リクルートスーツと海外土産
2021.10.29 誤字修正 同様→動揺
2023.01.02 文言修正
八月は、卒論と仕事に追われた。いつもはメールと電話で何とか対応してくれていたが、長期休みと言うこともあって、実家に戻ってがっつりと働いた。
しかも上海出張というおまけ付きだ。季節は真夏だが、既に秋物のセールが始まっているこの時期、仕入れるのは冬物になる。加湿器にスヌード、手袋に囲まれると気分はもう年末になった。
後期が始まる頃には、しっかり日焼けしていたがバカンスとは程遠かった。悲しいかな、ほとんど外回りをしていた為の日焼けだ。
今日は久しぶりに大学で『みぶろう』のメンバーが集まることになっている。
集合時間は、午後二時だったが久しぶりに学食で昼食を摂ろうと、正午過ぎには大学の門を潜った。
長期休み明けで久々に見かける顔見知りと挨拶や当たり障りのないお喋りをして昼食を済ませるが、集合時間にはまだ余裕があったため、外にある自販機でアイスコーヒーを買うと木陰になっているベンチに腰を下ろして、スマホでぼんやりニュースサイトを見ながらコーヒーを飲む。
ふと、スマホの画面を追う視界の端にちらりと白っぽいものが見えた。ちらりちらりと揺れながらその量を増す。
――美味そうな脚。
白っぽいものの正体は、女性の脚だった。下世話な感想だが、俺も男だからこればかりは条件反射だ。頭の中の事は許して欲しい。
膝丈のグレーのタイトスカートからスラリと伸びたベージュのパンストを纏い、適度に筋肉がついた健康的な長い脚がこちらに近付いてきたのだ。
スマホを見る為に俯き加減で座っていたが、好みの脚の出現に視線は画面を見ているようで全く見ていなかった。
てっきり俺の後ろに並ぶ自販機に用事だと思っていたのに、その美脚がぴったりと揃えられて俺の前で停まった。
「侑士、おはよう」
そろりと視線をあげるとその脚の持ち主は水奈都だった。
既に昼過ぎでおはようという時間でも無かったが、その日初めて会った時の挨拶は『おはよう』だと相場が決まっている。
「おはよう。面接?」
「そう。午前中にね、行ってきた」
皺のない白いブラウスの上にスカートと同色のグレーのジャケットを羽織っている水奈都の姿は正に就活中といった感じだった。
内心の動揺を隠して会話を続ける。
「スカート似合うね。普段から履けばいいのに」
「制作の邪魔になるから。それに何か落ち着かないし」
相変わらず化粧には慣れていないようで最低限のメイクしかしていない顔をほんのり赤く染めながら、照れ笑いを浮かべる水奈都に心臓が音を立てた。
制作の邪魔になると言うが、スカートで作業している女子もそこそこ居る。
現に由恵はスカート姿の方が断然多い。全然アクセサリーを身に付けない水奈都と違って、ネックレスや細い鎖の腕時計と合わせるようにブレスレットを付けていたりもする。
水奈都が付けているアクセサリーらしきものといえば、後ろで一つに纏めている髪を結んでいるヘアゴムに付いたチャームくらいだろう。
スーツ姿になると益々、違和感が増すスポーツウォッチはもちろんアクセサリーにカウントしない。
そろそろ集合時間ということで、待ち合わせ場所に二人で向かった。
そこには既に由恵と友久が来ていた。遅刻常習犯の克己の姿が無いのは、まぁ割とよくある事だ。
由恵と友久は、作成途中の星座盤を挟んで向かい合わせに座り何やら話していたが、こちらに気が付いた由恵が手を振った。
星座盤は、ベースを濃い紺色に塗られており星の穴のいくつかには、色の付いた透明な丸いものが嵌め込まれていた。
ぱっと目に付いたのは、蠍座のアンタレスに嵌められた赤色。
「レジンで作ったの」
「へぇ、綺麗だね」
得意気な由恵の頭を水奈都が撫でる。
友久はそんな由恵の様子を眩しそうに目を細めて見ている。その視線に色々と脳裏を過ぎるものがあった。
『素敵』と言われるようなものを作りたい、と言った友久。そういえば、由恵は克己の案に『素敵』と言っていたのだ。そして、由恵と克己はおそらく二人で花火大会に行ったことだろう。
甘酸っぱいような、むず痒いような、何かが込み上げてくるが、ぐっと飲み込んで目を伏せた。
作りかけの星座盤に強引に思考を向ける。
レジンで作ったという玉…というより穴に合わせて円柱の上に半円が載ったような形のものは、まだ数個しか作っていないみたいだけど、大きさに問題ないか合わせていたそうだ。
この数の星を作るのも大変だけど、穴に嵌め込んでいく作業も手間だろう。
友久がイラストを描いている間に由恵がレジンで星を作っておくらしい。
プラネタリウムの方も星に色を着けるか話しているところで、克己が現れた。
ニコニコと機嫌の良い笑顔の克己は、遅れて来たことを詫びる様子は無く、メンバー達も言っても無駄とばかりに指摘することも無い。
今まで友久と話していた由恵は、気が付くと克己の側に来ている。男性恐怖症はただの噂でしか無かったのかもしれない。きっと、慣れるまでは人見知りしている、と言った方が近いのだろう。
克己の担当している照明部分も想像以上で、LEDを囲む摺りガラスがただ白く曇っているものでは無く、円形のガラスは表面に濃淡のグラーデーションが幾重にもなっており、素のガラス部分を見せた透明な小さな丸が幾つも描かれている。
「素敵!こんな摺りガラス観たことない」
「サンドブラストで星雲をイメージして作ったんだ。初めは星座に纏わる神話のイラストにしようと思ったんだけど、星座盤との兼ね合いを考えると煩すぎると思ってさ。天の川とか銀河とか星が集まっている雰囲気にしてみた」
由恵の感嘆の声に克己が説明を始める。中のLEDも一色では無く、白・シアン・グリーン・マゼンダと切り替えられるようにしてみたらしい。プラネタリウム部分は、普通に白一色だ。
水奈都の用意した柱部分は木製で、根本が太く上に行くほど僅かに細くなって、全体に捻りが加えられていた。丁寧に研磨されていて引っ掛かりは無い。根本は直径約25cmで高さは60cmほどあり設計図から想像していたよりも大きく感じた。
電車通学で持ち運びはしにくいので、流石に持ち帰らずに大学で制作しているようだ。
「一度組み立ててみたいな」
それぞれのパーツを並べて水奈都が呟くが、自分の格好を見て複雑な顔をする。
組み立てるには、やはりベース部分を若干削ったり微調整が必要になるのだが、ジャケットは脱ぐにしてもスーツやブラウスを汚したり、引っ掛けてしまったりする恐れがあった。
普段は、置きっぱなしになっているツナギも前期が終わった時に一度持って帰っており、着替えが無いらしい。
「あっ!丁度いいのがある」
克己がそう言って自分のトートバッグから取り出したのは、カーキ色のTシャツだった。ただのTシャツでは無い。
克己が自分にあてると、半袖のハズが肘まで袖があり、丈も膝に届く。
「夏休みにニューヨークに行ったんだけど、キングサイズ?面白かったからお土産にとにかく一番大きなサイズを買ってみた。みんなに見せびらかそうと思って」
土産と言っても自分への土産らしい。メンバーへの土産が無いのが克己らしい。そういえば、上海土産が有ったと、このタイミングに乗じて、白いうさぎのパッケージのミルクキャラメルを数個ずつ人数分の固まりを机の上に作る。
「靴も交換してくれない?」
「いや、流石に靴はサイズが」
ジャケットを脱いでブラウスの袖を折って、克己のどでかいTシャツを被ると、水奈都は靴を脱いで椅子の上で三角座りの体勢になる。
克己は渋々履いていたスニーカーを脱ぐと水奈都の方に押しやる。
「サイズが何だって?」
「…何でもないです」
身長や体格がほとんど変わらない二人なので、靴のサイズもあまり変わらなかったようだ。
スニーカーの代わりに水奈都のパンプスを履いた克己は珍しく眉間に皺を寄せていた。足元を見るとパンプスの踵を踏むことも無くちゃんと収まっている。
「靴下で履けるなんて私より足が小さ…」
不機嫌な克己に気付いて、水奈都は慌てて言葉を飲み込んだ。
白々しく目を逸らすと、ミルクキャラメルに目を留めたようだ。水奈都が露骨に話題を変えてお礼の言葉を伝えてくると、残りのみんなも口々にお礼を言ってきた。
上海の話を聞かれたが、生憎こちらは観光ではないので話せる事はほとんど無い。
ミルクキャラメルが口の中から消える頃には、水奈都の組立作業が始まった。
組立作業と言っても、まだ仮組のため本格的に調整はしない。
作業をしている水奈都はともかく、待ち時間を持て余している他メンバーは、家族旅行でニューヨークへ行った克己を筆頭に休み中に何して過ごしたか、と雑談し始める。
克己には兄と妹がいるらしい。ニューヨークで相変わらずの独断行動をした克己は、親よりも兄妹からしこたま怒られたと笑っていた。後は海に行ったらしい。そういえば、少し日焼けしているかもしれない。
由恵も友達と海に行ったようだ
。こちらは日焼け対策バッチリなようでいつもと変わらず白い肌だ。
あと、家を出て一人暮らしをしている姉がいるけど、お盆休みにちょっと顔を出したくらいで一緒に遊びに行けなかった、と不満そうだった。
他には、レジンの型を取るために友久と会ったらしい。実は、友久と由恵は同じ駅を利用しているそうだ。駅を挟んで反対方向のためお互い気付いていなかった。
友久はツーリングに行ったらしい。眼鏡で元天文部のインテリっぽい友久が、実はバイクが趣味とは意外な感じがした。言われてみれば、腕や肩などなかなか筋肉質に見える。いわゆる細マッチョってやつなんだろう。
俺が住んでいるところが、大学近くのマンションだとバラされた。そういえば、友久がうちに来たのも夏休みの出来事だったか。
メンバー全員で泊まりに来たい、とかそんな話になったけど、うちは女子禁止だから難しい。
「私は行けるかも。キャップ被ったら100%男子に間違われるよ」
水奈都は、今日はスーツのため違うが、いつもは化粧気が無くジーパンTシャツでメンズものの腕時計をしているから、間違えられることもあるだろう。世の中、ロン毛の男も居るから飾りっ気のない水奈都は黙っていれば男女どちらかか分からない。道を歩いていたら逆ナンされたこともあるらしい。
それを聞いた克己が「僕も男にナンパされたことある」と何故か対抗していた。
水奈都には妹と弟がいて、弟が高三で受験生のため姉弟揃って出掛けることは無かったそうだ。
ただ妹には、買い物に付き合わされたらしい。妹はまだ車の免許を持っていないので、運転手に任命されてしまったと苦していた。
妹が買い物している間に、女子トイレへ行って鏡を見ていたら、後から入ってきたおばさんと鏡越しに目が合った途端「すみません」と言って出ていってしまった。すぐに首を傾げながら戻ってきたおばさんにマジマジと見られた時には、こっちも「すみません」と謝るかどうか思わず悩んじゃったよ、何も悪いことしていないのにね、と困ったように笑った。その時は帽子まで被っていたからパッと見男性にしか見えなかったのだろう。
「それにしても、誰もデートが無かったなんて寂しいね」
「そうだね~」
水奈都の言葉に、一瞬目を克己の方に泳がせながら由恵が相槌を打った。作品の組み立てをしながら話している水奈都は由恵の視線にもその場に流れた微妙な空気にも気付いていなかった。
それから間もなくして組み上がった作品は、すでに完成でもいいんじゃないか、と思えるものだった。
うねりとウロのある木の根元に照明が収まり、上部にも隠れているけどLED電球とプラネタリウムの投影の星図が埋め込まれている。
その側面には中心を右にずらしてはみ出すような位置に紺色に塗られた星座早見盤が取付けられている。
「柱の部分、白か銀に塗りたいと思っていたけど、焦げ茶かいっそうのこと木目だけ少し強調してニス塗ればいいかもしれないね」
組み上げたものを少し離れた位置からしばらく確認していた水奈都がそう言った。
部屋の電気は消していないので照明の電源を入れても分かりにくいけど、根本が摺りガラスを通して幻想的な光を放っている様子がファンタジーなアニメとかに出て来そうな雰囲気だった。
ファンタジーな雰囲気なら白とか銀とか明るい色で塗ってもありだとは思うけど、明るい色はプラネタリウムの邪魔にはなってしまうかもしれない。そう考えると確かに木っぽさを残すっていうのがいいかもしれない。
「あえて枝を付けて金の羊乗せない?」
克己の案は俺にはピンとこなかったけど、水奈都と友久にはすぐ分かったようだ。どうやら神話に金の羊が出てくる話があるらしい。克己もサンドブラストのモチーフを探している時に読んだ話だと言っていた。金の羊を乗せる案は、最終的に残る事なく流された。
プラネタリウムの星色については、セロファンか色硝子を貼ろうと話し合って、照明部分はもう終わったから、と、克己が担当することになった。
由恵はレジンで星を作るために、色と大きさと数をリストにしていたので、このあと克己と一緒にコピーに行く約束をしていた。
残りの工程の方針が決まったところで、パーツが分解されそれぞれの担当者の手元に戻る。
克己は3Dプリンターで出力したABS樹脂の板を受け取って、興味深くマジマジと観察していた。
俺の手元には何も来ず、改めて何も制作していない事を申し訳なく思った。
「何もしていなくて悪いな」
思わず声に出していた。
「いや、何もしていないこと無いよ」
「ほんと、侑士が来てくれて助かってる」
水奈都と友久がすかさずフォローの言葉をくれる。
「びっくりしちゃった。侑士が何もしていないならわたしも何もしていないよ」
由恵も大きな瞳をくりくりさせて胸を撫でおろしている。
あの数のレジンの星を作っていて何もしていない、と言える由恵は凄いと思った。
「少なくても作品の核は侑士が作ったと思うけど」
手に持ったままの星図の板を目の前にかざして、克己がニヤリと笑う。
いや、コピー元は友久が作って、出力してくれたのは田島さんだ。
「とにかく、侑士は間違いなく『みぶろう』のメンバーだよ」
俺の懸念を振り払うように、友久が俺の背中を一発叩いて笑った。他のみんなもうんうんと頷いている。改めてみんなに感謝を告げて、これで解散だ。
―――と、思ったら最後に一悶着。
「これ気に入ったから欲しい」
「それ、僕用に買ったのに」
「克己はいつ着るの?」
「パジャマにでもしようと思った」
「ええー。男のクセにネグリジェみたいになるよ。あ、でも男にナンパされる克己ならネグリジェも似合うかもね」
「…分かった。いいよ、あげる」
どでかTシャツを気に入った水奈都が、お強請りして、少々強引に克己から譲ってもらったのだ。
普段クールで品行方正な水奈都が、テンション高くお強請りする様子は、離れた席にいた別のグループの目にも止まったらしく、あれよあれよと言う間に噂になってしまった。
曰く、沖田は原田のことが好きなんじゃないか、と。