っていく。
此処での暮らしもあと少し。
貧乏は嫌だったけど、此処での暮らしは好きだった。
海の景色と音と匂い…… 前世から好きだ。




