-080- 敗北
私たちは近くに川があったので、そこで魚を何匹か獲ってきた。また、森の中で食べれそうな山菜も摘んだ。
結構豪華な晩御飯になるのではなかろうか。
「テナの出身って、アイシスアイセだったよね」
「はい」
「じゃあ魚とかよく食べるの?」
「そうですね。アイシスアイセは海産物が有名ですから」
「いいな~。アイシスアイセに行ったときは案内してよ!」
「……時間があれば」
スイト王国は内陸国なので、海の魚はほとんど食べたことがない。
世界各国を行くこの塾で、食を巡るのが私の密かな楽しみだ。
「シフォンは、スイト王国から出たことはないのかい?」
ベルがそんなことを聞いてくる。
「うん、特塾が初めて。だから色んな国を見て回るのが楽しみなんだよねー! ベルはカノ王国出身だっけ」
「あぁ。残念ながら今回の特塾ではカノに行く予定はないようだけど、卒業したら是非遊びに来てほしい。とてもいい街だよ」
「私は行ったことあるわ」
と、ルーゼ。
「音楽に、美術に、街並みに、全部素晴らしかった。ものすごく芸術に熱心な街だったわ。また行きたいわね」
「覚えているよ。隣国の皇族が来るものだから、王国中お祭り騒ぎだった。実は、私はジークとルーゼ、そして皇帝陛下の前で曲を披露したんだけど、覚えてる?」
「ええ、もちろん。かなり印象深かったもの」
えー! 二人は特塾に来るまでに一回会っていたんだ。
「なんか不思議だね。数年前は皇族と、それをもてなす音楽家だったのに、今はクラスメイトだなんて」
「まあ、人生ってそういうものだよ」
「それっぽいこと言っちゃって」
ルーゼがベルを小突く。
私も子供の頃から世界を旅していれば、すでに特塾の誰かと会ってたのかもなぁ。
そんな感じで、私たちは過去話で盛り上がりつつ、楽しく晩御飯を確保したのだった。
◆
みんなのいるところに戻ったころには、日は暮れていた。
ジークたちが薪を集めていたようで、調理の準備はばっちり。
すでに火を起こし、四人でそれを囲んでいた。
……四人?
「あれ、ガナッシュとエンマは?」
「あー……」
ジークは頭をかいて困ったように目を逸らす。
そして、端的に、
「なんか、喧嘩してる」
え、ん?
「ええっ!」
喧嘩!? ガナッシュとエンマが!?
「なんでっ!?」
「エンマの態度に、ガナッシュがキレた」
ガナッシュがキレた!?
にわかに信じ難い。私ですらそんな姿見たことないのに。
「な、なんで止めないの……?」
「いや、止めたよ」
今度はロフラが答える。
「でもあいつら、聞く耳もたない」
「え~……」
もーなんで喧嘩してるんだよぅ。
せっかく皆でご飯食べようって思ってたのに。
私は、大きくため息をついた。
「ちょっと、行ってくる」
そう言って、ガナッシュとエンマのもとへ急いだ。
◆
夜。満月の下で交差する炎と氷。
一方は、熱く、ただただ熱く。まるで、奥底から湧き出る怒りのように。
一方は、冷たく、どこまでも冷え切っている。まるで、その胸から尖る嫌悪のように。
(こいつもだ)
エンマは内心舌打ちをする。
(こいつも、俺の炎が通じない)
頭によぎるのは昼間の戦い。
テナは氷魔術でエンマを圧倒した。
今相手にしている魔術師も同じ氷魔術を使っている。しかし、テナのそれとは毛色が違う。
テナは肺が凍るほどの冷却魔術でエンマの炎を制圧した。
対してガナッシュは熱を散らして効果的に熱を奪っている。
魔術の出力で言えばテナの方が上。だが、ガナッシュの技術は、単純なエンマの攻撃を抑えるのに十分だった。
(気に食わねぇ)
自分の炎を持ってして、何故燃やせない。
これだけ全力を出して、何故届かない。
そのもどかしさを嚙み殺すとき、脳裏にちらつくのは、お節介な少女の言葉。
"みんなと一緒にやれば、絶対強くなれる。だから、一緒に鍛錬をしよう"
「くそが……」
くだらない。群れるなんて、弱いやつのやることだ。
浮かんだ言葉を振り払うように、頭を振った。
「凶器を持った子供だ。魔術の扱いをまるで理解していない」
「あ? もうてめぇ黙れ。殺す。絶対殺す」
「そうやってできもしないこと言い散らかすところも子供だ。そんなんだから弱いんだよ」
ただでさえ怒りが爆発しているのに、一気に頭に血が上った。
(もう許さねぇ。次の一撃で燃やす。今ある魔力すべてぶち込む)
エンマは魔力を練る。かつてない怒りにそのリミッターは外れ、莫大な魔力が圧縮される。
対するガナッシュも魔力を練った。その余波で、あたりが少し凍りつく。
お互いに向かい合い、魔力を射出するその瞬間。
「ストーーーッップ!」
一人の少女が、二人の間へ飛び出した。
二人は慌てて魔力を飲みこもうとするが、間に合わない。
エンマからは炎が、ガナッシュからは氷が打ち出された。
二つの魔術に挟まれる、危機的状況。
それでも、シフォンは冷静だった。
ガナッシュの氷を利用しつつ、自分も大量の水を放出してエンマの炎を鎮火する。
一方、ガナッシュの魔術で凍えないように、しっかりと体温調節も行う。
すべてを一瞬の判断で行った。
結果、無傷。あれだけの魔術に挟まれておいて。
シフォンはまず、エンマを睨んだ。
「感情的になりすぎ! 一年間一緒に旅する仲間なんだから、そんな本気の攻撃しちゃダメ!」
そして今度は、ガナッシュを睨む。
「ガナッシュも! そんなに喧嘩っ早かったっけ? ガレルじゃあるまいし!」
ガナッシュは、ばつが悪そうに顔を歪めた。
「とにかく、喧嘩はこれで終わり! 戻るよ二人とも」
「……ごめん」
ガナッシュがこぼす。
シフォンはため息をひとつついて、ガナッシュを半目で見つめた。
「……フン!」
エンマは鼻をならし、他の人がいるところとは別の方向へ歩き始める。
「ちょ、ちょっと」
シフォンはそれを追いかける。
だが、感情的になりすぎて自己嫌悪に陥っていたガナッシュは、その場で立ち尽くすことしかできなかった。
◆
(気に食わない)
ずかずかと森の中を乱暴に歩く。
発散しようのない苛立ちがエンマを支配していた。
(なんだよ。なんなんだよこいつら……!)
今まで、自分の炎が抑えらることなんてなかった。
気に食わないものがあれば燃やせばよかった。
自分に対抗できる魔術師なんて、地元にはいなかった。
なのに――
(担任にも、箱入り野郎にも、氷野郎にも、銀髪野郎にも、さらにはあのお節介野郎にも、俺の炎が通用しなかった……!)
敗北。
その言葉が、エンマの脳内で見え隠れする。
自分は最強だった。その自負があるから、認めたくない。断固として。
「エンマ」
後ろから声がした。
いつもなら無視していたところだが、なぜかエンマの足は止まった。
そして、ゆっくりと振り向く。
そこには怒ったような、それでいて少し緊張したような顔をした少女がいた。
「ねぇ、まだ、私達と一緒に鍛錬する気にはならない?」
「……」
また、以前の彼女の言葉が脳裏をよぎる。
だが、すぐに押し込めた。
「エンマは、強くなりたいんじゃないの……? 強くなりたいから、特塾にいるんじゃないの?」
「……」
無言を貫く。反応したら、過去に積み重ねてきたものが壊れる気がして。
「だったら……だったらさ、少しでいいから、クラスメイトの助言くらい、聞き入れてよ。独りよがりの鍛錬なんて、ここじゃなくてもできるじゃん」
「……」
それでも、彼女の言葉は、彼の過去を崩してゆく。
「私は……私は、クラスメイトとしてエンマと高め合いたい。……し、エンマが活躍して、みんなをあっと言わせるところも見てみたいんだよ。だから――」
――一緒に鍛錬、しようよ。
十数秒の沈黙。聞こえてくるのは川のせせらぎ、虫の声だけ。
認めたくない。自分の炎が通じない相手がいることを。
認めたら、過去の自分が死ぬことになる。
だけど。
もしその敗北を受け入れ、弱さを認め、過去の自分を破壊することで、新たなステージに登れるのだとしたら。
もっと強くなれるのだとしたら。
「……お前の言うとおりにやれば、俺はあいつらにも勝てるんだな?」
「え……う、うん。少なくとも、今よりは、絶対」
そして、地獄の炎を操る悪童は、過去の自分に別れを告げる。
「なら、教えろ。俺がもっと強くなるように」
「うん!」
シフォンは嬉しそうに頷いた。
◆
「なら、教えろ。俺がもっと強くなるように」
そういったエンマの眼は、どこか遠くを見据えているようだった。
やっと言ってくれたと、嬉しい気持ちでいっぱいになった。
「それじゃあ、まず、今日はみんなとご飯食べようか」
「はぁ!? なんでだよ、誰と飯食おうが鍛錬には関係ねぇだろ!」
「大有りだよ。これから誰と高め合って、誰に魔術を教わると思ってるの?」
「ぐ……」
エンマは納得のいかない表情をしている。
「言うこと聞かなきゃ、教えないよー」
「……っ、ああもう! 一緒に食えばいいんだろ!」
「ふふっ。じゃあ、いこっか」
そして、私とエンマはみんなのもとに戻っていった。
◆マゴウ=エンマ
性別:男
年齢:15
出身国:マグナガム
得意魔術:火
ステータス(E~SS)
魔力量:S
生成術出力:SS
物体操作術出力:C
魔力操作技術:D
身体能力:A
性格:D
コミュニケーション能力:D




