4 チュウニー
どうやら乗客は、俺一人のようだ。
添乗員らしき女性は、運転席に座った。
運転手兼、添乗員って感じだな。
「出発します。」
添乗員さんの声とともに、バスは、静かに走り出した。
さっき、『チュウニーランド』って、言ってたな。
どことなく名前が、リア充御用達の某有名テーマパークと似ている。
夢の国とも、言っていた。
俺のようなヲタクが尊敬されるVIPというのが本当なら、確かに夢のような話ではある。
そういえば、「ヲタク達が、幸せに暮らす町が、できた。」って都市伝説が、あったっけ?
まさかね。
いつの間にか、車窓は、森一色になっていた。
バスは、ひたすら山を登り続けている。
「大竹様、もうすぐ到着ですよ。」
添乗員さんの声を受け、俺は、前方へ目をやった。
ここが、夢の国か。
巨大な門が、立ちはだかっている。
この先は立入禁止の私有地だと、宣言するかのような威圧感だ。
門の両端は、巨大なネズミのキャラクターが、かたどられている。
両側から、来客を出迎えているようにも見える。
ネズミねぇ。
これは、いよいよ『ディ○ニーランド』のパクリか?
それにしては、極めて醜悪なフォルムだ。
あの愛くるしいキャラクターとは、似ても似つかない。
お世辞にも可愛いとは、言えないぞ。
夢の国を謳いながら、よくこんなデザインを採用したな。
そんな俺の心を、見抜いたのだろうか。
聞いてもないのに、添乗員さんが、説明してくれた。
「あの2匹のネズミが、当テーマパークのマスコットキャラクターです。
チュウ&チュウと、呼ばれております。」
2匹のネズミ、チュウ&チュウ?
くだらない発想が、俺の頭を駆け抜けた。
「まさか、チュウが2匹だから、チュウニーなんてことは?」
添乗員さんは、何も言わず、悪戯っぽく微笑んだ。
まさか、図星なのか?
ひどい駄洒落だ。
醜悪なデザインと、劣悪なネーミングセンス。
ひど過ぎる。
本家の『ディ○ニーランド』も、訴えるどころか、相手にすらしないだろう。
まさか、それが狙いなのか?
バスの到着を歓迎するかのように、巨大な門が、おごそかに開いた。
バスは、静かに敷地内へ入った。
門の内側も、森だった。
周辺に、入口らしき建造物は、見当たらない。
バスは、再び、山を登り始めた。
本当の入口は、もっと先にあるってことか。
バスが、山の中腹に、さしかかったところで、目の前の景色が一変した。
巨大な壁が、そびえ立っている。
さっき見た門以上の威圧感を放っている。
バスは、巨大な壁の前で、静かに停車した。
ここが、目的地なのだろう。
添乗員さんは、俺の方を向き、あらたまった。
「大竹様、お疲れ様です。
夢の国 チュウニーランドに、到着いたしました。
バスを降りたら正面へ、お進みください。
入国ゲートが、ございます。」
俺は、立ち上がりながら、添乗員さんへ、感謝の気持ちを伝えた。
「ありがとう。」
添乗員さんは、念を押した。
「ここから先は、秘密厳守の空間です。
二度と戻れなくなる可能性も、あります。
よくよく、お考えになった上で、降りてくださいね。」
大袈裟な言い方だなぁ。
でも、俺の気持ちは、固まっている。
この期に及んで、後悔などない。
「ご忠告、ありがとう。
俺は、全てを捨てる覚悟で来たんだ。
大丈夫だよ。」
俺は、振り返ることなく、夢の国 チュウニーランドの敷地へと、降り立った。