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-069- 旅立ち

合格通知が届いてから一週間後。今日、私はミルフィユ学園をたつ。思えば約十年、この学園に通っていたわけだ。いざそのときになると、寂しさがこみ上げる。


「寂しくなるねぇ」


 そういったのはブレッド。その隣にはフィナとノーレもいる。


「まあ、がんばってよ。二年後、シフォンがどれくらい成長してるか楽しみにしとく」

「ありがと、フィナ」


 フィナからの言葉を受けとったあと、私はノーレに向き合う。

 ノーレは元気がなかった。あまり目も合わせてくれない。


「ノーレ……泣いてる?」

「な、泣いてないわよ!」


 そういったノーレの目は赤く腫れていた。

 ……泣いてないですか。


「ノーレ、私頑張るね」


 私はノーレを抱きしめた。


「……うん」


 いつもなら振りほどこうとするけど、今日は優しくぎゅっとしかえしてくれた。

 しばらくそうした後、お互い名残惜しそうにしながら離れる。

 そして、私は元気よく手を振った。


「それじゃあ、行ってきます!」


 ◆


 挨拶するのは三人だけじゃない。

 今度は図書館にやってきた。


「フラン、きたよ」


 当然、フランとアメリアには出発前に挨拶するつもりだったのだが、珍しいことにフランのほうから呼び出してきた。

 アメリアがまず口を開く。


「シフォン先輩……あの、特級魔術師養成塾はかなり危険な旅をすると聞きます。大きな怪我だけには、気を付けてください」

「うん、気を付ける。ありがとう」


 そういって、私はアメリアを抱きしめた。

 私は、ハグが好きだ。愛おしいって思った相手は抱きしめたくなる。

 アメリアはそういうの嫌かなって思って今までやらなかったけど、彼女は黙って私を抱擁してくれた。それがとても嬉しかった。


「……シフォン」


 フランに呼ばれ、私はアメリアから離れる。


「これ」


 そういってフランが渡してきたのは、一つの指輪。

 ……指輪?


「それは、僕の魔法が刻まれた指輪。危険が迫り、本当にどうしようもなくなったときそれに魔力を通してくれ。必ず君を守ってくれる」


 よく見ると、細かくいくつもの命令式が刻まれていた。


「すごい……」


 思わず、感嘆の声がもれる。

 それは、シンプルなシルバーの指輪だった。輪っかの内側に、髪の毛の一本よりも細く、線が刻まれている。揺れ一つない。正確に、まっすぐと。

 それは、芸術だった。目が吸い寄せられ、離れない。いっさい飾りがなく、必要最低限を突き詰めた有用の美。どれほどの技術があれば、こんなことが可能なのだろう。


「これ、絶対大変だったでしょ。いいの?」

「ああ。僕から君にしてあげられることは、これくらいしかないから」

「……ありがとう」


 素直に受け取る。ここでもらわないのはあまりにも失礼だ。

 ただでさえ古代魔法陣が刻まれたアイテムの価値は非常に高いのに、護身の魔法アイテムなど、希少すぎて値段がつけれない。

 これをつくるためにフランがどれだけ技術を磨き、頭をひねったことか。想像もできない。


「分かっていると思うけど、発動は一回きりだからね。一度発動した時点で指輪は破壊される」

「うん」


 ありがとう、頑張るね。行ってきます。


 そういって、私は図書館を出た。












「フラン先輩。私も指輪欲しいです」

「魔王がいる限り危険なことがあるかもしれないから、いずれつくるつもりだよ。あれつくるの、時間かかるんだからちょっと待って」

「私は別に普通の指輪でもいいですよ?」

「意味がないだろ」

「……」


 ◆


「うー……。お姉ちゃん、がんばってねぇ」

「シフォン姉、気をつけて」


 愛しい我がきょうだいに挨拶。

 正直、ロールとオランに会えないのが一番きついかもしれない。

 私は二人をめいっぱい抱きしめた。


「それじゃあ、行ってくるね」


 ◆


「きたか」


 私が合流場所についたころには、すでにガレルとガナッシュが待っていた。彼らも私と同じようにあちこちに挨拶を済ませてきたのだろう。


「行くぞ」


 私たちはまず、王城に向かう。そこでスイト王国からの特塾生徒全員と合流するのだ。

 馬車へと歩を進めるガレルの後を追う。

 ふと、ガレルが立ち止まった。

 そして、ゆっくりと振り向く。

 私も同じように振り向いた。


 そこには、誇れる学び舎が堂々と佇んでいた。


 しばらくの間、ばいばい、ミルフィユ学園!


 ◆


 世界魔術機関、特級魔術師養成塾、塾長、ダンケン・ハッツ。

 彼の仕事は選抜試験の実施、入塾者の選定、二年間のカリキュラム作成など多岐にわたる。

 その中でも特に労力を要するものが、担任教師の確保である。

 特塾の担任は特級魔術師だ。しかし、特級戦力というのは総じて身勝手であり、仕事を依頼しても取り合わないことが多い。ましてや、特級の卵十人の面倒を見る厄介な仕事などだれもやりたがらない。

 そこで、なんとか説得し特級魔術師を引っ張ってくるのがダンケン・ハッツの仕事である。


「依頼を受諾してくれたこと、感謝する」

「ふん。私は今後こんな仕事やらんぞ。今回だけだ」


 そう答えた女は”百識”の二つ名をもつ特級、シグマ・ウィッカ。

 黒髪で紫色の瞳をもつ彼女は、不機嫌そうに座っている。

 彼女は足を組み、ハッツの用意した資料に目を通す。


「……かなり偏っているな。スイト王国から四人、しかも全員十五歳」

「スイト王国は私が担当したが、その四人は年齢のハンディキャップを負いながらも格別に輝いていた。間違いなく全員特級となりうる人材だ」


 その言葉を聞きつつ、ひとつの名前に目が留まる。


「ハトサブル・シフォン……」

「……ああ、彼女は魔力量が突出していた。だれもが試験後半魔力枯渇を起こすが、彼女だけは問題ないようだった。さすがは、あのアイスロット・ラフティーの娘といったところだ。……いや、今はハトサブル・ラフティーか」

「ラフティー……あの忌まわしい女の娘か」


 少し顔を顰めた後、口角があがる。

 ウィッカは立ち上がった。


「ククク、おもしろい。せっかくやるんだ、存分に可愛がってやろう」


 不気味な笑みを浮かべる彼女に、ハッツは鋭い視線をむける。


「……後輩の教育を司る崇高な任務だということを忘れるなよ」


 ハッツのその言葉は、ウィッカには届いていない。

 彼女はただ、生徒たちをどう料理しようか妄想に浸っていた。


 百識のウィッカ。病的なまでに研究を重ね、魔術への理解を極限まで深くすることにより特級へと至った魔女。


 彼女の性格は意外と教育と相性がいいかもしれない。

 ハッツはため息をつくのと同時にそんなことを思うのだった。


 ◆


 スイト王国の南、アンドル帝国にて。


「楽しみだなぁ、ルーゼ!」

「うるっさいわね、ジーク。もう少し静かにできないの? 子供じゃあるまいし」


 巨大な城から、少年と少女が街を見渡している。


「だってようやくこの牢獄みたいな場所からおさらばできんだぜ? 世界のいろんなところへ行けんだぜ? それに、世界中から強ぇやつが集まるんだろ? 燃えねぇほうがおかしいだろ!」

「だからうっさいわよ」


 十六年前、アンドルの皇帝に双子が生まれた。

 双子は凶兆。故に、帝国中に不安が蔓延した。

 しかし、それを払拭するかのように、彼らは国民に非凡な才能を見せつける。

 ある日、皇子は風魔術で迫りくる竜巻を打ち消した。

 ある日、皇女は水魔術で恵みの雨をもたらした。

 ある日、双子はふたりで暴風雨を起こし魔物の群れを撃退した。

 そのカリスマ性に魅せられて、やがて国民はその双子を愛するようになった。

 彼らにとってアンドルの象徴は皇帝であり、皇子であり、皇女なのだ。

 そして現在も、その双子は帝国を騒がせる。


 皇子皇女の特塾入学。


 そのニュースは、帝国中に瞬く間に広まった。

 喜びに沸く国民。同時に、常人では潰れてしまうであろう重さの期待が二人にのしかかる。

 彼らはその期待を何倍もの結果にして返さないければならない。それが皇族、帝国の象徴としての使命だから。


「あたしやジークに敵うやつもいるかもね」

「はやく会いてぇなぁ!」


 魔術師としての素質をすべて揃えた彼らは、今、世界へと羽ばたく。


 ◆


 幾百もの魔物の死体。

 積み重なった屍の上に、一人の男が座っている。


 バゼル王国は人魔山脈の麓の国。故に、山脈から魔物の襲撃が極端に多い。そういう事情があり、バゼル王国は義務教育の段階で国民全員に戦闘技術を教え込む。国民全員が戦士なのだ。

 つまり、戦闘の才能をもつ者を、埋もれさせることなく確実に発掘できる。

 逸脱した力をもつ者が出現するのは、必至。


「ジャイガ」


 老齢の男が彼に近づく。そして、一枚の手紙を差し出した。


「世界魔術機関から書状がきたぞ。合格だ」

「…………」


 喋ることはない。ただただ寡黙、ひたすら無口。


「お前の力を、世界に見せつけてこい」

「…………」


 不言に任務を実行する、怪物。

 三メートルを超える巨体の男は、ずんぐりと立ち上がった。


 ◆


 カノ王国では、今日も美しい音色が吹き通る。

 少年は魔術師であり、音楽家だった。


(ああ、心が踊る)


 新たな環境。新たな出会い。期待に満たされ弾む心に身を任せ、舞うように笛を吹く。

 周りには大勢の聴衆。音色、舞い、彼の完成された演技に恍惚とする。

 やがて曲は終わり、少年は丁寧にお辞儀した。


「明日から、私は世界へ旅立ちます。しばしの間、このカノに私の音が響くことはありません。……ですが近い将来、世界最高の魔術師として、世界最高の音楽をお届けすることを約束しましょう」


 カラクリ・ベルはカノ王国の最高傑作。

 それは、魔術師として? それとも、音楽家として?


 否、両方である。

 彼は音を生み出し、音を操る魔術の奏者。

 音楽家でありながら、特級へと届き得る者。


 ◆


 吹雪やまぬ氷の大地、アイシスアイセ。

 中年の女性が氷のような美しい髪をもつ少女に向かい合う。


「いいこと? 心は人を弱くする。無駄な感情など捨てなさい」

「はい、おば様」

「人を信用してはだめ。人に同情してはだめ」

「はい、おば様」

「そしてなにより、ハイジエータ家は敗北を許さない」

「はい、おば様」

「いい子ね、テナ」


 少女はただ無感情に返事をする。

 そうなるように、教育を施されたから。


「行きなさい。そして、己の優位を示すのよ」


 彼女に敗北はない。強さ、それだけが彼女の存在が認められる条件だった。

 特塾の入塾試験に合格したのも、彼女にとっては必然。


「はい、おば様」


 生命を感じさせない、凍れる瞳。

 無機質な氷姫は、だれとも交わらない。


 ◆


 情熱の国、マグナガムにて特塾の入塾試験を担当していた男たち。


「マゴウ・エンマ……ほんとうに、よく通りましたね」

「あいつの出力は異常だ。特級と比べても遜色ない」

「しかし、彼は初級ですよ!?」


 今回の入塾試験、あろうことか初級魔術師であるのに合格した者がいる。特級を目指す塾なのに、中級ですらなく、初級だ。

 本来あり得べからざる事態だが、合格になったのにはそれ相応の理由がある。


「おまえも、あの炎を見ただろう」


 業火。ここが地獄なのかと見紛うほどの灼熱の炎。

 その威力は、特級に届き得るとか、そういうレベルではない。

 すでに特級レベルなのだ。


「まだまだ粗い魔術師だったが、今回の担任はあのウィッカらしい。あの眩い原石を、さらに輝く宝石へ昇華してくれるだろう」


 彼が魔術師として大成するかは彼とその教師、それと、新たにできるであろう仲間にかかっている。


「彼が、世界最高の魔術師が集まる特塾で、どのように成長するか楽しみだな」






 世界各地から強者が集う特級魔術師養成塾。

 今、開校する――

次回から特塾編です。

それに伴い、色々と練ることになるのでしばらく更新が止まります。

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