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翌日。早速私はエンマとの特訓を始めた。
「エンマはなんの魔術が使えるの?」
「火」
「それは知ってるよ。私が聞きたいのは、どの種類の魔術をどのレベルまで使えるのかってこと」
そういうと、エンマは押し黙った。
「おーい?」
「……」
しばらくして、ようやく口を開く。
「他の魔術は、つかったことねぇ」
「えっ」
えっ!
確かに、火以外使っているところ見たこと無いけど……
「使えないの!?」
「使ったことないたけだ!」
くわっ、と言い返すエンマ。
いやいや同じ意味でしょ……
信じられない。今の私は複数種類の魔術を同時展開するのが常となっている。加えて量や温度、様々な要素を掛け合わせることで多様な攻撃を生む。一種類の魔術で戦うなんて、とても通用しない。
「な、なんで」
「必要なかったからな」
ふん、と鼻を鳴らすエンマ。
必要ないって……一種類の魔術しか使わないってことはつまり……
「エンマ、初級魔術師なんだね」
そういうと、エンマはむっとした顔になった。この言い方があまり好きではないらしい。
一般に、三種類以上の魔術で中級を取得すると中級魔術師になり、上級を取得すると上級魔術師になる。
なぜ魔術師の位階が種類数に依存するのか。それは、それだけ使える魔術の種類の数が総合的な実力に直結するからだ。だからみんな一種類を極めるより先に、浅く広く訓練をする。私もそうだった。そうすることが、強くなることへの近道。そう、教えられた。
おそろしい。
彼はこの常識を覆し、特塾へ乗り込んだ。
そんな彼が他の魔術を覚えた日には……
「? なに笑ってるんだ?」
「……んーん、なんでもない」
これは、楽しみだ。
目の前の原石を見ながら、そう思った。
◆
とりあえず、火と相性のよい風の魔術から始めることにした。
私ははじめて魔術を使う人用の、ごく一般的な説明をする。
エンマは実践するが、苦戦しているようだ。
「……できねぇよ」
「そんなすぐにできるわけないでしょ。できるまでイメージするの」
とはいえ、すでに火魔術を扱えている。生まれて初めて魔術を発動させるというわけではない。発動できるようになるまで、そう長くはかからないだろう。
訓練を始めて数時間、エンマは風魔術を発動することに成功した。
「どうだっ!」
誇らしげに見せてくる。子どもか。
「熱い……」
エンマの生み出す風は熱かった。
こうも個性がでるものなのか。
ひとまず、発動はできた。第一段階突破だ。
でも、発動だけで満足してもらっては困る。
「エンマ、しばらく火魔術禁止ね」
「はぁっ!? なんでだよ!」
「そりゃ、訓練のため」
私はにやりと笑う。
「火魔術なしで、ここらへんの魔物に勝ってみせなよ」
ぐぬぬと、エンマは顔を歪ませた。
◆
エンマは意外なほど素直だった。
私の言葉通りに訓練をし、たまに顔をしかめることがあっても基本的には反抗しない。完全に心変わりしたようだ。
そして今、一匹の魔物に苦戦している。その魔物は、特塾の生徒からしたらとるにたらない存在。苦戦の理由はいたって単純。エンマは風魔術しか使っていない。
「くそっ」
エンマはなかなか倒せないこの状況に悪態をつく。
だが、まったくもって歯が立たないというわけではなかった。このあたりの魔物は街の近くと比べ強力である。その魔物につい最近取得したばかりの魔術のみでやっていける。その成長スピードには目を見張るものがあった。
エンマは、とにかく魔術の出力が凄まじい。火魔術でそれが顕著であったが、風魔術においてもそれは健在だった。強力な風を生み出し、相手を圧倒的する。
がしかし、出力だけでゴリ押すのでは限界がある。
「はぁ、はぁ……」
なんとか魔物を倒し終えたエンマが近づいてくる。
「遅かったじゃん」
「っ、お前な……!」
私がけろりとした顔で言うと、エンマは思いっきり顔を歪ませた。
エンマの指導を始めて数日。私は鬼コーチと化していた。ブレッドのときもそうだが、育て甲斐があるとつい厳しくなっちゃうんだよね……
私は魔術を指導することと同時に、あることを指導している。
「反省は?」
「……魔術の威力は十分にある。だが現状での攻撃手段は主に突風による打撃。ダメージを蓄積することができても留めをさすことができねぇ」
あることとは、言語化能力。
戦いを反省し、それを言語化してもらっている。この言語化の訓練を通して自分の課題を自覚するのと同時に、エンマのコミュニケーション能力を改善させる。ついでに言葉遣いもなおす。
最初こそお話にならなかったが、最近はきっちり建設的な会話ができるようになってきた。あと悪口も減った……気がする。
「不足点は?」
「風をもっと多彩に使う力……つまり、技術だな」
「加えて、知識量ね。あの魔物はお腹が脆い。それを知っていればもっと早く終わったよ」
「……」
エンマは恨めしい目でこちらを見てくる。だが、追求はしない。彼はもう自分の弱さを受けいることができるのだ。
「どうしたらいいと思う?」
「……風魔術の使い方、おしえろ」
「おしえろ?」
「おしえて、ください」
「よろしい」
私は満足げに頷いたのだった。
◆
「おうおうエンマ、風魔術うまくなりたいんだってな! いいぜ、この俺になんでも聞けッ!」
そう胸をはるジーク。
それを目の前に顔を歪ませるエンマ。
私は、風魔術を教えるのをジークにお願いした。
もちろん、ある程度は私がおしえることもできたが、私は、エンマに他のみんなとも仲良くなってほしいのだ。
「誰がてめぇの教えなんかいるか!」
「エンマ!」
嚙みつこうとしたので、それを制す。
エンマは、プライドどの葛藤を顔に滲ませながら、頭を下げた。
「……教えて、ください」
それをみたジーク、そして近くにいたルーゼは目をまるくした。
「おいおい、お前が頭下げるなんてどういう顔の吹き回しだ? 明日には槍が降るかもな、はっはっは」
「ばかにしてんのか!」
「エンマ!!」
またすぐ嚙みつこうとするので、それを止める。
「犬かよ」
「犬ね」
がるる、というエンマにジークとルーゼは半笑い。
やがてジークは真剣な表情で言った。
「エンマ、ばかになんてしてねぇぜ? 俺は感心してんのさ。過去の自分と決別するってのはそんなに簡単なことじゃねぇ。今まで積み重ねてきたものをぶっ壊すのには、それなりの勇気と覚悟が必要だ。それをこの短期間でやってのけたお前を、俺は心から尊敬しよう」
そうやって、ジークはエンマの肩に手を置いた。
「任せろ。俺がお前に風魔術のすべてを叩き込んでやる」
「ふん、すぐにお前を食い尽くしてやるからな」
こうして、エンマとジークの特訓が始まった。




