-071- 特塾はじまり
私たちの前に現れたアンドルの皇子。
突然のことに驚いてしばらく固まっていると、彼の後ろから一人の女の子が出てきた。
「なーにかっこつけてんのよ」
そう言って男の子頭をバシッと叩く。男の子はそんなことは気にも留めずこちらをキラキラとした目で見つめている。
女の子は男の子に呆れたような視線を送った後、私たちに向き合った。
「あたしの名前はアンドル・ルーゼ。この国の皇女よ。それで、この子がアンドル・ジーク。あたしの双子の弟」
……双子!?
いや、聞いたことある。アンドルの皇帝には魔術に秀でた双子がいると。
だけど、まさか特塾に来るほどの実力者だったとは。
男の子は私たちの前までずかずかと歩いてきた。
「よろしくなっ!」
太陽のように笑い、手を差し出す。すっごい目がキラキラしている。
私は恐る恐る彼の手をとった。
「よろしくお願いします。ええと、ジーク……様?」
皇族って、なんて呼べばいいのだろう。
とりあえず様をつけてみたが、彼は不愉快そうに眉をひそめた。
まずい、無礼だったかな。
男の子は口をへの字に曲げながら言った。
「おい、間違っても俺を敬うなよ。いいか? 俺たちはクラスメイトであり、仲間であり、ライバルなんだ! 対等なんだよ。年齢、身分、関係なく、この教室ではッ!」
強い力のこもった瞳で私たちをさす。
「特級を目指してるんだろ? お前も、俺も」
そこまで言ったら彼は黙った。
不思議なパワーがある声だ。ビリビリっと、全身に衝動がかけめぐる。彼の感情が、私の心に直接ぶつかってくる。
……こんな感覚に陥ったのは初めてだ。
最初に口を開いたのは、ガナッシュだった。
「それじゃ、遠慮なく。よろしく、ジーク」
そして、ロフラもそれに続く。
「私はロフラ。よろしくね」
……そうだ。私たちは同じ目標を持っていて、ここはそこに向かって努力する場所。みんな、対等なんだ。
私は、もう一度手を差し出した。
「改めて……よろしくねっ! ジーク、ルーゼ!」
彼はにぃっと口角をあげた。
◆
それから、ジークとルーゼとは色々話した。
二人は皇族だからもっと堅い性格かと思ったが、全然そんなことはなかった。
二人とも溌剌としていて、まっすぐな性格。確固たる自己を持っている、芯の通った人だった。
思っていることを口にしてくれるから、ある程度仲良くなるのに時間はかからなかった。
そして、私たちが到着した翌日から特塾の生徒が次々とやってきた。
とりあえずみんなに声をかけてみたけど、無口な人だったり、ものすごく機嫌の悪そうな人だったりして、あんまり親睦を深めることができなかった。
結局一番仲良くなれたのはジークとルーゼだった。
一週間後、アンドル帝国から最も遠いアイシスアイセからの生徒が到着し、特塾メンバー十人全員がそろった。
先生はいつくるのだろうと思っていると、ハッツさんがやってきて言った。
「これから、君たちの担任教師のもとへ向かう。用意してくれ」
どうやら街で合流するわけではなく、少し離れた人気のないところで集まるようだ。
馬車に乗って一時間ほど。都から離れた草原に到着した。
降りると、そこには一人の女性が腕を組んで立っていた。
「よくきたな、生徒諸君」
おもしろいものを見るような目で私たちを見つめる。
不敵に笑いながら、彼女は口を開いた。
「私がお前たちの担任教師である、シグマ・ウィッカだ」
その瞬間、私たちの間に緊張が走る。
私たちは特級魔術師を目指しているのだから、当然、すでに活躍している魔術師の名前は耳に入ってくる。
お母さんから下の名前を聞いた時もしやって思ったけど、やっぱり。
シグマ・ウィッカ。”百識”の二つ名をもつ、特級魔術師。
……はじめてだ。お母さん以外の特級魔術師に会うのは。
表には出してないけど、莫大な魔力を感じる。
相対するだけで気圧される。
……これが、特級。
私たちの緊張を無視するように、ハッツさんが口を開いた。
「それでは、我々はこれで。ウィッカ殿、後は頼んだ」
「ああ、ご苦労だったな」
ハッツさんたちは全員馬車にのって都へ戻っていった。
……え? 私たちの馬車は?
私の困惑をよそに、ウィッカ先生は淡々と言う。
「これから二年間よろしくやっていくわけだが、お前たちが守るべきことは三点。私に迷惑かけないこと、私を不快にさせないこと、そして私に従うことだ。これさえ守ればあとは好きにやってくれて構わない」
その言葉に、一人の男の子が反応する。
「あぁ? おい、ちょっと待ちやがれ。なんで俺がてめぇのために動かないといけないんだよ」
ピンク色の髪をもつ、ずっと不機嫌そうにしていた男の子。
名前は確か……マゴウ・エンマ。
「私が担任教師だからだ。それ以外に理由はいるか?」
「っざけんな! 俺はここに戦いに来てんだよ! なんでてめぇの顔色伺わなきゃなんねぇ!」
あの子……無謀だ。特級に喧嘩吹っ掛けるなんて。
ウィッカ先生は不愉快そうに顔をしかめたが、すぐに笑った。
「では、今ここで戦うか? この私と」
「ああ、やってやるよ」
……馬鹿だあの子。敵うわけない。目の前にいて、力量の差がわからないのだろうか。
私たちは少し引いた視線で彼を見た。
「好きなときにくるといい」
ウィッカ先生がそう言った。次の瞬間、エンマは臨戦態勢に入った。
ああ、ほんとにやるつもりだ。
エンマ、大丈夫だろうか。怪我しないかな。
そんな不安は、彼が魔法を発動した瞬間に吹き飛んだ。
一瞬にして熱があたり一帯を焦がす。
見たこともない威力。そしてなにより――
「青い……」
彼の炎は、青かった。
それは、何もかもを焼き尽くす、地獄の炎。
一体、どれだけの出力があればあんな炎を出せるのだろうか。
こんなの、当たったらどうしようもない。
火球は凄まじい勢いでウィッカ先生に飛んでいく。
どう、するのだろう。
私たちは緊張の眼差しで戦闘を見守る。
ウィッカ先生は余裕の表情を崩さず、魔力を練った。
そして、いともたやすく火球を打ち消した。
「!!」
そんな……どうやって。
そんな簡単な魔術で打ち消せるような威力ではなかった。
だというのに、ウィッカ先生は僅かな魔力しか使わず、火を打ち払った。
攻撃が通らなかったことにエンマが舌打ちをする。
ウィッカ先生はクククと笑い言った。
「ちょうどいい。お前たちに『特級』を教えてやろう。全員でいい。かかってこい」
その言葉に、今度はジークが反応する。
「本気か、ウィッカ先生? ここにいるの、そんじょそこらの魔術師じゃないだろ? 全員同時に相手できんのか?」
「無論だ。私を誰だと思っている」
「へぇ……」
ジークは面白そうにウィッカ先生を見る。
「それじゃ、遠慮なく」
そういって、戦闘の輪に入っていった。
私たちは顔を合わせる。すると、ガナッシュが口を開いた。
「僕はやるよ。特級と戦うとか、はじめてだし」
「私もいく」
ロフラも賛同する。
「あ、じゃあ……僕も」
ペンもそれについていく。
当然、私も戦いたい。一歩、前に歩き出そうとすると肩を叩かれた。
「むかつくわね、あの教師。あたしたち全員を相手にしても、勝てるとか」
ルーゼが面白くなさそうにウィッカ先生見つめる。
それから、私に顔を向け、不敵に笑った。
「いくわよシフォン。あなたの実力みせて頂戴」
「うん!」
今日、私は初めて特級に戦いを挑んだ。
◆
「お前たちは上級になって多少魔術が使える気になっているかもしれないが、はっきり言わせてもらおう」
ウィッカ先生は一呼吸あけて言った。
「依然、断然、実力不足。特級には程遠い」
私達は全員、なすすべなく倒された。
ウィッカ先生は地に伏す私達の横を歩きながら言う。
「お前たちは特級を舐めている。いいか? 特級とは天賦の才をもつ者が毎日毎日命を削る鍛錬をしてようやく辿りつく境地」
エンマが地に伏しながら先生を睨み、ジークが目を輝かせて先生を見つめる。
「煩悩を捨てろ。甘えを捨てろ。常に自分の魔術に真剣に向き合え」
ガナッシュが悔しそうに地面をみつめ、ペンは緊張の面持ちで先生に向かう。
「一分一秒でも多く魔術を磨け。他のことなどやっている暇はない。魔術だけに集中しろ」
ロフラは不機嫌そうに先生の話を聞き、ルーゼは口を尖らせ先生を見る。
そして、ウィッカ先生は私のところで立ち止まった。
「なあ、ハトサブル・シフォン? 特級魔術師になりたいのなら、剣術などやっている暇ないのだよ」
……反論の、しようもない。こんなに、叩きのめされたあとでは。
でも、だけど……
忘れもしない、私の六歳の誕生日。私はお母さんとお父さんから、愛剣”双葉”をもらった。あの日から、ずっと魔術と剣術の両立に全力を注いできた。
だから……
「私は、この十年の努力を無駄にするつもりはありません。剣杖の両立は、必ずできます!」
ウィッカ先生は冷ややかな目で私を見つめる。
「傲慢だ。親が親なら、子も子だな」
ウィッカ先生は地に伏している私達と、さっき戦わなかった三人に向かった。
「この特塾では、こちらから食事も寝床も一切提供しない。自分で確保してなんとかしろ。体調管理も自己責任だ。お前たちの目標は私の課す課題をクリアすること。わかったな。では行くぞ」
「え、行くって……馬車はもうないのに、どうやって……」
ウィッカ先生は呆れたように口を開いた。
「なにを腑抜けたこと言っている。他人に頼るな。自らの足で歩け」
私は確信した。
特塾――やばすぎる。




