表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失恋のその先。  作者: 加藤爽子
近藤由恵 視点
19/27

デカTとハロウィン

2023.01.19 文言修正&追加

 休暇明け初のグループミーティングで、克己が大きなTシャツを見せてくれた。見せたというか、面接でスーツを着ていた水奈都の作業着に丁度いいと貸したのだけど。

 そのTシャツは、ニューヨークへ行った克己が唯一買って来たものだ。


「これ気に入ったから欲しい」

「それ、僕用に買ったのに」

「克己はいつ着るの?」

「パジャマにでもしようと思った」

「ええー。男のクセにネグリジェみたいになるよ。あ、でも男にナンパされる克己ならネグリジェも似合うかもね」

「…分かった。いいよ、あげる」


 実は克己は女っぽいと言われることを気にしている。水奈都から巧みに自尊心を刺激されて、自分土産であるはずのニューヨークで買ったキングサイズのTシャツを水奈都にあげてしまった。


 水奈都が誰かにお強請りしている姿は珍しく、教室の空気がザワついた。

 水奈都本人は、そんな空気に全く気付かず、戦利品に喜んでいる。


 誰々が克己の事を好きだ、という噂はよく聞く噂だった。克己はとても綺麗な顔をしているし、いつもニコニコ笑顔で男女問わずモテる。


 水奈都が克己の事が好きだという噂も以前から度々言われていた事だ。だけど今回は、克己も水奈都が好きなんじゃないか?という噂も立ったのだ。

 花火大会の電話でそう思ったけど、やっぱりみんなからもそんな風に見えるんだ…。


 克己は人当たりは良いけれど、驚くほど自由気儘だ。

 その美人な笑顔の前に、ついみんな克己の望む通りに応えてしまうのだ。その上、実は女性に見られることにかなり反発している。


 その克己が渋々ながらも、パンプスを履いただけで無く、気に入っているデカTを譲ってしまったのだ。克己に嫌われたくないならやってはいけない二大事項だ。

 それを破りながらも、今だ嫌われていない水奈都はある意味勇者だった。


 『みぶろう』の中心は間違いなく水奈都と克己の二本柱だから、二人が相談しあっているところは多く見られ、噂はどんどんとエスカレートしていく。


 わたしは水奈都も好きだから、水奈都に嫌われたくなくて、克己と付き合っている事を益々言えなくなった。

 みんな勝手に噂しているだけだ、そう思うのに、楽しそうに克己と水奈都が制作している姿を見ていると、噂が真実の様に思えた。


 克己が担当していた照明部分はほとんど出来上がっており組み立てに関する相談で、キャンパス内では水奈都と克己が一緒に居ることが増えた。

 近くで話を聞いていると、純粋に卒制の話をしているのは分かっている。


 克己には何度か水奈都と仲が良すぎないかというような事も伝えたのだけど、梨の礫だ。


 エスカレートした噂に嫉妬が抑えられない。

 克己は相変わらずフラリと(うち)に訪れて泊まって行ったりしているけど、大学でも家でも置いてけぼりにされているような気持ちになった。

 克己のキラキラとした目にはわたしが映っていない。

 そう感じると胸が苦しくて苦しくて仕方が無かった。


 克己とショッピングモールや映画館や美術館へ二人で出掛ける事もあった。

 わたしが誘うといつでも「いいよ」と行きたいところに付き合ってくれるし優しくしてくれるから、何が不満なのかと聞かれるとはっきりとは説明出来ない。


 手を繋ぐ以上の関係になったら、このザワつく気持ちが落ち着くのだろうか?

 お気に入りの少女漫画を読みながらそんな事を考えた。


 そんな時に、克己と水奈都が抱き合っていた、という噂を聞いた。それは嘘だと直ぐに分かった。

 だって目撃されたというその日は、克己はサテライトに居たから。


 無責任な噂だと知っているけど、キャンパス内では水奈都や友久とばかり話してわたしとは目も合わない克己を見ていると、近い将来本当にそうなるのではないか、という不安に囚われた。


 それで家の近所の河川敷公園の花壇に咲くコスモスを見ながら二人で歩いた時に、つい聞いてしまったのだ。


「ねぇわたしの事好き?」

「好きだよ」


 いつも「いいよ」と言っている時と同じ様な「好き」に疑念がムクムクと湧き起こる。


「水奈都とどっちが好き?」

「由恵?」


 コテンと首を傾けてわたしの顔を見てきた克己は「どうしたの?」と言っているように見えた。

 女の子の様な仕草だけど、克己にはよく似合っている。いつもならその可愛さにキュンキュンして追求を止めていたかもしれないが、不安で押し潰されそうになっているわたしはそこで止めることが出来なかった。


「水奈都と仲良いよね?」

「そうかな?」

「そうだよ。花火の時も水奈都が電話に出ちゃうし、卒制もわたしと作業をしている時は黙々としているのに水奈都とはおしゃべりしながら楽しそうにしているじゃない。それにニューヨークで買ったTシャツもあげちゃうし」

「…あれは半分奪われたものだよね」


 キャンパスでみんな克己と水奈都がデキてるって噂してる。それを克己は分かっているのだろうか?


「ねぇ、わたしの好きなところ教えて?」

「二の腕」


 ……海で腕を掴まれて以降、たまにフニフニされるとは思っていたけど、好きだったんだ。あまりにも予想外の答えに固まった。

 他に言い様があると思うのに「二の腕」って何?

 このまま話していても埒が明かないと思ったわたしは、質問を変える。


「わたしよりも水奈都の方が好き?」

「好きと言うより興味深い」

「わたしより?」

「うん」


 わたしより興味深いって、どういう事?それは好きとは違うの?

 克己に質問すればする程、克己の心は捉えどころが無くなってしまって、これ以上何を言ったらいいのか分からず、わたしは黙り込んでしまった。


 結局のところ、わたしが何をしても、何を思っても、克己がわたしに恋愛する事は無いのではないだろうか。

 そんな不安に押しつぶされそうになって、衝動的にやってしまったのだ。


 克己が、花火大会の時に、耳に穴を開けるなんてよくできるなぁと震えていたのを思い出して、気を引きたい一心で両耳にピアスをした。

 ただ、どうにかして克己の目に止まりたかった。

 喧嘩してもいいから、怒ってもいいから、わたしを見て欲しかった。


 ピアスに一番に気付いたのは水奈都だった。

 ずっとアクセサリーを身に付けない事が水奈都のこだわりなのだろうと勝手に思っていたけど、実は金属アレルギーだという事を初めて知った。


 仲が良いと思っているのはわたしだけかもしれない。克己に関する不安は水奈都との友情にまで疑念を抱かされる。

 水奈都(しんゆう)を失いたく無いと必死に笑った。


 そんなわたしと水奈都から少し離れて卒制のグループメンバーの男子達が喋っている。


「ピアス…」


 克己の小さな声が耳に入った。気にしてくれているんだと思うと少し気分が良くなった。

 今はまだ克己を見ない。水奈都と雑談しながら克己にピアスを見せびらかす。

 もっとわたしの事を気に掛けて。なんて浅ましいのだろうと思いつつも、やめられなかった。


「克己はピアスが苦手なんだな。知らなかった」

「親から貰った体に自分から傷を付けるなんて信じられないよね〜」


 侑士の言葉への克己の回答は、明らかにわたし宛ての言葉だったので、つい我慢できずに克己をチラリと見ると、克己は侑士と友久と喋るのに夢中で視線が合うことは無かった。


 結局、ピアスについて反応があったのはその時だけで、その後はいつも通りだった。

 普通にバイクでサテライトに訪れて、わたしは星座盤、克己はプラネタリウムの星を作る作業をしたりした。


 変化が無かった事にがっかりもしたけど、まだ一緒に居られることに安心もしていた。

 克己は興味のないものに対しては本当に塩対応になるのだ。

 まだ大丈夫。そう思っていた矢先に、実は克己が怒っていたのだと知る事になった。


 わたしがピアスを開けてから五日後。髪は緑、目はピンク、スカルの黒シャツ。まるでバンドマンのような格好をした克己がそこに居た。


 ふふん。と勝ち誇った様に見てくる克己に、花火大会での会話を思い出す。

 確かわたしはピアスよりも奇抜な髪色が怖いと克己に言ったはずだ。

 勝手にピアスを開けたわたしへの仕返しだと、その得意気な顔が物語っていた。


 わたしの方を一切見ないで、水奈都の髪に丁寧にスプレーを噴き付けている克己は、わたしの嫉妬に気付いていながら水奈都に構っている(そうしている)事は明白だった。


 怒ってもいいからわたしを見て欲しい、とピアスを開けたのはわたしだけれど、期待していた反応とは違う。

 もっと直接的にわたしに何か言ってほしかった。


 意外だったのは水奈都が金髪にした事だ。スプレーの金はヘアー用とはいえ塗料は塗料なので、人毛というよりもフィギュアのような硬そうな髪になった。


「イケメン」


 思わず嫉妬を忘れてそう零してしまうほど、水奈都のイケメン度が何故か上がっていた。

 金髪はまだ現実的にある色だったからか全く嫌な感じはしなかった。結局わたしは髪を染める人は不良という時代錯誤な偏見があって、勝手に威圧されている気分になっていたのだろう。


 それに水奈都がわたしに害意が無い事はよく知っている。

 内面を知っている人がカラーリングをしても威圧にはならないのだ。自分の中の偏見に気付いて少し落ち込んだ。


 改めて克己の緑の頭を見ると、威圧は感じないけど不愉快な気分にはなる。

 いつもの明るい茶髪の方が好きだな、と思う。せめて、水奈都の様に金髪だったら、と克己の頭を見ながら金髪を想像してみた。


 ふと視線を感じた。視線の主は侑士だった。慌てて克己の頭から目を離した事でようやくわたしが克己を凝視していた事に気付いた。


 侑士に見られたのが恥ずかしくてかぁと顔が熱くなる。

 顔が赤くなったことを気付かれないようにそっと俯く。

 その場から逃げる様に、トイレへ鏡を見に行った水奈都の後を追いかけた。


 翌日の夜、克己はいつもの様にサテライトへやってきた。昨日の夜は侑士と友久と一緒に飲みに行った筈だ。

 目が少し充血しているところを見るとまだアルコールが残っているのかもしれないけど、バイクで来たので残ってはいないのかもしれない。

 

 髪の毛は洗い流したみたいで、僅かに緑色が残っていたが元の茶髪に戻っていた。

 何を話したら良いのか閉店後のサテライトのカウンターで一つ空けて並んで座ると、お母さんは何故か爆笑した。


「もう何で笑うの!」

「あははははっ。…ごめ、ふふっ。二人とも…可愛くて…ははっ」


 何がツボなのか分からないけど、お母さんの笑い声は止まらない。


「これあげるから赦して」


 そう言って、お母さんが冷蔵庫から出してくれたのは、ハロウィン限定メニューのかぼちゃのチーズケーキだった。

 チーズケーキにホイップを添えて、ペンチョコでお皿に『Happy Halloween』と書いてカウンターテーブルに置いてくれる。


「ごゆっくり」


 器用にウィンクを残してお母さんは二階に上がってしまった。


「トリック オア トリート」


 唐突に克己が、ハロウィンの決り文句を口にした。

 わたしはお菓子を持っていないので何も出来ずただ克己の顔を見つめる。


「トリック オア トリート」


 席を詰めて隣に座り直した克己は、確認するようにもう一度同じ事を言った。水奈都の様に焼きチョコの一つでも持っていれば良かったのだけど、残念ながらお菓子を持ち歩いていない。


「お菓子を持っていないの」

「じゃあこれ頂戴」


 持っていない事を素直に白状すれば、つつっと克己の指がわたしの耳朶をなぞる。

 正確に言うと耳に付いているピアスに触れている。


 くすぐったくて思わず首をすくめて「このままイタズラもイイかも」と言ったら、何食わぬ顔で二の腕をフニフニされた。

 なんだか背中がザワザワとした。このまま克己に触られていたらおかしな気分になりそうだ。


 慌ててわたしは両耳のピアスを外して克己の手のひらに握り込ませた。克己は手の中のピアスを見ながら満足そうに微笑んでいる。

 渡してから、ふとイタズラの内容が気になってちょっぴり残念に思った。


「ごめん」

「え?」

「昨日、友久と侑士に付き合っているってバラした」


 わたしが大学では付き合っている事を秘密にしたいと言った事を律儀に守ってくれていたのだ。

 克己がバラさなくても、二人にはバレているような気がしていたので「いいよ」といつもの克己を真似してサラリと返しておいた。

 自由奔放に行動しているようで、約束を気にしている克己に、ほっこりした。


「…ごめん」

「もういいって」

「いや、友久に怒られたから」

「友久に?」

「水奈都との距離が近すぎだって」


 昨日の男子会で随分と友久に怒られたらしい克己は、その話をしながら拗ねた顔をした。その表情が可愛くて口元が自然と緩んでいた。


 わたしもピリピリして悪かったと思ったので謝った。

 素直に謝れた事に自分でもビックリした。

 謝ってしまえばわたしが必要以上に気にしていただけだと思えてくる。


 ここ最近のモンモンとした気持ちが晴れて、久しぶりに克己と笑い合った。

 勝手にサイフォンを借りてコーヒーを淹れ、克己と二人で甘酸っぱいかぼちゃのチーズケーキを食べる。

 しっとりとしたベイクドタイプのチーズケーキはとても美味しかった。


 ぶつかり合うような言い合いの喧嘩にはならなかったけど、離れかけていた克己の心を取り戻せた気がして安心した。


 噂に振り回されずに、克己と水奈都をもっと信用しようと心に誓った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ