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-073- 炎対風

特塾が始まってから一週間ほど、ウィッカ先生が塾らしいことを言い出した。


「そうだお前たち、級長を決めろ」

「級長?」

「ああ。組織で動く以上、リーダーがいた方がいい」


 級長、ね。

 確かに今のままだとまとまりが悪い。これからクラス全員で何かに向かうとき、指示が円滑に通らないかもしれない。

 ウィッカ先生の言う通り、リーダーは必要だろう。

 私はみんなの様子を伺う。最初に名乗り出たのはジークだった。


「俺がやる! 他にやりたいやついたら名乗り出ろ!」


 高らかに言い放つ。しかし、それに続くものはいなかった。


「なんだ、誰もいないのかよ」


 何故か少し残念そうなジーク。


「誰でもいいわよ、そんなの」


 と、ルーゼ。


「おい、ほんとうに他にやりたいやついないのか?」


 ジークがみんなを見渡す。


「私は別にいい」

「僕も……そういうタイプではないので」

「私も遠慮しとくよ」

「…………」


 みんな、あまり積極的ではないようだ。

 中でも、氷のような髪をもつ女の子はまったく興味なさそうに少し離れたところに立っていた。

 気になって、話しかけてみる。


「ねぇ、あなたはいいの?」


 感情のよめない、無機質な瞳が私に向けられる。

 そして、淡々と言い放った。


「はい。私はあなたたちと馴れ合うつもりはありませんので」

「……」


 随分と分厚い壁をつくられたものだ。

 彼女の名前はハイジエータ・テナ。喋りかけたら答えてくれるし、邪険な態度をとられることもないのだが、友好な態度をとられることもない。無機質でいて、誰とも交わろうとしない。


 ……仲良くなるのには時間がかかりそう。


「そっか」


 とりあえずそれだけ言って、そばを離れた。


 一方のジークは、エンマに声をかけていた。


「おいエンマ。俺は、お前なら立候補すると思っていたんだがな」

「あ? なんで俺がんなことしなきゃなんねぇ。勝手にやってろ」


 そういうと、ジークは大きくため息をついた。


「お前、この級長決めの意味わかってんのか? エンマだけじゃねぇ、お前らも全員聞け」


 ジークは語気を強める。

 ……身体がビリビリする。またこの感じだ。


「なんのために級長を決める? なんのためにリーダーをつくる? 組織を円滑に動かすためだろ。いざという時、級長中心に対応するためなんだよ! リーダーがいない組織は、いとも簡単に崩壊する」


 ジークは続ける。


「級長が決まったとき、そいつとそいつ以外には明確な上下関係が成立する。わかるか? お前らが俺を級長だと認めた時点で、俺が上、お前らが下になるんだよ。当然、俺の指示は絶対で、逆らうことなんて許されない」


 ジークの言いたいことは分かる。リーダーとその他に上下関係がないと、指示が通らず集団の戦闘ができない。やっても、中途半端になる。組織全体で動くとき、リーダーに反抗するのは混乱しか生まないのだ。

 その言葉に、エンマが反抗する。


「ふざけんな! てめぇが勝手に級長名乗ってるだけだろうがよ! 絶対服従とかありえねぇから!」

「ああ。だから簡単に俺を級長にするなっつってんだろ。ってわけで、もっと明確に上下関係を決めようぜ」

「……どうやって」

「おい、ここをどこだと思ってんだよ。言わなくても分かるだろ」


 ジークは目をぎらつかせて言った。


「実力だよ」


 びりびりびりっと、身体中に衝撃が走る。

 ……やっぱりだ。ジークの声には、不思議な力がある。強く、聞き手の心を揺らす力が。


「……いいぜ」


 エンマが低い声で答える。

 その瞳は、熱い闘争心で燃えていた。


「俺が勝ったら、箱入り野郎、お前俺の言いなりだからな」


 ジークは、満足そうに口角をあげた。


 ◆


 ジークとエンマが向かい合う。

 私達はその様子を少し離れたところから見ていた。


「シフォン、どっちが勝つと思う?」


 ルーゼがそんなことを聞いてくる。


「うーん……」


 ジークは風魔術の使い手。実際に戦ったわけではないが、この一週間見ただけで相当な実力者だとわかる。出力、技術ともに申し分なかった。高校生魔術師としては完成していると言える。

 対するエンマは火魔術を得意とする。計り知れない出力をもち、それは炎が青くなるほど。その威力は小手先の技術ではどうしようもない。

 ジークは、エンマの攻撃を受けれるのだろうか。


「エンマに分があるように思うけど……」

「ふーん」

「ルーゼはどう思うの?」

「さあ。でも、あの子が同年代相手に負けるのは想像しづらいわね」


 ルーゼはジークが勝つと思っている様子。

 緊張の中、ジークが声を張り上げた。


「ルーゼ、合図頼む!」

「はいはい」


 ルーゼは、空に向かって十分な大きさの火球を打ち上げた。

 そして、それが爆ぜた瞬間、二つの魔力が激突した。

 炎、対、風。

 莫大な魔力がぶつかり合い、熱波となってこちらまで届く。


「いいねぇ、熱いねぇ。好きだぜ、こういうの!」

「うるせぇ、黙って戦え!」


 エンマの炎に、ジークの風は張り合っていた。

 ……いや、確かに出力で言えばエンマの方が格上。だけど、ジークは風の流れを巧みに操り、最小限の力で炎を受け流している。さらに、冷却魔術を風にのせているようにも見える。

 なんだこれ……器用にも程がある……!


「おい、もっといけるだろ! なぁ、エンマお前よぉ!」

「ぶっ殺す……!」


 エンマの炎がまた一段と強くなった。

 だけど……すぐにジークが風で受け流し、対応されてしまう。

 こうなると、エンマはとても不利だ。エンマの攻撃は単純で、工夫がない。ある程度の相手はなすすべがないだろうが、ジークには炎を受け流す技術がある。

 このままだと、エンマに勝ち目はない。


「くッ……!」


 エンマは額に汗をにじませ、もう一段階ギアを上げる。


「無駄だぜ」


 それもまた、対応されてしまう。


「エンマ、お前、今のままじゃ俺に勝てねぇよ」

「黙れッッ!」


 恐ろしいほど青色に染まる炎。

 私だったら、これはさすがに無傷じゃ無理だ。例え氷で反撃しようとしても、一瞬で溶かされる。身を守ることすらできない。

 だが、ジークは涼しい顔でそれを捌く。

 どうして、そんなことが可能なんだ……!


「炎の魔術は風と一緒に使うのが基本だろ? 単体で使ってもなにもできないって。そんな単純な攻撃ばっかしてると、カウンターくらうぜ? こんな風に、なっ!」


 ジークの生み出した岩弾丸が、炎の壁を貫通し、エンマに直撃した。

 エンマは大きく吹っ飛び、地に倒れる。


「風を使って熱を分散させ、突破口をつくった。ま、簡単には真似できないだろうが、俺にかかればおちゃのこさいさいよ」


 そして、エンマに歩み寄る。


「俺の勝ち、でいいか?」

「っざけんな……!」

「おっと動くな」


 起き上がろうとしたエンマを、上から風で押さえつける。


「お前が参ったっていうまで俺は魔術を解かねぇぜ?」

「絶対に……言わねぇ……!」

「おう! 望むところだッ!」


 さらに風を強くする。

 その圧力に耐えられず、地面が割れた。

 これ……エンマ大丈夫かな。

 人体にかかる負荷があまりに大きい。下手に抵抗すると、大怪我をしていまいそうだ。

 私がそんな心配をしていると、凛とした声が響いた。


「そこまで。ジーク、魔術を解きなさい」


 声の主はルーゼだった。

 いつの間にか二人のもとに移動していた。

 ジークは不満げな表情を見せてから、しぶしぶ魔術を解いた。


「熱くなりすぎよ」


 そう言うと、ルーゼはエンマに向かい合った。

 エンマはルーゼを睨む。


「邪魔してんじゃねぇ!」

「あなた、あのまま無理をしていたら死んでいたわよ?」

「あ? てめぇになにがわかる!」

「黙りなさい」


 ルーゼの声は、鋭く響いた。

 身体にびりびりと衝撃がはしる。

 ジークの声を聴いた時と、同じ感じだ。


「あなたの魔術はお粗末だった。勢いだけで、技術も工夫もない。現に、ジーク相手に手も足もでなかった。ここまでされて、まだ負けを認めないつもり?」

「……それ以上口を開いたらぶっ殺す」

「いえ、あなたの意思は関係ないわ。まわりがこの戦いをどう評価するか問題。客観的にみて、あなたの方が優れていたと思う人はいるのかしら」


 有無を言わさぬ口調。したたかな、芯のある声音。

 ジークに似た、不思議な力を感じる。


「私は、級長はジークでいいと思うけど、他の人はどう思う?」


 いいんじゃない、とガナッシュが言う。その他の人も、沈黙で肯定していた。


「そ。じゃ決まりね。さっきはあんなこと言ってたけど、暴君になるつもりはないんでしょ?」


 そう聞かれたジークは「一番いいところ持ってくなよ……」とこぼしてから、皆に向き合った。


「ああ。俺の指示に納得いかないことがあれば何でも言ってくれ」


 その言葉を確認してから、ルーゼはエンマに一歩歩み寄った。


「いいわね、エンマ?」


 その言葉が向けられていない私でさえも怖気づいてしまう、圧があった。

 エンマにのしかかる言葉の強さは、どれほどだろうか。

 彼は鬼の形相でルーゼを見つめる。


「勝手にやってろ!」


 そう吐き捨て、去っていた。

 ルーゼはため息ひとつ、ジークは可笑しそうに笑う。

 他のみんなは、蔑むように、あるいは興味なさそうに見送った。


 そして、私はというと、気がついたらエンマの後を追っていた。


 ◆


「エンマ!」


 私がそう呼ぶが、エンマは振り返らずにスタスタと歩いていく。


「ねぇ、エンマってば!」

「うっせぇ! ついてきてんじゃねぇクソブス!」


 私はエンマの頭をひっぱたいた。


「なにしやがる!」

「エンマ口悪すぎ」

「あ? なにしにきたんだよてめぇは!」


 私は一呼吸おいてから、本題に入った。


「ねぇエンマ、一緒に魔術の鍛錬しよう。私、さっきの戦い見て思ったの。エンマ、勿体なすぎるよ! ジークも言ってたけど、火魔術って普通風とセットて使うもの! そうすればもっと威力も上がるし、コントロールもできる。もし、エンマが風魔術も上達したら、絶対、絶対、もっと強くなれる! ジークにだって勝てるかもしれない! わからないことがあればみんなに聞けばいい。風ならジークが得意だし、水はルーゼ。ガナッシュは氷が得意で、ジャイガは土魔術がすっごく上手い。ペンなんか、物体操作術のスペシャリストだよ。ここにいる人は、みんなすごい人なんだよ。みんなと一緒にやれば、絶対強くなれる。だから、一緒に鍛錬をしよう」


 エンマは、私の熱弁を黙って聞いていた。

 私の言葉で、心を動かすことができただろうか。

 しばらく見つめ合う。そして、口を開いた。


「俺の視界から消えろ。目障りだ」


 それだけ言い、さっさとどこかにいってしまった。


 ……だめ、か。


 それでも、私は諦めたくない。

 エンマは口が悪くて、暴力的で、まるでナイフのような人だ。

 みんなが彼を快く思わないことも仕方ない。

 でも、だけど……私はエンマに、かつて敵意をまき散らし嫌がる私に毎日勝負を挑んできた男の子の姿を重ねてしまった。


 私は見たい。そんな男の子が成長して、みんなをあっと驚かせる姿を。

 エンマなら絶対できる。誰よりも熱い火魔術の使い手になれる。

 私は、その姿が見たいんだ。


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