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失恋のその先。  作者: 加藤爽子
沖田水奈都 視点
15/27

閑話 各務の心境

2023.01.10 文言修正

2023.01.12 文言修正&追加

 世の中には二種類の人間が居る。

 僕に好意を抱く人間か、そうでないか、だ。


 小学生の時はどちらかというとヒエラルキーの底辺に近い中程だったが、中学生に入ってグングンと背が伸びるとイケメンだと言われるようになり、他者に対して怒りの感情を出さない様に心掛ける様にしたし、勉強もスポーツも密かに頑張ったお陰で高校生以降はヒエラルキーの上位をキープするに到ったのだ。


 その為、ほとんどは前者で、後者でも嫉妬や敵愾心など何らかの感情が見えるものだ。

 特に歳の近い女性が僕に関心を持たないなんてあり得ない。

 その証拠に新卒で入社したこの会社でも、僕が笑い掛けたり言葉を掛けたりすればすぐに黄色い声が上がるようになった。


 例外は沖田水奈都という名の二歳年下の彼女だけだ。

 愛想が無いわけではない。一律に柔らかい物腰で淡々と聞かれた事に、ただ答えるのだ。


 僕を見ても顔を赤らめる事もなく声が高くなる事もない。

 逆に眉をひそめる事もしない。

 その一つに束ねられたストレートの黒髪と意志の強そうなキリリとした顔立ちに視線を集めているのに、彼女はただただ仕事に一途だった。


 お試しで任される仕事にも彼女は真摯に取り組み、しかも丁寧なのに早く終わらせてしまうのだ。

 仕事の評価は高いのにそれに執着する事も無い。秘訣を聞けば普通に答えてくれるし、代わりにしてもらってもそれを誰かに言ったりもしない。


 新しい環境では誰でもどこの派閥に入るのか、つまり立ち位置の確保に勤しむものなのに、一人での昼食も厭わないようだ。

 これ程までに優秀で自分の立ち位置に無頓着な人は知らない。


 いつでも涼しい顔をして仕事をこなしてしまう所も、自分の立ち位置を気にしない所も、僕に何の興味も示さない所も…要は何でもないような顔をして当たり前のようにヒエラルキーの高い位置にいるのが気に食わなかった。


「各務くん、元気無いわね。何かあったの?」

「いえ、何も無いですよ。ただちょっと沖田さんが僕に冷たい気がして…」


 少し弱ってみせれば周りは気に掛けてくれるものだ。それとなく名前を出すけど、あくまでも気の所為かもしれないという(てい)にする。


 相談すれば何でも聞いてくれる沖田さんだったが、正論で正面突破が多いので、それに着いていけない人は彼女に対してキツい印象を持つことが多い。


 初めはそういう同期を狙って印象操作を狙った。自分の立ち位置に不安を覚えればいいと揺さぶってみたのだ。

 しかし少し揺らしただけでは、相変わらず楽しそうに仕事をしている。どうにかして僕の上に立たせない様にしなければならない。


 周囲に気付かれない様に気を付けながら彼女に粉をかけてみる。大抵の女であれば頬を赤く染めるのに、彼女は困った顔をしたのだ。

 それでもこれまで何の反応も示さなかったのに、確実にコレは弱味だと気付くと気分が高揚した。


 こちらが色気を振りまけば(ささ)やかではあるが反応があった。ミナツちゃんと名前で呼んでみれば、初めて拒否反応があったのだ。

 あぁ、この女を組み敷きたい。それはこれまで感じた事の無い程の劣情だった。

 向こうから告白させて僕に屈したら捨てればいい。

 その想像はひどく僕を興奮させた。


 甘く、ただひたすらに甘く、誘惑する。

 誘惑自体はあまり上手く行かないが、何かを察したかのようにミナツちゃんは震え、眉を顰め、奥歯を噛みしめ、目の前から逃げ出してしまう。

 この社内でそんな顔をさせるのは僕にだけだと思うとそれも愉快だった。


 だから大矢先輩を上手く誘導して会議室や晩御飯の場で二人きりにして貰った。

 しかし、結局思い通りには行かずにあのスペインバルで、はっきりと拒絶された時は面白く無かった。


「…付き合っている人が居るんです。だからこういう事は止めてください」

「こういう事?」

「二人で食事とか、手を触るとか、ベッドの上発言とか、後は下の名前で呼ぶのも…」


 そう言って、立ち去ってしまったので食事をする気にもなれず、会計を済ませて帰路に着く。

 精算をする店員のぎこち無い笑顔が、まるで僕が告白して振られたと思っているんじゃないかと、考えると腹立たしい。


 確かにベッド発言は、上手く二人になれたことで浮かれ過ぎて、失言だったと思う。

 付き合っている人?そんなの居ても居なくても構わない。

 こっちに気持ちが傾きさえすれば良いのだから。


 翌日、大矢さんを伴ってミナツちゃんが声を掛けてきた時は驚いた。絶対に避けられると思っていたのだ。

 あまりの驚きに手の中に押し付けられた五千円札を結果的に受け取ってしまった。

 ここで借りを作りたかったのに失敗した。


 いつものように何事も無かった様な涼しい顔をしているのだろうと顔を見ると、化粧では隠しきれていない涙袋の膨らみが目に付いた。


「目、腫れてるね。彼氏に怒られた?」

「いえ。怒られていません」

「へー。彼氏嫉妬しないんだ。それって…」


 本当に彼氏?と言おうとしたところで、大矢先輩の困惑している顔が目に入った。

 ここでミナツちゃんを追い詰めたら社内で変な噂になるかも知れなかった。自分の立ち位置を壊す事は愚策だ。

 慌てて口を噤むと、用事の済んだミナツちゃんが離れていった。


 後から時間を見つけて大矢先輩に頭を下げに行く。

 折角の同期なのに沖田さんと仲良くなれなくて、何か誤解をされているみたいだから二人でちゃんと話してみたい、と相談して二人きりにしてもらえるよう協力して貰ったのだ。

 ここでフォローしておかないと、僕の評判に傷が付く。


「折角、二人で話をする機会を作って頂いたのに、ご心配お掛けして申し訳ありません」

「仲良くするんじゃなかったの?」

「僕の伝え方が拙くて…本当にすみません」


 ここで沖田さんが誤解しているとか言葉にしたら逆効果なので、ただただ自分が悪かったのだと頭を下げる。


「きっと分かってもらえると思うのでもう少し見守っていて下さい」


 空元気と思わせるような笑みを浮かべてそう言うと、大矢先輩は納得してくれた。

 卑屈にならないように、健気で謙虚に振る舞えばそれ以上責めてくる人なんていない。


 これで現状維持だと思っていたが甘かった。

 ミナツちゃんは大矢先輩のグループに入ったようで、一人になることが減ってしまった。寿退社を夢見るお姉様方のグループなので、三人集まっているところに近付くのは止めておいた方がいいだろう。


 徐々に仕事量も増え忙しくなってきた事もあり、なかなか話す機会を得られなくて、結局ゴールデンウィーク明けになってしまった。

 お弁当を持って昼休みに外へ行く彼女をつけてみれば、会社にほど近い公園のベンチで一人で座って弁当を開いている。

 慌てて近くのコンビニに駆け込んでオニギリを二つ買うと、自分も昼御飯を食べる彼女の隣に座った。


「ずっと考えていたんだけど」


 ミナツちゃんに直接話しかけなくても、噂話に耳を傾けたり、退社時の様子を見掛けたりしても、彼女に男の気配は感じなかった。


「ミナツちゃん、本当は彼氏居ないよね?」

「居ます」

「…まぁそれでもいいよ。そうだとしても全然会っていないよね?」

「…会っていますよ」


 即答する彼女を真っ向から否定せずに、婉曲的に存在を否定してみれば、少し固まった後で返事を返してきた。

 嘘だ。それは根拠の無い直感だったが、思わずほくそ笑んでしまう。


「会っています」


 もう一度、念を押すように断言されるが視線が浮ついていて、嘘だと確信した。

 僕との会話を早々に打ち切ろうとしているのかお弁当を急いで食べている。


「そんなに急いで食べなくても良いのに」

「私の昼休みはもう時間が残っていないんです」

「まだ三十分はあるよ」

「よく見てますね」

「君だけをね」

「そういうの結構です」


 食べているうちに気持ちが落ち着いたのか、やけに冷静に返された。


「各務さんは彼女居ないんですか?」

「居ると思う?」


 やっと僕に興味を持ってくれたのかと喜びを隠して聞き返した。


「ええ。各務さんは彼女と思っていなくても、各務さんの彼女だと思わせている彼女がたくさん居そうです」

「僕の事、そんな風に思うんだ。酷いね」


 就職を機に別れただけだ。今は彼女が居ないが別れる前でも二股を掛けたことは無い。


「いつか刺されますよ」

「それが君なら受け入れるよ」

「他を当たって下さい」

「つれないね」


 生真面目なミナツちゃんが、人を刺すなんて出来ないのは分かっているから流れにノッてみた。

 悲しそうなポーズを取ってみたけど、絆されてはくれないようだ。


「先に戻りますね」


 あっさりと会話を打ち切り歩き出すミナツちゃんの後ろをついていくが女子トイレに逃げ込まれてしまった。


 その日の帰り際に大矢先輩に呼び止められた。

 うちの会社が担当しているサイトで、イケメンコーナーがあるがコーナーの担当者がイケメンが見付からないと焦っているので、もしこのまま見付からなかったら担当者に紹介してもいいか、という話だった。

 本来なら公休である土日のどちらかに写真撮影とちょっとしたインタビューがあるそうだ。

 幸い指定された日は特に用事もなかったので了承しておいた。


 その約束は翌週の水曜日にキャンセルになった。元々見付からなかったら、という条件だったので問題ない。

 見付かったイケメンの写真を見せてもらうと、背広を着ていなければ女性に間違われるような、色白で線の細い美人だった。


 その時はまだ「これで土日はゆっくり出来る」程度にしか考えていなかった。

 驚いたのは、彼氏の写真をミナツちゃんから見せて貰った時だ。


「彼はそうですね。人生で会った中で一番美人です」


 ミナツちゃんが言う通り、その写真の人物は美人だった。

 しかし、僕が驚いたのはそこでは無い。大矢先輩に見せてもらった人に似ていると思ったからだ。そんな偶然があるものだろうか。


 スルリと手からスマホが抜き取られて、いつの間にか停まった電車から彼女が降りていく。心なしか足取りが軽そうだ。

 まぁ、彼氏が居ても居なくても関係ない。だが、彼女の好みがアレだとしたら、僕とは系統が違うので分が悪いかもしれない。


 予定がなくなった土日を過ごす間、ふと写真の彼が過る事がある。

 ミナツちゃんが見せてくれた写真は自撮りらしく友人と二人ではしゃいだ顔で写っていたが、サイトに掲載する予定の写真は取り澄ました感じに写っていたので、同一人物だったかいまいち自信は無い。

 しかし、自分が劣っているとは思えなかった。……劣っている事は無いんだ、と言い聞かせた。


「おはよう。今日はいつもと雰囲気が違うね」

「おはようございます」


 月曜日の朝、出社してきたミナツちゃんはいつものタイトスカートではなくパンツスーツ姿だった。長身でスレンダーな彼女にはよく似合っている。


「この前の写真もう一度見せてくれない?」


 そういうと、すぐにスマホに写真を表示して見せてくれた。心なしか最近の警戒心が薄くなっている気がする。


 写真には二人の男性が並んで口を開けて笑っている。美人の彼がシャッターを切ったのであろう構図で片手は見えない。子供っぽい笑い方のせいか顔立ちのせいかスーツを着慣れていないように見える。イケメンコーナーの彼と同じといえば同じか。


「あら?この人…どこかで見たことがあるわね」

「先週東京に出張で来てたので、見かけたなら先週ではないでしょうか?」

「あ、分かった!今月のイケメンコーナー」


 いつの間にか近くに来たのか大矢先輩の声に「やっぱり」と頷いた。同一人物で正解だったのだ。


 声を上げた大矢先輩がミナツちゃんを連れて自席に戻ると、パソコンの画面にイケメンコーナーの写真素材を映し出した。

 改めて見てみると、こちらは澄ました顔で写っているが間違いなく同一人物だと分かった。スッとしたモデル立ちで写っているがこちらは年相応の落ち着いた雰囲気でスーツ姿に違和感はあまりなかった。同じ奴に出し抜かれたのかと思うと妙に腹立たしい。


「この写真はどうしたの?」

「大学の友人です」


 友人だなんて今更隠してなんの意味があるんだ。大矢先輩とミナツちゃんの会話が妙に癪に障った。


「彼氏らしいですよ」


 苛立ちに任せてつい口出しをしてしまう。


「克己は友人です。彼氏はもう一人の方です」

「「えっ?」」


 ミナツちゃんのカミングアウトに、僕と大矢先輩の声がハモる。

 イケメンコーナーの記事には、K.Hさんとイニシャルで書かれているが克己というのがこの美人の名前なのだろう。


 もう一人が彼?さっき見せてもらったばかりなのに正直印象に薄い。先程まで克己と呼ばれた彼に出し抜かれたと腹が立っていたが、もう一人の方って―――僕が呆然とする中、大矢先輩が美人な彼をミナツちゃんに紹介して欲しいというような話をしていた。


「彼氏としては各務さんの方が断然良いと思います」


 ミナツちゃんのその言葉に、悶々としていた気持ちが治まるのを感じた。なぜそれで落ち着くのか自分の感情の変化にびっくりだ。


「あら?そうなの?」

「克己は良く言えば天真爛漫、悪く言えば自由奔放の傍若無人ですから。愛想が良いのも自分が興味を持っている間だけ…。各務さんは辛抱強いですよね。背が高いしオシャレだし気配り上手です」


 辛抱強い?そんな事を言われたのは初めてだ。警戒心の無い穏やかな声色で褒められて、心臓がギュッと締め付けられるように感じた。

 この痛みは何なのだ?


 その痛みの正体は分からないまま、ただ声が聞きたくて聞かないと落ち着かなくて、つい色々と理由を付けて話し掛けてしまうようになった。ヒエラルキーとかそんな事はもうどうでもよかった。


 金曜日、今週はずっと濃い色のパンツスーツだったミナツちゃんが、アイボリーの短めのスカートを履いていた。

 彼女はいつも通り黙々と仕事を熟しているがどこか浮ついている様にもみえる。


 デートなのかもしれない、と思うと仕事が手に付かなかった。ミナツちゃんの提出物をチェックしていた大矢先輩に残業させろと念を送るが、落ち度は無かったらしくむしろ彼女を快く送り出そうとしている。


「すみません。実は付き合い始めたのこの前の土曜日なんです。しかもまだ仮だったりします」


 そんな大矢先輩の様子に良心が咎めたのか、突然ミナツちゃんが暴露した。

 この前の土曜日?一週間経っていないじゃないか。仮って何なんだ?ちゃんとは付き合って居ないのか?

 いわゆる友達以上恋人未満っていうやつだろうか。


 退社する彼女の背中を見送って、なんとか仕事に戻ろうとするが、頭の中が何だかグルグルして手に付かない。

 残業確定なのだから、早々に休憩を取ってしまおう。


 休憩スペースの自販機でホットコーヒーを買ってぼんやりと窓の外を眺める。

 夏至に向かう今の季節はまだ日が沈んでおらず、でも心なしか薄暗くなった街の輪郭が浮かび上がっている。


 下の道に目を落とすと、待ち合わせをしているであろう男性の姿が見えた。離れているので顔が分かるわけではない。

 だからそれはただの勘でしか無かった。

 あいつがミナツちゃんの相手だ、と。

 手にしていた温くなったコーヒーを飲み干してゴミ箱に捨てると、正面玄関に向かった。


 見回した限りミナツちゃんらしき姿は無かったが、先程上から見掛けた男性の方に歩いて行くと、セミロングの髪をハーフアップにした女性と話しているようだった。


 勘が外れたかと思ったが、アイボリーのスカートが目に付いた。いつも一つに纏めて結んでいるので髪型を変えていてすぐに気付かなかったのだ。


 間違いないという確信を得て、そちらに向かって歩いて行くと、男性がミナツちゃんを引き寄せた。

 振り返ったミナツちゃんが不思議そうな顔をしている。


「…各務さん?」

「仮だと言っていたから、僕にもチャンスはあるよね?」


 直接見たミナツちゃんの彼氏はやはり特にイケメンと言うわけでも無い。スーツと靴はブランド物だったが、それだけだ。ざっと値踏みして勝算があると思った。


「遠くの恋人よりも近くの恋人の方が安心だよね」

「遠距離で不安にさせるのは悪いと思うけど、心配するような事はしないと誓うよ。俺の彼女は水奈都だけだ」


 プレゼンのコツは、相手にとってメリットがあると思わせることだ。パッと思い付く点を上げてみたが、ミナツちゃんに届く前に彼氏に切り返された。


 こちらを煽るように、二人は目を合わせながら指を絡めて恋人繋ぎをする様子が、恋人未満だとは思えなかった。


「君がどう言おうと近くにいる僕の方が有利だと思うけどね。ミナツちゃんは僕の事を彼氏として断然良いと言ってくれたし」


 舌打ちしたいのを何とか抑え、彼氏の方に不安を植え付ける。


「あれは克己と比べたらの話です」


 ミナツちゃんがこちらを見てそう言ったが、またすぐに彼氏の方に視線を戻してしまった。

 その克己とやらが彼氏だったらまだ納得出来たものを、何でそいつなんだ。


「各務さんは嫉妬深そうですが、相手の女性も各務さんの事が恋愛対象として好きであれば問題にならないと思いました」


 相手の女性も…と、他人事なのが辛い。


「だけど私にとっては、各務さんは恋愛対象ではありません」

「今は隣に彼が居るからそう錯覚するんだよ」


 更に追い打ちを掛けられているのだが、僕と話をする時にはしっかりと目を合わせてくるので、一生懸命に優しい声色で注意を引く。


「各務さんは私とキスする事を想像出来ますか?」

「もちろん。なんなら今しようか」


 ミナツちゃんの口からキスという言葉が出た事に驚喜した。そんなのは当たり前だ。出来るに決まっている。

 すぐにでもキスしようと歩み寄ると、首を横に振って拒絶された。


「では、私が今吐いたとしてその後始末を出来ますか?」


 続けてミナツちゃんの口から飛び出したのは予想外の内容だった。そんな姿は想像できず、また彼女が何を言いたいのかも分からず、顔が引き攣った。


「汚い話をしてすみません。でも例えば将来どちらかが寝たきりになったとして、トイレ等の介護が必要になった時、侑士なら介護するのも介護されるのも想像出来るんです」

「俺も水奈都なら出来る」


 彼氏の方はすぐに合いの手を入れているが、生々しい話に言葉が出ない。そもそも誰のものであれ他人の汚物など触れたくもない。


「……随分と夢の無い話だね。恋人にそこまで求めて恋愛する人は居ないんじゃない?」

「そうかもしれません。でも、そこまで求めて応えてくれる人が居るのに、遠距離は別れる理由にならないと思いませんか?」


 もっと楽しい事を考えればいいのに。しっかりと繋ぎ合わされた手が癪に障る。


「まだ付き合いたてで遠距離の淋しさに気付いていないだけかもしれないよ」

「その時は侑士に淋しいと伝えて、侑士と一緒にどうするのか考えます」


 ここに来てようやく僕が入る隙など初めから無かったのだと気付かされた。

 何よりもミナツちゃんを労る様に見ている優しい眼差しからお互いへの信頼感が見えたのだ。


「……僕の負けだ」


 何とかそう言うと、もう寄り添う二人を見ていられなくて背を向けた。胸が苦しくて真っ直ぐ歩けている気がしない。


「勝ち負けじゃないです。各務さんにもきっと苦楽を共にしたい人が現れますよ」


 背後から伝えられた言葉に、そんなことじゃ無いんだ、と体が苛立ちに震えた。

 思わずミナツちゃんを振り返って見てしまう。ミナツちゃんよりも無条件で自分を信じてくれる連れ合いの存在が羨ましくて眩しく見える。


 不思議と胸の痛みは感じなかった。

 アンタ達お似合いだよ。ストンとそんな感想が降りてきて、気分が幾分か楽になった。悔しいから口には出さないけど。


 そして後はもう振り返る事は無かった。

 本編では分かりにくいのではと思ったので、各務さん視点を書いてみました。

 彼は、承認欲求が強く、しかも誰かではなく全員に構われたい八方美人でもあります。


 水奈都が自分の事に必死過ぎて、各務さんが視界に入って居なかったから、ちょっかいかけられてしまうようになった、という経緯です。


 一人称だと相手の心情まで中々書き辛いので、次回作は三人称にしてみようかと考え中。


 その前に、由恵視点を終わらせられるよう頑張ります。

 読んで頂いてありがとうございました。

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