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失恋のその先。  作者: 加藤爽子
近藤由恵 視点
17/27

来年の約束と喫茶サテライト

閲覧、ブックマークありがとうございます。


2023.01.14 文言修正&追加

2023.01.16 文言修正

 克己は動けなくなったわたしに気付いたのか、無視して通り抜けるのは諦めたようだ。


「これでもデート中なんだけど?」


 立ち竦むわたしの腰に克己が腕を回して引き寄せてくれる。こんな時だと言うのに緊張感の無い楽しそうな声だ。

 わたしばっかりが好きなのかと思っていたけれど、デートと言われて嬉しかった。


「え?男?!」

「僕が女に見えたんだ。節穴だね」


 クスクスと笑う克己は相変わらず楽しそうだけど、皮肉な内容に相手が逆上しないかと心配になった。思わず克己の服の裾をギュッと握ってしまう。


 だけど、わたしの心配は杞憂だったみたいで、アッシュグレーの男性がチッと舌打ちをしたくらいだ。それだけでも、わたしはビクッとなってしまうのだけれど。


「あ、その穴場教えてよ」


 克己からしたら頭一つ分は高い男の人達に囲まれても特に気にならないみたいで、無邪気に笑顔を浮かべている。

 何故か男達も素直に場所を教えてくれたので、克己がお礼を言って、バイバイと手を振って大通りに戻ってきた。


 残っていたかき氷はすっかりと溶けてしまって色の付いた水になっていた。緊張で口の中がカラカラになったわたしはまだ冷たいそれを飲み干した。空き容器は克己の分と合わせて屋台横のゴミ袋に入れる。


「ありがとう。ああいう雰囲気の(ひと)苦手で…」

「僕も」


 わたしの場合、男性全般が苦手なんだけどね。

 克己はピアスが苦手なのだと、首を竦めて身震いする振りをする。自分が開ける事を想像して痛そうだと呻いている。

 わたしもピアスは怖くて開けていないけど、派手な髪の毛の方がもっと苦手だった。髪色を少し明るくするくらいの茶髪ならともかく、現実離れした色合いは違和感しか覚えない。


 大学内でも、ファッション系を専攻している人は特に奇抜な髪色にしているのを見掛けるけど、なんていうか近寄り難い。もちろん、話せば良い人達なのは分かっているし、見た目で人を判断するのはナンセンスだとは思っている。

 それでも苦手に感じるのは、身だしなみには厳しい女子校だったのが影響しているのかもしれない。


 そんな話をしながら克己と歩いているけど、教えてもらっていた方角とは違う方に歩いているみたいだ。

 花火を見る為のスポットといえば高台が思い浮かぶが、この辺りの山は近くにある様に見えて、今から行くのには遠いからだろうか。

 緊張していてあまり話が聞こえなかったから、わたしには正確な場所は分からなかった。

 手を繋いだ克己は、はじめの目的の通り、打ち上げ場所に近い川原の方へ向かっているようだ。


「折角、教えてもらったのに行かないの?穴場」

「面白そうだから行ってもいいけど、由恵は無理じゃないかな」


 意味が分からず首を傾げたわたしの耳元に克己が口を近付けて囁いた。


「ラブホ」


 はい。無理です。

 何れは…と思うけれど、流石に初デートでそこは敷居が高過ぎます。

 真っ赤になって俯くわたしに克己は笑っている。


 あのナンパ男達、そう悪い人じゃなかったと心の中で言い聞かせていたのに、最低だ。穴場と言ってそんな場所に連れ込んで花火を見るだけで済むなんて思えない。


 再び克己に手を引かれて川へと出ると、なんとか空いているスペースを見付けて、持ってきていたレジャーシートを敷いて二人並んで座った。

 日は落ちているが、花火はまだ始まらない。


 先程、囁かれた言葉が頭の中をグルグルしている。

 しれっとしていて顔色も変わらない克己は行った事があるのだろうか?

 誰と?昔の事は気にしても仕方がないとは思うのだけど、一度気になりだしたらその事ばかりを考えてしまう。


「行く」

「いいよ」


 次第にフツフツと沸き上がってきた怒りにそう宣言すると、大した事ではないようにあっさりと頷く克己。さっきから時間も経っているし、他の話もしていたのに、克己には何の話か直ぐに伝わったようだ。そんな所が余計に行き慣れているんじゃないかと思えてモヤモヤする。


「克己はそういう所に行った事があるの?」


 立ち上がろうとした克己の腕を掴まえて、どうしても気になっていたから訊いてしまった。


「無いよ」


 わたしが立ち上がる気が無いのに気付いたみたいで、克己はモゾモゾと体を動かして座り直した。


「じゃあそういう事の経験があるの?」

「まぁ…」

「…わたしは何人目の彼女?」


 過去に嫉妬しても仕方がないと思うのだけどわたしの口は止まらなかった。

 聴きたくないけど知りたい。矛盾した感情に自分でも嫌な子になっている。


「一人目」

「嘘!彼女でも無い人と出来るんだ?」

「誘われて興味あったから」


 何が悪いのと不思議そうな顔の克己を見ていられなくて目を逸らす。そのタイミングでヒューっと音を立てて花火が上がった。


「僕は共有財産か観賞用らしいよ。だから好きだと言われた事が有っても、付き合おうと言われたのは由恵が初めてだ」


 バァンという破裂音に紛れて克己がそう言った。

 美人すぎる克己は、テレビの中のアイドルと変わらない扱いだったようだ。

 いつもは満開の笑顔の克己が少し寂しそうに見えた。そんな顔をさせたい訳では無いのに、独占欲に囚われて責めてしまった自分に自己嫌悪する。


「来年……」

「なに?」


 わたしの掠れた声は、次に上がった花火の音にかき消されそうな程小さかった。


「来年は行きたいです」

「いいよ」


 頑張ってかき消されないように伝えたら、何故か敬語になっている。

 そんなわたしを馬鹿にする事もなく、克己は笑って頷く。

 なけなしの勇気を振り絞って来年の約束をしたわたしは赤くなるのを止められない。ただただ俯いて足元をみていた。

 折角の花火なのに空を見上げずに、地面を観ているわたしはさぞかし浮いていただろう。でも、顔を上げることは出来なかった。


 花火が終わる頃には何とか気持ちを立て直して、やっと笑えるようになった。

 人の流れるままに流されて駅へと向かう。何気ない会話とその間もしっかりと繋がれた手が嬉しかった。

 ようやく付き合っているという実感が出てきた。


 帰りの電車はやっぱり人が溢れかえっていて、それでも閉じた扉にもたれるように克己が誘導してくれた。

 とっくに二十歳は越えているけれど、小柄な克己は成人男性というよりも少年のようにみえた。

 だけど、満員電車の圧力からしっかりと守ってくれている克己は男らしかった。


 夜も遅いし家まで送ると言ってくれたのも嬉しかったけど、男にナンパされるくらい美少女にも見える克己の方が逆に危ないと思う。

 それにわたしは駅から車なので大丈夫だと伝えて、克己の家のある駅で降りてもらった。


 今日は克己が水奈都と一緒にいたり、ナンパされたり、色々あったけど、とても苦くて…それでも、楽しかった。克己が笑っていたから。


 翌日、克己が大学で卒制の作業をするというので、わたしも大学へ行った。四回生ともなればほとんど受けるべき授業は無かった。

 制作作業中の克己はとても楽しそうで、お手伝いをさせて欲しいと言っても聞こえていない。

 寂しいと思ったけれど、キラキラと目を輝かせている克己を見ていると、仕方がないなぁ、と黙って克己を見ているしか出来なくなった。


 そこにフラリと友久が姿を見せた。

 どうやら侑士から星座盤を返してもらう為に大学へ来たようだ。

 克己の様子を見た友久も、仕方がないなぁ、という感じで苦笑している。


「ああなると、全然周りが目に入らないだろ?」

「うん。手伝えることがあったら手伝いたいんだけど」


 友久が距離を開けて座ってくれたので、あまり緊張せずに話すことが出来た。


「それ、星座盤だよね?見てみたい」


 友久は快くケースから大きな星座盤を取り出して見せてくれた。

 丸い板に無数の穴が空いている。等級を表すため、大きさも異なっている。細かい作業にクラクラしそうだ。


 穴は不規則のように見えるけれど、星座をあまり知らないわたしでも知っている蠍座の配列に目が止まった。

 線は引いていないけれど、知っている星座を見つけると自然に星同士が結ばれて見えた。


 中心の『蠍の心臓』と言われるアンタレス。赤い色と言われているけれど、そこは大きめの穴が空いているだけだった。


「色は着けないの?」

「プラネタリウムの方はセロファンか何かで着けるだろうけど、こっちにも貼るかな…」


 友久はまだ決めていないみたいだった。

 星座盤の方は光を通さないので透けている必要も無いから、何だったら見栄えがいいか、と呟いている。


「ねぇ、それならレジンで作らない?」

「レジン?」


 この数の星を作るのは大変だと尻込みしている友久に強くアピールした。

 レジンは、子供の時に好きだった玩具の宝石のようなものを作るのに向いている。

 鞄に付けているチャームがわたしがレジンで作ったものだったので、それを見せながら説明をする。


 星座盤から型を取りたいけど、家に帰らないと材料が無い。

 星の色付は後回しにして絵を描きたいという友久から星座盤を長く借りるわけにもいかない。


「面白そう」


 いつの間にか一区切りついたのかレジンに興味を持った克己が話に加わってくる。

 あれよあれよと言う内に、何故か三人で(うち)に行くことになっていた。


 学食で早めの昼御飯を済ませて駅に向かおうとすると、友久が今日はバイクで来たから最寄り駅で待ち合わせしようと言い出した。


 交通手段(バイク)があるなら、駅じゃなくて直接わたしの家まで来てもらった方が良いかもしれない。なんとなくそう思って町名を出す。


「河川敷公園の上流の方に行くとサテライトという喫茶店があるのだけど…」

「あ、サテライトは知ってる」


 同じ駅の利用者だとは言え、正直、駅近くの住宅街に住む友久が、駅から離れた山間の喫茶店を知っているなんて意外だと思った。でも、入った事は、まだ無いらしい。


「河川敷公園の喫煙スペースで煙草を吸っていると、よく耳にする」


 なるほど。喫煙出来る飲食店は最近本当に珍しいから喫煙者にとっては話題になるんだね。理由を聞いてみれば納得だ。


 喫茶サテライトの前で友久と待ち合わせて、わたしと克己は電車で移動だ。克己の家がある駅を通り過ぎてもまだ一緒に居るのが何だかくすぐったい。


 地元の駅に着くと月極で借りている駐車場に向かった。わたしの車は白色の軽自動車だ。

 友久と一緒にツーリングに行ったりすると言う克己は、バイクばかりに乗っているのかと思えば、家族で出掛ける時は車の運転もするらしい。


「今度バイクの後ろに乗せて」

「うーん。僕のはあんまりタンデムに向かないから…」


 いつもは直ぐに「いいよ」と言う克己が珍しく渋っている。身長が低くて細身の克己はそんなに力が無いので、あまり大きなバイクじゃ無いそうだ。そう言われてみれば納得したけど、バイクが倒れた時に自力で起こせない重さのバイクに乗ったらダメらしい。


 川沿いの道に出ると、河川敷公園が見える。車道から土手を下った川原には綺麗に整備された遊歩道とベンチとちょっとした広場、それから駐車場がある。


 そこを通り過ぎて更に進むと川とは反対側の道沿いに喫茶サテライトがあった。

 サテライトにお客様用駐車場は無いので壁に沿うように自転車が停められたりすることもあるが、今は見当たらない。

 その代わりに、大きな赤と黒のバイクとその傍らにフルフェイスを手に持ったままの友久が立っていた。


 後続車が気になって停まることが出来無いので、助手席の克己に電話をしてもらって、友久を店の裏に誘導してもらった。

 駐車スペースの横幅はお母さんとわたしの車でちょうどなので、わたしの軽自動車の前にバイクを停めてもらう。


 喫茶サテライトをただのランドマークとして待ち合わせ場所なだけだと捉えていたらしい友久は、ここがわたしの家だと伝えると、普段は切れ長の目を丸くして驚いていた。

 イタズラが成功した子供みたいに思わずクスクスと笑ってしまうと、友久の顔が赤くなった。


 外階段を昇って二階にある玄関から家に入る。

 星座盤は大きさがあるので、食卓を使おうとダイニングに二人を通すと、四脚ある椅子に適当に座ってもらった。


 早速作業を始めようかと友久に星座盤を出してもらうと、そこにコーヒーの香りが漂った。


「出張サービスでーす」

「お母さん、お客さんは?」


 今は常連さんが二人居るだけだからコーヒーを持ってくるくらいは大丈夫と言われた。

 店に入らずにお店の壁の前にずっと立っていた友久が気になっていたら、わたしの軽自動車が見えて更に気になってしまったらしい。


 コーヒーがちゃんと三つ用意されているところをみると、バッチリ助手席に居た克己も目撃されていたようだ。

 サービスと称して偵察に来たのは見え見えだった。


「由恵が男の子を二人も連れてくるから何事かと思って」

「二人とも卒制のメンバーなの。もういいから、お店に戻って!コーヒーありがと!」

「後でお店に来てね」

「はいはい。分かったから」


 トレイ毎食卓に置いて、お母さんは内階段を通りお店に戻って行った。普段は内階段を使うなと言っているクセにいい加減だ。

 お母さんに指摘されて、そういえばこの家の二階に男性が居るのは、おじいちゃんが亡くなってから初めてだと思った。


「なんか騒がしくてごめんね。二人ともコーヒーは飲める?」


 お店で入れられたコーヒーはサイフォンで時間をかけて淹れられているので、インスタントよりも香りが立っている。

 座っている二人の前にトレイからコーヒーを運ぶ。

 ミルクピッチャーとシュガーポットは二人の間に置いた。

 わたしはブラック派なので使わない。

 コーヒーはブラックなのだけど、紅茶は砂糖とミルクたっぷりなのが好きだ。


 シュガーポットの中は、角砂糖と言うには真四角では無いけれど、白色と茶色の二種類の塊の砂糖が入っている。

 どうやら克己は甘いのが好きみたいだ。わたしが紅茶を飲むときのように砂糖とミルクたっぷりだ。友久はミルクだけ入れている。


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