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失恋のその先。  作者: 加藤爽子
近藤由恵 視点
26/27

後日談 お盆休みと報告

 日は既に傾いているけれど、茹だるような暑さはまだまだ健在で、ねっとりと纏わりつくような暑さに汗が流れる。


 空港の駐車場はやたらと敷地が広く、早くクーラーの効いた建物内に入りたいものだと気持ち早足になった。

 ターミナル内に入るとひんやりと冷たい空気に迎えられ、ホッと一息ついた。


 水奈都が乗る国内線はまだ到着していない。お迎えに遅れなくて良かった。

 最近始めた絵が楽しくてつい予定していた時間から遅れて出発してしまったのだ。


 わたしの勤め先は工場なので機械を止めるため、がっつり九日間のお盆休みがあるけれど、世間では今年は五連休が一般的らしい。

 一足早くお休みに入っていたわたしは最近、日課になっている絵を描き始め、うっかり時間を忘れて夢中になってしまっていた。

 友久から「まだ会社。空港には一緒に行けない。ごめん。」という、メッセージが来なければ水奈都を待たせる事になっていただろう。


 本当は『みぶろう』のメンバーで集まろう、と声を掛けていた。克己と別れて友久と付き合っている事を水奈都と侑士に言いそびれていたから一緒に伝えたかったのだ。


 克己は用事があるから欠席と連絡があったけど、別れたという報告の場に居ても、居心地が悪いだけだろうから、なおさら丁度よい機会だと思った。まぁ、克己本人は全く居心地など気にする事もなく「また誘ってね」と気軽な返事がきていたけれど。


 克己は誰とも付き合った事が無いと言っていたけれど、「付き合って」というダイレクトな言葉を伝えたのがわたしだけで、付き合っているつもりの女の子はそれなりに居たのではないかと思う。

 その挙げ句の「克己は観賞用」だったのでは無いだろうか。


 克己はさておき、侑士までも参加出来ないのは予想外だった。昨年と同じ上海への海外出張だと聞けば、わたしの想定が甘かったとしか言えない。

 それなら女子会にしても良かったのだけど、報告は友久と揃ってしたかったので、結局三人で会うことになったのだ。


 いつの間にか待っていた飛行機が到着していたらしく、水奈都の姿が目に付いた。お互い気付いて手を振り合う。

 ゴールデンウィークの時とは打って変わって水奈都の顔は心無しか明るくなっていて、凛とした美人が少し柔らかい雰囲気になっている気がした。

 入社以来悩まされていた変な同僚は随分と大人しくなったようだ。もしくは、侑士と付き合い始めたと聞いているのでそれで、落ち着いた雰囲気になったのかもしれない。


「お迎えありがとう」

「来てくれて嬉しい」


 水奈都との挨拶もそこそこに空港の駐車場へと向かう。

 太陽はいつの間にか沈んでしまって、人工の明かりが辺りを照らしていた。


 わたしの地元へ向かう間、お互いの職場の話をした。

 克己が、雑誌の特集ページに載ったという話を聞いてびっくりしたけど、克己の綺麗な顔と安易に「いいよ」という事を思い浮かべればありうる話だと納得した。

 関東のローカル紙らしいけど、一冊買ってきてくれたらしい。友久と合流したら見せて貰う事にした。


 その友久とは自宅の最寄り駅前で合流する。仕事帰りの友久はスーツを着てネクタイをしていたので、見慣れない服装で何だかソワソワしてしまった。

 初デートでわたしが一目惚れをして買ってもらったペアリングが右手の薬指に填められているのが見えて、自分のリングを思わず親指でなぞってそこにある事を無意識に確認してニヤけてしまう。


 わたしが指輪に気を取られているうちに、友久と水奈都はどこのお店に行くのか決めたようだ。

 小洒落た居酒屋の名前を言われて肯いた。

 居酒屋に入ると、テーブル席は満席でカウンター席なら空いていると言われ、それにも肯く。


 カウンターに、店に入った順で友久、水奈都、わたし、と三人横並びで座ってから、友久の隣に座れなかった事を少し残念に思った。

 大学時代のわたしなら、水奈都は空気が読めない、とか思って勝手にモヤモヤしていたけれど、まだ付き合っていると伝えていないわたしが悪い。


 多分水奈都は、まだわたしが男性嫌いだと思って間に入ってくれているのだ。

 そう思うと何も言えず、逆に忍び笑いをしてしまう。

 ふと、水奈都を挟んで反対側の友久を見ると彼も困った顔で笑っていて、同じ思いなんだと思ったらふんわりと温かい気持ちに包まれる。友久がわたしを気に掛けてくれているから、座る順番なんてどうでもよくなった。


 アルコールが入ったグラスが揃ったところで、カンパーイとグラスを合わせる。


「あっ」


 水奈都が小さく声を上げた。キョロキョロと左右に顔を向けて挙動不審だ。

 お通しを食べながら、何か忘れ物でもしたのかと不審に思っていたら、水奈都がこっちを見た。


「由恵、席替わろうか?」


 そう言いながらも半分腰を浮かせている。


「ううん。このままでいいよ」

「でも、指輪…」


 全員右手で掲げた乾杯でペアリングに気付いたようだ。

 しっかり者のイメージがあった水奈都がワタワタしているのが何だかおかしい。

 今日は久しぶりに会った水奈都と話す為の席なんだから、この席順で正解だったんだ、と思った。


「全然、本当にこのままでいいよ」

「由恵がいいなら…」


 渋々と座り直した水奈都が落ち着くのを待って報告する。


「見ての通り、友久と付き合う事になりました」

「うん。……あの克己は」

「ちゃんと別れてから付き合ったよ?」

「うん。そうだと思うけど」

「克己とは普通に友達になったから」


 そうなのだ。二階には来ないけど、克己は何事も無かったようにフラリとサテライトに顔をだす。

 お母さんも別れたと知っているのに克己に用事を頼んだりするから、流石に悪いと思って用事を引き取ろうとして声を掛けたら、なし崩し的に普通に話すようになってしまったのだ。


「それでね。三月に結婚式するから水奈都も出席してくれる?」

「勿論出席するけど……え?早くない?ゴールデンウィークの時はまだ克己と付き合…」

「そのうち招待状を送るからよろしく」

「ああ、喜んで」


 水奈都が言いかけた事はスルーして、畳み掛けるように話を続ける。戸惑いながらも水奈都は笑みを浮かべて頷いてくれた。

 今はお盆休みで八月だからまだ付き合って二ヶ月程しか経っていない。確かにわたしも友達だったら水奈都と同じ事を言っていただろう。克己とは一年近く付き合っても結婚なんて考えた事も無かった。


「友久がプロポーズしてくれたからそれもいいかな、と思って」

「そっか。おめでとう」


 ずっと、話に割り込むこともせずに聴いていた友久がわたしの暴露に顔を真っ赤にさせてそっぽを向いてしまった。そういう所に幸せを感じてしまうわたしは少しいじめっ子なのかもしれない。


 付き合い始めてからたった二ヶ月だけど、友久は五年弱わたしに片想いしてくれていて、わたしよりもわたしの性格を理解していてくれた。

 友久が描いていた絵のように穏やかで繊細な優しさはこの一年間でモヤモヤを抱え続けてボロボロになっていたわたしの心を癒やし続けてくれている。


 水奈都はまだ少し戸惑いを隠せない様子だったけど、改めておめでとう、と笑ってくれた。


「本当は水奈都に受付を頼みたかったんだけど、式場の人と打ち合わせもあるみたいで遠方に居る水奈都には大変だと思って」

「気にせず頼んでくれて良かったのに」

「うん。今回は高校時代の友達にもう声掛けちゃったから、今度何かある時は一番に相談するね」

「ああ。遠慮せず相談して」


 今度何かと言っても何があるなんて想像出来ない。それでも純粋な笑顔と言葉をもらって、やっぱり水奈都には嫌われたくないなと思う。


「これ、聞いてもいいのかな?」

「何?」

「気を悪くしたらごめん。その、婚約指輪は?」


 わたし達の指に嵌っているのはペアリングだ。しかも右手。


「これから買いに行く予定」


 これまで会話に入っていなかった友久がそう答えた。


「でも、すぐに結婚指輪に代わるから勿体無いよ」

「これはなし崩しにしたら駄目だって」

「このリングが婚約指輪って事でもいいのに」

「それはない」


 そうなのだ。ペアリングを買ってもらったところだし、結婚式があるから結婚指輪は必須だし、婚約指輪は要らないというわたしと、そういうのはちゃんとしたいという友久とで意見が対立しているのだ。

 でも、わたし達二人共新米社会人で貯金らしい貯金も無いのだから、婚約指輪は贅沢品だと思う。

 いきなりの痴話喧嘩に挟まれた水奈都は何故かうっとりと微笑んでいる。


「買ってもらいなよ。由恵」


 水奈都は友久の味方のようだ。思わず頬を膨らませて水奈都と水奈都越しの友久を睨みつけると、水奈都の慈愛の笑みが増々深くなった。


「友久がそれだけ由恵を想っているという証明だよ。買ってもらったらいいよ。きっと何年かしたら良かったと思うようになる」


 臆面もなくそう言った水奈都の言葉に、急に恥ずかしくなってわたしは全身真っ赤になった。


「………水奈都がそういうなら」

「ありがとう水奈都」


 消え入りそうな小さな声で渋々そういうと、すかさず友久が水奈都にお礼を言った。

 今晩は水奈都がまた家に泊まるので明日は無理だから、明後日に一緒に買いに行く事をその場で約束させられた。


「そういう水奈都は侑士とどうなの?」


 これ以上、わたしの話を聞き出されたら堪らないから、強引に話を換えた。


「いや、まだそんな」


 わたし達より一ヶ月程早くゴールデンウィーク明けくらいから付き合い始めた水奈都と侑士だったが、遠距離な事もあってまだ片手で足りる?ギリギリ両手になった?くらいの回数しか会ってないそうだ。

 バイクや車があればすぐに会いに行ける距離にいるわたしと友久は、仕事のある平日でも二日と置かずに会っているのでやっぱり遠距離は大変そうだな、と思う。

 来週侑士が出張から帰ってくるので、その時に東京に来てくれると照れくさそうに話してくれた。


「そういえば卒展の後、侑士から水奈都に振られたと聞いていたけど、結局付き合ったんだな」


 二人が付き合い始めた事をわたしを通してなんとなくでしか知らなかった友久の爆弾発言で水奈都が顔を青くした。


「そ、それは、侑士に告白されて頭が真っ白になって思わず断ってしまったのだけど…その後から、意識し始めて…」


 早口で弁明する水奈都は青くなった顔が今度はみるみる赤くなって、とても忙しい。

 水奈都の反応から、事実だと知って驚いた。いつの間に告白なんてされていたのだろう。是非詳細を聞き出さねば。


「なんで、侑士はそんな話、友久にしてるんだ?!」


 確かに友久が侑士とそんなに仲がいいとは知らなかった。

 わたし達の生ぬるい視線に耐えきれなくなった水奈都が顔を真っ赤にさせながらここには居ない侑士に八つ当たりしたものだから、つい二人してニヤニヤしながら見守ってしまった。


 今なら、水奈都が克己を好きだなんて勘違い甚だしいというのがよく分かる。水奈都が噂や人の感情に鈍感なだけ、克己が人当たりと愛想が良かっただけ、見えてしまえばたったそれだけの事なのだ。

 しいていえば、好奇心だけでわたしの告白にOKした克己が悪いんだ、と責任転換をしておく。


 ポツリポツリと水奈都の口から語られる侑士は、自分の会社を愛する努力家で世話焼きなところがあるみたいだ。

 大学時代、同じ卒制グループのメンバーでありながら、ほとんど接点の無かったわたしは、そうだったんだ、としか言えない。


 でも、話を聞くと水奈都がとても幸せそうな顔をしていて、二人の仲も順調のようでわたし達ほど電撃では無くても、すぐに結婚するだろうと思っていた。


 それなのにまさか三十歳まで未婚を貫きようやく実現した水奈都と侑士の結婚式に、友久と共に二人の子供を連れて参列することになるなんて、この時はまだ知る由もなかった。


 それよりも前、お姉ちゃんが三十歳になる手前で克己と入籍した時は、やっぱりね、って感じだったけど。まぁ予想より時間は掛かったけどね。

 それも、この時のわたし達は知らない話。


 今はただ、水奈都と侑士の話を聞きながら、笑って飲んで、最後にはお互い惚気話になって、また乾杯して……楽しい時間を過ごした。

2022.01.10 後日談 完結


閲覧、評価、ブックマークをありがとうございました。

この後日談を持ちまして無事完結を迎える事が出来ました。


 次回作は三人称にする予定です。話は漠然と考えているのですが、もう少しまとめたいのでしばらく投稿はお休みします。気儘に書いていると矛盾が出てきちゃうので次回はブレないのを目標にしたいと思います。


ご縁がありましたら、次回作もよろしくお願いします。




2023.06.05 続編 公開


次ページに、IFの短編がありますが蛇足のオマケなので、克己のその後を読んでみたい方は、以下URLから新連載をどうぞ。

https://ncode.syosetu.com/n4989ib/


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