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失恋のその先。  作者: 加藤爽子
沖田水奈都 視点
13/27

(仮)と写真

2023.01.06 文言修正&追加

「会社で問題なく過ごしている、と話したけど、本当は職場の人間関係に悩んでいて、ずっと…ずっと、侑士の声が聞きたかったんだ。自分の足で立てなくなるから付き合えないって言ったのに、全然駄目だった…」


 何度も侑士に電話しそうになって、ゴールデンウィークも里帰りで距離が縮まったのに会いに行くことも出来なくてモヤモヤしていて、ただ譲って貰った家電やベッドに慰められているだけだった。


「また、胸を貸してくれる?」


 いつの間にここまで弱くなったのか、涙が出ることだけは何とか抑えたけれど、声は震えていた。


「…ああ。まず話を聞いていいか?」

「ありがとう」


 困ったような顔をしてキャリーケースを置き直した侑士にお礼を言う。侑士は質問の形だったのにお礼を言うのはちゃんとした受け答えになっていないけれど、それでも肯定の意で伝わったようだ。


「先に着替えていい?」

「もちろん」


 その言葉にもう少し一緒に居られると、声が跳ね上がってしまう。

 日付は既に変わってしまった。改めて侑士に宿探しをさせてしまう事にならなくて良かった。

 侑士はバスルームで私は部屋で、各々スーツから部屋着に着替えて今は二人してベッドに腰掛けている。


「出張にルームウェア持ってきたんだ?」


 ホテルなら浴衣とか用意されているだろうに。


「浴衣とかバスローブとか妙にスースーして落ち着かない。一日だったらいいけど、三日も四日もアレはちょっと」

「私は好きだけど、浴衣」

「水奈都は似合いそうだな」


 肩幅があるから和装は自信が無いがお世辞でも嬉しい。

 着替えというインターバルを置いた事で、気持ちが落ち着いている。

 さっきは勢いで職場の事まで言ってしまったな、と若干の後悔があるものの、口に出してしまったものは仕方ない。


「会社に各務さんという同期の男性がいるのだけど…」


 侑士も疲れているだろうに、時間を奪っていることが申し訳ないので、さっさと話を聞いてもらおう。


 ポツリポツリと各務さんの言動を語りだす。

 なんで執着されているのか分からないけれど、各務さんから逃げる私を責めるような社内の空気。

 誰を信じていいか解らず、各務さんが向けて来る感情が恋愛感情なのかも解らず、彼氏が居ると嘘をついて予防線を張ってしまった。

 大矢さんは助けてくれそうだけど、陰口を聞いてからやっぱり信じられないと思う気持ちもある。


「彼氏が居た経験も無いし、その、侑士が初恋だから、彼氏について聞かれたら、侑士を思い浮かべて答えてた。勝手にごめん」


 落ち着いて出来るだけ感情を挟まず、事実だけを伝えようとしたが、最後だけは声が震える。言葉にして胸が痛い。


「侑士が味方で居てくれると心強い」


 話している間、ずっと自分の足元を見ていたが、そういって初めて侑士の顔を見る。

 急に視線を合わせたからなのか、侑士は少し驚いた顔をしていた。


「あのさ、俺とその各務っていう奴と何が違うんだ?」

「私を見る目が違う。何ていうか、獲物を見る目?」


 疑問形で答える私に、侑士は少し考えてから口を開いた。


「…水奈都がスーツで大学へ来た時があっただろう?後期が始まってすぐぐらい」

「あぁ。そんな事もあったな」

「あの時俺がなんて言ったか覚えてる?」


 唐突に始まった思い出話に首を傾げながら考える。

 普段は制作の為に、ジーンズやツナギの作業着を着ていたので、珍しくスカートだったことを褒められた気がする。


「もっとスカート履いたらいいのに、だったかな?」

「俺が水奈都を女だと意識した切っ掛け、足だよ。水奈都の足、めっちゃ俺好みだった」

「そうか。侑士が好きだと思うところが有るのは嬉しいな」


 思わず口元が緩んでしまう。

 何故か小さくうめき声をあげて侑士は私から目を離してしまった。心なしか耳が赤くなった気がする。


「…足に一目惚れした俺が水奈都を見る目と、各務の目はそんなに違うのか?」

「全然違う。侑士は、とっても綺麗で優しい目をしているし、私の話を聞いてくれて会話になるし、話していると安心してついつい甘えてしまうんだ。本当に全然違う」


 あと、思わず言わなくてもいい事まで全部話してしまう、もあるかもしれない。甘えてしまうまで言ってしまうとは余計だった。

 そんなに偽悪的にならなくてもいいのに、足を強調して話す侑士も私と同じで言わなくてもいい事を言ってしまったのだろうか。だとしたら心を許してもらっているようで嬉しい。


「…その全幅の信頼が辛いんだけど」


 侑士が頭を抱えて、そう小さな声で呟いた。


「取り敢えず、だ。来週金曜日の仕事終わりに水奈都の会社の前で待ち合わせしよう」

「来週も東京なんだ?」

「あぁ。木、金だけな」

「なんで会社の前?」

「誰かが見てたら水奈都に彼氏がいる事を信じてもらえるだろうし、声掛けてきたら俺に任せろ」

「彼氏になってくれるの?」


 なし崩しになっていた告白の返事が貰えて、嬉しくて跳ね上がった声に自分でもびっくりして口を抑える。

 それから初めてのキスを思い出して顔が熱くなった。またして欲しいかも、とそっと侑士を見上げる。


「あー彼氏(仮)(かっこかり)で…」

「仮なんだ。それってキスはしてくれる?」


 仮って何だろう?少女漫画とかでよくある恋人のフリみたいな事だろうか?


「キスだけで止めれないから駄目」

「止めなくていいけど」


 侑士は何かを諦めたかのようにガックリと項垂れているので思わず丸まった背中を撫でてしまった。


「あのさ水奈都。それじゃあ仮の意味が無いだろう」

「なんで仮なんだ?」

「無理させて足の怪我が悪化したらどうすんだよ。俺の事もっと警戒しろ」

「あっ」


 背中を撫でていた手が捕まって、反対の手で鼻を抓まれた。怪我の心配をしてくれているんだ、と思うと胸が熱い。


「侑士好きだ」


 溢れてくる気持ちを止めれなかったので、本日二回目の告白を口にする。鼻を抓んでいる侑士の手を逆に空いている手で捕まえてその指先に唇を当てる。


 侑士が低く唸るような声を出して、気が付くと私の背中が布団にくっついていた。

 私に体重をかけないように覆いかぶさっている侑士の顔が近付いて、おでことおでこがくっついた。


「警戒しろって言ったよな?」

「…っう」


 至近距離での声にゾクリと震えたら、自分の膝同士を擦ってしまい、打ち身の痛みで変な呻き声が出てしまった。

 その声に侑士はハッとして私の上から素早く離れた。


「足打ったか?」

「ちょっと擦っただけ。大丈夫」

「本当に?もう煽るの禁止だからな」

「うん」


 私がいつ煽ったのか分からないままに頷くと、侑士の眉がピクリと動いた。


「喋るのも禁止。ほら約束通り胸貸すからそのまま寝てくれ」


 侑士はそう言って私の横に寝転がると、私の顔を引き寄せて侑士の胸に押し当てる。ギシリとシングルベッドが軋む音がした。

 ドクドクと脈打つ心なしか速い気がする心臓の音が心地いい。喋るなと言われたので口を閉じて、侑士の心臓の音に耳を澄ます。力強いリズムを刻む音に安心して自然とまぶたが降りてきた。


 今日は色々とあったから思いの他、体が疲れていたらしい。そう意識してしまうと増々体もまぶたも重たくなって、あっという間に寝てしまった。


 久し振りにスッキリとした目覚めだった。この数ヶ月悩んでいた事を侑士に全部聞いてもらえたので、何も考えずに眠る事が出来た。

 それに頼れる彼氏が出来てしまった。目の前にある紺色のルームウェアに顔を擦り付ける。その温もりに夢じゃなかったと安堵した。


「水奈都くすぐったい」

「あ、ごめん。まだ寝てていいよ」


 侑士は半分寝ているのか目が開いていない。私が壁側に寝ていたので、侑士を乗り越えてベッドから抜け出す。


 身支度を整えると、朝御飯を作るために冷蔵庫の中を確認した。

 塩漬けになっている生わかめがあるからそれとお麩とで味噌汁を作って、卵が三個残っているから玉子焼を作ろうか。

 ご飯は冷凍ご飯が有るけれど、侑士には炊きたてを食べてもらいたい。

 それだけじゃ寂しいので、お弁当用に作り置きをしているひじき煮を出そうか。


「水奈都何してるんだ?」

「朝御飯作ろうと思って」


 いつの間にかベッドから出てきた侑士が冷蔵庫をそっと閉じてしまう。


「今日は立ち仕事禁止」

「禁止ばっかりだ。大袈裟すぎる」


 心配してくれるのは嬉しいけど、少々過保護では無いだろうか。


「朝は和食派?」

「いや、いつもはそこのグラノーラだ」

「じゃあ今朝もそれで」


 目で抵抗を示したが、強制的に抱き上げてベッドの上に連れて行かれてしまった。

 成人女子の平均より背が高くて侑士とは十センチも変わらないはずだが、持ち上げられる事に驚く。


 侑士にちゃんとした朝御飯を用意したかったと思うものの、私もそんなに料理に自信があるわけでは無いので、有り合わせの材料で強行する程でも無いかと諦めた。


 由恵や由恵のお母さんのように味も見た目も良い料理が作られるなら是非侑士に食べさせてあげたい。

 今度、また由恵の家に泊めてもらって、料理を教えてもらおうかな。


 いつの間にか私がベッドに座って侑士が深皿とスプーンとグラノーラと牛乳を持ってくる。

 収納も少ない狭い部屋なので、食器は手伝う間もなくすぐに見つけ出されてしまった。


甘えさせてくれるところが慣れなくて何だかくすぐったくなるけれど、これは…。


「甘やかせ過ぎだ」

「水奈都には丁度いいと思うけど。いつも張り詰めてて心配になる」

「そうなのか?」


 確かに大学では、特待生の条件としてみんなのお手本になるように言われていたからそれなりに気を張っていたかもしれないが、社会人になった今は一番下っ端の身分でお手本にもなりようがない。今はどちらかと言うと早く一人前になりたいと頑張っているところだ。


 そこで真剣に悩みだすところが水奈都らしい、と侑士に笑われた。


「食べたら病院行くぞ」


 やっぱり行くのかと少しがっかりしていたら、頭を撫でられた。それだけで気分が上昇するのだから不思議なものだ。

 私は既に服を着替えているので、歯磨きと化粧をすれば終わりだ。


「私服でスカートは持ってないのか?」


 いつも通りのはずのジーンズ姿にケチをつけられた。


「足見たい?」

「俺じゃなくて医者に診てもらうんだろう。まぁ見るけど」

「見るんだ?」

「見るだろ」


 さも当然と言いたげな侑士に笑ってしまった私を見て侑士も笑った。


 痩せてブカブカになったからと妹から押し付けられた屈辱のスカートの中から茜色のミモレ丈のフレアスカートを選んだ。ウエストがぴったりなのが悲しい。


 髪はいつものように一つに結ばず、下ろしたままにする。

 足を診てもらうのでパンストは履けないし、ロングの靴下も履けない。ヒールも危ないから足首までの靴下にスニーカーで子供っぽく見えないだろうか。チラチラと見え隠れする包帯も気になる。


 何だか落ち着かなくてソワソワしていると侑士に「可愛いよ」と言われて増々落ち着かなくなってしまった。


 侑士は流石に私服を持ってきてない、と黒の無地のTシャツを着てジャケットを羽織っている。ボトムはもちろんジャケットと対になっているスーツだ。

 昨日はきっちりカッターシャツにネクタイ姿だったのでインナーを変えただけでも印象が違う。


「あっ」

「どうした?」

「写真撮ってもいい?克己が羨ましかったんだ」

「よし撮ろう」


 普通に二人並んで写真を取りたかったのに、肩を抱き寄せられてお互いの頬がくっつきそうな距離でパシャリと音がした。

 侑士の全開の笑顔と私のびっくりした顔が並んでいて撮り直しを要求した。


 私の希望通り写真を撮り直してくれたけど、最初の写真も削除してくれなかった。


 病院は、ネットで検索して家から近いところに行った。消毒用のアルコールの匂いに満ちた空気はやはり好きになれない。診察結果は自分が思っていた通りの打撲と擦り傷に加えて切り傷もあった。

 昨日は分からなかったけど、打撲した場所が青く変色していて分かりやすくなっていた。思っていたよりも広範囲だ。


 塗り薬と念の為に痛み止めの錠剤が処方されたので、薬局に寄って帰ってくる。お医者さんにもあまり歩き回ると傷痕が残ると脅されてしまった。

 一人暮らしだから動かないわけには行かないと口答えしたら、診察室を出た後に目敏い看護師さんが侑士を見付けて、お医者さんが言った事を伝えてしまう。


 結果、今日も侑士はうちに泊まるらしい。

 一緒に居てくれるのは嬉しいけど何か予定があったのではないだろうかと思うと申し訳ない。

 鞄からノートパソコンを出して何やら作業しているし、どこかに電話しているし、でも、私が何かしようと立ち上がったら、何をするのかすぐに確認してくる。


 昼食も侑士が焼き飯を作ってくれた。料理出来るんだと聞いたら、一人暮らしだったからこれくらいなら出来ると返ってきて納得した。


 こんなに狭い部屋に缶詰じゃ侑士も息が詰まらないだろうか。


「予定狂わせてごめん」

「いや、今日だけだからな。一緒に居られるの」


 ポンポンと頭を撫でられると安心する。


「水奈都好きだよ」

「…何で急に」

「言ってなかったと思って」


 昨日の夜告白してから堰が壊れたかのように、私は侑士に好きだと言っていたけれど、これはとんでもなく恥ずかしい。言われる方が恥ずかしいとは知らなかった。全身が真っ赤になっている自覚がある。


 そんな感じで特に何かしているわけでも無いのに、時間はあっという間に過ぎていき、気が付けば日曜日。

 侑士は東京駅どころか地元の駅までのお見送りでさえ禁止してきた。

 月曜日になれば仕事が始まっていくらデスクワークとはいえ通勤が負担になるから、と説得された。週末に会う時は包帯が取れている事、と約束させられてしまえば出来るだけ大人しくしているしか無い。


 侑士を困らせたい訳では無いので、言われるがままに玄関先で見送るだけに留めた。

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