-006- 出発
数月の月日が流れ、冬。
地面はカチンコチンに凍り、肌を刺すような寒さのある日、私にとっても重大な出来事が起こっていた。
お母さんの出産である。
村からそういうのに詳しいお婆さんに来てもらい、私は何をすればいいのか分からず、とりあえず部屋を魔術で暖かくしてた。
そうしてようやく産まれた赤ちゃんは女の子。
名前はロール。
無事に産まれてきてくれてお父さんとお母さんはすっごく嬉しそうだ。
「うぇ〜、うぇ〜」
私の妹、ロールはずっと泣いている。
「今度はちゃんと普通の赤ちゃんだ」
「そうね」
「ん? それどういうこと?」
そう言うと2人は顔を見合わせて笑った。
「シフォンは全然泣かなかったんだぞ」
「もう、ほんとに心配だったんだから」
「そ、そうなんだ」
多分そのころの私は自分の状況を把握することしか考えてなかっただろう。泣く暇なんてなかったんだ。
◆
お母さんの出産は無事に終わり、ロールも健康体だそうだ。
ただ、ここ最近お母さんは妊娠してるときよりも大変そうだ。
ロールは基本的に寝てるけど、母乳が欲しいときはいつであろうと泣く。
夜中に泣き始めたとき、お母さんは私を起こさないようにするためか、すぐにロールのもとへかけつけている。
お母さんの負担を減らすために私は料理や洗濯お手伝いをたくさんやった。
ロールはすごくかわいい。つぶらな瞳で見つめてきたときは思わず抱きしめちゃいそうになる。
私が魔術で楽しませてあげようと水をふわふわさせたらものすごい勢いで泣かれた。
お母さんにめっちゃ怒られた。
悲しい。
村のみんなとも毎日遊んでいる。みんな水魔術ができて満足したのか、それから私に魔術の教えを乞うことはなくなった。
それがちょっと寂しかったりする。
でも、リンリンちゃんだけは時々魔術について質問してくれる。
リンリンちゃんは水だけでなく火、土の低位魔術を習得した。
どうやらリンリンちゃんは他のみんなより魔術が好きなようだ。
そんな日常はすごい勢いで過ぎ去っていき、春。
私は今日、この村を出る。
「うぅ……シフォンちゃん。時々帰ってきてね、約束だよぉ……」
レミリーちゃんは泣きながら私に抱きついてきた。
「うん。レミリーちゃん、元気でね」
「シフォン、向こうで嫌なことがあればいつでも帰ってこいよ!」
バオバが大きな声でそう言う。
「ありがとう、バオバ」
それから、みんな1人ずつ私にプレゼントをくれた。レミリーちゃんからは猫のぬいぐるみ。「シフォンちゃんって猫に似てると思うんだよ」とのこと。
カンタからは羽根ペン。中々オシャレで、地味にうれしい。
バオバからは木剣。手作りらしい。がんばったな、バオバ。
コルクからは綺麗な石。厄災を退ける効力があるのだとか。
そして、リンリンちゃんは本をくれた。
……本? この世界で本といえば、かなり高価なはずだ。それをプレゼントにっていうのは少々重い気が……。
と、私が受け取りあぐねているとリンリンちゃんは、
「それ、うちにある本を私がお母さんに手伝ってもらって書き写したやつなの。だから遠慮なくもらって」
と、おっしゃった。書き写したのか、すごいな。たぶん10000字以上あるぞ。
「みんな、ありがとね! 私向こうに行ってもがんばるよ!」
私は笑顔でみんなと別れた。
◆
ベニエ村から大都市モンブライトに向かうには馬車を使う。ただ、ベニエ村みたいな田舎には馬車なんて来ないから、近くのそこそこ大きい町まで歩く。
お母さんはロールの世話で忙しいから、付き添いはお父さんだけだ。
荷物がたくさんあるからかなり疲れる。特にお父さんたちからもらった剣。見た目通りというか、すごく重いんだよね。
「……シフォン、何か持とうか?」
「いや大丈夫」
「……そうか」
ここでお父さんに頼ったら負けな気がするのでがんばります。
二十キロくらい歩いたらやっと目的の町が見えてきた。
今日はこの町で一泊し、明日朝一で馬車でモンブライトへ向かう。
私は歩きによる移動でへとへとになったので宿についたらすぐに寝た。
そして翌日。朝日がまだ登っていない時間帯にお父さんが手続きしてくれた馬車へ乗り込む。
夕方になるころにはモンブライトへつくそうだ。
馬車の中は暇だった。最初は外の景色で結構楽しめたがそれに飽きると早く着かないかなーとか、そういうことばかり考えていた。
そんなとき、リンリンちゃんがくれた本の存在を思い出し、私はそれを読むことによって大分時間をつぶせた。
もしかして、リンリンちゃんは馬車での暇な時間を潰すために本を選んでくれたのかな。
だとしたら相当気がきく子だなぁ。
◆
着きましたよ、モンブライト。
ベニエ村では見なかった立派な建物と人の多さに圧倒される。
さすがこの国の中枢、大都市モンブライト。
私が住んでいるのは、スイト王国という国だ。
モンブライトにはこの国の象徴とも言える王城シュガラベルがあり、シュガラベルは町の中心に堂々と建っていた。
うーむ、さすがは王城、風格があるな。
あの中に王様や王子様が住んでいるのか。
ちなみにベニエ村はスイト王国の西の端っこの辺境にある村だ。改めて考えると、かなり田舎だな、ベニエ村。
私はお父さんに連れられ大きな建物へと向かう。
「入学生の親御さんですか?」
「ああ」
「では書類を」
門でそんなやりとりをするお父さんを横目に見ながら私は目の前にある大きな建物を見る。
大きい……。真っ白な壁に紫色の屋根。しっかりと手入れされた庭。豪華な学校だ。私はこれからこんなところに通うのか。
「よし、行こうかシフォン」
「うん」
お父さんに連れられ、私は建物に入った。
広間のようなところに出ると、私と同じくらいの子と、その親らしき人が集まっていた。この学校に入学する子たちだろう。
しばらくすると、壇上に偉そうな人が出てきた。
「皆さま、入学おめでとうございます――」
入学式は手短に行われた。
あまり長くやると子供が騒ぐことをよく理解しているのだろう。
その後は寮に荷物を置きに行った。
部屋はベニエ村の家の部屋より少し狭いけど、一部屋に入るのは一人だけだからそんなものだろう。
前の家の部屋が広過ぎたのだ。
荷物を寮に置いて、もろもろ学校生活の用意をしたらそこでお父さんとはお別れだ。
「それじゃあ、シフォン。元気でやるんだよ」
「うん! お父さんも、元気でね! お母さんにも元気でねって伝えといて!」
「ああ」
私はお父さんが見えなくなるまで見送った。
「さて、と」
私はひとつ息をつき、広く大きい学校へと振り返る。
国中から魔術、剣術の天才が集まるミルフィユ学園。
この学校を卒業し、世界で魔術師、剣士として活躍する人も多くいるという。
初等部6年間、中等部3年間、高等部3年間、計12年間、私はこの学校へ通う。
そして、数多くの天才たちに揉まれながら強くなるために努力するのだ。
よ〜し、がんばるぞい!
ミルフィユ学園初等部に入学するためには、剣がある程度振れること、もしくは1系統以上の低位魔術を使えることが条件です。
通常は、これらを認めてもらうために学園または上級以上の剣士、魔術師のもとへ行くのですが、シフォンの場合は親がその資格を持っているのでそこら辺はすっ飛ばしました。