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失恋のその先。  作者: 加藤爽子
斎藤侑士 視点
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新部署と組み立て

2023.01.02 文言修正

 意図せず男子会となったあの日、言いたいことを吐き出した克己はすっきりとしたようだ。

 あの後、克己は由恵と仲直りしたらしく、いつの間にか由恵の耳からピアスが無くなった。耳に小さな穴が残っているが、それも時間とともに分からなくなるだろう。

 だからと言って、水奈都との距離感が遠退いたわけでもない。むしろ、完成に近づくにつれて、言い合いは激しくな距離は近くなっていった。


「星座盤、手で回すんじゃ無くて、日時入力したら勝手にその日の星空になるのって面白くない?」

「入力って何でするの?」

「んー、スマホとか。指定した時間から少しずつ動いていくっていうのも面白そう」

「却下」


 街にクリスマスソングが溢れ始めた頃になっても、克己は機能を増やそうとする。

 そこまで機械仕掛けになってしまったら、造形デザインの枠を越えていないか?

 という疑問はさておき、克己は実に楽しそうに提案する。子供のような無邪気な笑顔が眩しい。


「あ、プラネタリウムの電源入れたらオルゴール鳴らそう。どう?いいでしょ?」

「分かった。じゃあオルゴールで機能追加はおしまい。オルゴールの調達と実装は克己に任せてもいい?」


 これまでの経験上、全てを却下すると克己の提案は加速することが予想されるので一番影響が少ない提案で水奈都はすかさず頷いて、それ以降の提案を防ぐ。

 それにしても、次から次へとよく思い付くものだ。克己の発想力と、言ったことは実現させるスキルは、本当に凄いと思う。

 ただ、納期やチームの事は考えていないので、企業としては重宝するか煙たがられるか、紙一重の扱いにくい人材だろう。上手く嵌まると評価が高くなるタイプだ。


 反対に水奈都は、全体を把握する能力に長けている。発想力とスキルも克己ほどでは無いけどあるし、克己の提案の理解も早い。バランスが良いので企業としては重宝するんじゃ無いだろうか。まあ、俺の贔屓目も多分にありそうだ。


 二人の言い合いを尻目にそんなことを考えてしまうが、二人とも、うちとは別の会社に内定しているから、一緒の職場で働くことは無いだろう。


 思わず雇用する側の目線になっているのには訳がある。うちの会社に来年度から、企画開発部が出来るからだ。

 これまでは、なんとなく輸入販売だけじゃなく自社ブランドも欲しいね、という緩い感じで、興味のある社員に企画書を提出して貰って本業の傍らで製品化していたのだが、ちゃんとした部として発足するので今いる社員からと内定済みの新卒から一名ずつ選んでおいてね、と、企画開発部の部長に確定している前田さんから言われているのだ。ただし、前田さんは営業部と掛け持ちになるから、実質お前がリーダーだと朗らかに言われた。

 年末年始に実家に帰ったら、内定者の履歴書とにらめっこしなければならないが、履歴書だけじゃ使える人材なのか不安だ。ある程度知っている人を雇えたらいいのに。


「侑士、聞いてた?」

「え?何?」


 完全に上の空になっていた俺の顔を水奈都が覗き込む。


「いや、発表と展示に使う資料の件なんだけど」

「ああ、ちゃんと間に合わせるよ」

「うん。困ったことが合ったらすぐに声かけてね」


 水奈都の言葉に頷くと打ち合わせはお開きとなった。

 それから水奈都と克己は柱部分を前に何か話し合っている。どうやら、オルゴールを組み込む場所を確認しているらしい。

 頭を付き合わせて話している二人の距離は近い。


「…はぁ」


 小さなため息が聞こえてしまった。思わずため息の主を視線で追うと、クリっとした大きな目とばっちり合ってしまった。

 表情が強張った俺に由恵は何やら思うところがあったらしい。


「打ち合わせに疲れちゃった」


 そういうことにしておいて、という副音声が聞こえる。

 誤魔化すような笑顔を浮かべている由恵に頷くと、由恵は目を細めて克己と水奈都を見ていた。


「嫉妬しても仕方ないって分かっているつもりなんだけど、うまく行かないね」


 このまま建前だけで終わるんじゃないかと期待していたが、すぐに由恵から本音が出てきた。


「嫉妬するのも分かるよ。なぁ友久」

「ああ。由恵は悪くないって」


 この話題は俺の手に余ると、さりげなく近くで傍観していた友久を巻き込んだ。

 今まで隠していたのにこんな事を言うなんて、克己が俺達に付き合っていることを話したのを由恵は知っているのだろうか?

 ふとそんなことを思ったけれど、友久が巻き込まれてくれたので後は任せようと口を閉ざす。


 友久が由恵を見る目はとても優しい。克己の愚痴にも由恵のことを考えろとずっと説教していたのを思い出した。克己より由恵のことを大切にしてくれると思うけどな。

 克己から聞くまで由恵と付き合っていることは気付かなかった。二人が隠していたこともあるかも知れないが、克己の視線もあるだろう。由恵が思わず克己の姿を追うことはあっても、克己が由恵の姿を追うところは見たことが無かった。

 友久に慰められて気持ちが落ち着いたのか、由恵の表情が柔らかくなったのを見届けて、俺は帰ることにした。

 今、俺が出来ることはここには無い。


 冬休みに入るとすぐに帰省した。

 前田さんから渡された内定者の履歴書は七つ。男性五名と女性二名だ。この中から一人選ばなければならないが、そもそも企画開発部の存在が無い状態でうちを受けた人達なので、経歴を見ても経済学部とか英文科とか、デザインスキルは未知数だ。

 まずは部を安定させることを考えると博打はできない。いずれはオンリーワンの商品を作るにしても今はまだ市場に求められるものを企画するべきだ。とすると、流行を敏感に察知して、マーケティングが出来る人材が好ましい。


 やはり履歴書だけでは判断出来ないから、面接にも参加していた前田さんに相談することにした。

 俺の倍の人生を送ってきた前田さんは営業畑なだけあって、身嗜みには気を遣っている。いつ見てもきっちりと着こなしたスーツが様になっている。


「今いいですか?」

「ああ、決まった?」

「いえ、そのことで相談したいのですがお時間頂けますか?」


 いくら次期社長と言われていても今はただのアルバイト(したっぱ)なので、丁寧に話し掛ける。


 履歴書の入った封筒を手にした俺を見て前田さんが「外に行こう」と提案してきた。

 社内の打ち合わせスペースだとパーティションで区切られているだけなので、声は筒抜けになる。

 内定者には、可能ならバイトに入って貰うように話してあるから本人達に聞かれるのも気まずい俺は前田さんの提案に頷いた。


「侑士に敬語遣われるとむず痒い」


 会社に程近い喫茶店で案内された席に座るなり前田さんがぼやいた。本当に痒くなったのかカッターシャツの襟に指をいれて首を掻いている。


「酷いなぁ」


 既に内定者がアルバイトとして社内を出入りしているから自分もアルバイトに徹しているだけなのに。


 今はそれなりに大きくなったこの会社も俺が保育園の頃は十人に満たない小さな事務所だった。大手通販会社に勤めていた父が早期退職して起業したばかりの頃だ。前田さんはその通販会社で父の後輩だったらしく、起業時に着いてきたらしい。


 母に用事があって父が仕事を抜け出して保育園に迎えに来たときは決まって家ではなく事務所に連れてこられた。

 皆が仕事している中で俺も仕事をしたつもりになって、事務所に来ると必ず廃棄書類をシュレッダーにかける作業をさせて貰っていた。

 パートのおばちゃん達に「偉いね」「上手だね」と誉められて鼻高々にふんぞり返っていた時から付き合いがあるのだから、むず痒いのは俺も同じだ。


 ブレンドコーヒーを二つ注文すると、俺は手にしていた封筒から履歴書を引っ張り出して前田さんの新人に対する印象を質問するも、全員と接したわけでは無いので一概に言えないと、わかる範囲で教えて貰った。


「水奈都が居たらなぁ」

「みなつ?」


 前田さんの口から水奈都の名前が出てきて、無意識に声に出してしまっていた事に気付いた。

 前田さんの印象でも決め手が無くて、こんな時水奈都ならさっさと割り切って進めるんだろうな、と考えていたのがポロリと言葉になってしまったらしい。


「大学の友達。企画開発に向いていそうだと思って」

「うちに来ないか声かけたら?」

「…第一希望の会社で内定出たって聞いているから、無理だと思う」

「そうか。残念だな」


 会話自体は特に面白い内容ではないと思うが、何故か前田さんがニヤニヤしている。


「……何?」


 いい年したおっさんが、気持ち悪い笑みを浮かべて見てくるので思わず聞き返してしまった。


「みなつちゃんって可愛い?」

「…どちらかというと格好いい系?」

「おお!いいねぇ」


 会話の途中でニヤニヤが増した前田さんの顔が何やら期待しているのに気付いた。既に四角関係になっている中に誰が足を突っ込むものか。

 期待された通りの惚れた腫れたの話にはならないので、全力でスルーさせてもらった。脱線した話題を新設部署のメンバー選びに戻す。


 七枚の履歴書と前田さんの印象から候補は絞り込んだけど、最後の決め手は見付からなかった。

 最終的に、新年会とでも適当に名目を付けて新卒同士で飲みにでも行ったら?との前田さんの助言に従うことになった。


 会社関連の事で忙しい冬休みだったが、これが終われば卒業式まではアルバイトを休む事に親父の了承を得ているので手抜きは出来ない。手を抜いて問題が出れば休みとか言っていられなくなるからだ。

 もちろん卒業のために必要な卒論も最後の詰めをしていたし、寝正月とは程遠い目まぐるしい毎日を送った。


 大学近くのマンションに戻ってきた時には安堵の溜息を洩らしてしまったくらいだ。

 エントランス横の窓から見えるこの四年で見慣れた管理人の爺さんの顔に笑顔で新年の挨拶をする。爺さんは愛想よく笑って挨拶を返してくるが、決まりを守らないやつには厳しく口出しして来ることを俺は知っている。表面上は笑顔でも笑っていない視線が遠慮なく粗探しをしているのだ。

 この爺さんとも卒業してしまえばお別れなんだな、と思うとそんな視線でさえも感慨深い。


 久し振りに仕事から解放されて学業に専念出来る俺は、卒業制作の組み立てを手伝いながら、資料を作成していく。

 友久が作り上げた大きな星座早見盤は深い紺色の中に白色で繊細な絵柄が描き込まれていて見ていて飽きない。星座を作る線は蛍光塗料を使ったそうだ。由恵がレジンで作った星も透き通ったカラフルな輝きがあり、人目を集めるところであることは間違いない。


 作品名は、プラニスフィア・プラネタリウムを略して『プラプラ』だ。プラニスフィアは星座早見盤を英語にしただけなので、機能を並べただけの単純な命名だ。

 ベースに暗褐色の樹木を模した神秘的な雰囲気とは異なり気の抜けた呼び名の表記は少し気取って『Pla²』になったけど読み方はそのまま『プラプラ』だ。


 間接照明の部分は試作で組み上げた時には、マゼンタやシアンだったけど、いつの間にか昼光色、オレンジ、浅葱色になっていた。克己曰く、デザインに合わせて色を優しくしたそうだ。浅葱色が含まれているのはグループ名が『みぶろう』だからだと笑っていた。


 休憩中には、卒業後の話になった。


「私は上京するから来月引っ越しなんだ」

「…忘れてた。今から引っ越し屋の予約出来るかな」


 初めての一人暮らしだから、家具は引っ越し先で買うらしい。水奈都の言葉に自分の引っ越しの手配を忘れていた事に気付いた。俺の場合は実家に戻るから家具はほとんど処分だ。引っ越し屋よりもリサイクルショップに予約した方がいいかもしれない。

 三月は引っ越しのピークだし今借りている部屋も次の人が決まっているので卒業式が終わったら出て行かないといけない。もう後ひと月なのだと思ったら感慨深かった。


「良かったら家具譲ってくれない?」

「侑士の部屋広いぞ。全部は無理じゃないかな」


 水奈都の提案に家に来たことがある友久が何故か答えた。いや、譲るのは構わないけどさ。

 マンションが女子禁止なので、メジャーを持って見に来るのは難しそうだ。その旨を俺が伝えると「男装して行く」と笑っていた。


 休憩が終わると作品展示を行う教室の片隅に暗幕を張る許可を貰いに行き、日中でもプラネタリウムを楽しめるようにする。


 世間が節分で恵方巻を頬張る頃にようやく組み立て作業が落ち着いた。

 資料に載せるための写真を撮る必要があるのでチェックを兼ねてメンバー全員が集まることになった。その日は暗幕の中での撮影もあるので高性能なカメラを用意した。


 暗幕を閉じて電源を入れると、優しい音色のオルゴールが鳴り天井と暗幕に星が投影される。暗くて星座盤に描かれているイラストはほとんど見えなくなったが、星座を作る線は蛍光塗料で描かれているので暗い中でも仄かな明かりで星座盤の位置を示していた。そっと星座盤を回すと天井に映し出されている星空も動く。連動も上手く出来たようだ。


 根元にある照明はタッチセンサー式になっており、電源オンで昼光色、オレンジ色、浅葱色、電源オフと触れる度に切り替わる。もちろん、暗幕と一緒にコンセントの使用許可も得ているが、実は充電でも数時間は動くらしい。とはいえ、一日中展示している展示会には稼働時間が持たないし、大き目で本体の素材が木の為そこそこの重さがあるから持ち運びは、あまり向いていない。

 キャスターでも付けようかと言う克己の提案を聞きながら、克己はなんで機械工学の分野に進まなかったのだろうと思った。


 他のグループの展示を見ていると、家具もあるが、(まさ)しく『造形』と呼べる様なモンスターの像も何点かあった。それらの中に在って、暗幕に覆われていることもあり『Pla²』は良くも悪くも目立っている。


 一通り写真を取り終えてから、電源を消して暗幕を開けると、メンバーの顔はみんな笑顔になっていた。出来る事はやったと言う満足の笑みだ。

 残すはパネルと資料の作成と発表会を乗り切ればいい。制作にはほとんど関わらなかったから、俺にとってはここからが本番だ。

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