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失恋のその先。  作者: 加藤爽子
斎藤侑士 視点
4/27

ピアスとヘアーカラー

2021.10.30 誤字修正

2021.11.01 誤字修正

2023.01.02 文言修正


 夏の茹だる様な暑さもようやく落ち着きを見せ始めた十月。とはいえ、まだ半袖だけの人もいる。

 少しずつ穏やかになっていく季節のように、水奈都が克己のことを好きなんじゃないかという噂は、幸か不幸か水奈都の耳に入る事なく下火になっていった。しかし、何度も燻っている噂らしく、完全に消える事は無かった。

 克己の耳にも入った筈だが、群を抜いて美人の克己には、元々「〇〇が克己の事好き」という噂が掃いて捨てるほどある。水奈都は卒制メンバーで距離も近いから、どうしても噂に成りやすい。今更、気にする事も無い様子だった。

 由恵はもしかしたら少し気にしているかもしれない。噂を耳にすると、何かに耐えるように握り拳を作っている姿を見かけた事がある。それでも水奈都とは相変わらず仲が良くいつも一緒にいた。


 そんな小さな亀裂はあったものの、俺は日々の忙しさからその亀裂からは目を逸らしていた。卒業まであと四ヶ月。それくらいの期間ならやり過ごせるだろうと楽観視していたのだ。


 十月の半ばを越えた頃、由恵の両耳にキラリと光る何かに気付いた水奈都が由恵に声を掛けた。


「あれ?由恵、ピアスしてる?」

「うん。開けてみた」

「病院で?」

「ううん。自分で。ホッチキスみたいなのでパチンってしたの」

「うわぁ。勇気ある。また何で急にピアスしようと思ったの?」

「わたしも自分では無理って思っていたけど、やってみたら簡単だったよ。ちょっと気分転換でね」


 水奈都は自分が開けることを想像したのか、鳥肌を抑えるように両腕を擦っている。

 最近、噂のせいか少し暗くなっていた由恵だが、こうして水奈都と話している時は明るく笑っていた。

 どこか誇らしげに右耳の耳たぶに指を当てて小さく笑う姿は可愛らしい。


「水奈都もやってみるなら貸すよ?」

「実は金属アレルギーなんだ。体質に合わないかもと思うと怖くって」

「え?そうなんだ。ジルコニアだっけ?アレルギーでも付けれる素材もあるよ?」

「うん。知っているけど…自分でするのは遠慮しておく。もししたくなったら病院でしてもらうよ」

「それが良いかもね」


 やんわりと断ると水奈都は擦っていた腕から手を離した。変わらず着けられている青いスポーツウォッチが由恵の目に留まった。


「そういえば水奈都の腕時計って、金属アレルギーだからなの?」

「そう。これ珍しく文字盤の裏もシリコンで覆われていてさ。弟から借りてる」


 芸能人が婚約発表で指輪を見せる様に、腕を上げてメンズもののスポーツウォッチを由恵に見せている水奈都。


 弟のものなのか。意外なところで腕時計の元の持ち主が明かされた。

 水奈都が言うには、腕時計は文字盤やベルトの留め金などが金属製のものが多く、肌に触れる部分に金属以外のものが使われているデザインはなかなか見付からないらしい。

 腕から外して、ひっくり返して由恵に見せている。確かに文字盤の裏も青いシリコンで覆われている。

 由恵の着けている腕時計は小さな文字盤に細い鎖のようなベルトで一見ブレスレットのようにも見えるものだ。


「そういうの憧れるけど、直ぐに赤い斑点が出てきて付けていられない」


 水奈都はそう言うと寂しそうに笑った。


 男性陣は、その会話を少し離れた所で聞いていた。


「ピアス…」


 克己もどうやらピアスは苦手なようで、ブルっと小さく体を震えさせた。自分が開けられたわけでもないのに、恨みがましい目で由恵を見ている。

 光に透けると金髪にも見えそうな艶のある茶髪で綺麗な顔の克己は、きっとピアスも似合うだろうけど、この様子だと付ける事は無さそうだ。


「克己はピアスが苦手なんだな。知らなかった」


 なんとなくそう口にすると「親から貰った体に自分から傷を付けるなんて信じられないよね〜」とまるで由恵に聞かせるかのように少し声を大きくして答える。克己にしては攻撃的で驚いた。

 その言葉に由恵がちらりとこちらを見るが、克己の視線は俺と友久にあり、二人の視線が交わる事は無かった。


 そんな会話をした同じ週の金曜日のこと。


 おはよー、と昼も近くなってから教室に入ってきた克己の髪の毛が緑色になっていた。いつもは癖のないサラサラヘアーなのに、ヘアーワックスで無造作ヘアーにしてあって、しかも目にはピンクのカラーコンタクトまで入れられている。なんだかコスプレのようだ。


「克己凄いな。ハロウィンには早いけどお菓子いる?」

「やったー!貰う」


 水奈都もコスプレと思ったようで「ハロウィンの仮装みたいだ」と笑っている。彼女は鞄から未開封の焼きチョコを出すと克己にそのまま全部あげていた。


「その色、目を引くね」

「うん。来る時の電車でおばあちゃんに席を譲ったら周りのサラリーマン達にも『こいつが!?』って目で見られたよ」


 いつもの克己を知っているから席を譲ったという話を聞いても違和感は無いけれど、黒地に白いスカルの絵の入った長Tにダメージジンズという服装で、ピンクの瞳と寝癖のようにアチコチ跳ねた緑の髪の毛が余計にそう思わせたのだろう。


「こういう格好の人がいいコトすると何か周りの評価が高い気がする」

「そんなものかもしれないな」


 克己の話に水奈都が同意して、それから「人を見た目で判断しちゃ駄目だな〜」と零していた。


「あ、これスプレーなんだけど。シャンプーで落ちるやつ。持ってきてるからやってみる?」

「ほんと?やるやる」


 軽いノリで克己がヘアーカラーを奨めると、水奈都がノリノリで古新聞やらゴミ袋やらをどこからか持ってきた。どこからかとは言うが、割と造形学部の必需品かもしれない。特に卒業制作を作っている期間なので、ある意味どこからでも持って来れる。

 水奈都は、まるで自宅で小さい子に散髪する時の様に新聞を床に敷いて、ゴミ袋の一枚の閉じられている部分に丸く穴を開けて被った。

 真面目を絵に描いたような水奈都は、克己といると好奇心が伝染してしまうようだ。浮かれている水奈都の姿に友久と由恵も驚きに目を見開いている。

 意見が衝突することも多い二人だけど、同じ目的を持った時の連携はまさに阿吽の呼吸といった感じだった。


「上手く出来るかな」

「僕がやってあげる」


 スプレー缶の側面に書いてある説明を熟読して、いざ使おう、と構えて水奈都が自分でスプレーしようとすると、克己が奪い取った。

 克己がいくつかあるヘアーカラーのスプレーの中から金色を水奈都に渡していたが、シャカシャカと振って水奈都の結んだままの髪にスプレーを吹き付けた。


「うわぁ。髪に長さがあるから流石に一缶使い切っちゃった」

「それは申し訳ないな。スプレー代払うよ。いくらだった?」

「いいよ。誰かの髪で遊ぼうと思って持ってきたし」

「ふぅん。じゃあ、お言葉に甘えてありがとう」


 髪を解かずにスプレーをかけたので、水奈都の髪は後ろで一つに纏められたままだったのだが、彼女が動くと金髪の下から地毛の真っ黒い髪が見え隠れして眉毛はもちろん地毛の黒のままのためか、何故か凛々しさが強調されていた。


「イケメン」


 由恵が思わず零した言葉に克己も友久もウンウンと頷いている。

 相変わらずのすっぴんで、服装もTシャツに薄手のパーカーを羽織っており、Gパンにスニーカー。肩幅がありスレンダーな体形なので余計に男に見える。元々、十人中三人くらい男と言いそうなのが、金髪にしたら十人中七人は男と言いそうな外見になった。


「ちょっと鏡見てくる」


 携帯用の小さな鏡だと確認し辛かったようで、そう言うと水奈都はトイレに向かった。


「他にもスプレーあるけど誰かする?」

「「「しない」」」

「それは残念」


 克己が手にした残りのスプレーは紫と青。友久と由恵と俺の言葉が見事にハモった。残念、という克己は実はそんなに残念そうでもなくニコニコしているので、水奈都で満足したのかもしれない。

 そんな克己の緑色の頭を由恵が不満そうにじっと見ている。奇抜な髪色ではあるが克己には似合っていた。

 まぁ美人はどんな格好でも似合うものなのかもしれない。

 俺の視線に気付いた由恵は顔を赤く染めると俯向(うつむ)いた。


「水奈都のところに行ってくる」


 誤魔化す様にそう言い残して、由恵が廊下へ出て行く。


「はぁ」


 由恵の足音が聞こえなくなると、克己が大きな溜め息をついた。


「そうだ!飲みに行こう」

「ああ、それはいいな。侑士はどうする?」


 克己の曇った顔が直ぐに笑顔になって飲みに誘われた。友久が直ぐに同意して肯く。どうする、と質問してはくれていたが、眼鏡越しの目が俺も参加するように訴えていた。

 頭の中で夜にしている仕事の予定を思い浮かべ、問題なさそうだと判断したので肯いた。


 集合は、日が暮れてから学生御用達の駅近くの大衆居酒屋だ。


「由恵と喧嘩中」


 席に案内されとりあえずビールで乾杯してすでにほんのりと顔を赤くした克己が、二杯目に口を浸けながら静かに言った。

 たまに由恵の態度が気になったが、喧嘩をしているとは気付かなかった。


「水奈都と仲が良過ぎだって言うんだ。こっちだってパンプス履かされて被害者だよ」


 そうやって膨れながら、克己は経緯を話してくれた。


 二人は夏休み前から付き合い始めたらしい。

 周りに隠すつもりは無かったけど、花火大会の電話が切っ掛けで、由恵が水奈都を傷つけるのが嫌だと、知られるのを躊躇したため、ズルズルと隠す事になってしまったのだ。

 それは、水奈都が気付いたら一番傷付くやつでは……と思うものの、親友を傷付けるのが嫌だという由恵の気持ちも分からないでもなかった。


 話を聞いていると、克己は良くも悪くも克己のままで、由恵が可哀想になるくらい、マイペースだった。

 例えば、ニューヨーク土産を本当に自分土産しか買っておらず、恋人である由恵にも買っていないそうだ。

 由恵にはお土産が無いのに、結果的に水奈都にはデカTをあげてしまった克己。あれが切っ掛けで由恵の不満が爆発したそうだ。

 花火大会の時も、なんで克己のスマホに水奈都が出たんだ、とか。卒制の話し合いも水奈都と楽しそうにしている、とか。


 他にも由恵の好きな所を聞かれて「二の腕」と答えて怒られたらしい。由恵にとっては克己の真意が見えなくて、どうすればいいのか分からなくなったのだろう。克己は本当に(たち)が悪い。


 付き合っている事をズルズル隠していた事で、大学内では表立っては付き合う前の様に接していた二人だが、由恵には克己と水奈都の距離が近付いたように見えたらしい。

 実際、学内では噂になったのだから、そう感じたのは由恵だけでは無いだろう。


「由恵も水奈都にべったりじゃん」

「いや、由恵が不満に思うのも無理はない」

「僕だって不満だよ」


 膨れる克己に、友久は由恵の肩を持った。


「僕がピアス苦手だと話した時は、由恵も『自分も開ける気は無い』と言っていたのに、あれ、僕への嫌がらせだよね?」


 だから、由恵が苦手がっていた髪や目の色が派手な格好をして、克己も納得がいかないアピールをしたそうだ。

 突然、由恵がピアスを開けたり克己が緑髪になったりした理由が、まさか痴話喧嘩だったとは思わず、驚いたと同時に納得もした。


「水奈都の髪にスプレーをしてあげたのはやり過ぎじゃないか?」

「水奈都とは別にそんな仲じゃないのにいちいち疑われるの面倒臭い」

「そんな仲じゃ無いならなおさら距離感を持った方が良いんじゃないか?」

「水奈都から来てない?突き放すのも変じゃない?」


 友久はやはり由恵の味方らしい。確かにあの時、克己と水奈都の距離は近かった。しかも、二人ともとても楽しそうだった。

 由恵からしたら気が気じゃなかっただろう。ただ、二人が付き合っている事を隠しているのだから、克己に近付くなとも言い難い。

 友久はしきりに由恵を庇うが、多分に私情が挿まれているような気がする。普段は理性的な友久が珍しく感情的になっているようだ。

 克己と友久は、グラスを空けるたびに白熱していく。同じだけ飲んでいるはずの俺は全く酔うことが出来なかった。


 噂という亀裂は、事実を知ると大きな亀裂になったようで、俺は誰の味方も出来ずに頭を抱えた。

 時にはのらりくらりと躱しながら、相槌を打って何とかやり過ごす。卒業制作に関しては頼もしいグループだったが、男女が一緒だと拗れやすいものなのだと、勉強になった。


 このままどうしようか、と思っていたら、話が由恵から離れると途端に二人は意気投合して機嫌が良くなっていった。最後には肩を組んで仲良く駅に向かったので、心配いらないだろう。伊達に大学生活つるんでいたわけでは無いようだ。


 ちなみに水奈都はあの金髪を落とすのに髪を四回も洗ったらしい。あの日の翌日は、着付けを習っている妹と着物展に行く約束をしていた事を忘れていて、妹にぎゃあぎゃあ言われながら洗い流したそうだ。でも、洗う前に記念にとちゃっかりスマホで写真を撮られたらしい。今年成人式の妹は、着物展のおば様方のアイドルだった、と後日楽しそうに話していた。

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