バレンタインとトラブル
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2023.01.02 文言修正
発表の持ち時間は一グループに付き僅か十五分。質疑応答の時間を考えて、十二分くらいで説明をまとめたい。
作品名、コンセプト、機能は載せる。十二分以内と考えると、ひと目見てわかる部分の説明は割愛だ。
展示室と発表会の部屋は別なので実物が無い状態で説明しなければならないから、“ひと目”の部分は写真を多用する。
パネルは実物と共に見るので写真はそんなに要らないだろう。発表用の資料を一緒に置いておけば、興味のある人は見るかもしれない。
作品名とコンセプトはパネルにも載せるとして、しかし文字だけでは味気ない。水奈都が最初に描いた設計図とか3Dプリンターの設計画面をプリントアウトしたものとかを載せて、制作過程を見せるのはどうだろうか。
二月半ばになって、一度メンバー全員集まって原稿を確認してもらう事になった。
「作ってきちゃった」
由恵が楽しそうに不織布とリボンでラッピングされている包みを五つ机の上に置いた。
持ってきた由恵も含めて一人一包ずつあるそれは、市松模様のアイスボックスクッキーだそうだ。
「今日はバレンタインか。ごめん。私は何も用意してない」
「ふふ。ホワイトデーにおねだりしちゃおうかな」
「うん。忘れない様にする」
いち早く今日がバレンタインデーと気付いた水奈都が「私も女子なのに忘れていた」としょんぼりしている。
肩を落としている水奈都に由恵が冗談を言うと、水奈都は鵜呑みにしてホワイトデーのお返しを約束していた。
俺たち男性陣は異口同音にお礼を言った。口には出さなかったが、俺も何か用意しないとなぁ、と漠然と考えてた。おそらく克己と友久も同じ事を考えたのだろう。お互いの視線が合って忍び笑いをしてしまう。
作ってきた草案に目を通してもらって意見を聞く。
パネルの制作過程についてはもう少し写真が欲しいので、各自がスマホで撮っていた作業風景の写真を送ってもらう。
発表に使う資料の方は、誤字脱字の修正くらいで済みそうだ。念の為、読み上げて説明に掛かる時間を計ったが予定通り十二分で収まった。質疑応答には、自分では答えられないかもしれないのでメンバーにヘルプを頼んでおく。
「侑士は頼りになるな」
信頼の籠もった水奈都の眼差しに思わず見惚れてしまった。自分に向けられた視線だと思うとどこか面映い。
「いや、制作は何も出来なかったからこれくらいは…」
照れ隠しに早口でそういうと、他の三人からも絶賛されて居た堪れなくなった。
「じゃあ、今日は解散で」
逃げる様に解散を宣言して席を立つ。
何だよ。あの褒め殺し。元のグループとは大違いだ。
由恵と克己の事で少しおかしな空気になる事もあったが、バランスの取れた良いチームだと思う。このまま行けば無事卒業出来るという事もあるけれど、卒業前にあのグループメンバーと過ごせた事が素直に良かったと思える。
卒業までに残り一ヶ月も無いが、このまま何事も無く過ごしたい、心からそう思った。
発表会の前日、完成した資料とパネルを持って最終チェックのため再び集まった。
「これ、星座早見盤とプラネタリウムの連動、ズレていないか?」
連動機能の説明のところで、二つの写真を並べているのだけど、それを見ていた友久が眉をひそめた。
どちらも真北が上に来るように撮影した写真だ。言われてみれば星の位置が若干ズレているような気もする。
写真では埒が明かない、とメンバー全員で実際展示している『Pla²』を囲んでスイッチを入れた。
5°程の僅かなズレ…。
「私のせいだ。今から直すよ」
組み立てを担当していた水奈都が力の無い声でそう言った。外側に出ている星座早見盤をプラネタリウムに合わせて傾ける方が直すのは早いが、そうすると北が真上を向かなくて違和感が出てしまう。面倒だがプラネタリウム部分の修正しかない。
プラネタリウムの星が刻まれた板は、柱部分のデザインが上に行く程細くなっている構造上内側から嵌め込まれているため、照明部分もプラネタリウムに当てるライト部分も取り出して嵌め直す必要があるのだ。水奈都の提案は実質組み直しと言ってよかった。
「発表会と展示会の二日間気付かれなければいいのだからこのままでも大丈夫じゃないか?」
小狡い考えだけど、資料の写真は少し回転させて四角く切り直したら合わせられるし、製品化されたわけでも無い上に、展示会に来る人は別に『Pla²』だけを目的としている訳でも無いから、誤魔化せるのではないかと思った。
俺の意見に由恵が同意した。しかし、責任感の強い水奈都は納得出来ないらしい。
「一人で出来るから皆は帰っていいよ」
水奈都が気丈に笑顔を見せてそう言った。確かに作品の大きさ的にも、組み立て作業が出来るのはせいぜい二人までだろう。全員居ても出来る事は無い。
「友久はバイトがあるんでしょ?侑士もちゃんと睡眠取って明日の発表に備えてよ」
何でもないように水奈都が明るい声を絞り出して、指示を出す。
「配線部分は僕がやった方がいい」
「助かるよ」
克己は組み直しを手伝うようだ。確かにプラネタリウムを照らすライトや照明部分は配線に気を付けなければならないし、担当していた克己が適任なので、水奈都も素直に克己の申し出を受け入れた。
克己はこの状況のどこかが琴線に触れたようで、ニコニコと楽しそうだ。
これでなんとか間に合わせる事が出来そうだ、と安堵の空気が場を包んだ。
しかし、一人だけ凍てついた空気を出している。
「なんで?」
由恵はポロポロと涙を零しながら小さく掠れた声で呟いた。由恵の涙に慌てた友久がポケットからハンカチを取り出して由恵に渡そうとしている。
「克己のバカ!」
「由恵!」
由恵が先程とは打って変わって大きな声で叫ぶと、走り去った。受け取ってもらえなかったハンカチを握りしめたまま、友久も由恵の名前を呼んで後を追う。
「どういうこと?」
事情がよく分かっていない水奈都が名前を叫ばれた克己に聞いた。
「あー。約束今日か」
克己もきょとんとしていたが、何か思い当たったようだ。
話を聞くと、克己がミュージカルを観てみたいと言ったので、由恵がミュージカルのS席のチケットを二枚買ってバレンタインにくれたそうだ。今夜の公演らしい。
「早く由恵を追って!」
「もう何処に行ったか分からないよ」
「友久がきっと一緒に居るから電話して」
事情を聞いた水奈都が克己を叱咤する。
本来なら、今日は問題無く解散する予定だった。ギリギリまで制作しているグループもあるが、うちのグループは既に完成していた。
人気のミュージカルだからチケットを取るのも大変だっただろうに、今日の公演を選んだのも悪気は無かったと思う。ただ、タイミングが悪かっただけだ。
由恵が何も持たないまま飛び出したので、置いたままになっていた彼女の鞄を水奈都に押し付けられて、どこか釈然としないまま克己も由恵の後を追った。必然的に残された二人で作業する事になった。
水奈都は俺にも帰るように言ったのだが、俺の家はすぐそこにある。帰ろうと思えばいつでも帰れるから、と説得して二人で作業する事にした。
制作に参加していない俺はもちろん組み立てにも関わっていないので、ここ押さえててとか、あっち持ってとか、水奈都の指示に従って動くしか無い。それでも、一人で作業するよりは効率は良いだろう。些細な事でも出来る事が有って良かった。
「思っていたより早く終わりそうだ」
最初に組み立てた時はどの部品も上手く嵌らず中を削りながら合わせたが、既に調整済みなのでこの分だと直すのも早いだろう、と分解を終えた時点で水奈都がそう判断したので、コンビニへ晩御飯を買いに行って休憩するように奨めた。
分解には小一時間掛かっている。組み立ては特に組み直しの原因となった連動のズレを慎重にしなければいけないので分解よりも時間がかかるかもしれないけれど、順調に行けば二時間もあれば十分だろう。
遠方から通う水奈都の終電が気になる所ではあるが、休憩を取らずに作業を続けて、集中力が欠けてしまうと余計に時間が掛かってしまう。
凍てつくような寒さに震えながらコンビニへ行く道中、少し欠け始めた満月に近い月を見上げながら、水奈都がポソリと呟いた。
「…月が綺麗だね」
「ああ」
スッと姿勢良く見上げているから、細くて白い首が晒されて寒そうに見えた。
その言葉が文学的に好意を示していることは有名な話だが、水奈都の眼差しは月を通してどこか遠くを見ているようだった。俺が返した相槌も届いていない様子だ。
水奈都にとっての月は、今頃、ミュージカルに目を輝かせて居るのでは無いだろうか。ほとんど満ちている白い月の輝きはどこか克己に似ていると思った。
「侑士の家はどこ?」
ぼんやりと克己の事を考えていたら、いつの間にかこちらを見ていた水奈都の声にハッとする。
「ああ、もう過ぎたよ。ほらあそこ」
「ああ、あの看板の向こうの?」
「そうそう。周りより大きいあの建物」
振り返って約四年間住んでいる建物を指差しながら水奈都に説明すると、水奈都も直ぐに見付けて肯く。
「高そう」
「それなりにね」
芸大に通う男子学生向けに作られているので、音楽科であればピアノを置いていたりすることもある。
そのため間取りは広めで壁や床は厚めの頑丈な作りになっていて、防音もしっかりしていることから、家賃はその分お高くなっている。
改めて家賃や光熱費を親に払ってもらっている事を考えると、早く会社に入れと言いながらも面倒見てもらっていたんだと実感させられた。
次々に渡される仕事に追われて忘れてしまっていたが、そもそも俺が芸大を選んだのも、家具や雑貨を扱う親父の会社で役立てたくて、グローバルデザインやインテリアコーディネートを学びたかったからだ。
留年せずに卒業出来そうなことだけが救いだが、結構その場しのぎが多くて学びたかったものがちゃんと身に付いているかは不安だ。
考えてみれば、俺の入社に合わせて企画開発部が作られた気がしてくる。ちゃんとデザインを学べていれば、それが活かされる部署じゃないか。前田さんは俺が実質のリーダーだと言っていたが、それが親父の意思かもしれない。
学費は全部自腹だし、山の様に仕事は割り振ってくるし、顔を合わせれば大学辞めて後を継げと言ってくるけど、親父なりのエールだったのかもしれない。
ブルリと身体が震える。それは、再来月からの社会人生活に思いを馳せての武者震いかもしれないし、ただただ二月の寒さに震えただけかもしれなかった。
晩御飯と一緒にコンビニで買った温かいコーンポタージュの缶をカイロ代わりに水奈都と二人で今来た道を引き返した。
住んでいるマンションの前を通る時に水奈都がちらりとエントランスに視線を向けた。
二重扉になっているそこは、一つ目の自動ドアを抜けると右手にキーを差し込むかもしくは部屋番号を入力して中から開けてもらうための装置があり、左側に小窓がある。
小窓は今、遮光カーテンが引かれて隙間から明かりが漏れているが、昼間は管理人、夜間は守衛が待機する部屋だ。
そのまま前を通り過ぎて大学の門をくぐった。
発表会や作品展に間に合わせようと、必死になっている学生達が残っているので、大学内は昼間の様に騒がしかった。
暖房のある室内に戻ってコートを脱ぐとお役御免となったコーンポタージュを飲み干した。
晩御飯の間は一人暮らしに必要なものが話題になった。水奈都は四月から都内で一人暮らしをする予定だから経験者の話が聞きたかったのだと笑っていた。
家具はほとんど上京後に買い揃えることにしているらしい。
カーテンくらいは先に買っておいた方がいいとか、洗濯は乾燥機付きが便利とか、店頭で買っても配達になるのだからネットで購入して日時指定で配達して貰った方が良いんじゃないかとか、思い付いた事を伝えておく。
食事休憩が終わると組み立て作業に戻った。
会話は、あれ取ってこっち押さえてという指示に代わる。
そうしてようやく組み上がった作品の電源を入れて問題ないことを確認した。
プラネタリウムの角度、オルゴールの音楽、星座盤を回した時のプラネタリウムの動き、間接照明の明かりの切り替え、全てをチェックし終えると、どちらからとも無く安堵の声が漏れた。思わず二人で顔を見合わせて笑う。
二時間くらいで組み立てられると目算していたが、思ったよりも時間が掛かってしまった。
「水奈都、終電は?」
慌てて確認したら左手の青い腕時計で時間を見た水奈都が首を横に振った。時刻は夜十時半を過ぎた頃。この時間ならまだ間に合うと思ったが、遠方から通っている水奈都は終電の時間も早いようだ。
「うちに来る?」
大学で雑魚寝するグループに混じって寝ると言うので、慌てて引き止めた。
なんだかんだ言って残っている女子は少ない。休日に近所のスーパーで見かけた子も居るので、俺と同じで近所に住んでいるか、もしくは終電にはまだ間に合うかでは無いだろうか。下手すると雑魚寝組には男子しかいないのでは、と危惧した。
「女子禁止なのだろう?」
「男に間違えられるのは得意なんだろ?」
「…まぁね」
いつか話した話を覚えていたようだ。遠慮する様子を見せた水奈都だったが、軽い口調で冷やかすと乗ってきた。
化粧っ気の無い顔はそのままに一つに結んだ髪を隠すようにダークブラウンのシンプルなコートの中に入れて羽織る。
仕上げに俺のマフラーを貸して首に巻いてもらった。下はジーンズにスニーカーだからそのままで問題無いだろう。
もう一度コンビニに行って、泊まりに必要なものを買うと先程は通り過ぎた二重扉を通った。
小窓のカーテンが少し開けられて守衛と目が合ったが見咎められる事は無かった。
三階の角部屋に位置する俺の部屋に入って椅子がないのでマフラーとコートを脱いだら、ベッドに座ってもらう。部屋の暖房は直ぐにオンにした。
俺は二人分のコートをハンガーに掛けるなり、直ぐにお風呂場へ行ってお湯張りを開始する。
「これありがとう」
部屋に戻ると、水奈都が畳んだマフラーを差出した。
受け取ったマフラーを片付けると急に気まずくなって来る。今更だが、ワンルームに女の子と二人きりって…。
前田さんのニヤニヤ顔が浮かんできて、慌てて打ち消した。