-072- 狩り
スタスタと歩いていくウィッカ先生の後を追う。
うぅ……さっきまで全力で戦った後だから身体が痛い。
それにしても、ウィッカ先生の魔術、ほんとうにすごかった。彼女は一目で私たちの魔術を見切り、いともたやすく打ち消した。まるで、指先ひとつで巨大な壁を瓦解させるがごとく、的確に弱点をついてきた。
何年も研究を続けてきた知識と経験があるからこそ、なせる業なんだろうなぁ。
「やっぱ特級はすげぇなぁ!」
ジークが目を輝かせてウィッカ先生を見ている。
「なんで嬉しそうなのよ、負けたのに」
若干呆れた目をしているルーゼ。
ジークとは対照的で、面白くなさそうにウィッカ先生を見ていた。
「わかんねぇ。でも、あんなすごい魔術見せられたら、わくわくするだろ?」
ジークの言っていることは少し分かる。
先生と戦ったとき、完成された魔術というのを初めて見た気がした。シグマ・ウィッカという人間が人生のすべてを捧げて辿り着いた領域。それはとても――美しかった。
つい自分があの境地に立つ姿を想像してしまう。しかし、それには何十年もの絶え間ない努力が必要なのだろう。今の私には、身の程知らずな妄想だ。
「それもそうね」とルーゼは前を向く。私も視線を前に戻すと、ピンク色の髪をもつ男の子が目に入った。彼は、むすっとした顔で私たちの少し前を歩いている。
マゴウ・エンマ……青い炎を生み出す魔術師。どうやったらあんな魔術が使えるようになるのだろう。
私は、エンマに興味をもった。
「ねぇ、エンマ。あなたの魔術、すごいね! 青い炎なんて、私初めてみたよ」
そう近寄ると、エンマは一瞥して言った。
「うるせぇ話しかけんな雑魚」
「……」
……聞き間違い?
いやだって、私とエンマほぼ初対面だよ?
そんな罵倒するわけないって。
「どうやってあんなの出してるの? 今度教えてよ」
「だから黙れ近寄るなアホ」
「……」
かっちーん。
なんだこいつ。これから二年間苦楽を共にする仲間だというのに、仲良くする気はないのか。
よくもまあそんなすらすらと暴言がでてくるな!
突然の罵倒に少しショックを受けひきつった笑みを浮かべていると、ガナッシュが肩を叩いた。
「気にすることはないよ、シフォンさん。たぶん、そういう性格なんだよ、彼は」
「……わかってるよ」
それでも、二年間一緒に過ごすクラスメイトなんでしょ。
私は友達になりたいんだよ。
◆
ウィッカ先生が言った通り、私たちには食事も寝床も提供されない。だから、自分で見つける必要がある。
街が近くにあるうちはまだいい。食べ物や毛布を買えるから。ただ、街から離れ人の住んでいない土地に入ったとき事態は深刻になる。都合よく商人がいるなんてことはない。ゼロから食料を調達する必要がある。
つまるところ、狩りだ。
私とガナッシュは冒険者活動で経験があるからまだましだが、ジークやルーゼは慣れないだろう。狩りなどできないのではないかと思ったが、意外なほどすぐに適応していた。
ちなみに、狩りの対象は魔物であることが多い。動物よりもよっぽど数が多いからね。味は微妙だが、魔力が豊富に含まれており魔術師の食事にうってつけだ。
獲物は早い者勝ち。より早くみつけ、より早く仕留めた者に所有権が生じる。
そんな競争の中、一週間も経てば狩りの上手い人がはっきりしていった。
それは、獲物を見つけるのが早い人。
それは、獲物を仕留めるのが上手い人。
私の性質上、気になったらすぐに声をかけてしまう。
一人ずつ、狩りの秘訣を聞いてみた。
◆
「私は耳がいいんだよ」
獲物発見が異様に早い、カラクリ・ベルという男の子。
穏やかな声音で答えてくれた。
「どれくらい先まで聞こえるの?」
「本気を出せば、十キロ先も聞こえるよ」
「十キロ!」
どんな耳しているんだ。
十キロ先が聞ける世界とか、どういう感じだろう。
「それでそんなに早く獲物を見つけられるんだ」
「もちろん、少し特殊な魔術も使っているけどね」
「えっ、どんなの?」
ベルはにこっと笑みを浮かべた。
「さあ、どんなのだろう。いずれ、君の前でも使うときがくるよ」
くぅ、気になる……焦らしやがって。
はやく見たいなぁ。
◆
今度は、仕留めるのが上手い人。
「ねぇ、どうやってそんな綺麗に獲物をとっているの?」
「…………」
私がそう尋ねたのは、ギガント・ジャイガという身体の大きな男の子。
初めて会った時からそうだが、ジャイガはまったく喋らない。
面と向かってこういう質問をしても、返してくれないのだ。
「土魔術の使い方、めっちゃうまいよね。練習したの?」
「…………」
無視ですか……
目を見る限りあまり悪い感じはしないのだが……なぜだろう。
少し変わっているが、彼の実力は間違いない。土魔術を使った豪快な攻撃もできると思ったら、食べる部分を傷つけない繊細な攻撃も可能だ。魔術師としては、ガナッシュに匹敵しうる技術をもつ。
ただ、絶対に喋らない。
声……聞きたいんだけどな。
しばらく無言で見つめ合っていると、ジャイガが片手で持っていた兎の魔物を差し出した。
「……え、くれるの?」
ジャイガは大きく頷いた。
「いや、ジャイガが食べなよ。自分でとったんでしょ」
そういっても、ジャイガは差し出した獲物を引っ込めなかった。
「どうしてもっていうならもらうけど……」
ジャイガは再び大きく頷いた。
「あ、ありがと」
受け取ると、ジャイガはのそのそと歩いて行った。
……不思議な男だ。いつか、声が聞けるといいな。
その兎の魔物は、とても美味しかった。




