1 都市伝説
ネット上で、まことしやかな噂が流れている。
ヲタク達が、幸せに暮らす町が、できたらしい。
しかも、住民は、女ばかりだとか。
それが本当なら、モテない俺にとっては、夢のような世界だ。
俺も、もうすぐ30歳。
そんな、うまい話が、あるわけないことは、身に染みて理解している。
モテる努力をしないヲタクが、リア充になれるはずもない。
ある意味、冷静な俺の心は、現実逃避すら拒絶してしまう。
噂話を信じて、夢見心地になることができれば、もう少し幸せになれるかもしれないのに。
俺の人生は、つまらないし、逆転することもない。
そのことを自覚しながら、粛々と過ごすだけの毎日だ。
二年ほど前、勤めていた会社を辞めてしまった。
ブラックだったわけでもなく、喧嘩したわけでもない。
ただただ、ボッチの俺は、職場に馴染むことが、できなかった。
再就職する気にもなれず、失業保険と貯金を食いつぶす日々。
そんな俺の、空虚な心を満たしてくれたのは、神ヲタサイトだけだった。
しかし、退職の一年後、その神ヲタサイトは、閉鎖してしまった。
それ以来、俺は本当に、空っぽになってしまった。
そんな俺の元に、ある日、一通のメールが届いた。
差出人は、閉鎖されたはずの、神ヲタサイト管理人。
件名には、「入国審査のご案内」とある。
怪しさ満点のメールなのだが、何故だか俺は、不審に思えなかった。
俺は、ウィルス感染などのリスクも承知の上で、躊躇なくメールを開いた。
メールには、
「全てを捨てて逃げ出す覚悟があるなら、我が国へ、ご招待します。」
と、書いてあった。
「全てを捨てて逃げ出す覚悟?」
大袈裟な問いかけとは対照的に、俺の気持ちは、冷ややかだった。
「そもそも、今の俺に捨てるものなんか、ないじゃないか。
一体、我が国って、何なんだよ?」
かなり怪しい誘いであることは、間違いない。
普通の感覚なら、無視の一択だろう。
でも俺には、どうしても無視できない事情があった。
俺は、真正のボッチだ。
アドレス帳に登録されているのは、家族と職場だけ。
今までの人生で、誰かに誘われたことなど、一度もない。
俺にとって、エンカウントイベントの『花いちもんめ』は、地獄でしかない。
学校の先生が、良かれと思って発する言葉、
「好きな者同士でグループを作っていい。」
も、呪いの呪文でしかなかった。
そんな俺に対して、神ヲタサイトの管理人は、
「ウチの国に来ないか?」
と、誘ってくれている。
俺にとって、人生で初めて体験する『あの子が欲しい』なのだ。
たとえ怪しい相手であっても、嬉しい気持ちになってしまうのは、仕方ないだろう。
今の俺なら、熱心に勧誘されて、変な宗教とかに入っちゃう人達の気持ちも、よく理解できる。
俺の心も徐々に、おかしな方へと向かっていった。
「でもまぁ、今の俺が騙されたところで、特に失う物も無いんだよな。」
金も無ければ、友達もいない上に、職まで失った。
リターンが、どれほどの物なのかは分からないけど、俺の場合は、おそらくローリスクだ。
だからなのか、決断に際して、やけっぱちという感情が混ざり込むことはなかった。
「いっそのこと、騙されてやるか!」
覚悟を決めた俺は、メールの返事を書き、静かに送信ボタンを押した。
俺は、この選択を後悔しない。