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失恋のその先。  作者: 加藤爽子
近藤由恵 視点
23/27

プラネタリウムと恋バナ

2023.01.29 文言修正

 今までは誰かに聞いて欲しいと思っても誰にも言えず、気が付いた友久がそれとなく話を聞いてくれたりしていたけど、卒制も卒論も終わって後は卒業式くらいしか大学へ行くことは無いので、わたしはこの時の引っ掛かりをずっと抱えたままだった。


 水奈都に電話してみたりした事もあったけど、引っ越しで忙しいので、あんまり時間を取ってもらうのも申し訳なく、ちょっと愚痴っても不安を解消してもらうまでには至らなかった。


 社会人になっても克己は相変わらず気まぐれにサテライトへ遊びに来るし、週一、二回と頻度も多い。

 デートに誘えば一緒に出掛けるし、甘い雰囲気になる時もある。我儘を言っても大抵付き合ってくれるし優しいけど、大概振り回されているのはわたしの方だとも思う。

 デートもキスもわたしがおねだりしているのだ。克己の「いいよ」はホッとするけど不安にもなる。克己から求めて欲しいと思うのは、わたしの我儘なのだろうか。


「ねぇわたしの事好き?」

「好きだよ」

「克己がわたしの事を好きよりもわたしが克己の事好きの方がいっぱいだからおんなじ好きじゃ無いよ」

「一緒だよ。好きは好きだよ」


 傍から聞いていればバカップルのような会話が面白かったのか克己はケラケラ笑っている。

 一緒に笑ったけど、わたしにはやっぱり違う好きに思えて心から笑えなかった。


 一緒に居ない時間はもっと不安になった。『みぶろう』のグループチャットに卒展を終えて御役御免になった作品がグレードアップして投稿されている。

 克己が作品を引き取って、水奈都に却下された機能や思い付いた機能をどんどんと付け足していっているようだ。


 克己はわたしと一緒に居ない時にわたしの事を考える時があるのだろうか?

 きっと克己の好きとわたしの好きには大きな溝があるのだ。


 水奈都からの電話で同期に付き纏われているという相談を受けた。澄ました顔で何でも熟してしまう水奈都が弱っているなんて初めての事だ。なんとかしてあげたいけど、わたしも経験した事の無い事態で、最善が分からない。

 会社を辞めて地元(こっち)に戻って来ればいいのに。

 わたしの職場は小さな町工場の事務なので、年上ばかりで同年代が居ない。下ネタなオヤジギャグには困るけど、精々その程度だ。


 少女マンガで、好きな人と結ばれるよりも好きになってくれた人と結ばれる方が幸せになれる、というような事を言っているキャラクターがいた。わたしが克己を想うくらいにわたしを想ってくれる人がいたらその人を選ぶかもしれない。だけど残念ながら自分を好きになってくれた人という選択肢がわたしには無かった。

 だからちょっぴりだけだけど、水奈都が羨ましいと思った。話を聞いていて本当に困っているのだと分かったから、各務さんという人を選ぶという選択肢は速攻消したけど。


 思い付きで、侑士を仮想彼氏にしちゃえば、と言うと、侑士に迷惑を掛けてしまうかもしれないと真剣に悩んでいて驚いた。

 まだ頭のどこかで克己よりも侑士の方が好みだと言ったことを信じられずにいたかもしれない。

 そんなに侑士の事を想っているなら告白したらいいのに、と思う反面、想いを返してもらえないなら片想いの時の方が楽しかった、とも思う。


 無性に克己に会いたくなった。

 最近また『Pla²』の改造に情熱を燃やしている克己をプラネタリウムに誘ってみた。道の駅にあるプラネタリウムで隣接する施設には大きな天体望遠鏡もあるらしい。


「バイクで由恵の家まで行くから。バイク置いとかせて」


 待ち合わせをどうするか聞くとそんな返事が返ってきた。


「車も良いけど、たまには克己のバイクで行かない?」

「いや、二人乗りは止めておいた方が良いって」


 この前、お姉ちゃんを乗せたことが脳裏をよぎる。でも、それを言って克己の機嫌を損ねるのも嫌だったので車で行くことに了承した。


 克己と二人で出掛けている時はモヤモヤも影を潜める。ニコニコとご機嫌で笑っている克己を見ているとわたしも楽しくなる。プラネタリウムの説明は家族向けのプログラムだったので少々子供っぽいが、昨年散々読み漁った天文の本の内容が分かりやすく説明されていて、そうだったと二人で頷きながら聞いた。

 晩御飯はその道の駅のレストランで食べて、しばらく人工ではない本当の星空を見上げた。話題は自然と卒制の話になる。


 自分の隣で目を輝かせて星の話をしている克己は本当に綺麗で美人で見惚れてしまった。

 克己の容姿と笑顔が人目を引くことは分かっていた。だけど、彼が浮気しているわけでも無いのに、いつもモヤモヤピリピリしてしまう自分の嫉妬心が抑えられない。無意識に周りを魅了している克己に、それを止めてと言ったところで効果が無いことは分かりきっていた。

 いっそうの事どこかに閉じ込めてわたしだけを見ていて欲しい。そう思うくらい私の中の何かが壊れそうだった。

 初恋は実らないというけれど、実らせたら駄目なんじゃ無いかと思った。


 もうすぐゴールデンウィークだけど、克己は仕事が忙しくなってサテライトへ顔を出す事が減っていた。連休明けには東京へ初出張する予定になっているらしく、充実した毎日に相変わらずニコニコと楽しそうだ。

 わたしに会えなくても楽しそうな克己にモヤモヤして仕方なかった。もう本当に重症だ。


 ゴールデンウィーク初日。克己と約束していなかったけど、何故か朝からサテライトに居た。

 首にタオルを巻いて軍手を付けて剪定バサミと脚立を手に店の前の植木を手入れしていた。

 開店前に終わる様に早朝から来ていたそうだ。当然、頼んだお母さんは知っていたわけで、寝起きのわたしを手伝いに引っ張り出す。


「起きたなら手伝いなさい」


 そう言われて外に出たわたしは思わず、その全然おしゃれとは程遠い珍しい格好をした克己をスマホのカメラでパシャリと撮ってしまう。そんな格好をしていても美人なんだから羨ましい。


 いつもこういった体力仕事はお姉ちゃんがしていた。動物園に就職してからも、繁忙期である連休は無理でもその後の休みで帰ってきたら作業していたのだ。

 だから、『今回はお姉ちゃんのお仕事が無くなったよ』と写真も合わせてメッセージアプリで送ったところ、『彼氏さんに寝不足だろうから無理しないで、と言っといて』と返ってきた。寝ぼけた頭が一気に目覚めて、心がザワザワする。


「ねぇ。今日寝不足なの?」

「まぁね。瑞穂のやつが今日バイト先でケーキを焼くのを経験させてもらえる、とか言って始発まだ無いから送って行けって四時半に叩き起こされた」

「え!四時半!」

「店に出すやつはいつもは七時くらいから作り始めるらしいけど、その前に瑞穂が焼かせてもらうんだって」


 それは本当に早い。で、それを何でお姉ちゃんが知っているの?と思って聞いてみた。


「瑞穂送ってこっちに来る途中で夜勤明けの沙恵さんに会った」

「そうなんだ」


 克己の妹の瑞穂ちゃんのバイト先は確かにお姉ちゃんの勤務先の動物園に近いと言えば近いけど、歩くとまぁまぁの距離があった。以前もお姉ちゃんと出会っていたけど、そんな偶然が何度もあるものなんだろうか?


 剪定でせっせと手を動かしている克己をちらりと盗み見ると頬がほんのりと赤い。わたしも箒と塵取りを持って道に落ちた小枝や葉っぱを掻き集めながら喋っているので少し暑い。首に掛けているタオルで汗を拭っている姿を見たら、またモヤモヤしていた事が申し訳なく思った。

 わたしってこんなに嫉妬深い性格だったのだろうか…我ながらモヤモヤする自分にもモヤモヤする。


 ゴールデンウィークの後半は、水奈都がうちに泊まりに来た。克己が出張で東京へ行くからすれ違うかも、と伝えておいた。

 夜にはお酒を飲みながらお互いの職場の話をして、程よく酔いが回ったところで話題は恋バナになった。


「水奈都は侑士のどういうところがタイプなの?」

「一言で説明出来ないのだけど…」

「いいよ。教えて」

「私が目的地に向って歩いているとして、侑士は後ろから見守っていてくれている。それで、私が道を見失ったら手を引いてくれるし、私が道が違うかもと振り返ったら大丈夫だと肯いてくれる。そんな存在」


 抽象的だけど具体的な返事に驚いた。

 その例えでいくと、克己は笑いながら率先して知らない道を突き進むタイプだろうか。目的地を決めるような堅実なところは無いけど、克己は運がいいからトラブルにも巻き込まれないだろう。それに万が一トラブルに遭っても楽しんでいそうだ。


「分かったような分からないような感じだけど、信頼しているんだね」

「うん」


 肯いた水奈都の目尻が濡れている気がする。もしかしたら侑士と何かあったのかもしれない。

 涙を隠すように顔を伏せる水奈都に何かあったのかと聞くことはしなかった。

 けれど、伏せられた顔は思いのほか早くあげられて、水奈都の口元には柔らかい笑みがあったので、泣いていると思ったのは見間違いだったのかもしれない。


「なんか羨ましい」

「うん?」


 本人は気付いていないみたいだけど、侑士の話をする水奈都の声と表情が優しいので、思わずポロリと漏らしてしまった。


「付き合う前の方が楽しかった」

「そうなんだ」

「今は克己の目にわたしは映ってないかもしれないと思うと怖い」

「そんなことないよ」

「でも、わたしが一番じゃないの。だからバイクにも乗せてくれないのよ」


 もしかしたら酔ってしまっているのかもしれない。

 一度、ポロリと零れた言葉は次々とその不安を形にしていって止まらなかった。お姉ちゃんは克己のバイクに乗った事があるとか、デートも克己から誘ってもらった事が無いとか、同じ話を何度もしてしまう。


「克己はひどい奴だね。由恵をこんなにも悲しませるなんて」

「違うわ。克己は優しいのよ。メチャクチャ美人で笑うと天使みたいなの」


 自分で散々愚痴を言ったくせに、水奈都に克己を悪く言われたら思わず否定してしまった。

 わたしが克己の悪口を言うのはいいけど、他の人に悪く言われるのは嫌だった。

 ひどいのは、克己ではなく、水奈都でもなく、……わたしだ。


 そんなわたしに水奈都は困ったように笑っただけで、怒ることは無かった。

 誤魔化すようにワインに伸ばした手を水奈都が止める。


「明日、空港まで送ってくれるんだろう?二日酔いになったら困る」


 そうだった。明日は車で空港まで送る約束をしている。電車で里帰りした水奈都だったけど、東京へ行くなら(うち)からなら飛行機の方が便利だからとわたしがおすすめしたんだった。


 後片付けと寝る準備を終えると、布団を被ってまたおしゃべりをしながら眠りについた。お酒に弱い水奈都はすぐに寝息をたてる。

 今度は恋バナになる事は無かった。つまらない事を随分と話してしまった。なんであんな事を言ったのだろう、と居た堪れない気持ちを抱えたまま、わたしも眠りについた。


 あっという間に連休が終わって、会社へ行く毎日が始まる。出張に行った克己からグループチャットに投稿があった。開いてみると、克己と侑士のツーショット写真だった。


 水奈都とは、すれ違うなんて偶然無いよね、って話していたのに、こんな偶然ってあるんだね。

 如何にも新卒っていう感じの克己に比べて、侑士はスーツ姿が様になっていた。記憶の中の侑士よりも二割増しくらい格好良く見える。まぁ高校の時から仕事をしていたらしいのでスーツも着慣れているんだろう。

 やっぱり克己の方がイケメンだ。無意識に張り合っている自分の思考回路に気付いて、笑ってしまう。


 偶々、同じ新幹線で東京出張に行っていたけど、ホームに降りるまで同じ電車って事も知らなかったらしい。車両が違ったらそんなもんだよね。

 『侑士とどんな話したの?』ってメッセージアプリで訊いたら、『写真撮って名刺交換して終わり!』って返ってきた。克己は先輩社員さんと一緒だったらしくそれだけでも時間が取れたことの方が凄い。乗り換えの電車の中でメッセージを送ったみたいだけど、それも許されているのも凄い。

 …許されているとは限らないか。今頃先輩さんに怒られているかもしれない。


 それから二週間も経たない内に、水奈都から侑士と付き合う事になりました、という報告があった。

 付き合えないというような口振りだったのに、一体何があってそうなったのか、今度会ったらしっかり聞き出してやる、と誓いながら『おめでとう』と返信した。

 ずっと悩んでいた各務さんとの関係も改善したそうだ。


 わたしと克己の仲は相変わらずで、デートはわたしから誘わないと行かないし、いつの間にかサテライトに顔を出しているし、進展も無い。来月で付き合い始めて一年になる。


 初デートだった花火大会のチラシを目にする様になって、なんだか気持ちがソワソワする。

 付き合い始めた時には行かなかったけど行くのかな?穴場…。ナンパの二人組が教えてくれた場所はラブホだ。

 クーラーのある室内で虫も来ないから確かに快適だろう。

 一年前の約束、克己は覚えているかな…。


 いつ花火大会の話を切り出そうかと思っていたある日、まだ早朝の静けさの中でバイクのエンジン音が聞こえた。

 克己だ。最近、聞き慣れた音にわたしは二階の窓から駐車スペースを見下ろした。


 信じられない。今まで、お姉ちゃんから克己のバイクに乗せてもらったと話では聞いていたけど、実際に見たのは初めてだった。

 予備のヘルメットをお姉ちゃんから受け取っている克己は、僅かに目元を赤くしている。偶然会っただけなんてもう信じない。克己はわたしの彼氏なのに!


 嫉妬に駆られたわたしは急いで着替えると、外階段を駆け降りた。わたしの中で何かが切れたような音がした。


「克己!」


 飛び付くようにその腕にしがみつく。


「由恵。おはよう」


 わたしの勢いに少しふらつきながらも受け止めてくれる。


「ただいま」

「ねぇ。克己のバイクに乗せて?わたし、海が見たい」


 まるでお姉ちゃんがそこに居ないかのように、克己に甘えた。


「由恵は止めといた方が…」

「なんで?お姉ちゃんは良くてわたしは駄目なの?」

「体幹無さそうだから」


 克己は平常運転だけど、お姉ちゃんはわたしの様子がおかしい事に気付いたみたいだ。


「乗せてあげれば?」

「沙恵さんがそう言うなら」


 お姉ちゃんが執り成してバイクに乗せてくれることになったけど、それは嫌だと思ったから、克己が渡してきた予備のヘルメットを押し返す。


「やっぱり電車で行こう。克己、駅まで運転して」

「いいよ」


 いつものように笑顔の「いいよ」じゃなくて、少し戸惑ったような「いいよ」だった。克己を振り回した事に何だか楽しくなってくる。自由奔放な克己を振り回せるなんて、気持ちいい!

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