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失恋のその先。  作者: 加藤爽子
沖田水奈都 視点
14/27

ファッション誌とセカンドキス

閲覧、評価、ブックマークありがとうございます。


2023.01.08 文言修正&追加

 月曜日、満員電車に揺られて会社に向かう。足の痛みは触らなければ特に感じられなかったけど、見た目が凄い事になっている。

 紫色に変色した部分が全部打ったところなんだろう。

 まだガーゼと包帯を外す事は出来ないので、今週はパンツスーツだ。


 タイムカードを押して自席に向かおうとすると、待ち構えていたかのように各務さんが寄ってきた。


「おはよう。今日はいつもと雰囲気が違うね」

「おはようございます」


 髪は相変わらず一つに纏めているのでいつもと違うところは、スカートを穿いていないということくらいだ。

 そういえば今日はシュシュを付けていないから髪も黒いゴムで結んだだけ。飾りっ気の無いパンツスーツ姿なので、男性っぽくなっているのかもしれない。


「この前の写真もう一度見せてくれない?」


 各務さんはいつもの様な苦手な視線を送ってくることもなく他に気が取られているようだった。普通に接してくる各務さんに安堵する。

 彼に見せた写真というと一つだけだ。侑士と克己のツーショット写真を表示してスマホを差し出す。


「あら?ロン毛のイケメンが居るって思ったら沖田さんだったのね」

「大矢さんおはようございます。それよく言われます」


 大矢さんにも声を掛けられたので慌てて挨拶をする。子供の頃からよく性別を間違われたので、にっこりと笑って流しておく。


「ん?この人…どこかで見たことがあるわ」

「先週東京に出張で来てたので、見かけたなら先週ではないでしょうか?」

「あ、分かった!今月のイケメンコーナー」


 声を上げた大矢さんに各務さんが「やっぱり」とか何とか言いながらスマホを返してきた。

 大矢さんが、パソコンを立ち上げてモニターを見るように言ってくる。女性向けファション雑誌だけど『街で見かけたイケメンくん』というコーナーがあるそうだ。

 タイトル通りライターが街で見かけた素人のイケメンの写真と簡単なプロフィールを載せている。


 隔月で発売される雑誌なのだが、発売日に合わせてWEBも更新されるのでそのWEBの更新がうちの会社に任されているらしい。雑誌ではスペースの関係で載せきれないショートインタビューやライターの感想などがWEBには載せられているようだ。


 その写真素材としてパソコンには克己が映し出されていた。好奇心を刺激されたら愛想のいい克己の事だから、声を掛けられてニコニコと応じる姿が目に浮かぶ。


「この写真はどうしたの?」

「大学の友人です」


 大矢さんにスマホを指差されたので素直に答えた。


「彼氏らしいですよ」

「克己は友人です。彼氏はもう一人の方です」


 各務さんの言葉に慌てて訂正をした。そういえば金曜日に写真を見せた時にどちらが彼氏なのかはっきりとは言っていなかった気がする。


「「えっ?」」


 各務さんと大矢さんの声が見事にハモった。

 もう一度スマホを見せるように言われて画面を二人の方に向ける。


「彼氏……普通ね」

「普通って言いましたよ?」

「そうね」


 いつかのランチでそう答えた記憶がある。だけど、今なら普通なんて言えない。昨日まで一緒に居たのにもう会いたくて仕方なかった。(仮)とはいえ、彼氏になってからその存在はどんどん増していた。


 宗教画の天使の様な中性的で美人な克己の隣にいるから評価が厳しくなってしまうのは仕方ない。特に写真だと余計に見た目しか伝わらないだろう。

 そう心の中で自分に言い聞かせるが、侑士は格好いいと声にして言いたい。


「本当に綺麗な顔をしているわね」

「克己は彼女居ます」


 大矢さんが紹介して欲しいと言わんばかりにこっちを見るので、条件反射的に答えていた。

 克己には由恵が居るのに紹介することなんて出来るわけがない。

 大学時代、私も克己の事が好きなのだと勘違いさせてしまって散々二人の間を無意識に引っ掻き回してしまった。由恵を悲しませる事はもう絶対にしたくない。


 ちなみにショートインタビューでの克己は彼女が居るのかの質問に「秘密です」と答えていた。どこかの芸能人のようで苦笑してしまう。

 なんとなく周りの期待を読みとって当たり障りなく立ち回るところがうちの弟にそっくりだ。克己も兄が居るらしいから、下の子というのはそういうものなのかもしれない。


「ちぇっ。やっぱいるのか」


 幸い大矢さんも本気で紹介して欲しいと思っているわけでは無さそうだ。大袈裟にそう言うものの声は笑っていた。


「克己に大矢さんは勿体無いですよ」


 会社の先輩としてはとても頼りになるお姉さんだ。もしも、付き合ったとしても克己に振り回されている未来しか見えないのは何だか申し訳ない。


「彼氏としては各務さんの方が断然良いと思います」


 パソコンの前に座る大矢さんとその後ろからモニターを見ている各務さんが美男美女で絵になったので、なんとなくそう口にした。突然名前を出されて各務さんも驚いた顔をしている。


「あら?そうなの?」

「克己は良く言えば天真爛漫、悪く言えば自由奔放の傍若無人ですから。愛想が良いのも自分が興味を持っている間だけ……。各務さんは辛抱強いですよね。背が高いしオシャレだし気配り上手です」


 由恵から色々と話を聞かされているので私の中の克己の評価はかなり低目だ。だからといって友達としては悪くない。卒制では振り回されたけれど、その発想力と才能は純粋に尊敬しているし、卒制が評価されたのは克己のおかげだと思っている。それでも彼氏としてどうかと言われれば由恵には悪いけど『無し』だ。


 それに比べて各務さんは、ただ私に向けてくる感情が受け入れられないだけで、傍から見る分には人当たりも良くて仕事も出来て…その根本は仕事にも対人にも丁寧で手を抜かない辛抱強さを感じるし、それを苦にしていないところが凄い。

 永遠の子供みたいな克己とは反対に、大人なところを尊敬している。


「それならこのコーナーは各務くんの方が良かったかしら」


 どうやらライターさんにイケメンが見付からないと愚痴られて、各務さんを紹介する予定になっていたけど、先週克己を見付けたのでお流れになったらしい。

 それで各務さんは金曜日に克己の写真を見た時、妙に反応していたのかと納得だ。


 ライターさんは毎号イケメンを探しているので、次号以降に各務さんが載る日は近いかもしれないなんて思いながら、私は自席に戻った。


 この日以降も各務さんは相変わらず会えば色々と誘ってくるものの、私の苦手なねっとりとした視線は、ほとんど気にしなくなっていた。逃げるか他に誰かを巻き込むか、そうやってやり過ごしている。

 苦手意識が薄らいだためか自然と構えてしまう事もなくなり、先輩方からも仲良くするようにという苦言が減った気がする。


 おかげで夜も落ち込む事なく過ごしている。おはようやおやすみの挨拶だけでも侑士とメッセージのやり取りが出来る様になった事も、私の心の持ち様を支えてくれているのだろう。


 そうして迎えた金曜日。


 侑士は昨日から東京に出張してきていて、また一緒に週末を過ごせるのだと思うと浮かれてしまう。

 足の痣は紫を通り越して黄土色になっており、擦り傷は完全に治っていたので今日は久し振りにスカートを履いた。

 痣は色的にパンストで誤魔化せるので思い切って膝上丈だ。


「ん。これで問題ないわ」


 大矢さんから頼まれていた資料にOKが出て、今日やらなければいけない業務は終える事が出来た。


「コレも頼もうと思っていたけど今日は見逃してあげるわ。やっと彼氏持ちらしくなったわね」


 大矢さんの言葉にハッとした。ゴールデンウィークが開けた頃にトイレで聞いた先輩方の話し声を思い出す。

 確か『普通彼氏の事聞かれたら、惚気けるか愚痴を言うか自慢するか』と言っていた。今ならその気持ちがよく分かる。

 誰かが聞いてくれるなら、侑士は格好いいんだと自慢したい。


 実際は付き合ってもいない彼氏を語っていた私は、あの時はこんなにソワソワした気持ちにならなかった。

 味方になってくれそうな先輩達の陰口を聞いて悲しかったけど、私の方が先輩達に対して随分と不審な態度を取っていたのだと気付いた。


「すみません。実は付き合い始めたのこの前の土曜日なんです。しかもまだ仮だったりします」

「そんな事だと思った」


 素直に頭を下げた私に大矢さんは笑って許してくれた。

 苦し紛れに嘘をつくんじゃなかった、と反省する。


「月曜日にまたみんなでランチに行きましょう。根掘り葉掘り聞いちゃうから覚悟しておいてね。それじゃあ、お疲れ様〜」


 大矢さんが茶化した言い回しをしてくれたので、固くなった空気が払拭される。


「ほら、上がっていいわよ」


 大矢さんが指し示す時計を見ると丁度終業時間になったところだった。


「お先失礼します」


 慌てて頭を下げてタイムカードを押すと、トイレの洗面所で化粧直しをする。鏡に映るおばさん括りの髪型を見て、一度解いて手櫛で整えるとハーフアップに結び直した。


 侑士は、約束通り会社の正面玄関を出たところに立って待っていた。いつもは少し猫背気味な侑士が、スーツ姿で背筋を伸ばして立っている。

 それだけで格好良さが増したようで、ドキドキと心臓が音を立てた。


「待った?」

「いや、早かったね」


 恋人同士のベタなやり取りをしているのに気付いて何だか気恥ずかしい。


「侑士の方こそ早くない?」


 意味もなく早口でそう質問すると、打ち合わせが予定より早く終わったから、と返ってきた。そういってふんわりと笑う侑士の顔が好きだな、と見惚れていたら急に手を引かれた。


「…各務さん?」


 引っ張られた勢いで侑士の方に二歩ほど近寄ってから、彼の視線を追って振り返ると、いつの間にそこに居たのか各務さんの姿があった。


「仮だと言っていたから、僕にもチャンスはあるよね?」


 迂闊だった。大矢さんの席で普通に話していたので、会話が聞こえたのだろう。

 真っ直ぐにこちらを見てくる各務さんの目付きには熱が籠もっている。


「遠くの恋人よりも近くの恋人の方が安心だよね」


 遠距離であることを指摘されて震える。

 月曜日に克己より各務さんの方が男として魅力があるとは言ったけれど、それで勘違いさせてしまったに違いない。


「遠距離で不安にさせるのは悪いと思うけど、心配するような事はしないと誓うよ。俺の彼女は水奈都だけだ」


 引かれた手が離されて一瞬寂しく思ったけど、すぐに掌が合わせられて指と指が交互に組み合わされていく。いわゆる恋人繋ぎだ。しっかりと繋がれた手とはっきりと告げられた侑士の言葉に体が熱くなった。


「君がどう言おうと近くにいる僕の方が有利だと思うけどね。ミナツちゃんは僕の事を彼氏として断然良いと言ってくれたし」

「あれは克己と比べたらの話です」


 前後の会話をすっ飛ばしてその言葉だけを侑士に伝えてしまうことに、相変わらず嫌な言い回しをする人だと思った。

 すぐに否定をしようと口を開くと、侑士が繋いでいる手をギュッと握ってくる。

 侑士を安心させるように私も握り返すと顔を見上げて侑士と視線を合わせる。


「各務さんは嫉妬深そうですが、相手の女性も各務さんの事が恋愛対象として好きであれば問題にならないと思いました」


 由恵には言えないが、彼女より美人で彼女に無頓着な克己はとことん彼氏には向かないと思う。その克己よりは各務さんの方が彼氏になった時、彼女の不安は少ないと思ったのだ。


「だけど私にとっては、各務さんは恋愛対象ではありません」

「今は隣に彼が居るからそう錯覚するんだよ」

「各務さんは私とキスする事を想像出来ますか?」

「もちろん。なんなら今しようか」


 そう言って近付いてくる各務さんを首を横に振って押し止める。


「では、私が今吐いたとしてその後始末を出来ますか?」


 そう言うと各務さんは実際に想像をしたのか嫌そうに顔を顰めた。


「汚い話をしてすみません。でも例えば将来どちらかが寝たきりになったとして、トイレ等の介護が必要になった時、侑士なら介護するのも介護されるのも想像出来るんです」

「俺も水奈都なら出来る」


 黙り込んでしまった各務さんと追従してくれる侑士。迷う事なく言いきってくれたのが嬉しいし、口だけでは無く介抱も後始末も介護もしてくれるだろうと信じられる。


「……随分と夢の無い話だね。恋人にそこまで求めて恋愛する人は居ないんじゃない?」

「そうかもしれません。でも、そこまで求めて応えてくれる人が居るのに、遠距離は別れる理由にならないと思いませんか?」

「まだ付き合いたてで遠距離の淋しさに気付いていないだけかもしれないよ」

「その時は侑士に淋しいと伝えて、侑士と一緒にどうするのか考えます」


 何かがショックだったのだろうか、各務さんの瞳が揺れた。


「……僕の負けだ」


 随分と弱々しい声でそう言った各務さんは私達に背を向ける。


「勝ち負けじゃないです。各務さんにもきっと苦楽を共にしたい人が現れますよ」


 フラフラと会社に戻る各務さんの背中にそう声を掛けるとビクリと各務さんの体が震えて信じられないものを見るような目でこっちを見た。その後は足取りを少し取り戻し振り返ること無く会社へ入っていった。


「ありがとう」

「いや、お礼を言われる事はしていない。水奈都が自分で解決したから」

「ずっと手を繋いでくれてたからだ」


 ギュッと握られていた手が今は軽く握られているけれど、お互いの指は組み合わされたままだ。


「どういたしまして」


 手をチラリと見て、それから私の顔を見てニッコリと笑う侑士に心臓が口から飛び出しそうになった。


「俺が矢面に立って話すつもりだったのに、さすが水奈都だ」


 繋いだ手を持ち上げてチュッと手の甲にキスされた。


「ここ外なんだけど」

「ごめん。つい。…言いそびれたけど、今日の髪型も服も似合ってる。俺の為だよね。嬉しいな」


 駄目だ。立て続けの甘い言動に隠しようもなく全身が赤くなってしまった。


「お、お腹空いた!早く何か食べに行こう」


 誤魔化すように手を引いて歩き始める。


「水奈都ってツンデレじゃなくてデレツンだな」

「な、何?!意味分かんない事言ってないで晩御飯行くよ!」


 本当は意味が分かっていない事も無いけれど、これ以上の甘い空気には耐えられそうに無い。

 繋いだ手をグイグイ引っ張って歩く自分の姿はまるで躾のなっていない犬のようだ。尻尾があったらきっとブンブン振っているに違いない。


 外で晩御飯を食べてあの狭い賃貸に帰った私達は寝支度を整えるとシングルベッドに並んで座った。


「(仮)は取れそう?」

「足の包帯は取れたからな。痛みはもう無い?」

「うん」


 私が頷くと、どちらからともなく顔が近付いて唇を合わせた。やっぱり軽く触れた二度目のキスだけじゃ終わらず、もう一度合わせた唇は私が呼吸に困るまでなかなか離れて行かなかった。


 侑士の部屋のシングルベッドで始まった私の恋は、同じシングルベッドからまた始まった―――。

2021.09.28 水奈都編 完結


 水奈都編、無事に完結しました。ここまで読んで頂いてありがとうございます。

 途中から不定期連載になってしまって完結まで書けるか不安でした。なので続きは、完結の目処が付くまで更新をお休みして書き貯めたいと思います。


 時間は巻き戻って大学時代から由恵編になります。もし、読んでもいいよ、という読者様が居ましたら年内連載再開を目指しますので、よろしくお付き合い下さいませ。

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