IF 愛してくれる人と愛する人(克己Version)
【注意】
本編から分岐しています。前半部分は本編と同じ内容になります。
こちらは克己とのエンディングです。
2023.06.05 続編 開始
克己のその後を書き始めたので、このページは削除するか悩みましたが折角書いたのでそのままにしておきます。
今読むと由恵の妄想みたいですね……。
↓克己が主人公の続編はこちらから
https://ncode.syosetu.com/n4989ib/
友久が、何でわたしを気に掛けてくれていたのか、克己とトラブルがあった時に話を聞いてくれていたのか。凄く納得出来たのと同時に、そんなに前から知っていたのに何で卒制のグループを結成するまで話しかけてこなかったのだろうかと不思議に思った。
「その子に名乗り出ないの?」
「ああ」
臆病なわたしは覚えていないフリをして聞いてみると、友久はあっさりと肯いた。
「…幸せならいいんだ」
それから聞こえないくらいの小さな小さな呟きでそういった。
わたしに聞こえたとは思っていないだろう。友久はそれ以上何も言わなかった。ただ、困ったような、それでいて切ない目をしてわたしを見ている。
友久はわたしを否定した事は一度もない。それは「幸せならいい」というその言葉に集約されている気がした。
何だか急にお腹が空いてきて、有り難く用意してもらったサンドイッチを頂く事にした。
ミルクティーは話している間に氷が溶けて少し薄かったけど、サンドイッチもミルクティーもとても美味しく感じた。
食器を下げた時に古新聞の束を持ってきた友久は、キャンバスに付いた埃を丁寧に払うと新聞紙に包んで、クローゼットにしまい込んでしまった。
「絵はもう描かないの?」
「描きたい、と思わなくなった」
「そうなんだ。残念」
「残念?」
「うん。今の絵も星座盤のイラストも、わたしは好きだから」
「……そ…うか。ありがとう」
わたしの言葉がよっぽど意外だったのか、友久は驚いた顔をした。
「絵を教えて欲しいって思ったんだけど、残念」
高校生の時に、河川敷公園で友久の絵を見た時に、わたしもアレくらい描けたら、と思った事を思い出した。
だけど、わたしには描けないだろう。友久の絵には友久の内面が溢れ出ている。とても優しくて繊細な絵なのだ。
わたしだけで描いてもあの絵にはならないけど、友久と一緒に描いたなら少しでも優しい絵になるのじゃ無いかと思った。
不意にドアがノックされた。
友久の返事を待たずにドアが開けられる。
「服乾いたよー」
友久のお母さんの間延びした声と共に綺麗に畳まれたワンピースが差し出される。
「挨拶もせずにすみませんでした。洗濯ありがとうございました」
「お!元気になったみたいで良かった」
挨拶どころかろくに顔を見ることも無かったのに、気にするふうでもなく、ニカッと笑っている。友久のお母さんはおおらかな人のようだ。
「ご心配おかけしました」
ペコリと頭を下げてワンピースを受け取った。
「…やっぱり女の子は可愛いな。こんな娘が欲しかったわ~。
今からでもお父さんに頑張って貰おうかな?それとも孫娘の方が早いかな?」
「わあぁぁ!何言ってんだ!このバカ親!」
いつもは穏やかな友久が声を荒らげて母親を部屋から追い出してしまう。その様子がおかしくてついクスクスと笑ってしまった。
「なんかごめん。でも、本当に元気になったみたいで良かった」
眼鏡で分かりにくいけど、ほんのりと赤い顔をして項垂れた友久がぎこちない笑みを浮かべてこちらを見た。
「お陰様で」
わたしはそう言ってにっこりと自然に笑う。克己以外の男性に自然体で笑えたのは初めてかもしれない。
「着替える?」
友久はもう落ち着いてしまったらしくいつもの雰囲気に戻ってしまった。もう少し友久の赤い顔を見ていたかったのに少し残念だ。
頷くわたしに友久は部屋を出て行ってからも直ぐには着替えず絵がしまわれたクローゼットの扉を睨めつける。
ずっと嫉妬で醜いわたしを想っていてくれたのだと思うと、申し訳なくなってくる。
きっと友久と一緒にいた方が穏やかな気持ちで過ごせる事だろう。それはとても幸せな事かもしれない。
気付かないフリしてごめんなさい。
自分でも自分の事が嫌いになっていた。誰にも好かれない、と思い込んでいたわたしの心を救ってくれたのは紛れもなく友久の気持ちを知った事だ。
それでもわたしは浅ましくも克己の隣を手放せないのだ。
気持ちを落ち着けるようにゆっくりと時間を掛けて服を着替えて、借りた服を丁寧に畳むとわたしは友久の部屋を出た。
駅前まで歩いてバスで帰るというわたしを友久が引き留めた。
友久のお母さんに、一杯だけお茶に付き合って、と言われてリビングで腰を落ち着けた。
湯呑みに入った昆布茶を丁度飲み終わった頃に、インターホンが鳴った。
「由恵〜。迎えに来たよ〜」
友久も友久のお母さんも立ち上がる前に、玄関から聞き慣れた声が聞こえた。
「克己?」
「由恵が着替えている間に電話しておいた」
わたしの疑問に友久が答える。
克己と友久がツーリングに行く時に、出発が朝早い時は前日に友久の家に泊まることもあるらしく、克己は友久のお母さんとも面識があった。
サテライトへ来る時のように気軽に家に入ってきて挨拶をしている。
それから、当たり前のようにわたしに手を差し出した。
色々と複雑な思いを抱えているのはわたしだけで、克己は相変わらずの態度なのが憎らしいけど、顔を見ただけで嬉しいのだから仕方がない。
素直に克己と手を繋ぐと、友久の家を後にした。
家の前には見慣れたわたしの愛車が停まっていた。
来月の花火大会で絶対、克己を押し倒してやる。慣れた手付きでわたしの車を運転する克己を見ながら、一年前と同じ花火大会の話をふる。
「もう少しで花火大会だね」
「うん」
「去年の約束守ってくれる?」
「いいよ」
安定の返事に表面上は良かったと笑いながら、心の中では、覚えていろよー!と物騒な事を考えていた。
花火大会の日、克己の最寄り駅の方が会場に近いのに、待ち合わせでは無く、家に迎えに来ると克己が言い張った。
更に電車で行くと思っていたら車で行くらしい。
めちゃくちゃ混むから駐車場見付からないかも?と心配したら、「ホテルには駐車場あるよ」と朗らかに言われた。
そうだけど…改めてその単語を言われると恥ずかしい。
やっぱり意識しているのはわたしだけで、ケロリとしている克己が恨めしい。
克己が運転する車は、花火会場である川から駅を挟んで反対側にある高台へと向かっていた。住宅がどんどん少なくなり緑に包まれた上り坂を上がって行く。
記憶にある『穴場』とは違う気がするのだけど、それが記憶違いじゃないと分かったのは目的地に着いてからだった。
停められた駐車場は、建物の中では無く、青空の下だった。
夕方になると花火大会の為に通行止めやら規制やらがかかるので昼過ぎに出発したから、空にはまだ明るい太陽が鎮座している。
アイボリーの壁の四角い建物は、広くて明るいエントランスがあり、従業員が頭を下げて迎えてくれる。
そう…普通のホテルだった。
克己がフロントでチェックインをして『原田』の名前で予約してあった事を知った。目的地を間違えたわけでも無いのだ。
案内された部屋は、三階の角部屋だった。
三階というとそんなに高い場所に感じないかもしれないけれど、そもそも高台にあるホテルなので花火がよく見えるらしい。
外壁と同じアイボリーの壁に囲まれた部屋は思いのほか広く、リゾートホテルのような印象だ。
大きな窓の側に籐で編まれた小さなテーブルと椅子が二つ置いてある。
荷物を置いて窓に駆け寄ると、外を眺めてみる。花火大会の会場である川が見えた。
てっきりラブホに行くものだと思い込んでいたわたしは、思わぬサプライズに喜んでしまう反面、明るい雰囲気の部屋に押し倒そうとしていた気勢が削がれて、複雑な気持ちになった。
「教えてもらったところじゃ無いんだね…」
「ラブホって窓塞いでるらしいよ。花火なんて見えないって」
克己の言葉に目眩がした。あのナンパして来た人達は善意の欠片も無かったようだ。
「……それなら、一年前に行かなくて良かったね」
「そう?」
「え?そうじゃない?」
気が付けば克己は真横に立っていて、わたしの二の腕をフニフニと触ってくる。
触られ始めた時は随分と緊張したし、わたしの好きなところを聞いたら「二の腕」と言われて、他にあるでしょ!と思ったけれど、もう慣れてしまって気にならなくなった。むしろ、克己の手の感触が気持ちいいくらいだ。
「逃げなくていいの?」
「え?」
「由恵は男の人苦手なんでしょ?」
大学では水奈都にしか話していないけれど、水奈都の陰に隠れていたわたしを見れば言われなくても分かる事だったのだろう。
「だって克己は彼氏だし…」
「じゃぁもう僕が“男”になってもいいよね」
にっこりと笑った克己はどこか今までと違う雰囲気で、こころなしか熱を帯びているような気がした。こんな克己は知らない。
「ちょっと待って」
「もう待てない」
逃げないから心の準備をさせて欲しい。それだけだったのに、その時間も貰えなかった。
フニフニと二の腕を触っていたはずの手はがっしりとわたしの腕を捕まえていた。空いていた腕もいつの間に捕まって、横並びだった体は克己と向き合っている。
それから……かぶりつくようなキスをされた。
ぶつけられた情熱に頭がパニックになった。
わたしばかりが好きだと思っていたのに……。
「…ご…めん。…教えて」
呼吸のタイミングを見失って、自分で立っていられなくなったわたしを支えながら、克己が籐の椅子に座った。
わたしはといえば、克己に捕まったままで……必然的に克己の膝の上に座っている。
「何?」
聞き返してくる声は優しいのに、ニコニコ笑顔の筈なのに、何だか怖くてゾクゾクする。
「急にどうしたの?」
「何が?」
「克己、わたしにあんまり興味無かったでしょ?ずっとデートもキスもわたしから誘ってたし」
キスと言っても軽く触れるだけで、こんな…食べられちゃいそうなキスは初めてだった。
まるで徒競走でもしたかのように心臓がバクバクして、息が苦しい。
「由恵が逃げちゃうからでしょ?」
「え?逃げないよ」
「逃げてたよ。自分は『好きだ』と言ってベタベタ触って来るのに僕から触ると離れようとするか、カチカチに固まってた」
言われてみれば、付き合い始めの時は、緊張してすぐに硬直していたり、無理矢理用事を思い出して距離を取っていた気がする。
「デート誘ってくれなかったのは?」
「別に。由恵が居るところだったらどこでも良かったし、家にはよく行ってたでしょ?」
確かに頻繁に家に来ていたし、泊まっていくことも多かった。
「そうだけど……お母さんとお姉ちゃんとばっかりだった」
「だって由恵が逃げるから、近寄ってくるの待つしかないじゃん」
今まさに腰が引けてる。克己の膝から降ろして欲しいと思ってしまっているけど、ガッチリと捕まえられていて僅かに身動ぎしただけに終わった。
「そうだ!バイクは?全然乗せてくれなかった」
「事故るから」
「へ?」
「こっちは散々我慢しているのに、由恵が後ろからしがみついてくるんでしょ?絶対、運転に集中出来ない」
「……」
予想外の回答に言葉が出ない。隠しようもないほど全身真っ赤になってしまって目を背けてしまう。
「気まぐれだとか自由奔放とか飽きっぽいとか言われる僕が、こんなに我慢しているのに興味無かったとか言われるの心外なんだけど?」
その通りです。本当に返す言葉がありません。
「が、我慢しなくていいよ」
何を思ってわたしはこんな事を口走ってしまったのか。
その上、両腕を克己の肩に回してギュッと抱き着いてしまった。
不意に体が浮き上がる感覚があった。お尻が宙に浮く心もとなさに増々克己にしがみついてしまう。
部屋に入った時、実は一番に目に入ったダブルベッド。ツインじゃなくダブルなんだと思いつつも、気にならないフリをしていた。
そのベッドが視界に入るのと、「…ベッド行こうか」と耳元に熱い息がかかるのは、ほとんど同時だった。
もう色々と容量オーバーだ。
いわゆるお姫様抱っこをされて運ばれているのだと気付いた瞬間、わたしの思考は完全に停止した。
2022.01.21 掲載
感想頂いた時には、克己と由恵がくっつくシチュエーションを想像出来なかったのですが、ふと思い付いたので書いてみました。
由恵はテンパって完全に飲まれているので気付いていないですけど、二度もデートの予定を忘れた事に対する言い訳にはならないですよね。
まぁ、段々とケンカップルみたいになるんじゃないでしょうか。
友久はきっと二人の結婚披露宴のウェルカムボードを描いてくれるんじゃ無いかなぁと妄想しました。