困ったちゃんワールド
ここは、困ったちゃんワールド。
私は保育園で保母さんをやっていて、今日は、子供達が全員帰るまで居残ってなきゃいけない当番の日で、そして何故か、そんな私の当番の日の今日に限って、この保育園でも名うての問題児ばかりが勢ぞろいして残ってしまっていた。
茜ちゃんは、お転婆全開ですっ転んでわあわあ泣き喚き、その横では太一君が壁にイタズラガキをして、それを注意しようとした瞬間に祥子ちゃんがジュースを床にこぼし、慌ててそれを拭いている私の後頭部に向かって雅敏君が、フライイング・クロスチョップをぶちかます。
ここは、困ったちゃんワールド。
はっきり言って、やってらんない。
ここは、困ったちゃんワールド。
かなり痛い。
ここは、困ったちゃんワールド。
もう、やめてぇ……
もう夕方が過ぎ、夜の七時近くになっていた。
なかなか、引き取りが来なかった困ったちゃん達も、徐々にその数が減っていき、今残っているのは、雅敏君ただ一人だ。
流石に一人きりになってしまうと随分と大人しくなる。もしかしたら、親が迎えに来なかったらどうしよう? などと不安になっているのかもしれない。
「ねぇ、先生。ご飯作って」
突然、雅敏君がそう話しかけてきた。
「なんでよ?」
帰ったら、どうせ夕飯だろうに。
すると、雅敏君は少し俯き加減になって、こう呟いた。
「だって、家では誰も料理作ってくれないんだもん」
「………」
そうなのだ、雅敏君の親は共働きで、疲れて帰ってくる彼らは、いつも買ってくる弁当かなんかで夕飯を済ませてしまう。
私はちょっと考えると、台所へ向かった。
「ほんの少しだけだからね」
軽く、チャーハンでも作ってやる事にした。
できあがったチャーハンを、雅敏君はただ黙々と食べていた。核家族とか、少子化とか、共働きとか、時代の流れというけれど、地域社会の交流も少なくなり、小さな子供達のコミュニケーションの場は随分と失われてしまっている。
そんな中で、多分、雅敏君みたいな寂しい子供は、どんどんと増えているのだろう。
もしかしたら、私のいるこの職場は、今のこの社会において、結構、重要な場所であるのかもしれない。
黙々と食べる雅敏君の横顔を見つめながら、がんばる必要があるのかもしれない、と私はそんな事を考えた。
「ねぇ、先生」
「ん?」
「料理下手だね」
「うるせぇよ!」
少なくとも、今は(笑)。